2018年02月16日

飼い喰い 三匹の豚とわたし



何を見て買ったのか忘れましたが、読み始めたら興味深くて、一気に読んでしまいました。イラストルポライターの内澤旬子(うちざわ・じゅんこ)さんが2008年10月から2009年9月まで、3頭の豚を飼い育て、屠畜場に出荷し、みんなで食べ比べをするまでのルポルタージュです。

昔はけっこうあったと思いますが、自分が育てた豚を自分で食べるということは、現代ではなかなか経験できません。「かわいそう」という感覚はないのか? そもそも、なぜこんなことを始めたのか? 様々な興味があって、この本を買ったのです。そして読んでみたところ、実に面白い。そして、いろいろと考えさせられました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

ちなみに畜魂碑を建てるという文化を持つ国は、日本の他にない。いや、探しているのだが、いまだ見つからない。」(p.3)

日本の屠畜場には、必ず畜魂碑や記念碑があり、畜霊祭のような家畜の魂を慰める行事があるそうです。日本人的には「さもありなん」と感じますが、こういうことが外国にないということに驚きました。


とはいえ現在は、アメリカやヨーロッパをはじめとする多くの経済発展国に住む人々が、動物の愛玩と食肉利用の境界には、堅固な壁があると信じこんでいるようにも思える。自分だって屠畜を取材するために各地を訪ねる以前は、そこに明確な境界があると信じていた。しかしそれはほんとうに不動の壁なのだろうかと、取材を重ねるうちに思うようになっていた。
 今回の計画は自分だけで気ままに行う試みなのだから、あえて名前をつけてかわいがった上で、つぶしてみてもいいのではないか。そもそも豚をかわいがったらどこまでかわいくなるのかということにも、興味がそそられる。
」(p.10)

何千頭もの屠畜を見てきた中澤さんは、それに対して「かわいそう」という感覚は持たなかったと言います。それが愛玩動物になったら違いがあるのだろうか、という疑問があって、今回のことを計画されたようです。

私の家では、鶏を飼っていたことがあり、卵を産まなくなるとつぶして食べていました。子どものころ、鶏に餌をやることがあったのですが、名前まではつけないものの、性格がおとなしい鶏には、「かわいい」ほどではなくても、少し思い入れがありました。その鶏が潰されたとき、その肉を食べるのに抵抗を感じたことを覚えています。


しかし生まれるそばから死んでいく豚に対面することで、何かが変わった。もし私があの時濡れた赤ちゃんを掴んで母豚の乳房につけてやったら、生きたのだろうか。それで助けてやっていればショックを受けなかったのだろうか。違う。そうではない。今自分が圧倒されているのは、生まれることの、死と隣り合わせの、文字通り紙一重の、どうしようもないはかなさだ。」(p.62)

豚の妊娠出産から立ち会うことにした中澤さんですが、出産ではショックを受けたようです。豚の排卵は20個ほどで、生れてくるのは10匹くらいなのだとか。しかし、死産も多いし、生まれても虚弱ですぐに死んでしまったり、猫が入ってきて襲われる子豚もいるのだそうです。

これまで、屠畜されていく豚を見てもショックを受けなかったのですが、この光景には何か違うものを感じたと言います。それは、生と死を分ける運命とも言うべき厳しさだったのかもしれません。


周りの反応を聞けば聞くほど、結局は何がかわいそうで何がかわいそうでないか、何を食べて何を食べないかという基準のもとになるものが、わからなくなる。結構いい加減な、単なる習慣に基づいているだけにすぎないのではと思わされる。なのにほとんどの人は、それを絶対的な確固たるものだと思い込んでいる。時にはタブーであるかのように、騒ぐ。実に不思議だ。」(p.140)

豚に名前を付けて飼おうとしたとき、屠畜関係の人からも反発を受けたそうです。農家が小規模に豚を飼っていた時でさえ、つぶす時は隣の農家と豚を取り替えたとか言って。一方で千葉のこの町には漁港があり、イルカをよく獲って食べているとか。欧米からは猛反発を受けていますが、イルカを食べるのは平気なのです。

たしかに、何を食べるかについては、それぞれ基準が違いそうです。この辺のことは、この前紹介した「おクジラさま」という本にも、同じようなことが書かれていますね。


二〇一〇年、宮崎県で起きた口蹄疫騒ぎで、感染を防ぐために殺処分せざるをえなかった牛豚に対し、もともと商売として飼って屠畜場に送り出すものなのに「かわいそう」と言う農家に違和感を持ったという意見が、ネットに上った。畜産の現場から離れたところから見れば、そう思えるのかもしれない。
 でも違うのだ。畜産は、そんな単純なものではない。自分がやってみて思ったのは、生き物を育てていれば、愛情は自然に湧く、ということだ。
」(p.171)

肉食用の家畜を育てていても、健やかに育って欲しいという愛情が湧くと言います。それは単に、それによって経済的な恩恵があるからだけではないのだと。

「健やかに育て」と愛情をこめて育てることと、それを出荷して、つまり殺して肉にして、換金すること。動物の死と生と、自分の生存とが(たとえ金銭が介在したとしても)有機的に共存することに、私はある種の豊かさを感じるのだ。」(p.172)

前に紹介した「いのちをいただく」という本では、屠殺をしている坂本さんの話があります。農耕用の牛だったと思いますが、いずれ使えなくなれば食肉になる運命だったのでしょう。私の実家の向かいも、農耕用の牛を飼っていました。どうしたのかは知りませんが、おそらく肉牛として売ったことがあったと思います。そういうことが、以前は普通にありました。


これまで私と三頭が交わしていたものが、どこに消えてしまうのかが、皆目見当がつかなかった。消えたら消えたでいいような気もするし、とても寂しい気もする。
 ペットではない。まして家族や友人でもない。彼らは家畜だ。かなりペットに近い形で飼ったかもしれないけれど、家畜だ。でも、たしかに愛情を交わし積み重ねてきたのだ。
 豚を食べるために殺すのに躊躇はないけれど、豚をずっと飼い続けていたい。
」(p.207 - 208)

屠畜の日が近づくにつれ、中澤さんの心には矛盾する思いが湧いてきたようです。最終的には、やはり食べることに決めるのですが。


しかも豚を一一〇キロまで育てるのにその三倍、三三〇キロの餌を食べさせている。肉はエコロジカルな食品ではないから、食べるのをやめるべき、と主張している団体の言うことも、わかる。ちなみに牛の場合は六五〇キロの体重の三割である、二〇二キロしか精肉は取れない。
 ただし、肉は美味い。私たちの生活文化に深く入り込んでいる。すべての人が地球環境のためを思って、植物だけを食べて生きる暮らしにシフトできるかといえば、非常に難しいのではないかと思う。
」(p.245)

豚の精肉は正体重の5割以下。牛になると3割。もちろん、内臓も食べられるし、骨も利用されますが、あくまでも精肉として私たちの口に入る精肉で考えると、それだけなのです。たしかに非効率と言えるかもしれません。その事実は私も認めます。ですが、私も肉は美味しいと思います。そして、肉を食べてきた文化を持つ民族もいます。一概に否定されるべきものではないと思うのです。


帰ってきてくれた。
 夢も秀も伸も、殺して肉にして、それでこの世からいなくなったのではない。私のところに戻って来てくれた。今、三頭は私の中にちゃんといる。これからもずっと一緒だ。たとえ肉が消化されて排便しようが、私が死ぬまで私の中にずっと一緒にいてくれる。
 こんな奇妙な感覚に襲われるとは、私自身、ほんとうにほんとうに思いもしなかった。
」(p.277)

3頭の肉を料理して食べた中澤さんは、こんな不思議な感覚を感じたのだそうです。


肉食をやめる、つまりとりこむ生命体を選んだところで、何かを殺していること自体に変わりはない。どこにボーダーを引くのかは、人間の暮らす社会の都合次第でいかようにでも変わる。そこに正義も善悪も真理もない。その生物を食べたいのか、食べたくないのか、種として残したいのか、残したくないのかがあるだけだ。それは人間の意思であり、エゴと言ったら言い過ぎだろうか。
 むしろ肉として食べながら、殺すこと、屠畜することを忌み嫌うように仕向け、時には屠畜どころか食肉全般の仕事に対して差別すら生んでしまう社会のありかたや、宗教、人々の気持ちと向き合い、なぜなのか、なぜなのか、と繰り返し問うてきたのだ。
」(p.277 - 278)

中澤さんは、答えは出ないと言います。感謝して食べたからと言っても、それすら罪悪感に被せる免罪符のように思えるとも言います。これとて、その考え方が「正しい」とも言えません。それぞれにそれぞのれの考え方があり、絶対的なものではないのす。

中澤さんは今回のプロジェクトによって、名前を付けた豚を殺すことを「かわいそう」と感じる人の気持ちも理解できると言います。しかしそれ以上に、生産、屠畜、解体、料理と、様々に関わってくれた人々への感謝の気持ちの方が大きいと言います。


今回の震災で、改めて電気と石油と水がなければ、どうにもならない大規模養豚の現実を知った。放射能事故では、不思議な逆転現象がおきた。これまでずっと輸入肉よりも国産肉の方が安心安全であるともてはやされてきたのに一転、輸入肉の方が安全、と思われるようになった。被ばく量以外のことに関して、輸入肉の衛生基準や安全対策について、何か進歩があったと言うわけでは、もちろんない。
(中略)
 非常に複雑な気持ちになる。被ばくを恐れるのは当然のことなのであるが、国産飼料にも、放牧養豚にも、それぞれ志を持って挑戦していた人たちがいると思うと、ほんとうに悲しい。」(p.302)

飼養頭数が増えることで、1頭の価格は安くなりました。しかし、大規模化によって、電気、石油、水が大量になければ畜産はなりたたなくなりました。東日本大震災の時は、電気が止まっただけで、日本の畜産は大変な状態になったのですね。

理想を描いて放牧をしていたところは、逆に放射能汚染の風評被害にさらされることになりました。恐がる気持ちもわかるけれど、様々な矛盾を感じ、中澤さんは忸怩(じくじ)たる思いを抱かれたようです。


最近、教育現場でも、こういう取り組みはあるようです。家畜を飼育して、それをつぶして食べるというものです。それに対して、賛成反対いろいろ意見があるようです。そういうこともあって、私はこの本のテーマに関心を持ちました。

そもそも、生命をいただかなければ生きていけないのが、この世界の生き物です。人間とて例外ではありません。「かわいそう」と感じれば、食べることを否定できるのか? 愛情をかけることと食べることは矛盾するのか? 「かわいそう」は愛情なのか? とても深遠なテーマだと思います。

おそらくこれは、絶対的な正解などないのです。現時点での私にとっての「正しさ」が存在するだけです。だからこそ、他人に押し付けるべきものではないと思います。それぞれが、このテーマについて考えを深めてもらえるといいかと思います。この本は、そのために役立つと思います。

飼い喰い 三匹の豚とわたし
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:26 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

ナチュラル・レイキを始めました

今年(2018年)の1月に、日本伝統のレイキである直傳靈氣の師範格を取得しました。

これで、レイキを極めるための活動は、一段落かなと思っています。西洋レイキもマスターになってアチューンメントができるようになりましたし、直傳靈氣も霊授ができるようになったので。

massage_obaasan.png
しかし、今月末には妻の実家があるタイの田舎、イサン地方へ引っ越します。そこには日本人はほとんどいませんから、レイキの施術はできたとしても、講習を行うことができません。私がタイ語をあまり話せないことや、日本語での講習しかできないという制約があるからです。


そんな時、かねてから考えていたタイ人にレイキを伝えるために、大胆に簡略化したレイキがあってもいいのではないかと思ったのです。そしてそれを、「ナチュラル・レイキ」と名付けました。

なぜこんな名前にしたかと言うと、レイキの本来の姿は自然であり、本能だと感じたからです。人は、お腹が痛ければ手を当てます。怪我をした場合も、痛ければ手を当てます。なぜですか?

