特に何も予定がなかったので、それなら最後の洗濯をやろうかと思い、洗濯をしました。
洗剤がなくなったので、妻が普段使っているものをと思って、近くのスーパーまで買いに行きましたよ。
イオンが経営するマックスバリューには置いてなかったので、セブン-イレブンへ行ったら、そこにありました。
花王の洗剤で「3 in 1」と書かれています。どうやら、柔軟剤とかも入っているタイプのようです。
900gを2袋で200バーツ弱。本来は妻の財布から出すべき出費ですが、私が出すことにしました。
もうアイロンがけは終りと思っていたのですが、洗濯物を干すスペースを空けるために、干してあったワイシャツとスラックにアイロンをかけました。
だいぶ慣れたとはいえ、なかなか上手くかけられません。
洗濯はスイッチぽんで全自動ですけど、アイロンは大変ですね。妻に感謝です。
洗濯が終わってから、本を読みました。
「神との対話」シリーズの「神より幸せ」を読み終えました。
これでシリーズ全てを読み終えたので、また最初の「神との対話」に戻ります。
ただ、そのシリーズばかり読んでも面白くないので、他の本も同時並行的に読んでいます。
今回持ち帰ったのは、「あの世に聞いた、この世の仕組み」と「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」です。
著者は、ペンネームで雲黒斎(うん・こくさい)さん。
「もっと・・・」が最近出版され、良いと評判だったので、最初の本も買ってみたのです。
Facebookで友だちになったサンマーク出版の鈴木七沖(すずき・なおき)編集長の紹介です。
それで最初の本を読み始めたのですが、これがびっくりです。
もう「神との対話」シリーズと同じようなことが書かれていたのです。
偶然に開いたページに、モーセの十戒について書かれていました。
そこには、あれは戒めじゃないという話があったのです。
戒めとか規則じゃなく、人間はそうなるというか、そういうものなんだという話でした。
これ、まさに「神との対話」に書かれていたもの。
いやパクったとか、そういうことじゃないんです。
パクったとか言い出したら、「神との対話」だってそうですよ。
老子とか仏陀とか出てきて、「それはオレが2600年も前に言ったことだろうが!」と言い出しそうです。
そうじゃなく、みんな同じことを言っているんだなあってことなのです。
神を超弩級の人間のようにしてしまったのは組織宗教ですが、その教祖が受けたインスピレーションをそのままに理解すれば、それは東洋思想が言っている天(てん)そのものです。
老荘思想ではそれを道(どう,たお)と呼びますが、これも同じです。
つまりその示すところは、「すべて」であり、「究極の原因」であり、「絶対的な存在」なのです。
「すべて」なのですから、神以外に存在するものがあるはずもなく、人が神から分離していると考える方が無理があります。
天とか宇宙霊の分け御霊が人の魂だとする東洋思想でも、同じようにすべては天であり、人の魂もまたその一部なのだと言っているわけです。
ですから、自然との一体感が重視されるわけです。
分離しているように見えても、本当は同じもの、ひとつのものだということなのです。
同じようなことを言う人が増えてきたというのは、嬉しいことですね。
だってそれは、人類が精神的にその方向に進みつつある証拠ですから。
2012年が転換点だったという話がありますが、本当にそうかもしれません。
もう1つ驚いたことがありました。
さっき、雲黒斎さんのブログを見たのです。
その中にブログを始めて7年の記念か何かで、本のプレゼントがありました。
その本の中に、アダム徳永さんの「スローセックスの教科書」があったのです。
そのコメントとして、「これからの時代、特に僕たち日本人は、「お金」と共に「性」の誤解を超えていかなければならないと、僕は思っています。」とありました。
嬉しいですねえ。私も同感です。
実は私も、アダム徳永さんの本を読みました。
アダムタッチが効果的かどうかは置いておいて、男女ともセックスを楽しむべきだという考え方には共感します。
相手を支配するためとか、自分をよく見せるためなど、無意識にいろいろな理由をつけてセックスしているものなんですよね。
そのために、純粋に楽しむとか、純粋に愛するということができなくなっています。
これは私の反省もこめているのですが、そういう不純な思いから性を解放することは大事なことだと思います。
まあ、ブログに書けるのはここまでですね。
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