2017年11月03日

タイ・バンコクでリタイヤメントビザを自力で取得する

つい先日、結婚ビザを取ろうとして失敗したばかりですが、じっとしているわけにはいきません。調べ直して、リタイヤメントビザを取ることにしました。

まず基本的に知識がない方のために書いておくと、タイの結婚ビザは、結婚しているだけでなく、年間40万バーツ程度以上の資力が求められます。これは外国人男性のみで、タイ人男性と結婚する外国人女性は不要です。(不公平だとは思いますが。)そのため、銀行預金口座に40万バーツ以上の残高があるとか、月収4万バーツ以上あるなどの証明が必要になるのです。

一方、リタイヤメントビザというのは、年金ビザと呼ばれたりもしますが、タイに外国人の(裕福な)お年寄りを呼び寄せるためのビザです。要件は、満年齢で50歳以上であることと、年間80万バーツ程度以上の資力が求められます。銀行口座に80万バーツ以上の残高があるか、月6.5万バーツ以上の年金受取が必要で、そのための証明書が必要になります。


前回、結婚ビザを取ろうとして失敗したのは、その提出資料の中に、賃貸契約の場合はオーナーのIDとカードコピーと住居登録が必要とされたからです。こんなの、オーナーにとっては何のメリットもないので、もらうのが大変だと感じたのです。リタイヤメントビザでは、それは必要ないとのことでした。(パタヤでリタイヤメントビザを取られた方は、必要だと言われて苦労したと、ブログに書かれていますけどね。)

そう考えてみると、リタイヤメントビザを取るより、結婚ビザの方がハードルが高いってことですよね。おかしくないですか?って思いますが、そんなことを言っても仕方ありません。それがタイのルールですし、ここはタイですから。


そこで気を取り直して、結婚ビザを諦めてリタイヤメントビザを取ることにしました。実は私、1回リタイヤメントビザを取っています。昨年、リストラされた時に、ビジネスビザ(Bビザ)から切り替えたのです。厳密にはBビザをキャンセルし、7日間の滞在猶予をもらってから、その日の内にリタイヤメントビザを申請したのです。

すでに3ヶ月間80万バーツ以上の預金残高があったため、1年間のリタイヤメントビザが問題なく取得できました。通常は、ノンイミグラントO(オー)というビザの3ヶ月ビザを取得し、そこから1年のリタイヤメントビザに切り替えるのだそうです。BビザはノンイミグラントBですから、そこでノンイミグラントビザ3ヶ月というのがクリアされたのでしょう。


今回、自分でリタイヤメントビザを取るにあたって、いろいろ調べました。そこでよくわからないことがいくつかあったのですが、自分で手続きする中で見えてきたことが多々あります。それについて書きますね。

まず、日本でリタイヤメントビザを取ろうとすると、けっこう大変なようです。そこで業者さんもお勧めしているのが、タイに来てノンイミグラントOの3ヶ月ビザを取得し、そこからリタイヤメントビザに切り替える方法です。業者によっては15ヶ月ビザと言ったりしていますが、この方法です。

その最初のノンイミグラントOの3ヶ月ビザですが、ラオスなど国外で取ってくる方法もあるようです。しかし、タイ国内で取得することも可能です。その要件は、お金をタイに持ち込んだという証明書があるということです。

いずれ1年のリタイヤメントビザに切り替える際は、銀行預金残高が3ヶ月以上キープされていること、というのが条件となるようです。その3ヶ月というのは、このノンイミグラントビザの期間を表しているのではないかと思います。

したがって、厳密には3ヶ月でなくても良いはずです。ノービザでノンイミグラントOを申請し、15日後にノンイミグラントの3ヶ月(正確には90日)ビザを取得しますが、60日後には1年ビザへの更新が可能になります。となると、最短だと銀行預金口座に80万Bをキープできるのが75日になるからです。(ただし、1年のビザが切れて更新する際は、きっかり90日(3ヶ月)が適用されるとは思います。)


●書類を整える

申請書類については、タイ政府のサイトを見るのが確かです。前の記事にも書いたようにグーグルが警告を出すので怖くて見られません。私は、業者の方や、自力でビザを取られた方のサイトを参照しました。「タイ リタイヤメントビザ 書類」などで検索してみてください。

以下、私が用意した資料です。

・ビザ申請書(ノービザから新規:TM87、旅行ビザから新規:TM86、継続:TM7)
 イミグレーションの入り口のカウンターでもらえますが、ただリタイヤメントビザと言うとTM7しかくれません。
 ひょっとしたら、新規でもTM7に書いていいのかもしれないと思ったのですが、今回の件で、やはり違うと感じました。TM87とかTM86と言って、正式な書類をもらう方が無難です。
 これに申請用の写真(4cm✕6cm)を貼ります。
 結婚ビザの時に書いたものをそのまま日付だけ変えて提出しました。申請理由に「リタイヤメントビザが欲しい(I want Retirement Visa)」と書けと言われたので、それを付け加えました。あとは携帯電話番号をサインの下に書けと言われて書きました。
 滞在期間が残り15日以上という話もあれば21日以上という話もあります。私は、申請日を含めず残り22日で申請しました。

・パスポートとそのコピー
 イミグレの資料には何も書かれていませんが、ビザの期限は、パスポートの期限より長くなることはあり得ませんので、1年を切っている場合は、先にパスポートを更新しておく方が良いでしょう。
 コピーは、顔写真、最新の入国スタンプ、出国カード(TM6)、現在適用中のビザ、前回の入国時のビザと入国スタンプ、のページだそうです。

・月収6.5万バーツ以上の年金所得の証明書または80万バーツ以上の銀行預金残高の証明書
 結婚ビザと同様、タイ語の残高証明書と、普通預金または定期預金の預金通帳とその全ページのコピーだと思います。
 ※銀行で、この残高証明書は何と呼ぶのかと尋ねました。答えは「ナンスー・ラップ・ローン・バンチー(หนังสือรับรองบัญชี)」でした。ナンスーというのは普通は本のことですが、書類のことも指すのでしょうね。ラップ・ローンは証明・保証する、バンチーは経理・口座です。したがって、前に「バイ・ラップ・ローン・ブランチ・タナカーン」と紹介したのですが、おそらく正確には「バイ・ラップ・ローン・バンチー・タナカーン(ใบรับรองบัญชีธนาคาร)」だと思います。バイは紙1枚、タナカーンは銀行です。
 3ヶ月間維持とは、規則に書かれていないと思います。おそらくそういう運用なのでしょう。
 私は3ヶ月維持していない(というよりノンイミグラント3ヶ月以上のビザではない)ので、外貨の持込み証明書(空港の税関でもらう)と両替の証明書(銀行や大きな両替商でもらえます)を付けました。結婚ビザの時は担当者にはじかれた両替の証明書ですが、今回も同じ担当者でしたが、外貨の持込み証明書と一緒にホチキスでとめてましたね。一応、用意した方が無難なようです。
 (外貨の持込み証明書はスワンナプーム空港ではBと書かれたブースへ行き、マネー・ステートメントがほしいと言えば、だいたい伝わります。)
 なお、残高証明書と通帳の記帳は、ビザ申請当日と書かれています。前日(前々日でもOKという話もあります)でもOKのようですが、今回はまずイミグレーションの下の銀行でもらいました。通帳もイミグレの下にある銀行のATMで、今回は3000Bを引き出してから記帳(UPDATE)しました。預金(あるいは出金)しないと記帳されませんので。
 通帳に当日の記帳をした後で、そのページのコピーを取る必要があります。何ヶ所かコピーをしてくれるところがあるようですが、私はエスカレーターを降りたところに目立つ看板があったので、その看板を頼りに奥の左手にある店へ行き、1枚2バーツくらいでコピーしてもらいました。

・住居を証明する書類とそのコピー
 賃貸住宅の場合は、その契約書とコピーが必要になります。
 アパートは妻が契約しているので、契約書に私の名前はありません。それで何か言われたらと思い、結婚していることを証明する結婚証明書(タビアーン・ガーン・ソムロット)のコピーと、妻のIDカード(バット・プラチャーチョン)のコピー(表裏)を持っていきました。しかし、数日前に結婚ビザで見てくれた担当官だったということがあるのか、何も言われませんでした。
 念のために結婚ビザで用意した地図もつけましたが、これも要らないとはじかれました。

・追加書類
 何の書類かわかりませんが、ビザ申請の書類をその場で書かされました。と言っても、「Mr. Atsushi Akaki」という名前と、年齢、それから申請理由として「Retirement Visa」と書いてサインしただけですけどね。


●リタイヤメントビザを申請する

昨年、リタイヤメントビザを申請したのはLカウンターでした。今回、待ち行列の番号札をもらうとき、「リタイヤメントビザ」と言ってパスポートをチェックしてもらったらLカウンターの札をくれたので、これで間違いないと思っていました。

しかし、約1時間して呼ばれて行くと、またしてもものの1分でダメ出しされました。独り言のように担当官が言ったのは、「なぜTM87の人がここに来るの?」です。この言葉によって、あとでわかったことがありました。

そして今度は親切に待ち行列の番号札をもらうカウンターに案内され、そこで新たな番号をもらい、C1カンターの前まで連れて行ってもらいました。

待ち行列の番号札


前回、結婚ビザの申請で回されたところです。「また間違っているんじゃないの?」最初はそう思いました。しかし、先ほどの担当官の言葉がひかかります。それでやっと気づいたのです。このC1カウンターは、ノービザとか旅行ビザから、ノンイミグラントO(オー)のビザに切り替え、最初の3ヶ月ビザを発給するカウンターなのだと。申請書がTM87かTM86ということです。(LカウンターはTM7(継続)を受け付けるのだと思います。)