おそらく誰も、その理由を答えられないでしょう。それは、「本能だから」としか言いようがないのです。

その証拠に、お腹が痛い時に手を当てている犬や猫はいますか? 怪我をしたとき、手を当てている動物はいますか? いませんよね? 人間だけなのです。

犬や猫は、怪我をしたときに傷口を舐めます。なぜですか? 舐めると傷の治りが早くなると知っているからですか? 違いますよね? 犬や猫は、本能で舐めるのです。

生命の智恵は偉大だと思います。本能でそういう行動をさせているのですから。ですから、病気や怪我を癒やすためには、ただ手を当てれば良いというのが人間の本能であり、自然な所作なのです。


ナチュラル・レイキは、そういう人間の本能に従うことによって行うレイキです。そもそもレイキは、そういうものでした。創設者の臼井甕男(うすい・みかお)氏は、けつまづいて親指の爪が剥がれる大怪我をしたとき、痛さから思わず手を当てたのです。するとたちどころに痛みが消え、傷が癒えた。それがレイキの始まりです。

選ばれた人だけができる特別な能力ではなく、元々誰もが使える能力。それがレイキです。ですから、アチューンメントや霊授を受けなければレイキができないということはありません。もしそうしなければできないと言うなら、それは本能ではないことになってしまいます。


ただし、人は本能で歩けるとしても、赤ちゃんは歩けませんよね? 歩く能力があることと、歩けることは別なのです。レイキも同じように、手を当てれば癒す能力があることと、実際に癒せるかどうかは別です。

本来、アチューンメントや霊授は、元々ある能力を開花させるものです。しかし、開花させるのに特定の方法が必要なわけではありません。赤ちゃんがいつしか自然と歩けるようになるのと同様に、レイキができるようになるのにも様々な方法があり、いつしかできるようになるものなのです。


これが、「ナチュラル・レイキ」の重要なポイントです。詳細は、「レイキ癒し処」「ナチュラル・レイキ」の各記事をご覧ください。

この考え方にしたがえば、あまり小難しいことを教える必要性がなくなります。私のたどたどしいタイ語でも、タイ人に伝えられるのではないかと思っています。
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:12 | Comment(0) | レイキ・ヒーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

おクジラさま



予想外に素晴らしい本でした。そう最初に結論を書きたくなるほど、すごい内容だったのです。あとで引用したいと感じるページには折り目を入れながら読むのですが、それがなんと34ページもあります。さすがにそれだけ引用することは難しいので、この紹介記事をどう書こうかと頭を悩ませています。

著者は佐々木芽生(ささき・めぐみ)さん。大ヒット映画「ハーブ&ドロシー」の監督です。その最新作の映画が、同名の「おクジラさま ふたつの正義の物語」。2017年9月9日より日本国内で公開となっています。これは、「ザ・コーヴ」で話題になった太地町のこと、捕鯨のことなどを、賛成派反対派双方の視点から問い直してみる映画なのだそうです。

この本は、その映画公開と同時に発行されました。サブタイトルに「ふたつの正義の物語」とあります。これは映画のタイトルにも付けられています。どっちに正義があるのか、はたまた別の真実があるのか。そんな問題に取り組んだドキュメンタリーのような内容です。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

この映画制作者の独善性と、漁師に一方的に向けられたカメラの暴力性が、『ザ・コーヴ』への最大の不快感であり、違和感だった。ドキュメンタリー作家としての倫理の許容範囲を超えているように思えた。」(p.11)

佐々木さんは、アメリカで上映された「ザ・コーヴ」を観て、このように感じたそうです。自分たちが正義だから相手を悪だと決めつける独善性、その正義のためなら相手を騙すことも平気で行う手段を選ばない態度などに、不快感を感じたと言います。


私は、『ザ・コーヴ』のような映画がアカデミー賞を取ったこともさることながら、日本側から『ザ・コーヴ』制作者へのきちんとした反論が聞こえてこないこと、そして太地という町がピンポイントで国際社会からやり玉にあげられてしまった不運に、驚きと大きな憤りを感じた。」(p.16 - 16)

「ザ・コーヴ」がアカデミー賞を受賞した時、太地町の町長は声明を発表しました。その内容は、映画が科学的根拠に基づかない虚偽のものであるし、太地町の漁は県の許可を受けた正当なものだ、というような内容でした。しかし、アメリカに届いたのはこの町長のコメントくらいで、日本政府や知識人などからの有効な反論は届かなかったのだとか。


しかし実際のドキュメンタリー「映画」とは、作家が独自の視点で事実を自由に切り貼りして、言いたいことを訴える表現手段というのが世界的理解だ。」(p.31 - 32)

ドキュメンタリーとは、客観的な立場から事実を伝えるもの、という観点から「ザ・コーヴ」を批判する人が多かったそうですが、それに対して佐々木さんは無意味な議論だと感じたそうです。

『ザ・コーヴ』がドキュメンタリー映画というジャンルに当てはまるかどうかはどうでもいいことで、それよりも北教育長が証言したように、取材者への不誠実な態度、制作者の独善的な姿勢、事実誤認の部分など内容そのものを検証し、正面から批判すべきだったと思う。」(p.33)

これは、映画が何を伝えるかということが、問題の本質にあるからです。仮にそれがフィクションであっても、日本が第2次大戦で残虐なことをしたという映画が多数作られ、年中上映したら、人々はそれを真実だと受取ります。そしてそういうことが起こっています。(日本人は無関心ですが。)でも、そこが問題なのです。


まずアメリカ人は自分たちで考えることを教育されている。だからきちんとした情報さえあれば、公平に判断してくれるはずだ。
 ところが捕鯨問題に関しては、反捕鯨を唱える環境保護団体からの情報しかない。そのためアメリカ人は、反捕鯨側の意見だけで判断するしかない。
」(p.33)

効果的な反論や適切な情報開示が行われないために、大衆を敵に回すことになっていると言うのですね。これは渡部昇一さんも、アメリカは大衆の意見で動くのだから、政府を相手にするより「みなの衆」を相手にすべきだと言われていたことと符合します。大衆に対して、血の通う言葉で訴える必要があるのです。


この映画が提示するものは、クジラやイルカの問題をはるかに超えるテーマではないか。北が言うように、違う価値観や文化、歴史を持つ人間たちが、地球の限られた資源をどう共有し、共存していくのか。映画は、そこまで問いかけなければならない。」(p.36)

佐々木さんはこう言って、今回の映画に取り組む姿勢を示しています。まさにこれこそが、この本のテーマにもなっています。


交わることのない考え方や価値観の違いは、気が遠くなるほど大きいように見える。ここに歩み寄りを期待するほうが、間違っているのかもしれない。何だか絶望的な気持ちになる。戦争とは、こうして始まるのかもしれないと思う。」(p.85)

私も、こういう絶望感を感じることが多々あります。歩み寄る姿勢とは、自分を曲げることではありません。相手の中に、自分が気づかなかった真実があるかもしれないという、可能性を持ち続ける姿勢です。根本的に相手に対する敬意を持ち続ける姿勢だと思います。


これだけ世界の批判が日本に集中しているのに、日本側から有効な反論が聞こえてこないことへのもどかしさ、その原因のひとつは、英語での情報の欠如と、日本側からの情報発信の仕方がまずいと気がついていること。」(p.116)

佐々木さんは、きちんとした反論が英語でなされないために、問題が深刻になっていると考えているようです。そのために、互いが憎しみ合い、対立し合っている。そのことが悲しいのだと。これはまさに、慰安婦問題などの構図です。遠慮してきちんと反論しないから、誤解され続けているのです。相手を誤解させておいて、誤解する相手を非難する。そんな関係になっています。


私たちは、人間と似たような動作や感情表現をする生き物を賢くかわいいと思う。だからと言って、人間らしい生き物だけを優れていると決めつけて、優先的に保護しようという考え方は、いかがなものだろうか。」(p.134)

たしかに、イルカやクジラは、人間に近いコミュニケーションを示します。しかし、だから優れているとか、だから保護されなければならないと線引きをすることに、私も違和感を覚えます。そういう考え方を否定するつもりはありませんが、その考え方だけが絶対的に正しいとは言えないと思うからです。では、何を基準にするのか? そこに絶対的な基準はないと思います。だからこそ、他人の価値観を否定することは、対立を煽るだけで無意味なのです。


私は、玉林のことを知り画像や映像を見たことで初めて、太地を訪れる外国人活動家の気持ちに寄り添ってこの問題を考える機会を得た気がした。彼らがイルカやクジラに抱く強烈な感情は、きっと私の玉林の犬に対する思いに近いのだろう。しかし、外国人が現地に行って自分の考えを地元の人に押し付けたり、「残酷」や「野蛮」というレッテルを一方的に貼って世界に発信すれば、それは差別ととられても仕方がないし、地元の人の反発を買うのは当然だ。」(p.157)

犬を食べる習慣がある中国の玉林でも、一方的に報道され、批判されたことがあったそうです。その時、地元住民は声を大にして言い返しました。また報道記事へは、中国系アメリカ人から相当な反論があったそうです。こうやって反論があることによって、大衆は偏った意見だけに洗脳されることがなくなります。


この時ハンターが持っていたある明快なビジョンこそが、その後のグリーンピースを巨大組織に成長させ、環境保護活動の手本となった。
 それは、現場へ行って「クジラの命を救う」ことではなかった。救うために活動している自分たちの姿を「映像に収める」ことだったのだ。具体的には、ソ連の捕鯨船が放つ銛(もり)とクジラの間に、自分たちが船で突入するところを、確実に映像で捉えることだった。
」(p.210)

