2017年10月03日

懸命に生きる子どもたち



これも「読書のすすめ」で買ってきた本ですが、NPO法人アジアチャイルドサポートの代表理事、池間哲郎さんの講演録を読みました。池間さんの本は、以前、「日本はなぜアジアの国々から愛されるのか」を紹介しています。これも「読すめ」で買ったものでしたね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

フィリピンのマニラに、スモーキーマウンテンと呼ばれるスラムがあります。ゴミ捨て場なのですが、そこに多くの貧しい人が住み、ゴミの山の中から売れるものを探し集めて生計を立てています。そこには多くの子どもたちも働いています。

過酷な環境です。暑さ、匂い、有毒ガス、事故、怪我による細菌感染など、多くの子どもたちが若くして命を落とします。そこへ行った池間さんは、ある女の子にインタビューしました。

「あなたの夢は何ですか」と訊ねると「私の夢は大人になるまで生きること」と悲しそうな笑みを浮かべて言いました。この言葉は衝撃でした。今でも深く私の心に残っています。」(p.13)

ただ生き延びることだけを夢見る。そういう子どもたちが、たしかに存在しているのです。私たちと同じ、この地球のいたるところに。


カンボジアは、内戦時に残された地雷によって、今も多くの人が苦しんでいます。リンナという女性は、10歳の時に両親を助けるために学校を辞め、みかん農場で働き始めました。しかしその作業中に地雷を踏んでしまい、右足のすべてを失いました。

両親を助けようとしたのに、逆に両親のお荷物になってしまった。そのことをリンナはとても悔しく思ったそうです。しかし、ある時から気持ちを入れ替え、懸命に学んで働くようになったとか。今では小さな雑貨店と洋裁店を構え、幸せに暮らしています。

リンナは「地雷を踏んだことに感謝しています。足をなくしたからこそ一生懸命に生きることが出来たのです。今の幸せがあるのです」と言いました。」(p.31)

地雷がある危険な国に生まれたこと、片足のない障害者になったことは、幸せには関係ありません。彼女の生き方は、そのことを実証しています。


孤児院で暮らす子どもたちの表情は暗かった。本当の笑顔に会うことは難しかった。最初に出てきたゴミ捨て場に暮らしている子どもたちの方が孤児院の暮らしより悲惨です。いつ死んでもおかしくない程、大変な状況で生きているにも関わらず非常に明るく人懐っこい。なぜだと思いますか。それは、親と一緒に暮らしているから。親に甘えることが出来るのです。たとえ片親でも良い、特にお母さんが、しっかりしてると子どもは大変な状況でも心は安定します。親に甘えられることは、とっても大事なことです。」(p.62)

タイのアユタヤにあるタイ最大の孤児院、ワットサーキャオというお寺でのことです。貧しさは微笑みを奪いません。愛されないことが、子どもの心に傷を残すのです。


モンゴルの首都ウランバートルには、マンホールチルドレンと呼ばれる子どもたちがいます。マイナス40度まで気温が下がることもあるため、暖を取るためにマンホールの中で暮らしているのです。しかしそこは、ネズミや虫が這い回り、汚水による悪臭が充満した最悪な環境です。

モンゴル政府も、本当は彼らを救いたいと思っているのです。しかし、公務員の給料の支払いさえ滞ることがあるほどの財政難。池間さんは、だからこそ海外からの支援が重要なのだと言います。

日本人は世界で、もっとも外国から助けられた国民であることを忘れてはいけないと私個人は思っています。」(p.78)

第二次大戦後の大変な時期、アメリカを始めとして多くの国から支援物資が届けられ、食料や教育などの支援が行われました。その後、日本は復興しましたが、それまでの間支えてくれたのは、諸外国からの支援だったのです。

アメリカの政策があったにせよ助けられたことは間違いありません。しかし、残念ながら多くの日本人が「外国の子どもは放って置け」「カンボジア、モンゴル、イラクの子が、どうなろうと構うな。日本の子どもだけを大事にすれば良い」と言います。私は、この意見には同意しません。なぜなら私たちも助けられたからです。もう一つ。「外国の皆さんが日本製品を買ってくださるからこそ、今の豊かな暮らしを維持できる」ことを考えて欲しいと願っています。」(p.78 - 79)

たしかに、他国のことを支援する金があるなら、その前に自国のことを良くしろ、という声を聞きます。しかし、日本がどれだけ豊かな国かということを実際に目にしたら、そういう気持ちになれるでしょうか?


池間さんは、ミャンマーのハンセン病患者が隔離された場所へも行き、集合住宅の改修工事などをしました。屋根が破れ、壁が崩れそうな中で、見捨てられた患者が過酷な環境で暮らしていたからです。政府からの支援も乏しく、食料もほとんどなかったとか。それで、食糧支援も始めたのです。

しかし、3年経って気がつくと、一時は元気になった人々が、また痩せてきました。不思議に思って尋ねると、そこの人々は自分たちに与えられた食料の一部を、ハンセン病ではないけれど森のなかで暮らす独居老人たちに分けていたのです。

その中に、高血圧で倒れて歩くこともできないお爺さんがいて、ハンセン病患者たちは彼の面倒をみていました。

後で聞いて、さらに驚いた。この方は健康なときにはハンセン病の人々を徹底的に差別し苛めていた。彼に殴られた経験がある方も大勢、居た。「なぜ、このような人を助けるのですか」と言うと「あなたは間違っています。恨みや憎しみの心は小さくて醜いものです。一緒に生きていくことが大切で大きな心です。食べ物を分けることは当然のことです」と怒られた。」(p.88)

経済的には貧しくても、心は豊かなのです。だから乏しい中からでも分け与え、一緒に暮らすことを選んだのです。豊かになった私たち日本人は、はたして心の豊かさを持っているでしょうか?


一番、大切なボランティアは何か。人のため、世の中のため、貧しい国の恵まれない子どもたちを助ける。とんでもないことです。違います。「最も大事なボランティアは自分自身が一生懸命に生きること」です。私はアジアの子どもたちの話をして映像を見せて「彼らが可愛そうだから助けてください」と訴えているわけではありません。誤解しないで下さい。この子たちは、どんなに苦しく辛くても一生懸命に生きています。だから、大切にしたいと言っているだけです。」(p.106)

重要なのは、自分がどう生きるかなのですね。貧しい人を見つけて何かをしてあげることではなく、彼らの生き様を知って、自分がどう生きるかを考えること。それが最大のボランティアなのだと池間さんは言います。


私もこれまで、フィリピンやタイ、ラオスなどの貧しい子どもたちの教育支援をしてきたことがあります。まあお金を送っただけですけどね。でも、彼らのことを知れば、何かをせざるを得なかったのです。それは、私自身がどうしたいか、どう生きたいかという問題でした。

チンたなーさんとの出会いも、そういう中でありました。お金を支援したのは私ですが、彼女から生きるということを教えてもらい、背中を押してもらったのだと思っています。ですから私は、自分がそうしたいからという理由で、そのように生きようと思うのです。

池間さんは、還暦を過ぎた今でもアジアを周りながら支援活動をされています。彼らと同じ環境で暮らし、同じものを食べることで、彼らの思いを共有したいと考えておられます。本当に頭が下がります。