隣のC2では、最初に何かを提出し次に何かを受け取るという形で、番号が次々と呼ばれていました。もしC1と関係しているとすると話は簡単です。つまり、C1で申請した場合、2週間の審査期間を経て、正式に3ヶ月ビザを受け取るのですが、おそらくC2に受け取りに来たことを申請し、順番を待ってビザを受け取るのでしょう。(これは2週間後に私が受け取りに行った時に判明します。)

※判明しました。C2カウンターは無関係でした。C1カウンターで受け付けていました。詳細は、「タイ・バンコクで3ヶ月ビザを受け取りました」をご覧ください。

これで、前の結婚ビザの申請の時、担当官が「なぜリタイヤメントにしないのか?」とぶしつけな質問をした意図がわかりました。彼女(担当官)は、結婚ビザだとオーナーの書類が足りないから受け付けられないけど、リタイヤメントビザなら今の書類でそのまま受け付けられると言いたかったのでしょう。


書類をチェックしてもらい、いくつか追記したりして、今回は午前中にビザ申請が無事に完了しました。担当官にビザ代の2,000バーツを支払った時、これで3ヶ月のビザがもらえるんだとホッとしましたよ。

領収書には、今月20日に受け取るように書かれています。この日程は、他のサイトを読むと、その日しか受け取れないようです。万難を排して行く必要がありますね。

ビザ代の領収書

実はBビザの時、受取日に出国していてタイにいないということがありました。それで後から、すでに航空券を発券していることを伝えて、受取日を変更してもらったことがあります。ですから、本当は変更できるのです。おそらく、その日に受け取りに来る予定の人の資料を、それまでに準備するのでしょう。その変更が面倒だから、必ずこの日に来いと言っているだけのように思います。

まあでも、こちらもわざわざ面倒なことはしたくないので、指定日に受け取りに行こうと思います。これで、2月半ばくらいまでの90日間のビザを手にできます。60日を過ぎると1年ビザに更新ができるので、妻の実家へ引っ越すまでに、1年ビザに切り替えようと思います。


チェーンワッタナーのイミグレへの行き方は、前回の結婚ビザの顛末に書いてありますので、そちらをご覧ください。

バンコクでリタイヤメントビザを取得するなら自力でもできます。とは言え、前の結婚ビザの失敗などで慣れていたから簡単にできた、とも言えます。そう考えると、業者さんの助けを借りて一発で済ませるのも1つの方法ですし、失敗を重ねながら知識を増やしていくというのも1つの方法かと思います。


●番外編

チェーンワッタナーのイミグレの外に、こんな標識を天井に見つけました。

天井の標識

だいたい絵で意味はわかるのですが、赤丸の絵だけわかりませんでした。それで妻に尋ねると、イスラム教徒のための祈りの部屋だそうです。

そう言われてみて、なるほどと思いました。日本に比べるとイスラム教徒の数も多いので、こういう気配りが必要なのですね。そう言われれば、私がいた前の会社でもイスラム教徒の社員を採用した時、会議室を祈りの部屋として使ってよいという許可を出したことがありました。

いろいろ体験しながら、たくさん学ばせてもらっています。ともかく今は、3ヶ月のビザがもらえることになってホッとしています。

◇◆◇ 注 ◆◇◆
この記事に書かれているのは、記事が書かれた時点で私が集めた情報や、私が体験してそう思ったというものです。
したがって、これらの情報が絶対的に正しいとか、どこでも適用されるなどと思わないでください。
仮に正しいとしても、何があるかわからないのがタイです。その辺のことをご承知おきください。

 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:27 | Comment(0) | └ タイのお役立ち情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月01日

タイ・バンコクで結婚ビザを自力で取得する(失敗編)

リタイヤメントビザの更新ができない(3ヶ月間80万Bの預金残高がない)ため、いったんビザを切ってノービザでタイに入国し、結婚ビザ(ノン・イミグラント-O)を申請することにしました。

業者に依頼しようかとも思ったのですが、時間はたっぷりあるのだし、失敗してもともとと思い、自分でやってみることにしました。

いくつかのサイトに、自分で結婚ビザを申請したという方の話があったので、そちらを参考にさせていただきました。

結論としては、失敗でした。たしかにできるとは思うのですが、なかなかハードルが高いです。私は、このハードルを頑張って超えるより、他の方法の方が良いと判断したため、今年の結婚ビザ申請は、この失敗編で終わりになります。


●独身証明書を取得する

まず第1のハードルは、独身証明書を取得することです。

すでに結婚しているのに独身証明書って、おかしくないですか? もちろんすでに独身ではないので、求められているのは結婚届を出した時の独身証明書です。

それだけイミグレーションはタイの役所を信用していないか、結婚証明書の偽造があり得るという判断なのかもしれませんね。

バーンラック区役所 バーンラック区役所

6年ほど前に結婚届を出したバーンラック区役所へ行きました。タイ語でバーンは家、ラックは愛という意味ですので、バーンラックは愛の家という意味になります。こんな素敵な地名がついてる役所なので、結婚届をここに出す人が多いのです。

妻と一緒に行き、妻がすべてやり取りをしてくれて、書類をもらいました。費用は無料でした。(本当かなぁ?)あとで見ると、結婚届の書類の一式でした。その中に、独身証明書がありました。

独身証明書

これは、戸籍謄本などを元に日本大使館で作成してもらった英語版の証明書を、代書屋でタイ語訳してもらい、そこにタイ外務省の証明印をもらって提出した書類のコピーになります。
※結婚手続きの詳細は、「わかりやすい!タイ人との国際結婚手続き」をご覧ください。


●銀行預金残高の証明書を取得する

年収40万バーツ以上の所得証明か、銀行預金の残高が40万バーツ以上ある証明書が必要になります。

それで私は、銀行預金の残高の証明書を提出することにしました。今は無職ですから、それしか方法がありませんので。

規則では提出日の当日とあるのですが、前日でも良いそうなので、前日に銀行へ行きました。

タイ語で「バイラップローン・ブランチ・タナカーン」と言うのだとあるサイトにあったのですが、タイ語の意味がよくわかりません。バイラップローンは証明書、タナカーンは銀行なのですが、ブランチが不明なのです。まさか英語の支店じゃないですよね? (バンチーなら預金口座ですが)
※2017.11.03追記:結婚ビザを諦め、リタイヤメントビザを申請した時に思いました。やはり「バイ・ラップ・ローン・バンチー・タナカーン(ใบรับรองบัญชีธนาคาร)」だと。

それで不安があったので、「バイラップローン(証明書)」が欲しいと告げ、「ヨートコンルア(ยอดคงเหลึอ,残高)」に関するもので、ビザの取得に使うのだと説明したのです。

ところが、それではなかなか上手く伝わりません。結局、「バイラップローン・ブランチ・タナカーン」というようなことを担当者が口にしたので、それだと伝えて納得してもらいました。(笑)

しかしその後、「タイ語か?英語か?」とか、「残高は日本円か?タイバーツか?」など尋ねられます。そんな違い、どのサイトにも書いてなかったよ。ということで、私が確認できるよう英語にし、バーツでの残高が基準ですからバーツを選びました。(正式にはタイ語だとあります。)

待つこと数分、書類が出来上がりました。しかし、何かを感じて、私は残高がどこに書かれているか探したのです。でも、いくら探しても見つかりません。「残高はどこに書かれているのですか?」と尋ねると、担当者も気づいてくれました。

あぶない、あぶない。危うく大失敗するところでした。こんなことですら気を抜けないのがタイなのです。もう1回作り直してもらって、やっと手に入れました。費用は100バーツでした。

銀行預金残高の証明書

出かけたついでに、街の写真屋でビザ用の写真を撮ってもらいました。襟付きの服を着ていることが望ましいようだったので、Tシャツの上に持って行った長袖シャツを着て写り、待つこと15分ほどでできあがりました。費用は180バーツでした。


●申請書類を整える

申請書類については、タイ政府のサイトを見るのが確かなのですが、グーグルが警告を出すので怖くて見られません。実は、申請した時に担当者から示された資料に書かれていて、私は後で知ったのですけどね。

申請資料は、その時の最新の情報を元にしないと上手く行きません。ですので、本当は上記サイトで確認しておきたいところです。実際、私もこれで失敗したのですから。

以下、私が用意した資料です。

・ビザ申請書(新規:TM87、継続:TM7)
 イミグレーションの入り口のカウンターでもらえますが、ただ結婚ビザと言うとTM7しかくれません。
 ひょっとしたら、新規でもTM7に書いていいのかもしれませんけどね。
 ※2017年11月3日追記:おそらく新規はTM87が原則だと思います。他のノンイミグラントビザからの切り替えは別だと思いますが。これも、リタイヤメントビザの記事に書いています。
 これに申請用の写真(4cm✕6cm)を貼ります。

・パスポートとそのコピー
 パスポートは18ヶ月以上の有効期間が必要と書いてあるサイトもありましたが、イミグレの資料には何も書かれていません。ただ、ビザの期限は、パスポートの期限より長くなることはあり得ませんので、1年を切っている場合は、先にパスポートを更新しておく方が良いでしょう。
 コピーは、顔写真、最新の入国スタンプ、出国カード(TM6)、現在適用中のビザ、前回の入国時のビザと入国スタンプ、のページだそうです。

