「誹謗中傷、執拗な取材……“出産告白”の安藤美姫サイドが困惑」
アイススケーターの安藤美姫さんが、未婚で出産したことに関する報道です。
前の女性弁護士のときもそうでしたが、コメントに書かれた意見は、安藤さんに批判的なものが多いですね。
最近、自己責任の話題があったせいか、「自業自得」というものが目立ちます。
予想できたことだし、メディアを利用したのだから、不利益も受け入れるべきだと。
たまに、誹謗中傷ばかりのコメントに、あきれたと書く人もいますけどね。
それにしても、どうしてそっとしておけないのでしょうね?
マスコミもそうですが、マスコミがそうやって追いかけるのは、読者や視聴者が気にしているからです。
本人が言わないと言っているのですから、放っておいてあげれば良いのに。
それができないのは、好奇心が強いからではありません。
自分が幸せでないからです。
自分が満足していないから、他人の幸せが許せないのです。
いわゆる妬(ねた)みとか、嫉(そね)みと言われるもの。
嫉妬(しっと)心が強いのです。
また、「他人の不幸は蜜の味」とも言いますが、他人の失敗や不幸を好むのも、やはり自分が幸せではないからです。
自分と同じか、それ以下にまで他人を引きずり落とすことで、相対的に自分を高めようとするのです。
「あいつ、偉そうにしてるけど、実は◯◯なんだってさあ。」
こういう暴露話も、相手の評価を下げることで、自分を相対的に上げようとする試みです。
しかし、そういった試みはすべて、自分自身の評価を落とすだけです。
そのことは、もうほとんどの人が知っているでしょう。
だから「マスゴミ」などと言って、そういうどうでも良い情報を流すマスコミを揶揄(やゆ)したりもするのです。
マスコミの人は、「自分たちは大衆の期待に応えようとしているだけだ」と、まじめに考えている人もいます。
つまり、大衆の要望に応えることによって、人々にささやかな幸せをもたらそうとしているのだと。
だから自分たちの行いは正義であり、評価されるべきことだと考えています。
果たしてそうでしょうか?
たしかに、大衆が期待していることは間違いありません。
ですから、お金を払ってでも知りたいと思うのです。
けれども、それで人々が幸せになるでしょうか?
一時的に満足することは事実でしょう。
けれども、喉の渇きが癒えることはありません。
「もっともっと」と他人の不幸を欲しがり、幸せな人を引きずり落としたくなるのです。
そういう人々に対して、要求されるものを与え続けるのは、アルコール中毒患者にお酒を与えるのと同じ行為だと思います。
中毒患者、つまり何かに依存している人を助けるには、その依存対象からその人を、引き離さなくてはなりません。
それが本当の意味で、人を幸せにすることではないでしょうか?
そうでないと言うなら、法律は置いといても、ヤク中患者に麻薬や覚せい剤を提供することは、良いことだということになるでしょう。
「だって、相手が欲しがっているんだから。」
売れれば何でも良いのでしょうか?
お金が手に入るなら、何をしても良いのでしょうか?
それと同じことが、一人ひとりに対して言えます。
「だって知りたいんだもの。」
興味を満たせれば、それによって他の人がどうなっても良いのでしょうか?
自分が満足するなら、他の人を不幸にしても良いのでしょうか?
理由はどうにでも付けられます。
価値観は人それぞれであり、その人にとっては、それが正しいのです。
「だって、あいつが悪いんじゃないか。結婚もせずに出産したんだぜ。それで父親の名前も言えないって、後ろめたいことがあるからだよ。」
それが正しいかどうか、決めるのは自分自身です。
ですから、正しいかどうかを論じ合っても、あまり意味はありません。
問題は、それが本来の目的に役立つかどうか。
その選択によって、目的が達成できるかどうかが重要なのです。
私たちが何かを選択するのは、それによって自分を表現するためです。
つまり、自分自身を創るためです。
その目的に対してふさわしいかどうかが、選択基準となるべきでしょう。
ですから何かを選択したとき、それが自分らしいかどうかを感じ、自分らしくないなら改めるべきなのです。
それが、自分らしく生きるということですから。
しかし多くの人は、自分が選んだことに固執してしまいます。
間違いだったと認めることが不安だからです。
そこで選択を正当化しようとして、自分自身にウソをつきます。
そうやって徐々に、本当の自分から離れていくのです。
いずれにせよ、何かを選択することによって、自分とは何かということを表現することになります。
そしてその表現によって、自分の人生が創造されます。
自業自得だと言って誰かを責めるときのあなたは、本当にあなたらしいあなたでしょうか?
そういう自分を外から眺めたとき、美しいと感じますか?
今、あなたのその選択が、未来のあなたを創造したのです。
人生とは自分という人間を、一生かけて彫り上げていくようなものです。
あなたは、どんな自分を創りたいのでしょう?
あなたは今、その選択をしているのです。
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