懸命に生きる子どもたち

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:53 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

ぼくと1ルピーの神様



「みやざき中央新聞」で紹介していた本を読みました。2709号(2017年9月4日)の社説(魂の編集長・水谷謹人さん)で、「今週もわくわく感に心躍らせよう」というタイトルです。

社説は、最近どんなことにわくわくしたかと問いかけて、この本の紹介に入ります。作者はヴィカス・スワラップ氏、翻訳は子安亜弥さんです。


ではさっそく、一部を引用しながら・・・と言いたいところですが、今回は概略を紹介するだけにしておきます。

舞台はインド、主人公のトーマスはウエイターです。物語は、いきなりトーマスが逮捕された場面から始まります。トーマスは、クイズ・ミリオネアのようなクイズ番組に出場して13問全問正解し、十億ルピーの賞金を手にするはずでした。しかし番組側は、トーマスに賞金を渡したくないために、彼が不正をしたことにしたかったのです。

絶体絶命のピンチのとき、突然、女性弁護士が現れてトーマスを救います。弁護士はまず、すべてを正直に話してほしいと言います。どうしてトーマスが、13問をすべて正解することができたのか? 本当に不正を働いていないのか? それを知らなければ弁護ができないからと。

しかし、弁護士など雇えないほど貧乏なトーマスを、どうしてこの弁護士は助けようとしたのか? ひょっとしたら敵のスパイで、トーマスを安心させて洗いざらい白状させる戦術なのでは? トーマスは迷います。

トーマスは、ポケットの1ルピーコインを取り出して放り上げます。表が出たら正直にすべてを話す。幸運の1ルピーに運命を預けたのです。


こうしてトーマスは、女性弁護士にすべてを話すことにしました。しかし、それは長い長い物語でした。トーマスは、すべての問の答を人生経験を通じて知っていたからなのです。トーマスの人生にどんなことが起きたのか、それをすべて話しながら、どうして問題に答えられたかを、1問ずつ明らかにしていったのです。

トーマスが語るこれまでの経験の中に、インドの抱える問題、いえ、人が抱える様々な問題が現れます。裏切り、暴行、憎しみ、悲しみ、殺人、レイプ、愛情・・・。トーマスに共感したり、起こる問題を自分の人生と重ねたりしながら、物語にぐいぐいと引き込まれていきます。


社説では、こう言っています。「と、ここまで読んで約3分。皆さんの中にはわくわくしてきた人もいるのではないだろうか。何歳になってもその「わくわく感」が大切だ。」わくわくする時、脳内物質が出てきて幸福感を感じるようになっているそうです。

そして、このわくわく感が美容にも影響すると言います。「えらく老けた二十代もいれば、驚くほど若々しいお年寄りもいる。その違いはその「わくわく感」ではないだろうか。


この社説を読んで、思わずこの小説を買いました。すでに絶版で中古しか無かったのですが、1円で売り出していました。送料の方が高かったのですけどね。

しかし、その後で問題が発生しました。みんなが注文しようとしたために、アマゾンの販売価格が急騰し、数千円の値段になってしまったのです。そのため、そんな高い本を勧めるのかと苦情が出てきたのだとか。

まあ、それだけ「みやざき中央新聞」の媒体としての効果、記事の人に行動を起こさせる力が高いという証明でもありますけどね。

これを読み終えて、たしかにワクワクする冒険小説的な内容で、十分に満足できました。なかなか手に入らないかもしれませんが、もし機会があれば読んでみてください。

ぼくと1ルピーの神様
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:24 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

まんがで読破 わが闘争



前回に続き「まんがで読破」シリーズです。第二次世界大戦でナチス・ドイツを率いたヒトラー氏が、自分の半生を綴った本、それが「わが闘争」です。この本も作者はヒトラー氏としてあります。マンガの作者名はありません。

「わが闘争」は、ドイツでは法律で出版が禁止されています。しかし、覆い隠すだけでは真の問題解決にはなりません。そこに何があったのかを知って初めて、そうしない生き方ができると思うからです。このマンガも、そういう意図で出版されたようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。と言ってもマンガですから、一部のセリフを引用しつつ、概要を説明します。

ヒトラー氏は、子どもの頃は画家になりたかったようです。しかし厳格な父によって絵を描くことを禁止されます。母は優しく受け入れてくれたものの、父に続いて母も、若くして亡くなってしまいます。それからは、時に浮浪者のようになりながら生活するヒトラー氏。どうしてこうなるのか? その理由として、ユダヤ人が祖国ドイツを牛耳っていることを知るのです。

第一次世界大戦で、ヒトラー氏は兵士として参戦します。戦闘には勝っているのに、中央政府は敗戦を認める。その中央政府はユダヤ人が牛耳っている。そういう思いが、ヒトラー氏の心を引き裂きます。そして、傷口に塩を塗るかのように、連合国はドイツに対して無理難題を押し付けてきます。

ドイツに対する
あまりにも
過酷な
賠償条件は

国民の生活に
大打撃を
与えた

更にフランスと
ベルギーは
ドイツの賠償金の
支払いが遅いことを
理由に

ドイツ経済の
中心地である
ルール地方を
占拠した
」(p.110)

ヒトラー氏は、このままでは祖国がなくなってしまう、ドイツ人はユダヤ人の奴隷になってしまうと感じたようです。第二次大戦の敗戦を経験した日本人なら、その気持ちはわかるでしょう。勝った方が好き勝手にする様を見て、多くの日本人が腹を立てたはずです。


ヒトラー氏は地方でナチス党を起こしますが、中央政府はそれを潰そうとします。そこでクーデターを起こそうとしますが、失敗に終わります。しかし、その失敗がヒトラー氏にとって幸いしました。法廷での彼の演説は、ドイツ国民の心を激しく揺さぶったのです。

ドイツの
指導者と
名乗る者
たちは

勝利を目前に
しながら
ヴェルサイユ条約に
卑劣にも調印し
戦争を集結させた

その結果戦勝国の
報復ともとれる
過酷な条約が
我々の生活を
窮地においやり

もはやドイツは
崩壊したも
同然となった

それを黙って
見ている
政府こそ

我々
国民に対する
反逆罪では
ないか!

私は
取り戻そうと
しただけだ!

国民の
権利を!