自分たちをヒーローとして描くことが支援者を増やすことになる。いくらクジラを助けに行って何頭助かったと報告しても、それでは支援者は増えないのです。ストーリーを映像で伝える。これは人の感情にストレートに訴えかける方法なのです。

一握りの若者たちのグループが、世界最大の環境保護団体に発展したのは、何よりも優れたメディア戦略があったからだ。というよりグリーンピースそのものが、環境保護を訴える「メディア組織」そのものだったからだ。」(p.213)

映像でストーリーを語るということが、どれだけ人々を根拠なく動かすことができるかということだと思います。もし、洗脳ということを言うのであれば、まさにこれが洗脳だと言えるでしょう。


結果として、良識を持ったジャーナリストがどんなに中立でありたいと思っても、太地側から何の情報も得られないまま記事を書くことになり、情報源としてシーシェパードのような団体に頼らざるを得なくなってしまう現実がある。」(p.215)

小さな町に、英語で海外のメディアに対応するような組織はありません。営業時間が終われば、対応は明日に持ち越されます。一方、シーシェパードのような団体は、つねにWEBサイトなどで大量の情報を英語で発信しています。締切のあるメディアは、中立にしたいと思っても、それができない現実があるのです。だからこそ、日本政府がもっと危機感を持って、こういうことに対応すべきだと私は思います。慰安婦問題もそうですね。


言葉は武器になる。毒に満ちた言葉によって、人は病に倒れることさえある。彼らが私に向けて放った強力な毒を私は身体で感じ取った。そしてベッドから起き上がれなくなった。」(p.225)

佐々木さんが中立的な映画を創っているという情報が新聞の英語版で流れた途端、シーシェパードなどから散々に叩かれたようです。彼らは佐々木さんのことを恐れ、まだ力が弱いうちに叩こうとしたのでしょう。言論の自由というものはありますが、言葉は人を殺すことさえ可能な武器なのだと思います。


日本で捕鯨に反対する活動家を批判する時、よく聞くのが彼らの目的が「金儲け」だというものだ。しかし企業が利益を上げるのと、環境保護団体のようなNPOが利益を上げることが、まったく別問題であることはあまり理解されていない。」(p.241)

人は、相手の行動が理解できない時、自分の価値観を当てはめて理解しようとします。それがまさに、シーシェパードなどは金儲けのためにやっているという考え方です。しかし、そういう思い込みで相手を決めつけ、思考をストップさせることが、相互の理解を妨げる結果となっています。


捕鯨に反対する海外の活動家と日本の捕鯨推進派は、実は奇妙な共存関係にあるのかもしれない。海外の活動家にとって、クジラやイルカ問題は効率良く活動資金を集めるための材料だ。クジラ、イルカ以外の動物を使って、同じ規模の資金を集めるのは難しいだろう。だから、やめられない。一方、日本の捕鯨推進派にとって、シーシェパードなど海外の活動団体は、日本の文化や伝統を攻撃する「敵」である。「敵と戦う」という理由で日本の世論を簡単に味方につけられる。」(p.247)

日本人で、今、クジラ肉や、ましてやイルカ肉を食べる人は、ほとんどいないと言っていいでしょう。しかし、捕鯨に賛成する人は60%に達すると言います。つまり、外国から土足で踏み入られ、潰されそうになっている日本の文化を守ろうという意識なのです。もし、こういう責め立てるようなことをしなければ、日本人は自らの意思として捕鯨をやめるかもしれない。そういうことを佐々木さんは指摘しています。


今、世界を動かしているのは、日々人間の「感情」に大きく揺さぶりをかける、インターネットとソーシャルメディアの拡散力と、そこを通じて発信される単純化されたメッセージだ。」(p.274)

この例として、ツイッターをうまく使ったトランプ大統領の当選や、イギリスのEU離脱をあげています。サイレントマジョリティたちが、インターネットの情報などから、自分たちの主張を示したのだと。

それが本当かどうかはわかりませんが、単純化されたメッセージが感情に大きく揺さぶりをかけるというのは本当だろうと思います。本当は人は千差万別であり、様々な考え方の違いがあるのに、レッテル貼りをする(単純化)ことでまったく交わることができない異分子という認識を作り、それを敵とみなすような考え方が広まっています。

そうやって作られた敵同士がネット上で様々なバッシングを行い、ヘイトスピーチを繰り返し、いがみ合っているのです。


『ザ・コーヴ』は、我々をサディストのように描いた」という、刺激的な英語の見出しがつき、記事は全世界に配信された。太地の一行は、思いを伝えることができて、心のつかえが少し取れたようだった。三軒町長が、取材を終えてホテルへ帰る時にポツリと言った。「これからは、ちゃんと発信していかなければなりませんね。今回釜山に来て、その大切さがわかりました。」

 和歌山県の小さな町で起きている紛争を観ながら、戦争とはこうして始まるのだと思った。
」(p.277)

2016年10月に、映画「おクジラさま ふたつの正義の物語」は、韓国の釜山国際映画祭で世界初公開されました。その時、太地から町長もかけつけ、海外メディアからの取材を受けたのです。観客の多くは、太地町に同情的だったと佐々木さんは言っています。


この本を読んで思ったのは、本当に正義は人それぞれにあるのだということです。太地町には太地町の、シーシェパードにはシーシェパードの正義がありました。その争いに関連して、日本人には日本人の、アメリカ人にはアメリカ人の、そしてその他にもたくさんの、その人なりの正義があるということです。

まずはそれを認識することが重要だと思いますが、認識できない人もいます。そういう人には助けが必要です。その助けの一つが、自らの情報を発信するということです。決して相手を批判するのではなく、自分はこう考えるのだという冷静な考え方です。他の人をリスペクトしながらも自分をリスペクトする。そうやって自分の情報を発信することが、自分だけでなく相手を救うことにもなるのです。

もちろん、そう簡単にことは解決しないかもしれません。しかし私たちは、この地球上で一緒に暮らしていかなければならない人間同士だという関係でもあります。そんな人間同士が、いがみ合っていた方が良いのでしょうか?

だんだんと距離感が縮まってきた現代。他と関係を持たずに1人で暮らしていくことなど不可能です。そうだとすれば、他人との関係をどう築けば良いのかを、考えて見る必要があるのだろうと思います。そのためにもこの本は、重要な視点を与えてくれると思いました。

おクジラさま
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:47 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月04日

人生を照らす禅の言葉



白駒妃登美さんが紹介されていたので、この本を買ってみました。臨済宗円覚寺派館長の横田南嶺(よこた・なんれい)氏の本です。月刊雑誌「致知」に「禅語に学ぶ」と題して連載されたものを元に、1冊の本にまとめられたものになります。

横田氏は、高校生の頃から坂村真民さんに傾倒しておられました。そういうこともあり、真民さんの詩を数多く紹介されています。禅と聞くと、何だかわかりにくい禅問答を思い浮かべますが、とてもわかり易い表現で解説しておられ、読みやすい本でした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

江戸末期に神道の一派を開いた黒住宗忠(くろずみ・むねただ)は、毎朝の日の光を拝むことを大切に説かれた。お日様の光を吸い込む、日拝(にっぱい)という修行が今でも黒住教で大切に行われている。「天地万物はお日様の光あたたまりの中に養い育てられている」「各々からだのあたたまりはお日様からいただいたものである」など、簡明な教えを説かれている。」(p.35)

森信三先生も黒住教の教えを評価されていたそうです。そして真民さんもその教を学び、毎朝の光を吸う「初光吸飲」という行を続けておられました。真理を体得された先人の教えは、相通じるところがあると横田氏は言います。

私の友人にも、毎朝のように日の出の写真をFacebookにアップする人がいます。日の出を拝むという感性は、日本人にはもう当たり前のことのように感じます。


古来禅の修行は行雲流水などと言われ、自由自在に師を求めて行脚(あんぎゃ)をした。それも大事である。しかし、どこにいてもその師や道場の欠点ばかりを目にしていてはものにはならない。」(p.57)

これは、「法遠(ほうおん)去らず」という禅語の紹介に書かれています。この禅語の意味は、法遠という修行僧の話です。厳しい師のもとで修行しようと通っても、なかなか許してもらえない。そればかりか、雪の舞うある日、入門を求める僧たちに頭から水をかけたのだそうです。多くの僧は去っていきましたが、法遠だけは去らなかったとか。

こうして入門を認められた法遠ですが、これで終わりではありません。たびたび怒りに触れ、無理難題を押し付けられる。それでも自分は道を求めて来たのだからと、そこを去ることなく修行を続けたのです。

人生には、理不尽な出来事が多々あります。その時、そういう自分の外のものに原因を押し付け、自分の生きる道を見失ってしまいがちです。そういう時こそ、この「法遠去らず」という禅語を思い出してほしいと、横田氏は言われるのです。


お釈迦様は、自ら人間において道を求め、人間において悟りを得たと語られたが、お釈迦様を尊崇するあまりに、時代が経つにつれて、お釈迦様を神格化し、我々にはとても及ばない高いお方だとして、我々はただあがめ奉るようになっていった。仏や祖師を尊崇することは尊いことには違いないが、禅はそのようなあり方を否定した。」(p.84)

これは「一無位の真人(しんにん)」という禅語の話です。つまり人には誰にもその中に、「一無位の真人」という素晴らしい存在があるのだということです。

「一無位の真人」は常にお互いの眼でものを見ており、耳で聞いており、鼻で匂いを嗅いでおり、舌で味わい、身体に触れて感じている。この生きてはたらいているいのちそのものにほかならない。」(p.84)

私たちは、本質である「生命(いのち)」を見るのではなく、属性的なものを見て判断しがちです。お釈迦さまが素晴らしく、自分は凡人だという見方も、属性的な見方なのです。お釈迦さまにも自分にも、素晴らしい生命が宿っており、その生命こそが何にも代えがたい素晴らしいものであると見る。そういう見方が重要なのですね。


そんな一時の感情を苦にしなくてもいいのです。それよりも、いま自分は泣いていると自分を認める。気がついているもう一人の自分が、あなたの中にいることに気がついたことがありますか。今僕が喜んでいると、喜んでいる自分を知るもう一人の自分が、あなたの心の中にいることを考えてください。このもう一人の自分を身体で学ぶのが禅の修行なのです。」(p.95)

これは松原泰道氏の「一期一会」という書物に載っていた話だそうです。「本来の面目」という禅語の話の中にあります。「本来の面目」とは本当の自分のこと。それは、自分が何をしているか、何を感じているかを観察している自分のこと。それが「生命(いのち)」そのものなのです。


果たして私たちは、このように自分のいのちをなげうってまで人を救えるであろうか。それは難しいことであろう。かといってできない人を責めることはない。
 ただ、こうして今この世に生まれて、生きていられるということは、不思議なこと、ありがたいこと、賜ったいのちなのだと真摯に受け止めて、自分の都合ばかりを考えずにこのいのちを何かのお役に立つように勤めようと願いたい。誰かのお役に立ってこそ、初めて本当の利益であり、真の功徳でもあろう。
」(p.111)