・月収4万バーツ以上の証明書または40万バーツ以上の銀行預金残高の証明書
 イミグレの担当者からもらった資料では、タイ語の残高証明書バイラップローン・ブランチ・タナカーン)と、普通預金または定期預金の預金通帳とその全ページのコピーとあります。
 どこにも2ヶ月間維持とは書かれていませんが、おそらくそういう運用があるのかもしれませんね。
 ちなみにイミグレの資料には英語でこう書かれています。
 「A guarantee letter in Thai language from the commercial bank in Thailand (Attention: Immigration Commissioner) and a copy of all entries of the applicant's passbook showing that the applicant has a saving or fixed deposit account of not less than Baht 400,000*
 私は2ヶ月維持していないので、外貨の持込み証明書(空港の税関でもらう)と両替の証明書(銀行や大きな両替商でもらえます)を付けました。担当者からは両替の証明書は要らないと言われましたが。(スワンナプーム空港ではBと書かれたブースへ行き、マネー・ステートメントがほしいと言えば、だいたい伝わります。)
 なお、残高証明書と通帳の記帳は、ビザ申請当日と書かれています。実際は、残高証明書は前日でもOKのようです。通帳は、当日、イミグレの下にある銀行のADMで100Bを預金してから記帳(UPDATE)します。預金(あるいは出金)しないと記帳されませんので。
 念のために言うと、仕事をしている人はワークパミットとそのコピー、会社が発行する所得証明書が必要になります。これで月収4万バーツ以上あるなら、こっちの方が簡単ですけどね。

・結婚証明書(タビアーン・ガーン・ソムロット,ทะเบียนงานสมรส)とそのコピー(表裏)
結婚証明書
 結婚届を出すと、同じものを2枚もらえます。夫婦でそれぞれ1枚ずつ保持するように、ということかもしれません。これの表と裏をコピーします。

・自宅で家族が写っている写真をA4用紙に貼り付けるか直接印刷したもの
 イミグレの資料には4枚の家族写真と住居の住所を示してある部分の写真、とあります。
 実際は、家の外、部屋の中、ベッドの上などで夫婦が仲睦まじく写っている写真が10枚くらい必要という話もあります。これも担当者次第です。

・家までの最寄り地図(手書き)
 なぜか手書きなのだそうです。Googleマップにピンを立てたものはダメだという話がよくありますね。

・住居を証明する書類とそのコピー
 賃貸住宅の場合は、その契約書とコピーが必要になります。
 私が失敗したのはここです。実は最新の資料では、これに賃貸住宅のオーナーのIDカードのコピー、それと住宅登録証(?)が必要だとあるのです。実際の書かれている英語は以下の通りです。
 「Rental Agreement between the Applicant and the Landload.
  `With a copy the ID card and House Registration If the Landload, signed by the Landload.

 これはなかなかハードルが高いです。だって、アパートのオーナーにしてみれば、そんな資料を手間ひまかけて渡す必要性がないのですから。妻もこれは面倒だと言うので、私はバンコクでの結婚ビザを諦めました。
 もちろん、やってみる方法もあると思います。実際、結婚ビザではなくパタヤのリタイヤメントビザだったと思いますが、それを提出した方の話をサイトで見ましたので。

・結婚の際の独身証明書(バイラップローン・クワームペンソーット,ใบรับรองความเป็นโสด)とそのコピー
 上記で書いたとおりです。

・タイ人女性のIDカード(バット・プラチャーチョン,บัตรประชาชน)とそのコピー(表裏)

・タイ人女性の住民票(タビアン・バーン,ทะเบียนบ้าน)とそのコピー(記載の全ページ)

・申請費用:2,000バーツ

なお、申請書類にはすべて申請者のサインが必要だとあります。
現物とコピーを求めているものについては、コピーの方にサインをします。現物はそこで見せるだけですからね。
私は、妻のIDカードとタビアン・バーンのコピーには、妻にサインをしてもらいました。写真にはサインをしませんでした。これが正しいかどうかわかりませんが、言われたらサインしようと思って、青ボールペンは持参して行きました。


●結婚ビザを申請する

バンコクのイミグレーションはチェーンワッタナーにあります。(Google Map

タクシーで行く場合は、「トーモー、チェーンワッタナー、ソイ7」と言えば良いようです。たくさんの政府機関があるので、「アーカーンB」とか「トゥックB」(建物B)と言うと、入り口まで連れて行ってもらえます。あとは、自分のスマホでGoogleマップを使って確認することですね。

入り口を入るとすぐ、パスポートのチェックと荷物検査があります。そこを通り過ぎると、右前方に四角いテーブルのような椅子を並べたエリアがあり、その右手がイミグレーションの入り口です。

時間は8時半から開いています。12時から13時まで昼休憩で、イミグレのエリアから締め出されます。午後は15時半までとなっています。

ブースに入ると右手に、申請書をもらうカウンターがあり、その部屋で申請書を書いている人がいます。その先の入口を入ると、待ち行列の番号札をもらうカウンターが3つあり、そのどこかに並んで、順番が来たら目的を告げて番号札をもらいます。

私はパスポートを渡し、申請書を見えるように置いたら、何も言われずに番号札をくれました。申請書のTM87を見ただけでわかるのかと思い込んだのですが、これが失敗でした。

K1の番号札 C1の番号札

最初、K1に行って番号が来るのを待ち、1時間ほどでブースに入りました。そこで資料を出すと、怪訝そうな顔をされるのです。それで「結婚ビザの申請だ」と告げると、「それはここじゃない。C1へ行け。」と言われてしまいました。待っている途中で「ひょっとしたら場所が違うんじゃないか?」と思ったのですが、嫌な予感が的中しました。

それでC1へ行ったものの、番号札がないのですからどうしたらいいかわかりません。それで、ブースを覗いて事情を妻に説明してもらったところ、やはり番号札を取り直せとのこと。1時間以上無駄にして、正しい番号をもらいました。やはり、相手を信じてはいけませんね。

その時点(10時半過ぎ)で36番まで進んでいたのですが、私がもらった番号は71番。当然、午前中に呼ばれることはなく、午後になってしまいました。午後2時くらいにやっと呼ばれ、入ったところ、こちらもすぐに「オーナーのIDカードコピーなどがない」と却下されてしまいました。


その際、「何歳か?」と問われたので「56歳です」と答えたところ、「どうしてその年令でリタイヤできるんだ?」とか、「リタイヤメントビザの方が簡単なのに、どうしてそっちを取らないんだ?」など、余計なお世話みたいな質問をされてしまいました。
※2017年11月3日追記:この質問の意図も、リタイヤメントビザの申請をしたことで理解できました。意地悪な質問ではなく、逆に親切な質問だったのです。私が理解できなかっただけで。

けっこう念入りに準備したつもりだったのですが、なかなか上手く行きませんね。リタイヤメントビザでも、オーナーのIDカードのコピーなどが必要だという話もあります。なので、今はどうすれば良いのか、ちょっとよくわからなくなってきました。

手数料が高いのですが、業者にお願いするのも悪いことではないなと思えてきましたよ。いずれにせよ、今月25日に滞在期限が来るので、ビザ申請をするならその15日前までにしなければなりません。しばらく考えて、行動したいと思います。

と言うことで、今回は失敗に終わってしまった結婚ビザ申請の顛末記となりました。もしまた自力でビザ申請するようなことがあれば、ここで報告したいと思います。


※イミグレでもらった結婚ビザ申請の必要書類に関する資料です。クリックして、あるいはダウンロードしてご覧ください。
visa20171031-06.jpg visa20171031-07.jpg

◇◆◇ 注 ◆◇◆
この記事に書かれているのは、記事が書かれた時点で私が集めた情報や、私が体験してそう思ったというものです。
したがって、これらの情報が絶対的に正しいとか、どこでも適用されるなどと思わないでください。
仮に正しいとしても、何があるかわからないのがタイです。その辺のことをご承知おきください。

 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 19:00 | Comment(0) | └ タイのお役立ち情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

アドラーをじっくり読む



岸見一郎さんの新しい本を読みました。岸見さんの本は、すでに数冊紹介していますが、「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」は有名ですし、とても素晴らしい内容でした。

この本は、帯に「もう一歩先の理解へ」とあるように、さらに深くアドラー心理学を知るためのものになっています。それだけに、やや読みづらいところもあるのですが、すでにアドラー心理学を知っている人を対象にしているので、そこは仕方がないところかと思います。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

アドラーの功績は心理学を決定論から解放し、人間の尊厳を取り戻したところにあります。人間の行動や今のあり方がすべて本能や過去の経験などに決定されているという考え方が、尊厳を人間から奪ったと考えたのです。」(p.5)

まえがきで、アドラーの功績をこう説明しています。人間の行動は原因で説明することは不可能であり、何が過去にあろうとも自由意志によって自分で決定できると見たのです。これまでの決定論に対して目的論と言います。


教育におけるもっとも大きな問題は、子どもが自分に限界があると考えることによって引き起こされる。子どもがこのような誤った人生の意味づけによって自分に課した制限を取り除かなければならない。」(p.90)

アドラーは「誰でも何でも成し遂げることができる」と、人間は万能であるような楽観主義的な言葉を述べています。しかしこれは、言葉通りに万能という意味ではなく、楽観主義になることによって、勇気を出して課題に挑戦することが重要だったからなのです。


アドラーは、いかなる意味でも決定論に立たないので、犯罪者も生まれつきであるとは考えず、どんな犯罪者も更生しうる、と考えた。ただし人を罰することは有効ではない。罰してみても、犯罪者はそのことを自分への挑戦としか見なさない。死刑ですら、犯罪者がそれを怖れて犯罪を思いとどまると考えてはならない。犯罪者は絶対、どうすれば見つからずにすんだかということしか考えない。」(p.92)

犯罪を防ぐために厳罰を与えることや、更生不可能な犯罪者がいるという考え方があります。こういう考え方は、行き着くところは死刑しかありません。しかしアドラーは、こういう考え方を否定しているのです。

殺人を犯す人も、それが善を実現するための副次的な目標として、自分にとっての善、ためになる行為であると、少なくとも殺害する時には判断していたはずなのである。」(p.113)