国民が生き
のびるための
権利を!!
」(p.164 - 166)

本来なら優秀なドイツ民族なのに、どうしてこういう状態に甘んじているのか? それは、中央政府を牛耳るユダヤ人たちによって、精神的に奴隷化されているからだ。そう、ヒトラー氏は主張します。なんだか、GHQによって骨抜きにされた日本人に対する警告のようにも聞こえますね。

その後、ナチス党を再結成したヒトラー氏は、国民投票にて約90%という支持率を得て指導者兼首相に就任します。こうして総統となったヒトラー氏は、独裁を行うようになるのです。


このように見ると、様々な原因が浮き彫りになります。元々外国人が国政を牛耳る例は、マレーシアの華僑問題などにも表れています。また、勝者が理不尽なことをすることによる反発は、報復を繰り返してきたことが歴史上も明らかです。

そして、相手がこうだからという責任を他者に押し付ける考え方が、何よりもの元凶だとわかります。他者がこうだから私は高潔な生き方ができない。そうやって自分自身を貶めて、高邁で素晴らしい自分の良さを発揮しないでいるのです。


「神との対話A」では、ヒトラー氏は天国へ行ったと神は語っています。彼は自分のその時の価値観に照らして、正しいことをしたのだと。ドイツ国民のために、ドイツの誇りのために、最善のことをした。彼の心には愛しかなかったのです。

そして、彼の大量虐殺を「悪」と呼ぶのであれば、それは彼が引き起こしたというより、彼を支持したほとんどのドイツ国民が彼を通じてやらせたのであり、ドイツを助けようとしなかった連合国が支援したのであると。


歴史を振り返ることは、他人の体験に学ぶことです。自分がわざわざ同じことをやってみなくても、自分の内側から本来の自分を選び出す助けとなります。ぜひ読んで、感じてみてください。

まんがで読破 わが闘争
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:07 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月30日

まんがで読破 戦争と平和



これも「読書のすすめ」で購入しました。前回の椋鳩十さんの本トルストイ氏の大長編「戦争と平和」が取り上げられていたので、それならその本のことももっとよく知りたいと思いました。しかし、さすがに大長編を一気には読めないと思ったところ、ちょうど手頃なマンガがあり、買ってみたというわけです。

原著者はトルストイ氏です。マンガの作者名は書かれていません。会社で作ったものだとしても、載せてあげたらいいのにと思いました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。と言ってもマンガですから、一部のセリフを引用しつつ、概要を説明します。

時代は19世紀初頭、ナポレオンが革命に成功して皇帝となり、ヨーロッパ制覇に動き始めた頃のことです。ほぼ全ヨーロッパを手中にしたフランスは、いよいよロシアに向けて侵攻を始めます。

そんなころ、この物語の主人公の1人でもあるピエール伯爵は、美貌の妻エレンとの間に問題が発生します。それは、悪友のドーロホフがエレンと関係を持ったという噂が流れたからです。成り行き上ピエールは、ドーロホフと決闘し、重症を負わせます。

ピエールは告白します。なぜエレンと結婚したのか? 父親の財産を引き継いで伯爵となったピエールに、独身の女性たちは注目しました。伯爵夫人になれるからです。その中に、美貌で名高いエレンもいたのです。しかしピエールは、エレンの肉体にだけ惹かれたのではありませんでした。

みんなの
羨望や嫉妬が

僕には心地
よかったんだ
」(p.74)

それまで、うすのろと思われていたピエールは、みんなを見返したい気持ちが強かったのでしょうね。ですから、愛されていないことを承知しながら、エレンと結婚することにしたのです。エレンとの結婚を、他者による自己評価を高める手段として使ったのです。


無邪気で天真爛漫なナターシャは、18歳になって舞踏会デビューを飾ります。そこで、ピエールの友人のアンドレイと知り合い、婚約することになります。しかし、アンドレイがいない間に、エレンの兄アナトーリは、ナターシャに迫ります。ナターシャを逃げられない状況に追い込んで、このまま自害するか、それとも自分の妻になるかを選ばせたのです。

ナターシャは悔しさをこらえながら、アナトーリの申し出を受けることにしました。その時、ピエールが飛び込んできて、ナターシャは救われます。しかし、一瞬であってもアンドレイを裏切った自分を、ナターシャは許せませんでした。

私は…
アンドレイ様に
捧げた愛を
守れなかった

アンドレイ様を
裏切ったのよ!
」(p.111)

そしてアンドレイは、ナターシャとの婚約を解消したのです。アンドレイも、前の奥さんが出産時に亡くなったことを、ずっと引きずっていたのです。自分は戦闘中で、奥さんを守るために戦っていたはずなのに、という思いがあったのです。自分はまたしても愛する人を守れなかった。そう、自分の不甲斐なさに苦しむのです。


ナポレオン軍の激しい侵攻を受けたロシアは、ついにモスクワを捨てて逃げます。モスクワに残ったピエールは、フランス軍の捕虜となります。たいした取り調べもなしに、ロシア人が銃殺刑にされる。それを目にしたピエールは、人生とは何なのだろうかと思い悩みます。

同じ捕虜収容施設にいたカラターエフは、ピエールに語りかけます。

どんなにひでぇ
目にあっても
つれぇのは一瞬さ

人生は
なげぇんだから!
クヨクヨしなさんな
」(p.157)

それでも同胞の無残な死を見て落ち込んでいるピエールに、カラターエフはこう言います。

悲しんじゃ
いけねぇよ
旦那……

彼らの魂が
悲しみの種に
なっちまう

天命にゃ
逆らえねぇ
すべては神の
思し召し
」(p.158)

カラターエフは、難しいことはわからないがと言いながら、食べていたじゃがいもの例えで説明します。1つのじゃがいもにも命はあります。それを種芋として植えれば、育ってたくさんの小芋が生まれます。その収穫した芋を人々は食べ、畑を耕します。

みんな繋がって
ひとつなんだ!

誰もひとりじゃ
生きられねぇ!
」(p.160)

処刑する者も、処刑される者も、すべてつながっていて、ひとつなのだと言うのです。一粒の麦が死ぬことで、多くの麦が生まれる。そうだとしたら、その一粒の麦の死とは、いったい何なのでしょうか?


冬将軍によって撤退を余儀なくされたフランス軍を、力を温存していたロシア軍が襲います。ピエールは、仲間によって助け出されます。しかしその前に、体調が悪くなって歩けないカラターエフは、フランス兵によって殺されます。

しかし、カラターエフはうろたえもせず、これも天命だと受け入れます。その時、ピエールは悟るのです。

なんと強く…
なんと自由な精神だろう!
」(p.177)

捕虜となって、すべての自由を奪われたように感じていたピエールですが、精神は自由だったと気づいたのです。どんな状況であって、精神は好きなように考えることができる。うろたえることもできれば、泰然としていることもできる。そのことを、カラターエフの生き方から学んだのです。


ピエールは生きてモスクワに戻り、ナターシャとアンドレイは結ばれます。人は平和を構築するための歯車であり、ひとり一人がどう考え、どう生きたかまで、歴史に記されることはありません。それでも人は、人として生きるのだと、トルストイは締めくくるのです。


大長編のざっとした概要ではありますが、とても雰囲気がよくわかるマンガだと思いました。紹介した椋鳩十さんの本では、お母さんが高校生の息子さんに頼んで、1日20分程度、「戦争と平和」を読んでもらうという話がありました。これを読んだら、生きるとはどういうことなのかを、親子で話し合えるかもしれませんね。

大長編ですから、なかなか手に取りづらいかと思います。なので、まずはこういうマンガであらすじを知っておくというのも良いのではないでしょうか。

まんがで読破 戦争と平和
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 22:34 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

感動は心の扉をひらく



「読書のすすめ」で買ってきた椋鳩十(むく・はとじゅう)さんの本を読みました。と言っても小説などではなく、1981年に行われた講演の講演録です。椋さんは動物を題材にした物語を多数書かれていて、「母と子の二十分間読書運動」という運動を提唱されたことなどで有名です。