これは「無功徳」という禅語の話です。禅宗の開祖である達磨大師が梁(りょう)の国に入られた時、その王は熱心な仏教の信者だったので、達磨大師を厚くもてなしたそうです。そして、自分が行ったことを示して、どんな功徳があるかと尋ねたとか。その時の達磨大師の答えが「無功徳」だったのです。

利益を求めて信心に励む人は多いですが、利益というのは「他人のためになること」だと言います。自分の益を求めるようなエゴイスティックなものではないのだと。したがって、自分の益になるかどうかを度外視して、ただ自分がそうあるべきと思うあり方を体現しようとすること。それが真の功徳なのだろうと思います。


和するということは、強制し統一するのでなく、お互いを認め合うことである。違いを認め合ってこそ和することができよう。自らの利益ばかりを求め、他に強制し統一しようとばかりしていては、ますます大宇宙の大念願から逸れてしまうであろう。」(p.186)

これは「和気(わき)、豊年を兆(きざ)す」という禅語の話です。「「和気」は、穏やかな気分、和らいだ心、相和合した陰陽の気、暖かい陽気という意味がある。」とあります。「和して同ぜず」や「和え物」という言葉が示すように、「和する」というのは、それぞれの個性を活かして調和することです。

最近の日本では、「常識に従え」とばかりに均一化することが調和だとする傾向があります。しかし、本来はそうではないのです。それぞれ、性格も考え方も価値観も違う人が集まり、互いにその違いを認めあって一緒に暮らす。その違いをよしとして、その上でどうするのが互いのためにいいかを考える。最初から相手を否定したり、自分たちの考えを押し付けることではないのです。


妻よ
 三人の子よ
 法要もいらぬ
 墓まいりもいらぬ
 わたしは墓の下にはいないんだ
 虫が鳴いていたら
 それがわたしかも知れぬ
 鳥が呼んでいたら
 それがわたしかも知れぬ
 魚が泳いでいたら
 それがわたしかも知れぬ
 花が咲いていたら
 それがわたしかも知れぬ
 わたしはいたるところに
 いろいろな姿をして
 とびまわっているのだ
 墓のなかなどに
 じっとしてはいないことを知っておくれ
」(p.198)

真民さんの「坂村真民全詩集 第五巻」からの引用です。この真民さんの詩は、まったく知りませんでした。まるで「1000の風になって」という歌のようですね。

しかし、多くの人がこう言うように、私たちは肉体ではなく、本質は不死の魂なのだと思います。だからこそ、肉体がなくなった後も、様々な姿となってこの世に存在する。いえ、この世そのものが幻想だから、本質的な世界には存在し続けるのだから、幻想であるこの世に偏在できるのです。


古代中国において、禹王(うおう)が船に乗って河を渡ろうとすると、竜が襲ってきた。船に乗っている人はみな恐れおののいた。しかし禹王は「生は寄(き)なり、死は帰(き)なり」と言って、平然として取り乱すことがなかったという。」(p.213)

「生は寄なり、死は帰なり」というのは、魂の故郷はあの世であり、生とはあの世からこの世に立ち寄ったもので、死とはあの世へ帰るものだから、何ら死を恐れることはない、という意味になります。

私も、子どもの頃には死が恐くて、その恐さから泣きながら眠った夜もありました。自分というものがまったくなくなってしまう虚しさ、二度と愛する人と会えない、つまり愛されることのない悲しさを感じたのだろうと思います。しかし今は、魂は不滅だということを受け入れているので、死そのものへの恐さはあまりありません。ただ、痛いのは嫌だなぁと思うくらいです。


白駒さんの紹介なら間違いないだろうと思い、あまり内容も吟味せずに購入しました。読んだ結果は、大正解でしたね。後でわかったのですが、これは雑誌「致知」に連載されたものがベースです。それならもう間違いありません。今でこそ購読していませんが、おそらく20年か30年くらい前に10年くらい購読しました。とても内容の濃い雑誌で、最近話題の無意味なゴシップ雑誌とはまったく異なります。

「致知」では、真民さんの話もたくさん紹介されていましたね。横田氏の連載も、そういうところからつながったのかもしれません。雑誌を購読されている方には、同じ内容の繰り返しになるかもしれません。しかし、繰り返して読んでみるのも良いものです。それだけ深い内容がありますから。

人生を照らす禅の言葉
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:55 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月31日

セーラー服の歌人 鳥居



たしか「みやざき中央新聞」で取り上げていたセーラー服を着た歌人に興味を覚え、本を探してみました。歌集もあったのですが、それよりこちらの方が面白そうに感じたので買った本を読みました。サブタイトルに「拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語」とあります。帯には「母の自殺、小学校中退、施設での虐待、ホームレス生活−−」とあります。いったいどれだけの逆境を乗り越えてきたのか、その人生に興味が湧いたのです。

作者は岩岡千景さん。中日新聞(東京新聞)の方のようです。2人の娘さんを持つシングルマザーとのこと。本の中にも書かれていましたが、この主人公の鳥居さんに共感される部分が多々あったのだろうと思います。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

大人になった今でもセーラー服を着ているのは、「小学校や中学校の勉強をやり直す場を確保したい」という気持ちを表現するためです。」(p.17)

義務教育の場合、たとえ学校に通えなくなっても、卒業させられるのだそうです。そして、この件は後で触れますが、一度卒業してしまうと、もう二度と入り直すことができなかった。鳥居さんの場合、自分で新聞を読んで漢字を覚えたりしたものの、英語も算数も習っていないため、いわば知識がチグハグなようです。それを自覚されていて、小学校の勉強からやり直したかったと思われたようです。肩書は一応、高校中退のようですね。


「虐待」とは通常、保護下にある者に対して行われる暴力や嫌がらせなどの行為を指します。しかし鳥居は、施設で年長の男の子や女の子から受けた暴力やいじめのことも、あえて「虐待」と呼んできました。
 保護者である大人たちがそうした状況を、見て見ぬふりをしていたからです。
 そして、そうしたひどい状況に置かれた子たちがいることを、「多くの人に知ってほしいし、関心を持ってほしい」と思っています。また、「多くの人に知られることが、状況を変えることにつながる」とも思っています。
」(p.82)

たくさんの虐待を受けた鳥居さんですが、施設の先生や子どもたちに対して恨みはないと言っています。そういう人たちには、そういう人たちの理由があり、それぞれに大変な思いをしていたのだろうと思い遣るのです。

私たちが何か声を上げれば、すぐに改善されるわけではありません。また虐待をしていた人を責めたとしても、問題を矮小化してしまうだけだと私は思います。鳥居さんが言われるように、まずは知ること、関心を持って知ろうとすることが重要なのではないかと思います。


母が他人の痛みを自分のことと感じる人だったように、鳥居も、事件のニュースを見聞きすると、被害者だけでなく被害者を守れなかった家族の思い、事件を起こすまで誰にも鬱屈(うっくつ)した気持ちに気づいてもらえなかった加害者の思いなども痛々しく感じてしまうようです。」(p.86)

サブタイトルからすると、ホームレスをしながら落ちていた新聞を拾って字を覚えたかのように感じられたのですが、そうではなかったようです。施設の中に積まれていた職員が読み終えて捨てるばかりの新聞を読んでいたのです。

テレビで「通り魔殺人」などのニュースを見聞きするのは、耐えられなかったと言います。一方、新聞は冷静に淡々と書かれているので、安心して読めたそうです。鳥居さんの感受性の豊かさ、想像力の深さが感じられます。


それらの短歌と出会って以来、鳥居にとって、短歌は”目の前の「生きづらい現実」を異なる視点でとらえ直すもの”になりました。
 自分を否定しなくて済む「居場所」となったのです。
」(p.142)

鳥居さんは、人は誰でも生きていくのに、現実以外の場所が必要なのだと言います。それが映画だったり、ディズニーランドだったりします。鳥居さんにとっては、短歌の世界がそうだったのですね。

「居場所」という言葉は、前に読んだ「だから、居場所が欲しかった。」という本で出会った言葉です。そこにいれば安心していられる。人は、どこかでありのままの自分で安心していられる場所を探しているのだと思います。


鳥居の先祖は、「八百万の神が集まる場所」とされる出雲の出身です。
 また鳥居自身も、伊勢神宮(天照大御神(アマテラスオオミカミ)などを祀(まつ)った日本を代表する神社)がある三重県の空気を吸って育ちました。
 また、見えざる世界と現世との「境界に立つということ」に興味があることも、このペンネームをつけた大きな理由だそうです。
」(p.163)

鳥居さんのペンネームには、こういう理由があったのですね。それにしても、私の故郷、島根県とも縁があったとは。なんだかそれだけで親しみを感じます。


それでも、短歌に限らず、芸術がもっと広まったらいいのに、とその時も思ったんです。世界を美しく切り取った芸術に出会えて感動できたら、うつの人も、人生に面白みを感じて生きていけるんじゃないか。生きていると、つらいことばっかりだから……感動がなかったら、とてもやっていけない。そして、つらい思いが勝ったら、死のほうに心の針が振り切れてしまう。だから、人を感動させて、生かす、芸術家には尊敬の念と感謝の気持ちを抱いています。」(p.180)

鳥居さんは、大阪の梅田駅の前で、短歌の魅力を伝えるビラを印刷して配ったこともあるそうです。そういう行動に駆り立てたのは、芸術に感動すれば、誰かの死を止められるかもしれない、という思いだったようです。しかし、そういうビラ配りは、空回りだったようですね。


慰(なぐさ)めに「勉強など」と人は言う その勉強がしたかったのです

 「大学生って、うらやましいな、”星が光っている理由”とか、知らないことを知れるって楽しいな、と思います。大学の先生が、”参考文献はこれこれです”と教えてくれると、良い本にもすぐに巡り会える。これは、すごく幸せだと思います。
 でも一方で、中学から不登校だった子で、独学で国立の医学部に入った人を知っていますが、その人は苦労して入った念願のその大学を辞めてしまいました。理由は、”周囲になじめない”でした。この気持ちが、私にはすごくよくわかります。
」(p.189 - 190)

勉強をしたい。でも、ストレートに進学している人たちと一緒だと馴染めない。そういう裏腹の思いがあるのですね。


しかし、形式卒業で中卒の資格を得た人は、夜間中学校に入学できないのです。
 形式卒業者でも、学び直したい人がいつでも学べる場所にしたい。それは、学ぶ機会を失った形式卒業者たち、そして夜間中学校の教壇に立つ先生たちの悲願でした。
」(p.194)

そして2015年7月。文部科学省は、形式卒業者も夜間中学校へ入学できるようにするよう、全国の都道府県教育委員会に通知を出しました。
 形式卒業者・関係者たちの60年越しの願いが、ついにかなえられたのです。
」(p.196)