「盗人にも三分の理」と言いますが、人を殺す人にもその人なりの正当な理由があるのです。殺すことが自分の善に役立つと、その時は思っているのです。


一本の木に同じ葉を見つけることができないように、同じ人は二人としていない。タイプや分類を重視すると、それに人を合わせようとすることになり、目の前にいる人が見えなくなってしまう。一般的な枠組みからはみ出すところにこそ、個性があるかもしれないのである。」(p.125)

アドラーは人をタイプ分けしていますが、そのタイプを個人に当てはめるべきではないということなのです。タイプは、個人の類似性を理解するためです。血液型がA型の人はこうだというような決めつけは、その人そのものを知ることから遠ざかってしまうのです。


ここで問題にしている性格もまた何かの目標、目的を達成するために自らが選び取ったのであって、性格が原因となって、あれこれができないというのは、後で説明のために持ち出された弁明にすぎない。」(p.131)

たとえば怠惰な性格は親の遺伝だという言い方をする時、自分が好きでそうなったわけではないとか、自分には変えられないという、言い訳を含んでいます。その言い訳によって、自分の課題に取り組まなくてよい口実にしたいのです。


アドラーが寄って立つ目的論では、神経症や精神病の場合も、脳や臓器の生理的、生化学的な状態や変化それらがただちに症状を引き起こすわけではない。後に見るようにある「必要」があって、症状は創り出される。これがそのために症状が創り出される「目的」であり、その目的こそが症状の「わけ」である。症状はある目的、必要があって創り出されるが、症状が必要ではなくならない限り、ある症状が薬物によって除去されたとしても、必ず別の症状が起こる。」(p.155)

これは、「人生を変える幸せの腰痛学校」でも詳しく書かれていますね。腰痛という症状も、何らかの身体的原因があって起きるのではなく、腰痛である必要があるから起きていると考えるのです。


このような子どもがまわりからの強い影響を受けて身につけてしまったライフスタイルを変えることは容易ではない。しかし、治癒不可能であると諦めてはいけない。変えることはできないと認めてしまえば、そもそも育児、教育、治療はありえない。困難であっても、ライフスタイルは変えうるという前提がなければ、子どもへの働きかけはすべて不毛なものになってしまう。」(p.174)

たとえば、虐待を受けるなど育った環境が原因でひねくれたり、他人を思いやれない子どもがいます。「教育困難な子どもたち」と呼ぶそうですが、それでも不可能ではないとアドラーは言います。このことは、科学的にそうだということではなく、アドラーの信念なのでしょうね。


伝統的な教育の方法は共同体感覚を育まない。まず、アドラーは罰による教育を否定する。アドラーは野心を十分示さない子どもたちの眠っている野心を十分にかきたてようと、子どもに厳しくすることの弊害を説いている。このような方法では子どもは勇気をくじかれるだけである。」(p.192)

他者を仲間だと思い、他者に関心を持ち、貢献しようとする。この共同体感覚が正常な成長にとって重要な要素だとアドラーは言います。その観点からすると、罰を与える教育は害悪があるのです。なぜなら、自分の課題に挑戦する勇気をくじいてしまうからなのです。


そこで、カウンセリングの目標はこのような人が人生の課題に取り組めるという自信を持てるよう援助することである。これを「勇気づけ」という。」(p.208)

人は生きていくに当たって、人生のさまざまな課題に直面することを避けられない。それにもかかわらず、あれやこれやの理由を持ち出しては課題から逃れようとする。持ち出される理由はいずれも、そういうことならやむをえないと自分も他者も欺く「人生の嘘」である。人生の課題に立ち向かうためには勇気が必要である。」(p.221)

アドラー心理学の需要なポイントは、この「勇気づけ」にあるように思います。勇気をくじかれて自分の課題に挑戦できずにいるから、様々な問題が起こるのです。ですから、勇気を持たせるようにして、自分の課題に挑戦させることが重要になるのです。


アドラーは、人は自由な存在だと見抜いているのですね。それに枠をはめて強制することは、人間の本質に反すると考えているようです。ですから、正しい教育によって個人が救われるとともに、私たちの社会全体が救われると考えたのでしょう。

少々難しい部分もあるので、アドラー心理学を知らないという方は、上記で紹介した2冊から入られると良いでしょう。それをすでに読まれた方は、アドラー心理学の本質をつかむのに、この本は役立つと思います。

アドラーをじっくり読む
 
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2017年10月29日

違うってことはもっと仲良くなれること



これも「読書のすすめ」さんで購入したかっこちゃんこと山元加津子さんの本になります。かっこちゃんの視点は、言われてみるとなるほどと思いますが、なかなか気づけないものがあります。それだけ心がピュアなのでしょうね。

この本も、かっこちゃんが多くの子どもたちと出会う中で気づいたことがたくさん書かれています。それぞれが素晴らしい話なので、そのすべてから引用することはできません。一部を紹介しますので、ぜひ読んでみてほしいと思います。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

こんな足、いっそなければいいといつも思っていたけれど、足があったからこそ、おばあちゃんの手がさする場所があったのです。おばあちゃんが、私の足をいとおしく思ってくれたということに、しみじみ気がついて、涙があふれて止まりませんでした。」(p.30)

病気か何かで手足がまったく動かなくなったあきちゃんという女性の話です。動かない足があることが憎らしいと、メールが届いたのが始まりでした。それに対してかっこちゃんは、何も答えられなかったそうです。歩けても歩けなくても、大切なものではないかと思うのに、どう言ってあげれば良いかわからなかったのです。

それで同僚の山田先生に尋ねると、両親の遺伝子で自分の足ができているから大切なのだ、と答えてくれたそうです。かっこちゃんは、自分の身体は両親の身体とよく似ていて好きだとメールを返しました。

それに対して、あきちゃんが送ってきたメールの一部が先ほどの引用です。彼女は、自分のことしか考えていなかったと言います。足があったから、祖母はずっとさすってくれたのです。両親も、何とか歩けるようにならないかと、たくさんの病院や寺社を回ってくれたと。

動かないけど足があったから、家族がそれを通じて愛情を注いでくれたのですね。そのことに気づかせてもらったと、喜びの返信だったのです。人はどのような状況であっても、気づけば自分で変わっていくのですね。


ゆーちゃんがウンチを壁に塗ったり、髪につけたりする理由は今もわからないままですが、私はそのウンチのことがあって以来、ウンチを塗ることも髪につけることも、ゆーちゃんが生きる上でとても意味のあることなのだと思うようになりました。」(p.42 - 43)

最初はゆーちゃんに、ウンチを壁に塗ったりするのは「ばっちい」からと言って、やめさせようとしていたかっこちゃんです。しかし、ある時、ゆーちゃんのウンチがなかなか出なくなったのです。以前、出にくかった時にお尻が痛くなって、そのトラウマではないかと最初は思ったのだとか。

しかし、それだけではないという気がしたとかっこちゃんは言います。「汚くて臭い」というメッセージを伝えていたので、もしウンチをしたらかっこちゃんが悲しむと思って、無意識に我慢しているのではないかと。

自分でも辛くて、ただゆーちゃんを抱いているしかなかったと言います。そして4日目に、やっとウンチが出たそうです。「まるで爆発のように吹き出すたくさんのウンチをこんなにいとおしくうれしく思ったのは初めてでした。」とかっこちゃんは言います。

こういうところを読むと、かっこちゃんは本当にピュアなんだなぁと思います。どこまで子どもたちを本心から受け入れているか。存在そのものを愛しているという感じが、ひしひしと伝わってくるのです。


浩介の家、とりこわすことになったんだ。今日、視察があってね、浩介の家を見た偉いさんがさ、『こんな犬小屋に子どもを入れてけしからん。人権無視だ』なんて言うんだ。校長もさ、すぐにどかせって言うしさ。わかっちゃねえよな。」(p.63)

浩介くんは、授業中にじっとしていられない生徒でした。しかし家では、おもちゃのダンボールや家具で空間を作り、そこでじっとしていることが多かったのです。それでかっこちゃんは、教室でも安心していられる場所があれば良いと思い、そのことを担任の先生に伝えたのでした。

担任の先生が手作りのダンボールの家を用意したところ、浩介くんはそこを気に入って、授業中もそこでじっとしていたのです。自分で薄汚れた毛布を持ち込んで。クラスの仲間も「浩介の家」と呼んで、色を塗ったりしたそうです。浩介くんは、クラスの中に留まっていたかったし、クラスの仲間もそんな浩介くんを受け入れていました。

それが、視察の偉いさんと校長の、何も理解しない権力者によって否定されました。どっちが本当に子どものことを考えているのか、どっちがより子どもに寄り添っているのか、それは明らかでしょう。お母さんも教育委員会に訴えたそうですが、養護学校へ行くのがみんなのためだと言われたそうです。

ともかく隔離して、見えなくしてしまえばいい。そういう考え方が行政側にあるように思います。本当は、一緒に過ごすことで互いに理解し合えるようになるのに。まったく残念な話です。


そして思ったのは、人はよく知らない人のことは怖かったり分けたりしてしまうのじゃないかということでした。でも知り合えれば大丈夫。仲良くなればきっとわかり合えるものなのじゃないかと思ったのです。
 国が違っても、それから、たとえば障害を持っていても、いなくても、わかり合えれば大丈夫。もっともっと仲良くなれる・・・・そのためにも、もっともっと子供たちは町へ出たらいいと思ったし、私ももっといろいろな人と出会いたいと思いました。
」(p.175)

かっこちゃんはケニアの空港で、黒人が大勢いる中に身を置いて、なぜか「怖い」と感じたのだそうです。それからケニアの青年たちと交流し、マサイダンスを一緒に踊ったりして楽しみ、かっこちゃんはケニアの人たちのことが大好きになったのだとか。その時、最初はどうして「怖い」と感じたのかを考えてみた結果、得られた結論が上記の引用です。

人は、違うことに対して不安を感じてしまうのですね。それが怖いという感情になる。しかし、違うけれども通じ合う部分があると気づいた時、その違いは不安の原因ではなくなるのです。

だからこそ、障害者はもっと街へ出ていくべきだし、他の国の人と触れ合うべき。そうすれば互いに理解し合い、仲良くなることができる。そうかっこちゃんは言うのです。


かっこちゃんは、最初から相手を「受け入れる」と決めているような方です。子どもたちに対して、完全にオープンマインドです。違いの中に、自分の思い込みを見つけては、それを正そうとされています。そんなかっこちゃんの生き方が、よく表れている本だと思います。

かっこちゃんが人気者なのがよくわかります。しょっちゅう乗り換えで間違えてしまうようなおっちょこちょいで、忘れ物をしたりして迷惑をかけてしまうのに、みんながそれをサポートしたがるのです。それは、かっこちゃんをサポートすることが本当に嬉しいからだと思います。

「違い」をそのままに、ありのままの相手を受け入れようとするかっこちゃん。そういう姿勢を見習いたいと思います。

違うってことはもっと仲良くなれること
 
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2017年10月28日

「やさしい」って、どういうこと?