お名前はよく覚えているのですが、私はほとんど作品を読んだ記憶がありません。おそらく小学校のころ、何冊かは読んだと思うのですが、タイトルを見ても思い出せません。この本を読んで、いつか代表作を読んでみようかという気持ちになりました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

ところが、人間というのは、全部個性がある。全部個性が強い。
 動物に与えたものは、一つのものに、同じ種類のものに同じ力しか与えておらん、全部。ところが人間はね、人間としての力を与えられておる。
」(p.16)

普段から動物をよく観察しておられるだけに、その違いが目につくのだそうです。動物は個体ごとの差がそれほどないけれど、人はまったく違うのです。同じ歌うのが上手だとしても、まったく違う声を出すことができると。

ですから、人には必ず何らかの才能があると言います。しかし、それが何かは、子どもをよく知っている母親でもわからないそうです。その才能が発現されて初めて、その才能があったことがわかるのです。


その才能を出さないようにする方法があると言います。

子供にね、「おれはだめだ」という気持ちをしっかり植えつけるんです。そういう劣等感を与えるんです。」(p.26)

自分で自分をダメだと信じていると、その才能が発揮されないのですね。


なぜ子どもは劣等感を抱くのか? それは、周りが「おまえはダメだ」とよってたかって言うからだそうです。特に母親の影響は大きくて、完全に信じ込んでしまいます。

おれはだめかなあと思っているときに、お母さんが自分の歴史から述べて、(笑)おまえはだめだぞと証明してくれる。子供の心の中には、「おれはだめかなあ」という気持ちがズブズブズブッと深くなる。」(p.40)

これは、椋鳩十さん自身もついやってしまうと言われます。

ところがこれはね、人間の業(ごう)なんですよ。人間というやつはね、子弟関係であろうと、親子であろうと、夫婦であろうと、恋人どうしであろうと、愛情が深ければ深いほど、お互いに傷つけ合うという性質を持って生まれてきてるんです、どんな人間でも。」(p.47)

愛情が深いほど相手のことが心配になり、つい上手く行かないことを予想してしまう。そういうものかもしれませんね。


では、どうすればこの劣等感から逃れることができるでしょう? それは、「心を変える」より他に方法はないと言います。そして、心を変えるものは「感動」だと言われるのです。

感動というやつは、人間の心を変えるんです。感動は心の中に起こる地震ですよ。心の底からぐーっとひっくり返していく。
 そうして、どちらへ向けるかというと、感動の方向に向かって、人の心を変えていくんです。すばらしい方向に人の心を変えていくんです。すばらしい感動を受けなかったら、人の心は変わりませんよ。
」(p.53)


この本のサブタイトルは、「しらくも君の運命を変えたものは?」となっています。これは、椋さんの小学校のころの劣等生でみんなからも嫌われていた友人「しらくも君」が、今では農業指導者として立派になっていたというエピソードからきています。

しらくも君は、当時の先生からも見放されるくらいの劣等生でした。それが大人になり、子どもが生まれたのですが、その子も自分と同じように劣等生でした。それでしらくも君は、何とか子どもの心に火をつけようとして、あることをします。

それが読書だったのです。そのしらくも君のエピソードを紹介しながら、感動のために読書が重要だと言われるのです。


人間というのは、何に出会い、何に感動するかということが大事だね。特に本の感動というやつは大きい。
 みなさん方も、子供が小さい小さいときには、よく本を読んでやってください。
」(p.80)

子どものために読み聞かせをすること。これが大事だと言います。そしてドイツでは、子どもが中学生でも読み聞かせをするのだそうです。


最後に、あるお母さんの「親子二十分読書」の事例が紹介されています。お子さんは高校生だそうです。

一人のお母さんは、トルストイの「戦争と平和」を読んでもらうことにした。世界に有名な大長編ですよ。こんな厚いやつが三冊。それを高校に上がったときの記念にして、上がったときから三年かかって読んでもらうことにした。」(p.83)

つまり、お子さんに少しずつ本を読んでもらったのですね。世界的に有名で感動的なトルストイの大長編。普通ならなかなか読めないような本ですが、お母さんのために読んでもらうことにして、実は子どもに本を読ませ、感動を与えようとしたのです。

こういう読書をすれば、本の内容に対する感動もあるでしょうけど、親子間で愛情の交流ができますから、そういう感動もあるように思います。


私も、もし母が何か本を読んで聞かせてくれと言ったなら、喜んで読んだように思います。人は、誰かの役に立てると思えば、嬉しくなるものですから。

本を読むことが感動を増やすことにつながり、その感動が劣等感から自分を救ってくれる。良い本をたくさん読むためにも、親子で読書をするというのは、良いことだと思います。

感動は心の扉をひらく
 
タグ: 椋鳩十
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:25 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

その日のまえに



「みやざき中央新聞」で紹介していた本を読みました。2017年7月17日発行の2703号「「その日」を見つめて」と題した「取材ノート」に編集部の増田翔子さんが書かれた記事で、詳細に紹介してありました。

増田さんが高校の時、話題になった試験があったそうです。試験中から鼻をすする音が聞こえ、試験が終わると教室内は大騒ぎ。試験の題材に使用された小説が感動的で、泣く生徒が続出したのだとか。増田さんは、こう書いています。

「その日」のあとで、のこされた人たちはどのように「死」と向き合えばいいのか? 生きていく意味や死んでいく意味はどこにあるのか? 物語の中ではこのように言っています。

 「それを考えることが答えなんだと思います」と。

 『その日のまえに』、他4編も涙なしには読めないお話です。ぜひお手にとってみてください。


そう聞かされては読んでみたくなりますよ。と言うことで購入したのです。著者は重松清さんです。

本のタイトルは「その日のまえに」ですが、同名のタイトルを含む7編の短編小説で構成されています。最初の4篇は、それぞれがまったく別の物語のように書かれています。しかし、すべてが同じテーマです。それは人の「死」にまつわるもの。

最後の3編が「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」となっています。もうおわかりでしょうか? その日というのは、愛する誰かが亡くなる日のことなのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

もしも神さまがいるのなら−−そして、ひとの命の行方は神さまが決めるものなのだとしたら、おばあちゃんは誰よりも長生きするよう、神さまに選ばれてしまったのだろうか。ガンリュウを僕たちの世界から引き離して、遠くへ連れて行ってしまったのも、同じ神さまのしわざなのだろうか。」(「ひこうき雲」p.54 - 55)

唐突に訪れる人の死。けっして年齢の順番とはなりません。「なぜ、そうなのか?」つい考えてしまうその問に答はありません。

かつての同級生だったガンリュウとあだ名が付けられた女の子は、病気になって、いつしか亡くなってしまいました。一方で「おばあちゃん」は長生きしているもののボケている。主人公は、その違いは何なのだろうと思うのです。