鳥居さんも関わったこの取り組みが、みごとに花開いたのですね。それにしても、60年間も放置し続けたお役人さんたちって、いったいどういう考え方をしているのでしょうね。


「私が今まで出会った人の中には、風俗やストリップの世界で働く人もいます。彼女たちは性行為が好きなわけでも、ブランドもののバッグがほしいわけでもない。学歴も、お金も、頼る人もなくて、生きていくための選択肢がほかにないんです。この連作には、女性には収入の少ない仕事が多いこと、貧困の子が学校に行くことの難しさ……いろいろな思いを込めました」

 姉さんは煙草(たばこ)を咥(くわ)へ笑ひたくない時だって笑へとふかす
」(p.205)

鳥居さんは、自分や自分の母親、DVシェルターで出会った女性たちを重ねて合わせ、「鈴木しづ子さんに捧ぐ」と題した短歌十首を作ったそうです。その1つが上記の歌ですね。


不登校などを経験してきた参加者たちはみな、「学校に毎日通わなくてはいけない」「先生のいうことを聞かないといけない」といった、今の日本社会で当然とされているルールや価値観を、一度はとらえ直そうとしたことのある人たちでもあります。」(p.216)

鳥居さんは、「生きづら短歌会」(通称づらたん)という生きづらさを抱えた人たちが集まる歌会を開いたそうです。そこには、それぞれの人生の問題と向き合い、より深く人生を見つめ直した人たちがいたのですね。そういう人たちに短歌が役立つかもしれない。そして、そういう人たちと出会う中で、鳥居さん自身も生きる力を得られたのではないかと思います。


短歌を作って、それで生きていけるのか? そんなことが役に立つのか? 面と向かって、そんなことを言われたこともあったと言います。それでも鳥居さんは、自分を救ってくれた短歌こそが、自分が生きる道だと考えておられるようです。

ところどころに散りばめられた鳥居さんの歌は、とても小学校中退という学力レベルで書かれた歌とは思えません。しかし、普通ではない生き方をしてきたからこそ、その歌に力がこもっているように感じます。

セーラー服の歌人 鳥居
 
タグ: 岩岡千景
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:09 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

BASHAR2017



バシャールの最新刊を読みました。これまでと同様に、チャネリングするのはダリル・アンカ氏で、今回、バシャールと会話をするのは出版元VOICEの喜多見龍一氏です。通訳・翻訳は島田真喜子さんになっています。3日間に渡って、バシャールと対談した様子が収められています。

これまでも、バシャールに関する本は数多く紹介しています。本田健さんが対談した「未来は、えらべる!」や、須藤元気さん「バシャール スドウゲンキ」、ダリル・アンカ氏が来日した時のまとめの「BASHAR (バシャールペーパーバック@〜G)」、最近になって、さとうみつろうさんが対談した「その名は、バシャール」というのもあります。一覧はこちらにありますので、参考にしてくださいね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

皆さんは今現在もこの非物質次元にちゃんと存在しています。非物質次元から離れることはないのです。

物質現実とは「自分が非物質次元を離れたという夢を見ている状態です。
だから、物質現実は「幻想」だと言われます。

自分が非物質次元の状態にありながら、物質次元の夢を見ている。だから、「死ぬのは、夢から覚めること」です。
」(p.29)

「死」についてバシャールは、このように言っています。非物質次元とは、魂などの次元です。そちらが本体であり、物質次元つまり肉体はその反映に過ぎず、夢のようなものだと言います。だから「死」は、夢から醒めること。そう考えてみると、死ぬことが怖くなくなるのではないでしょうか。


なぜ感情的な反応をしてしまったのか、その背景にある「観念・信念」が分かれば、その観念・信念を持ち続けたいのか、あるいは変えたいのか選択できるようになります。

そのことで人は丸くなることができ、成長することができます。
」(p.43)

感情は魂の声だと「神との対話」では言っています。魂の声を聞いて、その感情が起こった自分の信念に気づけば、信念を変えることができます。そうすれば、また違う感情が起こる。それを成長だと、バシャールも言っています。


私たちの社会だけでなく、皆さんの現実においても、すべては起きるべくして理由があって起きています。

その理由を理解し、それに対応していけば、私たちが起きたことに対応するのと同じような形で対応することができます。

つまり起きた内容そのものが大事なのではなくて、「それにどう対応するか」が大事だということです。

私たちの文明でも予期せぬ出来事は起きますが、それを私たちは、「お祝いして、好奇心をもって」捉えます。
」(p.48)

思い通りにならないこと(=予期せぬ出来事)は、進化したバシャールの世界でも起こると言います。しかし、それに対する捉え方が違うのですね。私たちは、思い通りでなければ不都合なことだと考え、身構えてしまいがちです。しかしバシャールは、お祝いして、好奇心を持つと言っています。この違いが大事なのだと思います。


「わたし」は、オール・ザット・イズのひとつの観点、見方として存在しているので、「わたし」はなくなりません。

今言っている死への怖れは、「これかあれか」という考え方をするので怖くなるのですが、実際は、「これとあれの両方」なのです。

死んだら神と一体になる、神と合一するという考え方があります。

そのときも、自分がなくなるのではなく、「わたしが神になった」という感覚になります。
」(p.99)

「わたし」という個の存在が、死後も残るのかという質問への答えです。バシャールは、自意識はあると言い切ります。

このことは巻末にも考察があるのですが、まさにバシャールが言うように、どちらかではなくどちらもなのだと思います。そもそも「ひとつのもの(オール・ザット・イズ)」で、そこから分化したのが個々の魂です。では、どのレベルで意識しているのか、という問題なのですが、すべてと答える他ないと思います。したがって、自意識は残るけれど、そもそも個別ではないので、全体に融合することでもあるのです。


自分の生きていた人生を振り返り、「あのときのあの選択はポジティブだった」、「あれはネガティブだった」というアセスメント(assessment情報分析)はありえますが、ジャジメント(judgment批判・判断)はありません。

それは学びであり、今後、スピリットの世界で、あるいはさらにその先で、どんな選択をしていこうかと決めることができるわけです。

そして、存在(=オール・ザット・イズ)は常に「無条件」です。それがポジティブかネガティブか、ジャッジせず、罰することもありません。
」(p.108)

死後、地獄のようなものがあるのかという話です。この辺も「神との対話」と同様に、魂は自由に行い、それを分析し、再挑戦するかどうかを決めるだけです。審判して罰を与えて特定の行動をさせるなんて発想は、神(オール・ザット・イズ)にはないのです。


そしてそのことで「自分の波動が上がる」と、「その病気が発生しうる周波数」を超えてしまうので、病気にならなくなります。

一番最初は、病気を「よりポジティブな形で活用」していきました。

つまり、最初の一歩は、病気になったのには、なにか「ポジティブな理由」があるはずだ、というところを見ていくことから始めたのです。
」(p.170)

バシャールの世界では、病気というものは存在しないそうです。それは、「自分自身に正直でいる」ことができるからです。裏を返せば、自分に正直でないから病気になるのです。しかし、それができないレベルでは、まずは病気になったことにポジティブな面を見ることが、病気にならない状態へ移行するのに役立つと教えてくれています。


すでにお伝えした通り、自分の最高の情熱にしたがって、自分の能力の最大限に行動して、結果にまったく執着しないことです。

これらをやっていくと、もっともっとたくさんの「シンクロニシティ」が起きてきます。
」(p.177)

バシャールはいつも、「ワクワクすることをやる」と言っています。それは、最高の情熱に従うことなのですが、そこで自分の能力の最大限に行動することが重要だと言っています。つまり、ワクワクすることをやろうと決めたら、躊躇せずに思い切り行動することです。

さらに、結果に執着するなと言っています。つまり行動するのは、ワクワクする情熱からであって、結果への期待ではないのです。こういう点も、「神との対話」とよく似てますね。


最初にやらなければならないのは、物事を、「実際よりもつまらなく感じさせてしまう観念・信念」が自分にないか、を見ることです。

それをやったうえで、今度は非常に正直に、自分の情熱や喜びやワクワクってなんだろう、ということを見ていきます。

そして、「自分の情熱で自分の生活が維持できない」と信じている間は、すまらない職場であっても、そこにいる必要があります。
」(p.181)

ワクワクすることだけやっていれば、それだけで生活していけるのか? そういう問いへの答えになります。

結局、すべては私たち自身が創造しているのです。ですから自分が、こんなことをしていても食べていけない、と信じているのであれば、そういう現実(幻想)が創造されます。まあ、当たり前のことですね。ですからバシャールは、信じられないなら無理をするなと言うのです。


この本には、多次元世界のこととか、時間の概念だとか、かなり理解が難しいことが多々書かれています。しかし私は、そういうことを無理して正確に知る必要はないと思っています。なぜなら、所詮は三次元の世界に縛られて生きている私たちですから、それを超える世界を正しく把握することはできないからです。

もしそうなら、無理してそれらを知ったとしても、何の約にも立たないと思うのです。もちろん、多次元空間があるとか、時間は幻想だということそのものは、「ふーん、そんなものか」と思っているだけでも、役立つことはあります。つまり、本質的には現実は意味がない(=幻想)ことがわかるからです。しかし、それくらいでいいのではないでしょうか?どうせ理解できないのですから。

あと、フリーエネルギーについての記述もあります。これも、それはある、と言っているだけであって、どうすればそれが得られるかまで、詳しい言及はありません。いずれ、そういうフリーエネルギーを得て、戦争のない世界がやってくる。そう思っているだけでいいのではないかと思います。

質問者の問いに答えることがほとんどのため、どう生きるかより、この世の構造はどうなっているのか、という疑問に対する答えが多いように思います。そして、それらが明確に解明されることはないと思うし、実際にこの本でも、まだあいまいなままです。それなら、この世がどうかはさておき、どう生きるかにフォーカスして尋ねた方が役立つのでは? という気もしました。まあでも、これはこれで興味をそそられますけどね。

BASHAR2017
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 22:15 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月25日

常識を疑うことから始めよう



また、ひすいこたろうさんの本を読みました。この本は、企画プロデューサーの石井しおりさんとの共著になります。「常識を疑う」というタイトルの言葉にピンと来て、買った本になります。

サブタイトルは「嵐の時代を生き抜くヒント」です。常識外れの生き方によって、道を切り開いた人の話が読めそうです。帯には、「あなたの常識、押しつけないでよ!」とあります。痛烈な風刺ですね。たしかに、常識を押し付けたがる人が多いですからね。そういう人の言葉に流されず、自分らしく生きるヒントが得られそうです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

嫌な感情がでてきたら、それは、自分の思い込みや価値観に気づくチャンスです。

 気づいたら、「それ、ほんと?」と疑ってみましょう。
 ほんとうではない、もしくは、もう必要ではない価値観なら、「そう思うことで自分を守ろうとしてきたんだよね。でも、もう大丈夫。今までありがとう」と、感謝で手放せばいいんです。
」(p.29)