先月、「読書のすすめ」さんへ行った時に購入した本を読みました。帯にこう書かれています。「話題のベストセラー! フジテレビ系列『エチカの鏡』で”人生を変える1冊”として本のソムリエ・清水克衛さん(「読書のすすめ」店長)おすすめの1冊です。」薄い本ですが、気になって購入しました。

著者はアルボムッレ・スマナサーラ氏。訳者がないので、おそらく日本語は問題なく話ができるレベルなのだと思います。経歴にも駒澤大学の大学院で学ばれたとありました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。その前にこの本では、「やさしさ」を誰もが求めるが、誰もその意味を知らない、と説明するところから始まっていることをお伝えしておきます。その「やさしさ」を解き明かす本だということです。

「群れる」ことは「引きこもる」ことですが、同時に「群れ以外のすべての人間を排除する」ことでもあります。私たちは、やさしさを求めて内向きに引きこもり、外向きに排他的になってしまうのです。」(p.20)

これは面白い視点ですね。「自分のエゴの型が世間と合わないことに我慢できない」と引きこもると指摘しています。そして群れるのは、たまたまその型が似ていて、許容してくれるからですね。そして内向きに群れたり引きこもったりする時、同時に外向きには排除していることになるのです。


自我を張らず、よけいなことを考えないで、自然の流れで生きていれば、その人はやさしいのです。
 誰にも迷惑をかけません。誰も損をしません。弱肉強食ではなく、これは共存主義なのです。これが「あるべきやさしさ」なのです。
」(p.35 - 36)

本当のやさしさとは、こういうものだと言います。具体的には、「ただいま」と言われたら「おかえり」と応えること。相手を思い遣り、受け入れ、少し気遣ってあげる。そういう簡単なことだと言います。


本当のやさしさは、エゴのない「生命」という次元なので、必要以上を求めません。「欲しい」というところまでいかないのです。」(p.38)

たとえば、子どもにご飯を食べさせるのは「必要」だから、ご飯を求めるのは当然だと言います。「あれが食べたい」とわがままを言うのは、必要以上と言うわけですね。それが「欲しい」というレベルなのだと。

そして、その「必要」というレベルは生命の次元で、やさしさもまたその次元の話なのだと言います。つまり、当たり前のことを当たり前にするということだと。


部屋にいると、自然のものは自分の身体くらいかもしれません。
 それだけでも人は喜びを感じることができるのです。「自分という生命は、数え切れない人に支えられて生きているのだ」と。それで「寂しい」とか「一人だけだ」とかいう気持ちは、たちまち消えてしまいます。
」(p.44 - 45)

あらゆる物が誰かによって作られ、それが自分を支えてくれています。それを感じるだけで喜べると言います。このように生命のネットワークということを考えることが重要なのですね。


「すべての生命の幸せを願う」というと、「他の生命をなんとかしてあげることができるのだ」と思うかもしれませんが、そうではないのです。「あなたがエゴをなくしたら、あなたが確実に幸福になります」「あなたがエゴをなくしたら、他人があなたに迷惑をかけることさえできなくなります」ということです。
 こちらにエゴがないと、エゴでなぐられてもなんともないのです。
」(p.70)

すべての生命がエゴをなくせば、世界は変わると言います。しかしそれは、他人のエゴをどうにかするということではないのですね。自分が自分のエゴをなくせば良いのだと。

そして、自分のエゴをなくしさえすれば、他人がエゴをむき出して自分を責めても、それに対して怒りの気持ちすら湧いてこない。そういうものだと言います。


テロリストもエゴから現れます。「あいつらと関係を持ちたくない。殺してやりたい」というのはエゴです。だから彼らをエゴで攻撃しても、テロは消えないのです。それどころか、テロリストにさらなるテロの理由を与えるだけです。」(p.72)

エゴで攻撃すれば、さらなるエゴで攻撃し返されるだけです。だから、たとえエゴで攻撃されたとしても、相手を侮辱しない。自分がエゴから離れれば、そうなるのだと言います。それが正しい生き方だと。


「愛」というのは使ってはいけない単語です。そうではなくて慈(メッター)・悲(カルナー)・喜(ムディター)・捨(ウペッカー)という四つの感情が正しいのです。この感情が、生命に対する基本的な法則の実践になります。これが本来のやさしさ、自然に、素直に生きるために育てるべきやさしさなのです。
 「自然に」といいながら「育てるべき」というのは矛盾していると思うかもしれませんが、誰にもエゴ、自我があるので自然にできないのです。だからこのような方法でエゴの病気を治療して、完璧に健康な生命をつくりあげる必要があるのです。
」(p.86)

ここで言う「愛」というのは、おそらく執着したものを指しているのでしょう。言葉は、その定義によってどうにでもなりますから。

4つのやさしさを取り上げていますが、ここで詳細に説明はしません。簡単には、メッターは友情、カルナーは抜苦(苦しんでいる人を助けたいという思い)、ムディターは喜(うまくいっている生命を自分のことのように喜ぶ)、ウペッカーは捨(幸も不幸も平等な心で捉える)だと説明しておきます。

これらの気持ちを自分の意思で育てることで、エゴから離れることが重要だと言います。エゴのないあり方が自然ではあるものの、意識して育てなければならないのだと。


特に「なぜそうなのか」は説明されていません。偉大なお釈迦様がそう言われたのだから、それに従うのが良いのだという感じです。これはお釈迦様も、今死にかけているのに刺さった矢の毒が何だとか、そういうことはどうでも良くて、それより治療することが先決だと言っています。おそらく、そういうことなのでしょう。

私としては、ウペッカーはまさに「神との対話」で示されている内容だと感じました。ただ、エゴは努力しなければなくせない、という考えには同意しません。もちろん、そちらへ意識を向けると成長が早まるということは、たしかだと思います。しかしその一方で、進化成長はプログラムされていることであり、まさに自然に起こるのだと思うからです。

わずか100ページ足らずの薄い本ですが、仏教的な考え方に触れてみるには、適当な本ではないかと思います。

「やさしい」って、どういうこと?
 
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2017年10月23日

約束 般若心経は「愛の詩」



かっこちゃんこと山元加津子さんの本を読みました。フォトブックという感じですね。これは先月、「読書のすすめ」へ行った時に見つけたもの。般若心経をかっこちゃんがどう解釈しているのか、とても興味が湧きました。

フォトブックということもあり、47ページの薄い本です。最初に見開きで、「宇宙(そら)の約束」と題された般若心経の心訳の全文が載っています。次のページからは、素敵な写真とともにその一節ずつが紹介されているという体裁です。最後に、かっこちゃんがどうしてこの心訳に至ったか、その経緯が書かれていました。

かっこちゃんは、とても不思議な方です。私のような理屈っぽいタイプではないのですが、深遠なことを疑問に感じ、それを心で理解しているような感じです。かっこちゃんが出会った養護学校の子どもたちや、同僚の先生方、そして動植物たちが、かっこちゃんにいろいろ教えてくれるようです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

忘れないでね
 大切なのは
 心の目と心の耳をすますこと
 そして自分を信じること
」(p.6)

答えはすでにあるのです。だから、心の目と耳をよーく澄ませていれば、必ず答えは与えられる。そう自分を信じることが大切なのです。


私とあなた あなたとお花 お花と石ころ
 みんな同じ
 同じものでできている
」(p.14)

般若心経では「色即是空 空即是色(しきそくぜくう くうそくぜしき)」と言っています。かっこちゃんは、「空(くう)」がすべての素であり、「同じもの」だと表現しています。

同じものが、約束によって光が当たって私になり、あなたになり、花や石になっただけ。すべては同じものなのです。


でもね
 忘れちゃいけないの

 約束には無駄がなく
 必要なものだけを
 いつもちゃんと作ってる

 花がそこに咲くことは
 それが大切だという証(あかし)
 私がここにあることは
 それが必要だという証
」(p.19)

存在しているのは、それが大切だから。必要のないものは何も存在しないのです。だから、いろいろなことがあったとしても、そのままに受け止めればいいのだと言います。

怖がらなくてもいいんだよ
 悲しまなくてもいいんだよ
 だってすべてがだいじょうぶ
 すべてがみんなだいじょうぶ
」(p.25)