「ごめんね」と泣き声で俺に言った。「トシくん、ごめんね、ごめんね、お母さん、病気になっちゃって、ほんとにごめん……」と頭を何度も、深々と下げた。
 そんなこと言わなくていい。しなくていい。母ちゃんを励ましたくて、慰めてやりたくて、でもどう言っていいかわからなくて、俺はひたすら焼鳥を食べつづけた。途中で、こういうときって母ちゃんの肩を黙って抱いてやればいいんじゃないか、と気づいたけど、やっぱりそれはできなかった。
」(「ヒア・カムズ・ザ・サン」p.198)

不治の病であることを告げられた母は、1人息子のトシになかなか病気のことを告げられませんでした。母子家庭のため、自分の死は息子から家族を奪ってしまうことになる。その事の重大さのために、息子のことを愛するがために、言えなかったのです。

私の母も、今年の7月に亡くなりました。私が帰省してたっぷりとレイキをしてあげたわずか2週間後でした。そんなにすぐに亡くなるとは、思ってもいなかったのですが・・・。そんなこともあり、つい母はどんな思いだったのだろう、と考えてしまうのです。


「終末医療にかかわって、いつも思うんです。「その日」を見つめて最後の日々を過ごすひとは、じつは幸せなのかもしれない、って。自分の生きてきた意味や、死んでいく意味について、ちゃんと考えることができますよね。あとにのこされるひとのほうも、そうじゃないですか?
「でも、どんなに考えても答えは出ないんですけどね」
」(「その日のあとで」p.343)

余命を告げられるガンは、ある意味で幸せな死に方かもしれない。私も、そんなことを考えたことがあります。人はある日、事故で突然に亡くなってしまうこともありますし、心臓発作や脳出血などで短時間で亡くなってしまうことも。そういうことと比べると、死を見つめられる方が幸せなのかもしれません。

もちろん、どっちが良くてどっちが悪いかなど、見方の問題であることは明らかです。私の母も、数年介護を受け、思い通りにならない身体を持て余し、その末に亡くなりました。まだ意識がはっきりしている中で、身体が自由に動かないことは、不幸だったかもしれません。しかし、完全にボケてしまって徘徊し、他人に迷惑を掛けてもそのことすらわからない方と比べれば、どっちが良いのか・・・。


この7つの短編小説は、実はほぼ同じ時期に生きた人々が、微妙な接点を持ってつながっている設定になっています。生まれた人は必ず死ぬ。そして、それぞれにそれぞれの死がある。死んでいく人の思い、その人を見つめながら残された人の思い、そういう人々の心の中を描いた作品なのです。

昔は、人の死が普通にありました。祖父母との同居や、自宅で終末を迎える人が多かったからです。私も祖父母と同居している時、その死に立ち会いました。しかし最近は、どこか遠くで亡くなってしまうという感じで、死と向き合うことが少ないように思います。こういう小説を読むことは、自分や身近な人の死を考える上で有用なことかもしれませんね。

その日のまえに
 
タグ:重松清 小説
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 08:13 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

ありえないレベルで人を大切にしたら23年連続黒字になった仕組み



元経営者として、とても気になるタイトルだったので買ってみました。著者は株式会社日本レーザー社長の近藤宣之氏です。赤字の連続で倒産寸前の同社に親会社から派遣されて社長に。そこから起死回生の黒字化を果たし、23年連続で黒字を続ける企業に育てました。

その過程で近藤氏は、プライベートも含めて7回も崖っぷちを味わったそうです。どういう方法を用いて逆境を乗り越え、また黒字を定着させるためにどういう仕組みを作ったのか、とても気になります。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

人を大切にして、社員のモチベーションを上げない限り、会社を発展させることはできません。
 つまり、モチベーションが9割ではなく、10割なのです!
」(p.34)

もっとも重要なのは社員のモチベーションで、しかもそれが10割だと言います。それさえできれば、あとは大した問題ではないということですね。


社員の中に、「何があっても、どんな状況に陥っても、この会社は自分と家族を守ってくれる」という実感があるからこそ、安心して力を発揮できる。私はそう思っています。」(p.40)

同社では、病気などで出勤できなくなっても在宅勤務をさせたり、勤務形態を柔軟に変えたりして、社員を雇用し続けるのだそうです。ここでは、亡くなられた元社員の息子さんを、会社で預かって自習させるという例もあげています。


私は、「笑顔ほど、人の心を開かせるものはない」と思っていて、40年以上前から心に決めていることがあります。

「よい報告は笑顔で聞く。トラブルなどの悪い報告は、もっと笑顔で聞く」
」(p.53)

社員が気兼ねなく報告できるようにするには、上司が必ず笑顔で聞くことが重要だと言います。それが仮に上司に対する一方的なクレームであったとしても、まずは「よく言ってくれた」と笑顔で受け入れてきたと近藤氏は言います。

また、笑顔でいるのも能力だから、訓練次第でどうにでもなるし、能力を鍛えたなら手当まで支給するという徹底ぶりです。単に笑顔でいましょうという掛け声だけではないのですね。


会社は、「社員が仕事を通じて成長する場」であり、会社の成長は社員の成長によって決まります。
 だから社長は、「社員教育」を徹底して、社員の成長を促す必要があります。
」(p.74)

社員教育の重要性は、よく言われることです。近藤氏は、社長自らが時間を割いて行うべきだと言います。

なぜなら、「こういう会社にしたい」「こういう社員になってほしい」という「社長の思い」を浸透させることが、社員教育の本質だからです。」(p.74)

近藤氏は社長塾などを開いて、社員教育を徹底したそうです。


どんな理由があろうと、「赤字は犯罪」です。
 なぜなら、会社が赤字になれば、雇用不安を引き起こすからです。
 環境が変化しても、社員が努力すれば利益を生む構造をつくるのが、社長の仕事です。
」(p.105)

赤字になれば給料も払えない。これはよく言われることですが、どっちが主体かと言えば、給料を払って雇用することだと近藤氏は言います。利益を出すことは、その手段に過ぎないのです。

近藤氏は、日本ではリストラの肩たたき役をやったり、アメリカでは支社の閉鎖を行ったりしています。それだけに、「雇用」ということに強いこだわりを持っておられるようです。


私は、「中小企業は、社長第一主義が正しい」と考えています。
 社長第一主義とは、「経営の目的は社長が決めていい」ということです。
「どのような会社にしたいのか」「社員にはどうあってほしいのか」は、すべて社長が決めます。
」(p.118)

経営方針は、社長の一存で決める。それが社長第一主義です。合議する必要性はないのです。一方で、その社長第一主義で決める経営方針は、社員第一主義でなければならないとも言います。


私は、雇用を守るために、絶対に赤字にしない仕組みづくりに注力しています。
 ですが、「すぐれた仕組み」だけでは「人を大切にする会社」をつくることはできません。「仕組み」よりも大切なのは、
「すぐれた社風をつくること」
 です。
」(p.121 - 122)

仕組み(ルール)ではなく、社員全体の気持ちが重要だと近藤氏は言います。人事評価や社員教育の仕組みよりも、社長の思いをいかに社員に浸透させるか。それが重要なのです。