「神との対話」では、感情は魂の声だと言っています。嫌な感情が湧くということは、魂が「これは私じゃない」と言っているのだと思います。ですからその声をしっかり聞いて、不要だと感じたなら、もうそういう考え方(価値観)はしないと決めることです。

「みんなと仲良くしなければいけない」「他人に迷惑をかけてはいけない」「遅刻してはいけない」「失敗するのは恥ずかしいこと」などなど、単なる思い込みの価値観を、どれだけしっかりと握りしめていることか。そうそう、「不倫は良くない」というのもね。「勝手な常識を押しつけないで!」と反発することで、自分らしい生き方ができますね。


「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」
 これはエジソンの言葉だと知られていますが、ロイスは最高の作品を作るのに、ひらめきと努力は10%に過ぎないと断言します。もっとも大切なのは、自分のアイデアを正当化する力だと。
」(p.69)

伝説の広告マン、ジョージ・ロイスの話です。アイデア(ひらめき)が優れているかどうかよりも、自分のアイデアに惚れ込む力の方が重要だと考えたのですね。しかも90%がそうですから、どれだけナルシストなんだという気がします。(笑)

しかし、そうやって完全に自己肯定する人は、失敗しても自分を責めません。ですから何度でも挑戦します。だから最後には成功してしまうのでしょう。おそらくエジソンも、「努力」という言葉に悲壮感はなかったと思います。彼は研究を楽しんで、それに没頭していたのですから。自分のアイデアは実現するはずだという信念は、完全な自己肯定感から生まれるのだと思います。


例えば、ご主人や奥様に不満がある場合。
 うちの旦那はこんなとこがダメ、あんなことがダメっていろいろあると思いますが、
 「ご主人が隣のおじさんだと考えてみたら」
 と正観さんは言います。
 隣のおじさんが、毎月給料を届けてくれたら、
 それは涙がでるほど有り難いことですよね?(笑)
」(p.168 - 169)

小林正観さんの話です。正観さんは、「私は夢も希望もない男です」と言われたそうです。その真意は、夢や希望があるというのは、今は不足があるということであり、現状に不満があることになるからです。その不足、不満の心があれば、どんなに多くのものを手に入れても幸せにはなれないのです。

しかし、そんな不足、不満な現状も、見方を変えれば「感謝」になる。それが上記の話です。たしかに、「私の旦那」と思っているから不満に感じますが、「隣のおじさん」だったらすごいことです。奇跡としか言いようがありませんよね。

夢や希望が悪いってわけじゃないんです。
 恵まれていることに、気づいたうえで、夢があるなら、大いにそこに向かえばいい。不足から出発するか、感謝から出発するか、これでたどり着く先が大きく違います。
」(p.170)

たしかに、夢や希望を否定されると、楽しみが消えてしまうように感じて、受け入れづらいかもしれません。しかし、正観さんが言われたのは、今の自分の在り方なのです。「神との対話」でも、「所有」や「行為」が「存在(在り方)」にはつながらないと言います。逆なのです。まず「在り方」を決め、そういう自分として考え、行動する時、それが「所有」につながるのだと。


僕らは普段考え事をするけれど、その考え事をしている自分を外から意識したことがあるだろうか。
 例えば、深刻になっているときに、「あ、わたし、いますごく深刻になっていた」
 と、深刻な自分にふっと気づく自分です。
「考え事をしている自分」の背後にいる、考え事をしている自分に「気づいている自分」こそ、人生を自由に選択できるあなたなんです。
」(p.186)

これは驚きました。スピリチュアル系では、こういう話はよく出てきます。「観察者」としての自分です。瞑想も、こういう自分に気づくことが1つの目的でもあります。観察者としての自分は、この肉体を持った自分がどんな窮地に陥っていても、冷静に観察しています。

「人生RPG」のところで触れた、考え事をしているあなたがゲームのキャラクターで、考え事に気づいている自分があなたというキャラを動かすプレイヤーの方です。」(p.186 - 187)

ゲームを楽しんでいても、ゲームのキャラに自己同一化はしません。たとえキャラがやられて死んでも、どーってことないはずです。「しょうがない、また最初からやるか。」くらいなものでしょう。そのプレイヤーこそが本当の自分であると言います。そうだからこそ、何があろうと人生を楽しめるのです。


あとがきに、石井さんの文が載っています。この本ができる経緯が書かれていました。石井さんが、俳優の浅野忠信さんに人生相談したことが書かれていました。試験前だったので緊張がほぐれる一言を求めたら、「0点でもいいよね」と言われたとか。

「神との対話」でも、私たちには何かをしなければならないとか、何かにならなければならないということはない、と言っています。私たちは、ただ存在するだけでOKなのです。なぜなら、体験することだけが人生の目的だからです。

生きているだけでOKなんだ!
 「じゃあ、何する?」
 って。何かしたとしても、成果は0点でもいいんです。
」(p.198)

体験すればいいのであれば、成功するとか失敗するとか、行為の結果はどうでもいいことになります。その結果が何であれ、その結果を基にまた考え、行動することになります。それが次の体験です。体験は続くのです。どんな結果であれ、体験が得られます。それを楽しめばいいのですね。


いつものように、サラッと読めてしまうひすいさんの本です。すでに知っている内容も含まれていますが、何度も同じようなことを読み、考えることは、とても重要だと思います。「刷り込み」という言葉がありますが、繰り返すことで習慣化するからです。

ネットを見ていると、自分の価値観こそが絶対的に正しいという信念を持って、他人を批判非難する人が大勢います。そういう人たちは、他人からの評価が得られないと不満に感じるようです。だから執拗に自分の価値観を押し付けてきます。そういうのを見ると、「あぁ、この人たちは苦しんでいるなぁ。」と感じます。「他の価値観があってもいいよね」と思えさえすれば、もっと自由になって楽になるのにと。そのためにも、ぜひこの本を読んでみてくださいね。

常識を疑うことから始めよう
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:18 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タイ・バンコクでリタイヤメントビザの更新をしました

昨日(2018年1月23日)、リタイヤメントビザの更新に行ってきました。今回は、90日(3ヶ月)の短期のO(オー)ビザからの更新になります。結果は無事に1年ビザを取得できました。

Facebookでは、リアルタイムでその様子をお届けしましたが、ブログで詳細をまとめておくことにします。
「イミグレーションへ行った」「お昼休み」「帰宅」

これまでブログに書いてきたように、昨年、リタイヤメントビザを取得するために、短期のOビザを取得しました。そのOビザを受け取ったのは、申請から2週間経過した日でした。これで、3ヶ月間タイに滞在できます。期限は2018年1月31日でした。

その期間中に日本へ行く予定ができたので、空港でリエントリーパーミットを取得しました。これで、ビザを失うことなく再入国できます。

そして、今回のビザ更新になります。短期のOビザの60日経過以降、期限までに更新すれば、1年のリタイヤメントビザがもらえます。リタイヤメントビザは即日発行されるので、1年の長期ビザの中では、とても取りやすいビザと言えるでしょう。


●イミグレーションへ行く

今回は、わざと少し遅い時間に行ってみました。早い時間だと、BTS(高架鉄道)も混むし、その後のタクシーでも道路が渋滞しているからです。

9時にアパートを出発し、すぐ近くのBTSトンロー駅から乗り、終点のモーチット駅の1つ手前のサパーンクワーイ駅で降りてタクシーを拾いました。モーチット駅まで行かなかったのは、前回に行った時、タクシー待ちの人が多かったからです。

BTSもタクシーに乗ってからの道路も、前回ほど混んではいませんでした。10時前後にチェーンワッタナーのイミグレーションに到着しました。前回までより、30分くらい早いでしょうか。

※タクシーは、「チェーンワッタナー・ソイ・ジェット(7)」と言えば通じます。ただし、これでは目的地まで行けません。「トーモー」(イミグレーション)と言って通じれば、行ったことがある運転手さんでしょう。ラッキーです。
そうでなければ、Googleマップで確認しつつ、ソイ7に入ったら「アーカーンB(ビー)」(B棟)と伝えます。でもそれだけだと、B棟の側面の入口に連れて行かれることがあります。「パイ・スッ・ターイ・レオ・コー・リィアオ・クワー」(突き当りまで行って右折)と伝えます。まあ、それでもなかなか行き着かないことがありますので、間違ってもあせらず、正しい行き方を伝えましょう。そのためにも、Googleマップで自分が行き方を把握しておくことですね。


まずは銀行へ行って通帳の更新と残高証明書の取得を行いました。通帳の更新は、ADMで100バーツ入れてからUPDATEで通帳に記載します。そうしないと、今日の残高がわからないからです。今回はあえて、ATMで100バーツおろして、それから記入しました。要は今日の残高が記載されていればいいので、預けようとおろそうと、同じだと思ったからです。

残高証明書は、前に経験しているので簡単にもらえました。私が行った銀行(クルンタイ・バンク)では、2番のボタンを押して待ち番号の札をもらいます。

待ち番号札をもらう

前回は最初よくわからなくて、番号札を取り直したんですよね。こういうことも、1回経験するとスムーズに行きますね。

ここで残高証明書をもらったのですが、ついでに預金通帳のコピーももらいました。通帳の最初のページと、最後のページでした。私の場合、その日まで3ヶ月の記録が最後のページにすべて入っていました。ですから、記載された最後のページが必要というより、直近3ヶ月の記載内容のコピーが必要なのでしょうね。

ともかく、これで通帳のコピーを取る必要がなくなりました。ラッキーです。

その後、コピー屋さんへ行って、パスポートのコピーを依頼しました。「こことこことここをコピーして」と依頼したのですが、面倒くさそうに「私はわかっているから大丈夫」と言って、指示しなかったページもコピーされちゃいました。すでにコピーがあったので、顔写真ページは要らなかったのですけどね。まあでも、安い(1枚2バーツ)ので「よし」としましょう。

書類が揃ったら、イミグレーションへ行って待ち番号札をもらいます。リタイヤメントビザの取得と告げると、パスポートを確認した上で、今回は間違いなくLカウンターの札をもらいました。これで一安心です。

待ち番号札をもらう

本当は、先に番号札を取っておく方が良いと思います。仮に書類を整備している間に番号が呼ばれて、飛ばされたとしても、その後で番号札を取り直せば同じことですから。今回は、どのくらい時間がかかるか試したかったので、あえてそれはやりませんでした。