すべてが必要で大切なもので、そのままに存在していてOKなのであれば、もう怖がる必要はありません。不安にならなくていいのです。大丈夫だから、安心していればいい。それが般若心経のメッセージなのですね。


学校の子供たちはいつも「だれもがみんな素敵な存在で、みんなが自分のことを大好きでいいんだよ」と教えてくれます。私は般若心経に書かれた宇宙の”約束”が、子供たちの教えてくれていることと同じだと信じています。
 そして般若心経だけでなく、哲学でも科学でもそして他の宗教でもまた、同じことが言われているように思います。
」(p.45)

かっこちゃんが一緒にいるのは、「ダメな人間」と思われがちな自閉症など障害を持った子どもたち。しかしかっこちゃんは、彼らが深遠なことを教えてくれていると言うのです。

子どもたちは、おそらく人間的に純粋であるために、より宇宙(天)とつながっているのではないかと思います。かっこちゃんの文章を読むと、そういうふうに感じるのです。


かっこちゃんは、私とはまったく違ったタイプの方ですが、なぜだかとっても好きになります。それだけかっこちゃん自身が、ピュアな心を持った方だからではないかと思うのです。

約束 般若心経は「愛の詩」
 

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2017年10月16日

すぐに結果を求めない生き方



これも、「読書のすすめ」白駒妃登美さんのおすすめ本3冊の中の1冊になります。前回に引き続き、鍵山秀三郎さんの本を紹介します。

白駒妃登美さんのおすすめ本3冊

鍵山さんの紹介は、前回の「凛とした日本人の生き方」の紹介の最初に詳しく書きました。興味のある方は、そちらをご覧くださいね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

さらに、自分がやるのではなく、「誰かが」やるべきだと考える人がいます。こうなるともう絶対にできません。「いますぐに」「少しだけでも」「できるだけ」「私が」やるという覚悟をもって始めることが大切です。」(p.38)

すぐに「できない」と言う人は、できない理由を探しています。そしてそれを理由に「やらない」ことを正当化するのです。

できる条件が整ってからやろうとすれば、いつまで経ってもできません。ですから、「いますぐに」「少しだけでも」やることが重要なのですね。

そして、誰かがやってくれるだろうと思っていたら、いつまで経ってもできません。自分ができることを自分がやる。そこから始まるのです。


これらは本来、私の仕事ではありません。もちろん、あなたの仕事でもない。誰の仕事でもないのです。誰の仕事でもないことだからこそ、するのです。」(p.42)

自販機の横にある空き缶入れに他のゴミが入っている時、鍵山さんは中身をすべて外に出し、分類して、空き缶や空き瓶以外は持ち帰って処分しているそうです。

誰の仕事でもないけれど、自分がやらなければゴミはそのままで、回収する人が困ることになります。ただ回収する人が困らないようにという思いから、気づいた自分がやればよいと言われるのです。


私が気をつけていることは、掃除を強制しないことです。強制すれば、最初は全員が従うかもしれません。でも、けっして続かない。飛行機でも、滑走路から離陸するためには、長い助走距離が必要です。同じように、リーダーにはねばり強く自分の信念を伝えていく根気が必要なのです。」(p.57)

言われたから嫌々やるというようにさせては意味がないのですね。強制しないのですから時間がかかります。それを辛抱強く耐えることが、リーダーの務めなのです。

鍵山さんが掃除をされ始めてから社員に賛同者が現れるまで、約10年かかったそうです。最初の頃は無視されたり、批判されたりしたとか。それでも続けていくことで、やっと受け入れてもらえるようになったのです。


最近は、ほんとうの意味で人間としての美学を極めようという気持ちで仕事をしている人はたいへん少なく感じます。私の場合、美学といえるかどうかわかりませんが、「与えられた枠を使い切らない」ということを一つの信条にしています。」(p.96 - 97)

鍵山さんは、飛行機や新幹線の座席の間の肘掛けを使わないそうです。自分が使えば隣の人が使えなくなるからだとか。当然、自分が使っても良いし、先に肘を掛けた者勝ちなのですが、だからこそ使わない。それが自分に与えられた枠を使い切らないということなのです。

それでは損をするかもしれません。しかし、損か得かではなく、それが自分にとって美しいかどうかが重要なのです。それが美学なのです。


社長である私が、社員が苦労しようが売上さえ上がればいいと思っていたら、いまの会社はなかったでしょう。社員が卑屈な思いをする会社にはしたくない。こんな取引がいつまでも続くようならば、会社を続ける意味がない。そこから脱却しようという強い意志があったから、困難にも耐えることができたのです。」(p.106)

売上の6割を占めていたスーパーが、あまりに無理難題を押し付けてくるようになったため、鍵山さんはそのスーパーとの取引をやめたそうです。そして社員の仕事を作るために、直営店を立ち上げたのだとか。しかし小売店から反発され、理解してもらえるまで大変だったようです。

どんな困難が待っているとしても、上手く行かないかもしれないと思っても、自分の志を貫くこと。それが重要なのです。

私も以前は経営者でしたから、耳の痛い言葉です。私にはそこまでの志があっただろうか? そう反省させられます。


哲学者の三宅雪嶺(せつれい)は、「大才は決断にあり」(まず決断できることが大才である)といっています。さらに「決断は私利を去るところにあり」とも述べています。この雪嶺の指摘こそ昨今の日本の指導者に欠けているのではないでしょうか。」(p.119)

「できる」から「やる」のでは「決断」ではありません。まず「やる」と決めるのが「決断」です。生きる上での信念、つまり志がしっかりしているかどうかが、決断できるかどうかの決め手になるのでしょう。


有名になったのは、強盗が源左の所持金を盗ろうとしたところ、源左の言葉を聞いて何も盗れなくなったことを警察に話し、それが新聞に掲載されたからだといいます。
 源左に会った人たちがたくさんの思い出話を残しています。近所の住職が、夕立に遭って全身ぬれねずみになり田んぼから帰ってきた源左を見て「ようぬれたのう」と声をかけると、源左は顔をほころばせて、「ありがとうござんす。鼻が下に向いとるんでありがたいぞなあ」といったという話。
」(p.182)

これは、因幡の源左と呼ばれた人の話を紹介している部分です。江戸末期から昭和にかけ89歳の長寿を全うした1人の農民です。18歳で父親を亡くし、息子2人は発狂して早世し、2度も火災に遭うなど、不幸が絶えない人生だったそうです。しかし、浄土真宗の阿弥陀如来に帰依して、善行と孝行を尽くし、3度の県知事表彰を受けたのだとか。

この後、鍵山さんは、トルストイ氏の「イワンの馬鹿」という小説を紹介します。まさに源左の生き方は、イワンのような生き方でした。出来事がどうかとか、他人がどう思うかに関係なく、今あるがままに喜びを見つけ、幸せな生き方をしているのです。


私も不器用な人間ですから、誰でもできることをただ黙々と続けるという鍵山さんの生き方には、とても共感するものがあります。たとえ他人から評価されなくても、自分がやるべきと思ったことを続ける。そういう美しい生き方をしたいと思います。

すぐに結果を求めない生き方
 
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2017年10月10日

凛とした日本人の生き方



鍵山秀三郎さんの本をまた読みたいなぁと思って探したところ、「読書のすすめ」白駒妃登美さんのおすすめ本3冊の中に鍵山さんの本があることがわかり、ついでだということで3冊まとめて買いました。今回は、その3冊の中の一番薄い本です。

白駒妃登美さんのおすすめ本3冊

鍵山さんは、イエローハットの創設者としてより、掃除、特にトイレ掃除として知られているかもしれません。私が最初に読んだのは確か「凡事徹底」という本でしたが、平凡なことを徹底的に行うことを貫いて来られた方です。

そして、私にとって鍵山さんは、とても重要な方なのです。それは、鍵山さんが「少女パレアナ」という本を紹介してくださったからです。この小説を読んだことで私は、「見方を変える」ということを学んだのでした。

昨年、神渡良平さんが主催されている照隅会に鍵山さんがゲストで参加されるということなので、私もぜひ参加したいと思っていました。しかし、体調の問題があって、ゲスト出演は中止になったようです。ぜひ一度お会いしたいと思っているのですが、どうなることでしょう。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

聞く耳を持たない生徒に、どんなにいい話を聞かせても、理解してもらえないばかりか反発を買うだけでしょう。近ごろは、カリキュラムに基づいて教科書の内容を教えることが「教育」だと思いこんでいる教師が多いようです。何よりも相手の心を開かせ、「もっと聞きたい」「学びたい」という気持ちを起こさせるところに、教育の原点はあるのではないでしょうか。
 大切なのは「教化」ではなく「感化」です。
」(p.10)

コップに水を注ぐ前に、まずコップを上に向けさせるという言葉を例に上げています。では、具体的に感化はどうやって行うのか? 鍵山さんは、ご自身の両親を例にあげて、不満も愚痴も言わずに目の前のことに骨惜しみせずに取り組みことによって、「そこまでするのか」と思われることで感化できるのだと言います。


小・中学校で講演する時、私は子供たちにこう伝えます。「頭のよい人」とは、記憶力がよいとか頭脳の優れた人という意味ではありません。いつもよいことを考える人のことです。」(p.15)

つまり、徳のある人が本当の意味で頭の良い人だと言うのですね。「論語」にも「巧言令色鮮し仁」とあります。口先だけで徳がない人というのは、社会の役には立たないのです。むしろ迷惑かもしれません。


人を憎み、恨んだところで、結局、損をするのは自分です。「過去と他人は変えられない」と言われますが、自分の生き方次第で過去さえも変えることはできます。起きた事実は不変でも、自分の受け止め方を変えることで、その過去が持つ意味は変わるのです。
 私は今、過去のすべての災難や苦労を笑って話すことができます。とても幸せなことだと思います。
」(p.31)