社員を動かす原動力は、次の「3つ」です。

 @「言いたいことが何でも言える明るい風土がある」
 A「社員が会社から大事にされていると実感している」
 B「会社は自分のものだという当事者意識を持てる」

 この3つが整っていれば、社員は辞めません。
」(p.132)

この3つをどう実現するか。それは社長や上司の笑顔、実力主義ながら透明性のある人事評価、などを行っているそうです。ただそれも、近藤氏から言わせれば仕組みや方法論の前に、社長の思いであり、それを伝える熱意だということになるのでしょう。


ですから、「孫の相手をしているよりは仕事をしていたい」とか、「年金がしきゅうされるまでの少しの間、お金を稼ぎたい」という人は採用しません。」(p.163)

同社では、定年後も再雇用をし、現在は70歳まで働ける仕組みがあるとか。これを将来的には80歳までにしたいと思われているようです。ただし、高齢者には「人生の最後の献身をしてほしい」という思いがあり、後輩を育てるという意気込みのない人は採用しないと言います。

しかし、その前に契約更新を拒否したり、会社都合の解雇をしたことが一度もないと言っているのですが、それと矛盾するようにも思います。社長の思いを理解しない社員をどうするのか? それが、一番頭の痛いところなのですから、それを切り捨てるなら、同じことのようにも思うのです。


評価は、役員が行います。「全役員が全社員の全項目について評価する」のが決まりです。その後、役員間の合意によって評価ランクが確定します。」(p.198)

5人の役員が50人以上の社員の評価をするのですね。しかし、実際に経営に携わった者として、すべての社員を見られるのか疑問です。特に自分の担当外の社員の詳細な評価を、正しく判定できるでしょうか?

評価後は、必ず担当役員が本人と30〜40分の面接を行い、直接説明をしています。」(p.198)

こうやって本人の自己評価とすり合わせることが重要だと言います。そして同社では、自己評価より会社の評価の方が高いケースが多いと言います。それは「毎日、クレドを読んでいるから」だと言います。会社が求めているものがわかるから、そうなるのだと。

これもサラッと聞けばそうだなと思えますが、実際に経営に携わった者としては、やや疑問です。どれだけ会社の方針を伝えても、それに従わない社員がいました。また、他の社員と比較して、自分の方が絶対に上だと言い張る社員もいました。そういう不満を持つ社員がまったくいないというのは、どうにも信じられないのです。


身も蓋もないことを言えば、「世の中は、思いどおりにいかないもの」です。
「どうしてこんなことが……」と、受け入れがたい苦難や、試練や、逆風や、困難に見舞われることがあります。

 こんなとき、「すでに起きてしまったこと」を恨んだり、悩んだりしても仕方がない。「すべては必然であった」「起こるべくして起きた」と、受け入れるしかありません。
」(p.221)

思い通りにならない困難も、それは自分を磨く砥石になります。ですから、起きたことをクヨクヨせず受け入れ、そこからどうするかを考えることですね。これは、7回もあった逆境を乗り越えてきたという近藤氏の言葉だけに、説得力があります。


私は、大きな試練にぶつかるたび、父の言葉を思い出し、
「遠回りこそ、人生の最短ルートである」
と、自分に言い聞かせています。
」(p.234)

遠回りすることが自分の底力を養ってくれる。ですから遠回りをしたときは、損したとか無駄なことをしたと考えずに、これで良かったのだと受け入れることですね。


もうひとつ、とても大切な条件がある
 それは『運』だ。神様を味方につけた人だけが成功するんだ
」(p.236)

これは近藤氏のボストン時代の友人の言葉だそうです。アメリカ人は慈善活動を通して神への感謝を捧げることで、運の巡りを良くしているのだそうです。神頼み的ですが、神に感謝するということが大切なのでしょう。


実際に倒産の危機を救って23年も黒字を続けているのですから、これがそうなるための秘訣を表しているのでしょう。ただ、この本を読むだけでは、どこにそれほどのパワーがあるのかがよくわかりません。

たしかにある程度年齢が高くなれば、解雇されることは大変なことです。しかし若い世代には、転職して自分を磨いたり、より良い待遇を得たいという気持ちもあるでしょう。それなのに、雇用が一番というところが、イマイチよくわからないところです。

これはおそらく、近藤氏の経験がそうさせているのではないかと思います。これからもし労働市場が柔軟化して転職が容易になっていけば、雇用よりも待遇ということにならないでしょうか?


そういうことも可能性としては考えられると思います。しかし、社員を大切にするということは、決して甘やかすことではなく、信頼して力をつけさせることだという考え方には賛同します。

私自身は経営者としては上手くいったとは言えません。今後また、そういう立場になるかどうかはわかりませんが、グループの中でリーダーがどう振る舞うべきかという点で、とても参考になる本だと思いました。

ありえないレベルで人を大切にしたら23年連続黒字になった仕組み
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:26 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

天使で大地はいっぱいだ



これはFacebookの誰かの投稿にこの本の写真があり、気になって買ったものです。表紙の絵もそうですが、それ以上にタイトルに惹かれたのです。その投稿は、この本の内容とは関係なく、ジャケ買いしたというものだったのですけどね。

作者は後藤竜二氏、絵は市川禎男氏です。1967年に出版された講談社の児童文学創作シリーズの1冊になります。そうそうたる肩書がありますね。「講談社児童文学新人賞受賞作」「全国学校図書館協議会・必読図書」「全国学校図書館協議会・課題図書」とあり、小学上級からお勧めの本のようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。ただしこれは小説ですから、簡単にあらすじを書きますね。

主人公は小学校6年生になったサブ。家は農家で、おばあさん、両親、3人のお兄さん、妹の8人家族です。それほど成績優秀ではありませんが、わんぱくなガキ大将といった感じです。担任は若い音楽の先生でキリコ。最初はキリコを嫌っていたサブですが、徐々に好きになっていきます。

物語は、サブとその友だちとの関係を中心に展開していきます。最後は、自殺未遂の青年を助け、その青年との関わりなども書かれています。どこへ行き着くわけでもなサブの日常が描かれていますが、北海道の大自然の中で農業を手伝いながらたくましく育つサブの姿を追っている感じです。


これはいつものことなんだけど、話してるうちに、だんだんじぶんの頭の中が整理されてくるんだ。教えてほしいから話すんじゃない。きいてほしいから、ぼくらは話すんだ。このへんをまちがえられると、ほんとに頭にきちゃうんだな。」(p.81)

何か教えを受けたから人生がころりと変わるものではないとサブは言います。大人びたサブの様子が感じられますね。


もっとわたしたちは、プライドを持たなきゃだめ。みんながわらったって、みんながほめてくれなくたって、じぶんの努力をじぶんでわらってはいけないわ。じぶんの努力は、じぶんだけが知っているものよ。だれにもわかってもらわなくてもいいものなんだわ。でも、じぶんでだけは知っていなくちゃいけないのよ。それがかけがえのないほど、たいせつなものであるということをね。」(p.88)

キリコ先生の言葉です。他人の評価で自分の努力を測ってはいけないと、生徒たちを諭します。


車がきたら、アオバはでていかなきゃならなかった。役にたたないものはすてられていく。−−すると、人間以上に役だつロボットができれば、ロボットは人間を追いだすだろうかと考え、ぞっとした。」(p.99)