●書類を整える

今回は、なるべく必要最小限の書類でやってみて、ダメならその時に追加書類を見せようと思いました。

・ビザ申請書(継続:TM7)
前回の時、イミグレーションの受付で書類をもらっておきました。前回のTM87と、書式はほぼ同じです。最後の「Reasons for extension.(更新の理由)」には、「I want to have a Retirement Visa.(リタイヤメントビザが欲しい)」と書きました。これで正解かどうか知りませんが、前回の申請の時、リタイヤメントビザが欲しいと書けと言われたので、今回はそれを踏襲したのです。実際、TM7は様々なビザの更新に使われる書類なので、ビザの種類を書く欄は、そこしかないのです。

・パスポートとそのコピー
これは前回と同様に、顔写真、最新の入国スタンプ、出国カード(TM6)、現在適用中のビザ、前回の入国時のビザと入国スタンプ、のページです。リエントリーパーミットを取っているので、それは「前回の入国時のビザ」ということで必須ですね。まあこれも、1階(階下)のコピー屋さんはわかっているので、お任せすれば大丈夫です。

・月収6.5万バーツ以上の年金所得の証明書または80万バーツ以上の銀行預金残高の証明書
これも前回と同様ですが、通帳のコピーは最小限にしました。前回は全ページをコピーしましたが、最初の通帳の持ち主が記載されているページと、直近3ヶ月の残高がわかるページの2ページだけです。一応、他のページのコピーは持っていきましたが、使うことはありませんでした。

残高証明書は、「ナンスー・ラップ・ローン・バンチー(หนังสือรับรองบัญชี)」をくださいと言ってもらいました。「バイ・ラップ・ローン・バンチー・タナカーン(ใบรับรองบัญชีธนาคาร)」でも通じると思います。

提出した書類はこれだけです。前回はアパートの契約書も持って行って見せましたが、今回は出しませんでした。少なくとも更新の時は、住居の証明は不要なようです。(ただしこれはバンコクだけ、という話もあります。パタヤでは、住居登録証とかオーナーのIDカードのコピーを求められたという話もあるので。)

・追加書類
その場で新たな書類3通をもらい、名前や住所などを記入し、サインをして提出しました。何なのかよくわかりませんが、おそらく内部で必要な資料なのでしょう。


●ビザ申請の受け付け

10時半近くにLカウンターの前へ行くと、43番まで終わっていました。しかし私の番号は102番です。1時間以上はかかりそうだなと思いましたが、もっとかかりました。午後2時半くらいに、やっと順番が回ってきましたから。

最初は、書類が揃っているかだけのチェックでした。そのカウンターで追加書類をもらい、それを記載してから、他のカウンターで呼ばれるからそこへ行けと指示されました。

それでその書類を書いていたら、全部書き終えるまでに次のカウンターで呼ばれました。おそらく10分もなかったと思います。かなりいい加減に書いたのですが、特に何も言われませんでしたね。

そこで書類をチェックしてもらったのですが、その時、とんでもないことがわかりました。詳しく説明されなかったのですが、職員の方があわただしく動き、見習い(大学生のインターンシップ)の女性に指示して、私をK1カウンターへ連れて行ってくれました。そこで申請書と手続きを確認したようです。

どうやら、前回の入国時に問題があったようです。たしかにその時、私も違和感を感じていたのです。あの時、入国スタンプのところに書かれる滞在期限が、2月8日になっていたのです。ビザの期限は1月31日ですから、おかしいと思いました。でも、ノービザだと30日の滞在期限がもらえるので、より長期の方にしたのかなと、勝手に解釈していました。

しかし、それが間違いでした。やはりビザがある人の入国ということで、ビザの期限までにならなければおかしかったのです。入国時に提出する入国カードに、ちゃんとビザ番号を書いたのですけどね。このため、前回の入国時の処理を変更するための対応が必要になったのです。

ただ、この時にすでにビザ代の1900バーツを支払ったので、ビザをもらえることは確実でした。それがあったので、少し安心していました。


●前回入国時の情報の変更手続き

もう時間は3時を回っています。そこから新たな手続きが始まりました。見習いの女性に連れられ、再度、待ち番号札をもらいに行きました。今度はK1カウンターです。

見習いの女性は、私に指示をします。パスポートの指定したページのコピーを取り、申請書に記載して、K1カウンターで手続きをするようにと。

再度コピー屋さんへ行き、指定されたページをコピーしてもらいます。そして、それを持ってK1カウンターへ。180番でしたが、すでに178番が呼ばれていました。まだ申請書に書いていないし、コピーにサインもしていません。あわてて書いているうちに、私の番号が呼ばれました。

しょうがないのでカウンターへ行き、その場で申請書に記入して提出しました。パスポートの発行場所とか記入していなかったのですが、それでもOKだったみたいです。パスポートのコピーのサインも、そこでしました。

「書類が準備できていないじゃないか!」と怒られることもなく、着ていた作務衣の上着が着物みたいでかっこいいなんて言ってもらい、タイの大らかさを感じました。

あとは、パスポートをもらってLカウンターに戻り、ビザを受け取るだけです。しかし、ここから時間がかかりました。結局30分以上待たされて、パスポートを受け取ったのは4時を過ぎていました。変更手続きの料金は無料でした。

入国時の滞在許可の訂正


●ビザを受け取る

4時過ぎに、やっとLカウンターに戻りました。変更した記録のページをそこでコピーしてもらい、それにサインをして、あとは受け取るのを待つばかりです。

しかし、なかなか私のパスポートが返ってきません。営業時間は4時半までですが、もうとっくに過ぎています。それなのに、まだ受け付けをしているのですね。Lカウンターの待ち番号は150番代に入っていました。

リタイヤメントビザを受け取る

結局、5時前になって、やっとビザを受け取りました。これで、来年(2019年)の1月31日まで、タイに滞在することができます。

簡単な作業だと思っていましたが、1日がかりの作業になりました。帰りはタクシーでBTSモーチット駅まで行き、そこからBTSで帰りました。アパート到着は6時を過ぎていました。まあでも、いろいろ経験できたので「よし」としましょう。
 

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 01:13 | Comment(0) | └ タイのお役立ち情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

約束された道



岡部明美(おかべ・あけみ)さんの最新刊を読みました。岡部さんの本は、以前に「私に帰る旅」を紹介しています。脳腫瘍という大病を経験され、自分自身を探求したお話でした。今回の本は、岡部さんの半生をつづったような内容です。

この本を知ったのは、Facebookで岡部さんと友だちになったのがきっかけです。どうして岡部さんと友だちになったかと言うと、共通の友人として神渡良平さんがいらしたからです。神渡さんの投稿に岡部さんが登場されてて、以前にご著書を読ませていただきましたという話から、友だちにしていただいたのです。岡部さんが神渡さんと出会われたのも、とても奇跡的なことがあったようですね。そのこともこの本に書かれていました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

人には、それぞれ人生で何回か脱皮の季節があり、それが病気や人間関係の確執、不慮の事故、倒産、リストラ失業、転職、失恋、離婚、愛するものとの別離の悲しみといった様々な試練による苦しみとして表れるのだろう。
 それぞれ現象は違っても、その季節の訪れは、一様に、耐えがたい程の痛みや苦しみ、不安や葛藤、恐怖を伴う点では同じだ。試練という形でやってくる脱皮の季節のメッセージは、一人ひとり違うはずだから、その苦しみを自分の成長の課題として引き受け、心の深いところから聞こえてくる声に耳を澄ますことが、その季節を乗り越えていく力になるのだと思う。自分の心の深いところから聴こえてくる声は、実は、彼方から聴こえてくる声と同じ声だった。
 人生に退屈していた時、人生に行き詰まっていた時というのは、この声に全く耳を傾けようとしていなかったのだということが今となってはよくわかる。すでに人生の川の流れが変わり始めているのに、未知のものはこわいから無意識に抵抗して流れに抗(あらが)っていたのだ。
」(p.78)

これは私も同感です。日常の中でちょっとした抵抗を感じた時、それは自分が変わるべき時だというメッセージなのです。そのメッセージに耳を貸さないから、どうしようもない痛みや苦悩が与えられる。私は苦しい失恋を通じて、「愛する」ということを気づかされました。


自分の中で、本来の自分が目覚める時、自分の中から新しい自分が生まれる時、人はいっぱい涙を流す。そんな”魂の産声”とでも呼ぶべき泣き声、喜びの声をたくさん聴いてきた。
 私も本当によく泣いた。よくこんなに泣けるものだと思うくらい涙があふれてきた。いのちが歓(よろこ)ぶ涙は、いろいろなものを過去に流しながら、海に、空に、還(かえ)ってゆくような気がした。
 いっぱい泣いたら、いっぱい元気になれたし、いっぱい怒ったら、いっぱい笑えるようになった。「話す」ことは「放す」ことにつながり、「言える」ことは「癒える」ことにつながるのだということを知った。
」(p.99 - 100)

私も、年をとってからよく泣くようになりました。たいていはドラマや映画を観たり、本(小説)を読んだ時ですけどね。あと夫婦喧嘩をした時も。(笑) 男は泣くものではないという価値観を植え付けられた年代です。でも、泣くと本当にスッキリしますね。

感情を抑圧するのではなく、それを受け入れること。しっかり感じ切ることが重要だと言います。「神との対話」では、感情は魂の声だと言っています。ですから、しっかりと感じて、魂の声をよく聞くことが大切なのだろうと思います。


自分が最も苦しんできたことが、実は、他者への贈り物なのだ。人生の不条理を体験してきた人というのは、他者を助ける仕事をするために、絶望の淵に佇(たたず)む人を癒やし、希望や勇気を与えるために、その苦しみを味わうことを神さまから与えられるのだと思う。」(p.109)

「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから」と、「三年B組金八先生」の主題歌「贈る言葉」の詩にあります。武田鉄矢さんの歌ですね。人生で大変なことを経験した人は、それだけで他の人の役に立つのですね。

だから重要なのは、その出来事に負けてマイナス思考をするのではなく、そこから立ち上がることなのだろうと思います。強いからではなく、弱くて叩きのめされたからこそ、諦めて受け入れるしかなかった。それが転機になるのだと思います。


私が若い頃から心の奥底にもっていた「一人ひとりの人生には、宇宙・神の計らいがあるというのは本当なのだろうか」という問いに対する答えを、宇宙はこの一連の出来事を通して私に教えようとしているのではないかと思った。私は正直に言って、この一連のシンクロにだけは畏怖を覚えたのだ。これまでもこうしたことは頻繁に起こっていたし、すでに何度も私は”それ”の存在を認めざるを得ない体験をしていたのだけれど、私は初めて全面的に「降参」したのだ。「降伏」と言ってもいいかも知れない。
 今、「こうふく」とパソコンで打ったら「幸福」という字が最初に出てきてちょっと驚いた。ああ、確かに人の心の幸福、心の平安とは、大いなる存在=神への全面的な信頼、明け渡しなのかもしれない。小さな自分の明け渡しと、大いなる存在への全託。私は、この「降参」「降伏」を心の深いところでどれだけ待ち望んでいたことだろう。
」(p.158 - 159)

