続けて2冊目に入ります。
私がどうしてこんなにもこのシリーズにハマったかと言うと、やはりそこに私の真実があったからだと思うのです。
つまり、魂が喜ぶ体験とでも言うのでしょうか、「これだよ、これ。」と心の底から思えたからです。
最初は意味がわからないこともあったし、オカルトっぽく感じたこともありました。
でも、どうしても「ここには何かがある」という思いが捨てられなかったのでしょうね。
特に、よく言われるようなことでも、そこに論理的な理由が示されていることが大きかったです。私は理屈っぽい性格ですから。
たとえば、「この世に起こることはすべて必然で、偶然はない。」などと言います。
今では私もそう言いますが、どうしてそんなことが言えるのでしょうか?
その理由を「神との対話」では、明確に示しています。
つまり、出来事は私たち自身が創造しているから。
よく考えてみてほしいのです。
もともと起こっている出来事の中で、たまたま時間と空間が一致したときに体験するのだとしたら、これは偶然に左右されないはずがありません。
中には必然的に導かれるものもあるでしょうけど、多くは偶然でしょう。
だって、その時間にその場所にいるかどうかなんて、今の私にはわからないし、何によって予定が変わるかもしれないのです。
でもそれが、私たちが自分でその出来事を創造しているとしたらどうでしょう?
原因はすべて自分にあります。自分が原因となって、出来事という結果を生み出しているのです。
これは原因と結果の法則に縛られていますから、必然でないはずがありません。
「いや、そうは言っても出来事には1人で経験するものばかりじゃなく、いやむしろ、多くは何人かで経験することじゃないの。それを自分だけが原因かのように言われても...。」
気持ちはわかります。私も同じように思いましたから。
そこを「神との対話」では、集団的な意識が集団としての経験を生むと説明します。
つまり自分一人の思いではなく、私たちの思いが合成されて、1つの出来事を引き寄せるのだと。
「それぞれが自由に考えることができて、その考えが原因となって出来事を引き寄せるのでしょう?誰と誰がどこでどんな出来事に遭遇するかなんて、そんな複雑なパズルみたいな組合せができるはずないでしょう。」
これについても、私も同じように考えました。
まあたしかに神様は全知全能ですから、そんなことができるのかもしれませんけどね。
それにしても、神が人間の考えにノータッチなら、なかなか難しいことのように思います。
それを「神との対話」では、私と神とは一体であり、あなたと神ともまた一体だと説明します。
つまり、私たちはバラバラのように見えて、実は「ひとつのもの」なのだと言うのです。
もし「ひとつのもの」であるなら、そんな複雑なパズルの組合せも、不可能ではないかもしれません。
他にも、「私たちはなぜ自由を喜び、自由をもっとも大切に考えるのか?」「思考が原因で出来事が結果なら、どうして思い通りにできないことがあるのか?」「性欲を抑えないと大変なことになるのに、どうしてそんな危険な性欲というものを人は持ち、セックスに対して大きな快楽を感じてしまうのか?」などなど。
様々な疑問に感じることに対して、論理的に理由を説明しています。
そしてそれらの説明に矛盾がなく、体系的になっています。全体的に理論が統合されているのです。
その美しさに感動しました。
この本の中で、まずは自分がそのように生き、その真実を包み隠さずに語ることだとありました。
ですから私は、そうしようと思ったのです。
それが具体的にどう誰かの役に立つのかとか考えず、ともかく自分がそのように生きることと、私自身のことを正直にすべて話そうと思いました。
このブログは、その試みでもあるのです。
さて、今日はFacebook友だちの福本さんに紹介されて、「つぼやクリニック」というところへ行って来ました。
なんでも金気功を取り入れ、鍼灸と同じように筋肉の疲れを取り、身体を癒してくれるのだとか。
福本さんが、つぼやクリニックの野村先生が私とよく似ていると言うので、興味を持ったのです。
いつもなら、「あまり必要とも思えないし、適当なことを言って、行かずにおこう。」と思うところです。
ともかく自分のことに対してはお金をかけないのが私のモットーですから。
病院も、滅多なことでは行かないと決めていますし。
しかし今回は、せっかく紹介されたのだから行ってみようと思いました。
ちょうどヒザとヒジを痛めていて、特に最近痛めたヒジが良くならないと、ソフトボールもゴルフもできなくなりそうです。
それで、その治療もできるならということで、予約したのです。
行ってみると、小さな整体院といった感じです。
でも整体とはまたちょっと違った感じで、患部あたりをポンポンと指で叩きながら施術してくださいます。
聞くと、金箔(金粉?)を塗り込みながら、筋肉を緩めたり引き締めたりするのだそうです。
原理的には針とかお灸とかと同じようなのですが、それを金箔を使ってやっているのだとか。
どうやってそういう方法を見つけたのか尋ねると、タイに来て、みんなが仏像に金箔を貼っているのを見たとき、何かあると感じたのだそうです。
日本の寺社などで香を炊いて、その煙を頭にかけたり、身体の位が悪いところにかけるという風習がありますが、実はあれも元はお灸から来ているのだそうです。
ですからそういう風習には、何か理由があるはずと睨んだわけですね。
目が悪い人は仏像の目に金箔を貼る。そういうタイの風習から、金箔と治療の関係に気づき、鍼灸師としての経験から、試してみた金箔でも同様の効果があったということなのでしょう。
ヒジは筋肉が弱っているとかで、その働きを強めるためのテーピングをしてもらいました。
そして、筋肉を強めるための運動を毎日するようにと、その方法も教わりました。
「ヒザは潤滑油不足ですね」と言われ、こちらはなかなか治りにくいようです。
35歳くらいのとき、富士山へ登る準備として高尾山に登ったとき、下りの途中で痛めた左ヒザです。
そして富士山登山のときも、下りで歩けないほど痛くなりました。
草野球でキャッチャーをしていて、その立ったり座ったりの動作の中でも右ヒザを痛めました。
タイに来てからはなんともなかったのですが、2年くらいまえ、曲げ伸ばしすると関節がポキポキと音がするようになってから、すぐに両膝が痛くなりました。
病院へも行きましたが、結局、炎症が引くまで待っただけで、何も治療らしいことをしていません。
今は痛みはほとんどないもの、ヒザの違和感は残ったままで、不安で走れない状態です。
さて、こんなヒジとヒザの故障ですが、金気功とやらで治るのでしょうか?
野村先生は、タイに9年住まわれているとか。
プーケットの津波、クーデター、黄シャツによる空港閉鎖、赤シャツと警備隊との衝突、洪水など、共通する話題で盛り上がりましたよ。
風貌は、たしかに私と似ているところもありますね。
しばらく通ってみようと思っています。