中古のトラックを買った後、サブたちが学校に行っている間に、世話をしていた馬のアオバは屠畜所に連れて行かれました。役に立たないものは捨てられるのが必然なのか? なかなか考えさせられる場面です。

似たような経験は私にもあります。拾ってきた子犬を、学校に行っている間に保健所に連れて行かれたことがありました。たしかに、「捨ててこい」と親から言われて従わなかった私が悪いのでしょうけど。他には、罠で捕まえた鳩が、晩の食卓に焼鳥になって出てきたことも。足が折れていたので、どうせ死ぬのだからと。

こういう出来事は、どっちが正しいではなく、深く考えさせられる出来事として心に残ります。何とも割り切れない思いを抱くことも、また成長に欠かせないのかもしれません。


ぼくらにはね、勝ち負けなんてはっきりしたものは、ほんといったらありゃしないんだ。おとながそんなもの、かってに考えてるだけなんじゃないのかな。そりゃ、勝ったり負けたり、しょっちゅうぼくらはしてるけど、まいにちまいにち戦っているのがおもしろいだけなのさ。勝ったり負けたりなんてふりかえってみればどうでもいいことなんだ。戦争なんて、とんだおかどちがいさ。人を殺してなにがたのしいもんか。」(p.119)

勝つことにこだわっているのではなく、勝ち負けのゲームを楽しんでいるのだとサブは言います。殺し合って最後に生き残って、それで何が楽しいのかと問いかけるのです。


この本の中に、特に結論のようなことは書かれていません。主人公の少年が日常の中で、様々なことを感じて生活をしていますが、その思いを共有することで自分も何かを考える。そういう感じの小説です。

それにしてもこのタイトルは、いったいどういう意味なのでしょうね? 少なくとも小説の中に、タイトルを伺わせるような話は出てきません。

強いて考えるなら、北海道の大地を舞台に生き生きと暮らす少年たちがキラキラと輝いて、まるで天使のように見えるという感じなのでしょうか。大人の目線から見れば、そうなのかもしれませんね。ただこれは少年少女向けの小説という位置づけなので、その点からすると、ちょっと違和感を感じます。

天使で大地はいっぱいだ
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 22:40 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛の空間



「響き渡るシベリア杉シリーズ3」を読みました。「アナスタシア」「響き渡るシベリア杉」に続く3冊目になります。著者はウラジーミル・メグレ氏、翻訳は水木綾子さん、監修は岩砂晶子さんです。

アナスタシアの本を出版したことで、ウラジーミル氏は有名になります。読者とのやり取りすることで、アナスタシアに直接話しを聞きたいという思いも強くなりました。そして何より、生まれた自分の息子に会い、愛したかったのです。それでウラジーミル氏は、アナスタシアに会いに行くことにしました。この本は、アナスタシアに会う前と、会ってからのエピソードなどが書かれています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

そのあとすぐ私は、私の夢が現実となって、人びとが闇の勢力の時間域を超えて運ばれ、幸せになるということを、はっきりと理解し、認識しました。私が夢に描いたことは、すべて実現するのです。報われる愛以外は。これは、私の犯した過ちと、私の不完全性と、私の意図の純粋性が不充分であることに対する報いなのです」(p.52)

タイガを再び訪れたウラジーミル氏を案内するアレクサンダーは、アナスタシアを拘束しにやってきた科学者たちの一団が何をしたのか、そしてその後どういうことがあったのかというエピソードをウラジーミル氏に話します。その中のアナスタシアの言葉です。

アナスタシアは他でも、自分が思い描いたことは必ず実現すると言っています。たしかに、思いが現実になるということはあるので、そのことに間違いはありません。しかし、アナスタシアの言い方だと、他の人がどう思うかについては言及されていません。他の人がどう思うかが関係ないのであれば、アナスタシアが1人で地球を救えば良いではないか、という気になります。

そして、それだけの絶大な力がありながら、自分のウラジーミル氏への愛が報われないと言っています。このアンバランスをどう考えれば良いのか、私にはよくわかりません。


ウラジーミルは嫉妬しなかったのです。もちろん、嫉妬はよくない感情です。でも私は、ほんの少しだけ、わずかでいいから彼に嫉妬してほしかった。」(p.68)

これもアレクサンダーから聞いたアナスタシアの告白です。あるビデオの講演者がウラジーミル氏のことを「男らしい男ではない」とか、アナスタシアにはオーストラリアにもっとふさわしい男性がいると言っている場面を、ウラジーミル氏が見た時のことです。ウラジーミル氏は、そのオーストラリアの男性に嫉妬せず、むしろその通りだと思ったのだとか。そしてそうなれば、アナスタシアから息子を取り返せると感じた。そのことにアナスタシアはショックを受けたのです。

まあ普通の恋愛話であれば、それもまた面白い展開かと思いますが、神の意図を知っていて、その通りに生きようとしているアナスタシアです。それが1人の男の言動に一喜一憂するというのは、スピリチュアル的にはちょっとお粗末な気がします。

その前に物語としても、ロシアの不思議な女性にふさわしい男性がオーストラリアにいるなどと聴衆の前で語る男性なんて、あまりにちぐはぐではありませんか。そんな有名人がいるんですかね? それに、その講演者はアナスタシアに会ったこともないのに。こういうちぐはぐさが、この本の内容が信じるに足るものだろうかという思いを私に抱かせるのです。


宇宙はひとつよ。統合されていて不可分のもの。でも、人はそれぞれ自分の空間を宇宙の中にもっている。そして総体としての宇宙は、ひとり一人の人間にかかっている」(p.185)

すべては「ひとつのもの」だということは、スピリチュアルの世界ではもう当たり前のことのように語られています。ですから、こういうことを当然のようにアナスタシアが語っても、それは不思議なことではありません。

そこまでよく真実を知り、不思議な光線で透視をしたり、目線で他者を癒したりするようなパワーを持ちながら、どうして1人の男性に溺れてしまうのかが不思議です。


この本の中で、「森の学校」と呼ばれる公立の学校が紹介されています。生徒が自由に学びたいことを学び、不思議な方法で高等数学の知識を得たりするのだとか。そんな学校が本当にあるのかと思って検索しましたが、日本語ではそれらしい情報が見当たりませんでした。

各国にアナスタシアの協会があり、日本には「アナスタシア・ジャパン」という名前であるようです。シベリア杉のオイルやネックレスも販売しています。そこには、ウラジーミル氏のメッセージもありました。今年のを読むと、政党を設立して国政に参加しようとしているようです。


このシリーズを3冊読みましたが、私は未だに半信半疑です。もちろん、現実的にウラジーミル氏が様々な活動をされていて、それを支援する大勢の人がいることは間違いないと思います。したがって、アナスタシアという存在が、まったくの作り事とも思いません。

ただ、本に書かれていることは、非常にわかりづらいです。何が言いたいのか、よくわかりません。結論を出さずに論点が移ることもしばしば。いえ、きっと本人は結論を出したつもりなのです。ただ、それがわかりづらいために、私の心には何も残らないのです。