先ほどの文と関連しますが、人生の流れに抵抗していると、必ず大きな障害がやってきます。乗り越えられずに打ちのめされます。でも、それが良いことなのです。打ちのめされて降参する。もうどうなってもいいと、抵抗するのをやめて結果を受け入れる。そうすると人生が変わるのです。

このことは、雲谷斎さん阿部敏郎さん「降参(サレンダー)のススメ」にも書かれていますね。私はよく、日本の格言の「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」を引用します。こういうすべての結果を受け入れる態度、安心していることが、降参なのです。


なぜ人は、時間のあるこの三次元の世界に肉体をもってはるばるやってくるのだろう。きっと、この三次元の世界の”体”を通して、一つひとつ順番に、その時には、そのことだけを体験するために時間があるのではないだろう。文字通り、体とは、”体験”するための道具、ツールだ。
 体があるということは、同時にふたつの体験はできない。違う場所に同時にいられない。体があるからこそ、”今・ここ”での体験に集中し、そこから私たちはかけがえのないものを味わうことができ、大切なことにも気づける。
」(p.224 - 225)

これは面白い視点ですね。なぜ時間があるのか、ということを「神との対話」では、「あれ」と「これ」に分けて相対的な世界を創るためと説明しています。時間とは空間を移動する尺度ですから。そしてその相対的な世界は、体験するために創られたと説明しています。岡部さんは、一度に一つのことを体験するためと言います。そうすることで、じっくりと体験ができるからと。

たしかに同時に2つのことが体験できたら、それは体験とも呼べないかもしれません。その体験を味わえませんから。ですから逆に体験は、じっくりと味わい尽くすことが大切なのだろうと思います。


私たちが今、生きているこの三次元の世界は二項対立、二元論の相対的世界だ。しかし、この二極のものが実はひとつのものであるという理解、目覚め。二元論を止揚した第三の道を模索していくこと、これまで対立してきたものの統合、融合がこれからの時代の大きな潮流になっていくのは間違いないことなのだろう。
 生と死、光と影、善と悪、幸と不幸、成功と失敗、愛と憎しみ、喜びと悲しみ、男性原理と女性原理。片方がなかったら、片方は存在できない。片方の体験がなかったら、もう片方の体験は生れない。片方を感じることなしに、もう片方を真に味わうこと、真に理解することはできない。片方だけの働き、片方だけの体験では、世界の半分、人間の半分、人生の半分なのだ。
 悪がなかったら、善とは何かはわからないわけだし、悲しみを知らずして、喜びを知ることはできない。もし自分にエゴがなかったら、自己の内奥(ないおう)にある純粋無垢(むく)さ、天真爛漫さ、愛、神性さに触れた時に、あれほどの感動を味わうことはできるだろうか。病むことの苦しさを知らずして、健康であることの真の有り難さはわからないように、孤独の痛みを知らずして、愛の至福も歓喜も味わうことはできない。
」(p.241)

もうまるで「神との対話」を読んでいるかのようですね。まさにこういうことが、「神との対話」に書かれています。相対的な世界は、体験するために存在しています。ですから神は、「悪」を否定しません。「悪」がなければ「善」も存在しないからです。私たちは、その両方を体験したがっている神なのです。

ですから、多くの生が必要だと「神との対話」では言っています。わずか100年ほどの生では、そのすべてを体験することはできませんから。そして十分に体験することで、私たちは成長していきます。まだつらい体験があるでしょうけど、それは徐々になくなっていくのです。


この本の帯に、「あなたには天があたえた仕事がある。」と書かれています。それを読むと、人生に迷っている人に何かを教える本であるかのように感じるかもしれませんね。でもこの本は、どちらかと言えばエッセイのように、岡部さん自身の体験や感じたことをつづったものです。ですから、この本は使命を見つけるためのノウハウを提供しているわけではありません。

ただ、岡部さん自身が自分の使命と出会う過程で、どんなことを考えたのか、どんな失敗をしたのか、どんな導かれ方をしたのかを知ることは、読者の役に立つだろうと思います。ただし、誰もが岡部さんのように生きるわけではありません。むしろ、まったく違うと言ってよいでしょう。そうでなければ、自分として生きる意味がないからです。

ですが、ここで引用した部分などを読んでいただけると、どう人生と向き合うのが良いのかということの、参考になると思います。ちょっと文字が小さくて読みづらいのが難点ですが、文章そのものは読みやすいので、サラサラと読めます。これを普通の文字にすると、おそらく500ページくらいになるのでしょうね。それだけぎっしりと内容が詰まった本です。

約束された道
 
タグ:岡部明美
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:40 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

見る見る幸せが見えてくる授業



ひすいこたろうさんの最新刊を読みました。ひすいさんの本は、これまでにもたくさん読んでいて、その紹介記事は著者別一覧にまとめてあります。どうぞ、そちらもご覧になってくださいね。

しかしひすいさんは、そこで紹介した本よりはるかに多くの本を書かれていて、さすがにすべてはカバーできていません。どれもこれも素晴らしい内容なので、この本も期待できます。これまで、「天才コピーライター」と名乗っておられましたが、この本には「幸せの翻訳家」という肩書になっていますね。

この本は、ひすいさんが先生となり、1時限目の理科の授業から、給食を挟んで7時限目の図工の時間まで、授業を続けるという体裁になっています。最後はおわりの会で1日の学校生活が終わります。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

「幸」は、両手にはめる刑罰の道具である手枷(てかせ)(手錠)の象形文字だったわけです。
 なんで「手錠」が「幸せ」の意味になったのか?
「ふ−−。手錠をはめられなくてマジでよかったね!」
 語源的にも、「不幸(雲)がない状態」=「幸せ」というわけです。
」(p.9)

「はじまりの会」で、幸せを「晴れ」にたとえて説明します。雲の上はいつも晴れています。ですから幸せは常にそこにあって、ただ雲を取り払えば良いのだと言うのです。「ない」ものを探すのではなく、すでに「ある」ものに気づくだけ。それが雲を取り払うということ。つまり「見える化」すること。この本は、そんな幸せが見えてくる本なのです。


1時限目の理科の授業では、ビーカーに入った水について話をします。実はこれ、小林正観さんの話にも出てくる内容ですけどね。

この水の入ったビーカーを見て、3つの見方があると言います。1つ目は「水が半分しか入っていない」と不平不満を言う見方。2つ目は「水が半分もある」と喜ぶ見方。では3つ目の見方は…。

B「半分も残してくれていてありがたい」と感謝で受け取る見方。」(p.25)

出来事をポジティブに捉える2つ目の見方でもいいのですが、「当たり前」というものはないという3つ目の見方がより素晴らしいと言います。「当たり前」の反対は「有り難い」ですからね。感謝のあるところには幸せがあるのです。


ネガティブな感情こそ、傷ついたあなたをゆるし、寄り添い、守ってくれる優しい存在なのです。
ほんとうのポジティブとは、ネガティブさえ抱きしめることです。
」(p.54)

ネガティブな感情は良くないとして押さえ込もうとすると、自分が受け入れられていないと感じて苦しくなります。ネガティブな感情は悪いものではありません。感情は感じ切ることが重要なのです。

そのための方法は、感じていることを口にすることです。「怒っているんだね」「寂しかったんだね」というように。このあと、「ふーん」とか「よしよし」というような言葉をつけて、俯瞰して見るのも良いと思います。


「空腹」が「おいしい」という体験をするための「幸せの前半分」ってことです。
 式にするとこう。
 [空腹]+[おいしい]=[幸せ]
実は、空腹は幸せの一部だったんです。
」(p.179)

「神との対話」でも、否定したい半分がなければ望む半分も存在しないと言っています。下がなければ上もなく、貧乏がなければ金持ちもいないのです。ひすいさんはそれを一歩進めて、その否定したい半分は、「前半分」だと説明します。空腹という体験がなければ美味しいという体験もなく、つまり幸せにはなれないのだと。


以下は、あなたの自我(表面意識)は納得しないでしょうが、ストレートに真実を言います。
僕らの命は、全部を体験したいんです。
 良いも悪いも。不幸も幸福も。
 すべての体験を味わいたいんです。
」(p.189)

まるで「神との対話」みたいな話になってきましたね。(笑) しかし、すべてはこういうことになるのではないかと思います。この世は、あえて苦難を創り出し、難しい条件を課して、達成できたりできなかったり、上手く行ったり行かなかったりという、すべてを体験する場。魂はそれを体験して楽しんでいるのです。

だから、言わばこの世界は、自作自演の紙(神)芝居。」(p.192)

ですから、何も心配することはいらないのです。体験が目的ですから、難しくて達成できないなんてことはありません。怖れずに体験してやろうと考え、ネガティブな感情もすべて感じ尽くせばいいだけです。そしてあの世へ行けば、「あー楽しかった。次はどんな体験をしようかな。」とワクワクして、次の生を待つのです。


幸せとは?
 不幸がなくなることだけじゃないんです!
幸せとは、この涙の先に笑顔の自分がいるって信じられることを言うんです。
」(p.254)

不幸がないのが幸せだと考えると、不幸を味わっている時は幸せになれません。その不幸な状態を何とかしなければと考え、もがき苦しむことになるでしょう。

しかし、本当の幸せは、この不幸な状態も含めて幸せだと知っていることです。この不幸な状態の先に、それすら感謝の気持ちで受け入れる自分がいると知っていることです。そうなれば、もう何も恐れるものはありません。それが最強の幸せです。


答えはいつも愛なんです。
 お母さんが勉強をしない子どもにイライラするのは、子どもに幸せになってほしいからです。
 だから、隣の家の子がどんなに勉強しなくてもイライラしない(笑)。
」(p.284)

私たちは、常に愛を求めているんですね。愛であろうとしているのです。どんな行為の動機にも、必ず愛があります。このことからも、私たちは愛そのものだとわかります。

ですから逆に言えば、すべての中に愛を見つけることができます。その愛を発見した時、愛に気づいた時、感謝の思いが込み上げてきます。感動の波が押し寄せてきます。それは、「ここに本当の自分がいた!」という魂の歓喜の叫びです。


ひすいさんの本に慣れたせいか、今回の本は今まで以上にスラスラと読めました。「ふんふん、なるほどね」くらいの軽い気持ちで。しかし、こうやってブログにまとめようとしてみると、その言葉の背後にある深い思いに触れて、しばしば筆が止まります。「あー、いいこと言ってるなぁ!」そんな気持ちに浸りたくなるのです。

ひすいさんの本はどれもお勧めですが、この本は「幸せ」というテーマに絞って書かれています。ひすいさんの「幸せ」観の集大成。そんな気がしました。

見る見る幸せが見えてくる授業
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:32 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●コメントを書く前に、こちらのコメント掲載の指針をお読みください。

ランキングに登録しています。面白かったらボタンをポチッと押してね。
↓↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ

スポンサーリンク