自殺する人の気持ちってどうなのだろうと思って、橋の上から川面を覗き込んだことがありました。
私は臆病なので、自殺する気は全くなかったのです。
死ぬことさえできない自分だと、不甲斐なく感じていました。
それでせめて、自殺の真似ごとだけして、その気分を味わってみたいと思ったのです。
このまま飛び込んだら、私は泳げないから溺れ死ぬだろうか?
いやでも、こんな高いところから飛び込むのは怖い。
それに溺れたら苦しいだろうな。
そんなことを考えてしまい、まったく飛び込む気になれませんでした。本当に臆病者です。
実際、溺れかけたことはあるので、その苦しさや怖さは知っています。
あれは中学生の頃、友達と2人で海に泳ぎに行ったのです。
遠浅なので、どこまで行っても膝から腰くらいしか深さがありません。
それで腰くらいの深さのところまで歩き、そこから海岸線沿いに泳ぎました。
ある程度泳いで疲れたので立とうとした瞬間、頭まで潜ってしまったのです。
慌てましたよ。だって、足がつくと思っていましたから。
必死で陸に向かって泳ぎ、かなり泳いだと思ったところで立とうとしたら、またズボッと潜ってしまいました。
このとき、ひょっとしたらここで溺れ死ぬのかと思いました。
水を飲みながらそれでも必死に泳ぎ、まだ陸までかなりありそうに見えたところで、バタ足をしていた足先が砂をかきました。
すでに膝の高さくらいのところでもがいていたのです。
命拾いをしたと思いましたね。それ以来、海では足ひれをつけない限り、泳がないことにしています。(笑)
橋の上から飛び込む気分を味わいたく思ったのは、実は理由がありました。
それは私を原理研究会に誘ってくれた同級生の女性が、悩んだときに飛び込み自殺を考えたという話を聞いていたからです。
その女性は私より先に脱会し、既存のキリスト教会に入信していました。
彼女はいったい、どんな気持ちだったんだろうか?
それを知りたくて、そうしてみたのです。
ただ私には、どうしても飛び込もうという気持ちは湧いてきませんでした。
進むことも退くこともできず、ただ流されるままに流される生き方しかできない。
臆病で不甲斐ない私だったのです。
そのころ、渡辺真知子さんの歌 で、好んで聴いていた曲があります。
それが「メモリーズ」です。
死ぬこともできない、歩くこともできない、流されていっても、心の傷は癒えない。
これは失恋の歌ですけど、愛を獲得することに破れたという意味では、同じ心境だと思いました。
そんなことを考えていた昔が、なぜか無性に懐かしく感じます。
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