それにしては、アマゾンのレビューが非常に良いことが気になります。ファンだけが書いているからなのか、という気にもあります。またレビューを読んでも、具体的に何がどう素晴らしいかに言及していないものが多く、参考になりませんでした。


これは完全に憶測ですが、アナスタシアの生き方を是とするなら、地下から掘り出したもので作り出した文明を一切捨て、自然の中で生きよということになるかと思います。赤ちゃんの世話は熊や狼、鷲などの動物に任せる。それを見守りながら、母親は必要な時だけ授乳する。

アナスタシアは、刺繍のための針さえ持たないと言います。もしそうなら、着ていた服はどうやって作ったのでしょう? サイババ氏がやってみせたように、空中から取り出したのでしょうか? もちろん、それもあると思います。そうすれば、彼女が嫌うような地下から資源を掘り出して、地球を痛めることにはなりませんから。

理想としてはわかるし、そうなる可能性もあるとは思います。しかし、それをすぐにすることは現実的ではないと思います。そうであれば、アナスタシアは現実の社会に何をしようとしているのか、どういう生き方をせよと言っているのか、いまいちよくわからないところです。


そして「神との対話」にあるような、「自由」を認めていないことも気になります。一方で自由だと言いながら、もう一方で言うことを聞かないと破滅するというのでは、自由とは呼べませんから。それは「神との対話」で指摘されている通りです。

しかし、単に宗教の1つを立ち上げたいということでもなさそうです。では何なのか? 何かあるという気もしますが、この本の文章からはよく理解できませんでした。ということなので、私はこの本の内容を否定はしませんが、今のところ保留にしておこうと思います。

愛の空間

響き渡るシベリア杉シリーズ
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:05 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

本調子



前に紹介した「プロは逆境でこそ笑う」が「本調子U」というシリーズ名が付けられていて、それなら1冊目があるはずだと思って探して手に入れたのがこの本です。こちらのサブタイトルは「強運の持ち主になる読書道」です。

こちらも「読書のすすめ」の清水克衛(しみず・かつよし)店長をはじめ、そうそうたる執筆陣です。本田健さん七田眞(しちだ・まこと)さん望月俊孝さん斎藤一人さん、そしてハイブロー武蔵(むさし)さんです。

健さんと一人さんは、このブログで何度も紹介しています。望月さんの本も、何冊か紹介しています。「超カンタン癒しの手」などです。私がレイキを習ったスクールの設立者です。七田さんは、幼児教育の世界で有名な方で、お名前は存じ上げています。武蔵さんだけ初耳でしたが、何冊かご著書があるようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

本は自分にとって、いちばん安くて、いちばん人生を変えてくれるすばらしいツールだと思っています。」(p.51,本田健)

本には著者が今まで蓄積してきた何年、いや何十年の膨大な知識や知恵がコンパクトにまとめられています。本はそれを書いた人に直接会わなくても、いつでも、どこにいても、その人のいわば知恵の結晶を分けてもらうことができるのです。」(p.56,本田健)

このように健さんは、本は安価で手軽な自己投資なのだと強調します。


ドイツの学者、オストワルトは、かつて「偉人や成功者たちに共通していることは何か」を調べて、二つの共通項を見出しました。
 その一つはプラス思考であること。もう一つは読書でした。読書が偉人や成功者たちの共通の条件であったことを見出したのです。
」(p.102,七田眞)

成功者には二つの特徴があるといいます。一つは瞑想をする習慣を持っていること。瞑想すると、瞑想の中でひらめきが得られます。だから、成功するためには瞑想は必須の条件の一つです。
 もう一つは、成功者は例外なくメモ魔だといいます。だったら私たちもメモをとりましょう。私も本を読めば必ずメモをとることにしています。
」(p.111,七田眞)

このように七田さんは、プラス思考、読書、瞑想、メモという4つの重要な習慣を示してくれています。


「日頃つきあっている親友で、あなたの年収や成功が計れる」というのに対し、私は「日頃触れている本やテープ、そして人物で、将来のあなたが決まる」と言いたいのです。」(p.148,望月俊孝)

テーマを持つ、あるいはアウトプットすること(今日から活かすこと、行動すること、表現すること、レポートにまとめることなど)を想定して読むとインプットがスムーズに進みますね。」(p.160,望月俊孝)

論理療法で有名なアルバート・エリス博士は、私たちは自分自身について三〇〇〜五〇〇の誤った考えを持っているといっています。物事に間違ったレッテルを貼っているというのです。
 それを変えていくのに、そして気づくのにあなたが師と仰ぐ人やモデルとする人の本を繰り返し読み、思いの方向を変えていくことがとても大事になるのです。
」(p.176 - 177,望月俊孝)

このよに望月さんは、まずは付き合う友達を変えるより、常に接する本やテープ(音源)を変えるのが手っ取り早いと言います。
そして本を読む時はテーマを決めたり、アウトプットを意識することが重要だと。たしかにアウトプットを意識すると、集中力が増すんですよね。
最後に、思いの習慣が重要だと言います。無意識に悪いストロークを自分に与えているので、それを本を読む習慣によって正すのです。


私なんか本をすすめるときは、
まず三冊か四冊、本が好きになる本を読みなって言うんだよ。
 だって、この人にこの本を読ませたらいいなって思ってても、
本を読む習性がねえ人には、本はすすめられねえんだよね。
」(p.193,斎藤一人)

必ず自分の仕事に関係のある本。仕事に関係のある本をじっ〜と読んでいくんだよ。」(p.205,斎藤一人)

このように一人さんは、まずは好きな本を読んで本を読む習慣を作ること、そして仕事に関係する本を読むようにと言います。


高校生になると、世界の文学、日本の文学をできる限り読んでみようと決意しました。具体的には岩波文庫です。そして、世界の歴史、日本の歴史も詳しく知りたいと思いました。
 しかし、そうなると時間がいくらあっても足りません。私は授業中に隠れて読んでいました。今はそのことを反省していますが、本好きになれたことのほうがより大きな宝物となったことは事実です。
」(p.224,ハイブロー武蔵)

ただ、やはり、週一回は書店に足を運んでほしいと思います。
 書店に行くと、やはりここでも必ず何か気になってしかたがない本というのが見つかります。こういう本は、手にしてみて、それでもさらに気になっていれば「買い」でしょう。
 自分の潜在意識の力を信じて、また、本を買う行為そのものが、人に力を与えていることから、私は気になった本は買うということをすすめています。
」(p.247,ハイブロー武蔵)

このように武蔵さんは、本を読む習慣を身に着けたことが最大の宝だと言います。そして、できれば書店で直感によって本を選ぶことが重要だとも。


最初に清水店長の話もあるのですが、そちらでは要は「四の五の言わずに本を読みましょうや!」ということを語っています。つまりこの本全体で言っているのは、「本を読みましょう」ということですね。NPO法人読書普及協会というのも作られていて、読書を推進しておられます。

私の小学校の図書室には、「読書は心の糧」と書かれた額がかけてありました。身体の糧が食事なら、心の糧は読書です。安くてためになる読書は、私ももっとも重要な習慣だろうと思っています。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:07 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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