「他人と過去は変えられない」とよく言います。たしかに、その通りです。だから自分と未来を変えればよい。普通はそう続きますが、鍵山さんのように、「過去は変えられる」と言う人もいます。それは、過去の事実を変えるのではなく、その事実の解釈を変えるのです。

解釈が変われば、不幸な事実が幸せな事実へと変わります。これが過去を変えるということです。そして鍵山さんご自身は、過去の辛く苦しい経験を、今は幸せな出来事として解釈されているようです。


下村湖人(しもむらこじん)先生の『青年の思索のために』は、何度読み重ねたか知れません。その中にこうあります。
 「私は苦悩のない世界に住みたいとは思わない。私の住みたい世界は、苦悩が絶望の原因とならず、勇気への刺激となるような世界である」
 苦しみは自分を鍛える試練です。感謝してわが身に引き受ける人こそ、経営者の資格があるのです。
」(p.54)

苦しみというのは、自分を磨き鍛える砥石のようなものです。「艱難汝を玉にす」という言葉がありますが、苦難に出会ってこそ成長するのだと鍵山さんは言います。

そして、人の上に立つ経営者は、他の人よりいっそうその苦難を乗り越えて自らを成長させる必要があるのですね。私自身が経営者でしたから、この言葉はとても心に突き刺さりました。


そんな私が、なぜ一度始めたことを途中で投げ出さず、継続できる人間になれたかと言えば、「掃除以外に自分が歩める道はない」と覚悟を決めたからです。人間の心はガラスのように脆(もろ)く、壊れやすいものです。しかし覚悟を決め、決断をし、集中力を高めて行動することにより、心を鋼鉄のように強くすることができます。」(p.58)

5人兄弟で甘やかされて育ったと鍵山さんは言います。宿題は上の兄弟がやってくれるので、自分ではやったことがなかったと。それが東京空襲によって一気に貧乏になり、地方で農家が見捨てた畑を耕すという生活になったのです。

もともと自分は器用ではないと感じておられたのでしょうね。だからこそ、平凡なことをとことんやることでしか自分の道は開けないと、強い意志を持つことができたのでしょう。


人生を価値あるものとするために、一番大切なことは何でしょうか。
 知識を高めることでしょうか。それとも財産を増やすことでしょうか。私は「後世に伝えるもの」を持つことだと思います。
」(p.116)

これは内村鑑三氏「後世への最大遺物」という講演で語られた内容にも通じています。つまり、人が遺していけるものとは、自分の生き方(生き様)だということです。

鍵山さんも、「言志四録」にある言葉を引用し、その生き様こそが重要なのだと言います。その言葉は、私も座右の銘にしている「佐藤一斎「言志四録」を読む」でも紹介したこの言葉です。

「当今(とうこん)の毀誉(きよ)は懼(おそ)るるに足らず。後世の毀誉は懼るべし。一身の得喪(とくそう)は慮(おもんばか)るに足らず。子孫の得喪は慮るべし。」(言志録89条)


鍵山さんは、荒んだ社員の心を癒やしたくて掃除を始めたのですが、最初の10年間は無視されたり否定されたりして、とてもつらかったと言います。次の10年になって、やっと賛同者が現れたそうです。そして30年経って、その取組が認められ、多くの賛同者が現れ、日本全国だけでなく、世界でもこの取組みが実践されるようになったと。

ですから、平凡なことを諦めずに淡々とやることだと鍵山さんは言います。それが効果があるのかないのか、そんなことは10年、20年と経たなければわからないのだと。効率よく「小さな努力で大きな成果」を狙うのではなく、「大きな努力で小さな成果」を目指すべきだと言うのです。愚鈍であれ。バカ正直に、目の前のことを黙々とやれ。これが、鍵山さんの教えであり、目指してこられたことなのです。

凛とした日本人の生き方
 
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2017年10月05日

オーマイ・ゴッドファーザー



帯に清水克衛さんの写真があったので、てっきり「読書のすすめ」で買ったと思いこんでいましたが、まったく違っていました。どこで誰が紹介してくれた本か忘れましたが、こういう本を読んでみました。作者は岡根芳樹(おかね・よしき)さん。企業の社長であるとともに絵本作家、人材教育の専門家でもあるようです。

清水さんが大推薦されてるくらいですから、きっと面白い本だろうと思っていました。しかし、読み始めてすぐに認識を改めました。これは「面白い」なんてものじゃありません。「超絶面白い!」本です。今年一番に挙げても良いくらいです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

この本は、岡根さんのお父様の教育方針を、フィクション風にしながら伝える内容になっています。あえてご自身のことも次男の良樹と漢字を変えて、客観的に見ているような感じで書かれています。


ピアノはいらないから、せめてつっかえ棒がない家に住んだ方がいいのではないかと思うのだが、すべて主である哲和の「必需品より嗜好品を優先させる」というこだわりだった。」(p.24)

雨漏りもするようなボロボロの家の中に、カレンダーの写真であってもゴッホやシャガールなどの名画を飾ってあったそうです。本棚には百科事典や図鑑、文学の名作などがズラッと並び、クラシックやシャンソンなどのレコードが並び、天体望遠鏡、顕微鏡、ピアノまであったそうです。


子どもを子ども扱いしないといえば、哲和は「危ないからやめなさい」とか「まだお前には無理だ」という言葉を子どもに一度も言ったことがない。」(p.28)

ナイフも止めるのではなく、励まして使わせようとしたそうです。怪我をしても自己責任において良しとする。そういう考え方だったとか。ちょっと行き過ぎではありますが、お酒も飲ませることがあったとか。


だいたい子どもを子ども扱いする親ちゅうのは、自立できとらん無能な人間なんやぞ。親であることだけが自分の存在価値やから、子どもに成長されたら困るんや。せやから手とり足とり何でもしてやって、難しそうなものは遠ざけて、ずっと子どものままでいさせようとするんやぞ。」(p.36)

子どもを子ども扱いしない、大人と同じように見るということを、徹底してやっていたようです。子ども向けの簡単な本を読むのではなく、大人が読むような難しい本を読めと励まします。わからなくてもいいし、わからないから良いのだと。

その代わりに何でも自己責任です。おんぼろな家が嫌なら、自分の責任で出て行けば良いだけだと言うくらいですから。


人生で最優先すべきことは、成功でも儲かることでもない。むしろ人生は失敗したほうが面白いんやぞ。変な人と言われることは光栄に思え」(p.49)

お父様はかなりの変人だったようですが、変人であることに誇りを持たれていたようです。平凡では世の中を切り開いて行く人にはなれない。偉人とは異人だと言われるのです。


べつに映画の話はどうでもいいのだが、人生においてやせ我慢する美学というものは大切である。欲望を満たすことよりも美学を追求する姿、それを粋と言うのだ。」(p.63)

「武士は食わねど高楊枝」と言いますが、やせ我慢する武士道の精神を粋だと言います。

とある賢明な方に、武士道とは簡単に言うとどういうことなのかと尋ねたことがある。するとその方は、
「普通、人は食べるものがないとき『食べられない』と言う。しかし武士は『食べない』と言う」と教えてくれた。
 簡素にして深い言葉だった。
 『食べられない』は被害者意識であり、『食べない』は自分の意志。
 本当は食べたいに決まっている。しかし食べることができないのであれば、自らの意志として「食べない」とやせ我慢する。
」(p.63 - 64)

すべてを自分主体で能動的に生きる。自己責任において生きる。それがやせ我慢の美学なのですね。


美学なんやから、美しいかどうかだけが問題なんであってやな、そこに成果などを求めたらあかん。成果なんちゅう煩悩から解脱して、ただひたすら『美しさ』にこだわるんや。ほんなら成果なんちゅうもんは出るに決まっとる。」(p.67 - 68)

重要なのは生き方が美しいかどうか。その結果どうなるとか、何が得られるかなどは気にしない。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言います。

私も、こういう生き方に憧れて、それを目指してきました。まあそんな偉そうに言えるほどのことではありませんが。たとえば拾った財布をネコババせずに届けるというのも、こういうことではないでしょうか。


しかし真と良樹は進んだ道こそ違いはあるが、どちらも誰かに選ばされた人生ではなく、自分で選んだ人生だから本人たちに悔いはないのだ。たとえ道に迷おうが失敗しようが自分で何とかするしかないし、何ともならなかったとしてもそれはそれでいいのだ。人生はある程度、適当であることが必要である。」(p.73)

受験勉強に積極的に取り組んで公立大学の医学部に進み、医者になったお兄さんの真。一方、高校も途中から行かなくなり、劇団を立ち上げては潰し、急性胃潰瘍で倒れるという弟の良樹。どちらの生き方であっても、それぞれが選んだ道であり、良い悪いと他人が言えることではないのです。


勉強っちゅうのは考えることやぞ。何でそうなるのか、疑問を持って考えることが勉強や。
 歴史でも同じやぞ。いい国作ろう鎌倉幕府とか年号だけ覚えて何の意味があるんじゃ。それより何であんな鎌倉みたいな辺ぴな場所に幕府を開いたのかを考えた方がええ。
」(p.77 - 78)

ただ教わったように、マイナスかけるマイナスはプラスになると覚えて計算ができても、それは計算機がやることであって、人の勉強ではないと言います。マイナスかけるマイナスとはどういうことなのかを考え、それを理解する。そういう本質的な学びこそが勉強なのだと。

これは「神との対話A」でも書かれている通りです。ただ年号を覚えても意味がありません。そんなことを知りたければ、今はインターネットで瞬時に答えが得られますから。それより、なぜそういうことをしたのかということを、前提条件や当時の人の価値観を知って考え、自分がその立場ならどうするだろうかと考える。それが本当の勉強なのです。


本を読むとやな、新しい疑問が生まれてくるんや。それでまた次の本を読むと、また違う疑問が生まれてくる。つまり新しい疑問を持つために本を読んで、その答えを考えることが勉強や」(p.79)

わかるようになるために本を読むのではなく、わからなくなるために読むのだと、逆説的に言います。与えられた答を丸暗記するようなことは、本当の勉強ではないのです。


子どもに関心を持たない。
 それは口にするほど簡単なことではない。相当の覚悟が必要である。
 我が子が路頭に迷おうが、ヒマラヤで遭難して死のうが、路上で吐血して死のうが、海外でどこの誰と結婚しようが、それもまた本人の人生。などと冷静に言いきれる親はなかなかいない。
 むしろ、そんなのは子どもに対して無責任だ、という人の方が圧倒的に多数だろう。

 子どもに関心を持たないという表現が過激であるのなら言い換えよう。
 子どもに期待しない。
」(p.95 - 96)

最近でこそアドラー心理学で、叱ることはもちろん褒めることもしない、という教育論が知られるようになりました。しかしそれ以前から岡根家では、こういう育て方をしていたのですね。子どもの成績が良かろうと悪かろうと興味も示さない。一見無関心に見えることが、実は愛なのです。


馬鹿になろうとするんやない。すでに自分は馬鹿やということに気づけ」(p.112)

賢いと損得勘定で判断し、損をすると不幸になります。勝ち負けで判断し、負けると不幸になります。しかし馬鹿は、それに気づかないから幸せでいられます。常識にとらわれることがないから、自分の好きなように生きられるのです。そんな馬鹿になるには、そもそも馬鹿なのだと気づくことなのです。

哲和は、ドン・キホーテがすごいと言います。風車を竜に見立てて、本気で戦いを挑む。狂人とも言えますが、その卓越した想像力によって、自分の人生を豊かにすることができるのです。

この後、良樹の想像力についての例え話があるのですが、これがとてもいいのです。

お金がなくて食べるものがご飯しかない時、茶碗に盛ったご飯をテーブルに置き、横になって想像するのだそうです。自分は今、砂漠の中を何日もさまよっているのだと。口にしたのはわずかな水だけ。もうこのまま死んでいくのだろうか。せめて最後に、美味しい炊きたてのご飯を食べて死にたい!そして目を開けると、そこにご飯がある。

ご飯を食べるということは同じでも、想像力次第で悲惨にもなれば幸せにもなれる。コップ半分の水を、「もうこれしかない」と思うのか、「まだこれだけある」と思うのか、考え方を選択するのは自分の意志なのです。


この世は、すべて光と闇でできとるんや。光だけでは成り立たん。影がないのは偽もんや。せやから人間の心には、光も大事やけど同じように闇も必要なんや」(p.127)

心の痛み、苦しみや悲しみ、そういうものが大切なのです。味で言えば、苦味や辛味。甘味だけでは深みがないのです。人間も影の部分を持っているから、人生が深くなるのです。


常識を疑って反対側から見てみろ。
勝者の立場からだけではなく、弱い立場の者の視点を持て。
」(p.145)

良樹は哲和から、たった1度だけこのような手紙をもらったそうです。物事には必ず表と裏があるのだから、一方からの見方だけが正しいわけではないのです。白人の西部劇ではインディアンは悪者ですが、インディアンからすれば白人は強盗なのです。


不安も悲しみも絶望も、人間の心が作り出すもの。実際にはそんなものは幽霊や化け物と同じなのかもしれない。
(中略)
 人生は深刻になるな、笑って大げさに生きろ。」(p.171)

哲和の会社が倒産した時、哲和は何ごともないかのように妻に伝えました。差し押さえに来るから頼むと。それを聞いた妻は、子どもたちに落書きをさせます。その当時、子どもの物は差し押さえられないという規則だったようです。悩んだり沈んだりしているのではなく、家族で大落書き大会をやって楽しんだ。そんな岡根家だったのです。


良樹、『自分を信じろ』などと言うけどな、自分なんか信じとったらとんでもないことになるぞ。人間は自分にとって都合のええことばかりを信じたがるもんや。
 自分なんか信じとらんで、もっと世界を観察した方がええんや。先人たちの多くの成功例や失敗例がいろんなことを教えてくれるやろ。
 せやから本をたくさん読んだ方がええぞ。
」(p.185)

まあ自信と言うより過信ですね。大した経験もしていないのに過信して、無謀なことをしてしまう。それより先人に学んだ方が良いというわけです。


ええか、挫折は何回したってかまわんけど、それで挑戦することを止めてしもうたらあかんのや。諦めんで生きることが人生や。諦めて生きとる奴に人生はない。良樹、人生は長いぞ。今のうちにいっぱい挫折しとけ。だいたいお前の人生はまだ夜明け前や」(p.197)

絶対合格すると先生からも太鼓判を押され、自分も絶対の自信を持っていた中学受験に良樹は失敗します。落胆している良樹に、哲和は「そうか、あかんかったか。良かったやないか」と声を掛けたそうです。

挫折することが良いと、心の底から思っていたのでしょうね。そして、二度と受験などしたくないと思っていないかと良樹に尋ねます。挫折することが悪いのではなく、めげて挑戦をやめてしまうことが悪いのだと言うのです。

こういうことがサラッと言えてしまうのは、それだけ自分の中に確立したものがあったのだろうと思います。そして、そういう思いで、哲和自身が生きてきたのでしょうね。


世の中には十代で自ら命を絶とうとする若者がいるが、ちょっと待ってくれ。それは浅はかな考えだ。
 二十歳になってようやく人生の朝を迎えるのだから、十代でやるべきことは、しっかりといい夢を見ることだ。
 たとえ悪夢を見てしまったとしても、笑い飛ばしてもう一度眠り直せばいいだけではないか。十代なんて人生の夜明け前、まだ一日の本番は何も始まっていあにのだから。
」(p.199)

人生80年を1日に例えるなら、10年は3時間、二十歳になってやっと明け方の6時です。だから、まだこれからだと思って、何度挫折しても笑い飛ばし、挑戦を続ければ良いのです。


上京してすぐに借金を抱えて血を吐いて倒れた時もまた立ち上がることができたし、二十二歳で婚約者に振られて人生に絶望し、「死んでしまいたい!」と大袈裟に思った時もそうだ。
 何度ころんだっていい、そのたびにまた立ち上がってやる。
 人生、取り返しがつかないように思えることはある。けれども、本当に取り返しがつかないことは人生には起こらない。
」(p.202 - 203)

岡根さんは、実際に何度も何度も挫折を繰り返してこられたのですね。婚約者にフラれて絶望したという話は、思わず笑っちゃいました。微笑ましいという感じです。だって、私もそうですから。


うまい話をする奴もそれにただ乗っかる奴も、どっちにしてもクソ野郎や。せやけどな、一番あかんのは被害者になることや」(p.213)

満州へ行けば天国が待っている。そう政府の宣伝に乗せられて、多くの人が満州開拓に乗り出しました。しかし敗戦によってすべてを失い、命からがら帰国できただけでも運が良かった方です。権力者は何があっても褒美を独り占めし、騙された庶民は被害者だと泣きわめく。そういうことはおかしいと、哲和は言います。

誰が悪いのか? 権力者が悪いと言う良樹に、哲和はそうは思わないと言います。騙された方が悪いのかと問うと、それも違うと言います。哲和は、「被害者になること」が悪いと言うのです。騙された方ではなく、騙された結果、自ら被害者になることを選ぶ人たちのことです。

被害に遭うことは、いくら努力しても防げないことがあります。しかし、被害者にならないことは自分でできます。自己責任で人生を笑い飛ばし、自己を確立して生きる。そういう生き方が重要なのです。


それほど期待せずに読み始めた本なのですが、これは驚きました。こういう教育論そのものは、アドラー心理学にもあるように、まったくないものではありません。しかし、自らの体験を元にそれを確立し、自分自身がそのように生き、子どもを教育してきたということが驚きだったのです。

ただただ、すごいなーと思います。そして、私自身もこんな風に生きたいなーと思うのです。

オーマイ・ゴッドファーザー
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:50 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

小料理みな子−佳作選−



これも「読書のすすめ」で買ってきた本です。ぽつんと置いてあったマンガなのですが、とても気になったもので。原案は南たかゆき氏、漫画はみやたけし氏となっています。

最後のページにみや氏は、こう書いていました。

静岡の藤枝を基点に活躍する、岡村くんと居酒屋甲子園に多大な協力を頂いたことを、ここにお礼いたします。
 漫画の仕事が上手くいかなかった時…おかむらで酒の美味しさ、人の優しさ、うわべじゃない暖かさを教えられ、そして元気をもらいました。
」(P.218)

これを読んで思い当たりました。これは以前に紹介した「看板のない居酒屋」にあった居酒屋「岡むら」をモチーフにしたマンガのようです。


週刊漫画TIMESに7ページの読み切りとして連載された作品の中から、選りすぐったものをまとめたのがこの本になるのだと思います。全26話あって、それぞれの間には居酒屋のような写真が挿入されています。おそらくそれは、「岡むら」の写真ではないかと思われます。

どの話も、読むと心がほっこりするような内容です。あり得ないようなドラマもありますが、それはマンガの世界ですからご愛嬌。こんな小料理屋が本当にあったら、通いたいなぁと感じます。


重いテーマはそれほどなく、また特定の価値観を押し付けるような話もありません。「こんなことがありましたが、あなたはどう思いますか?」そう問いかけてくるような感じです。

1つだけ引用しましょう。第9話「ブロッコリーヒット」からです。草野球チームに所属する雨森(アマモリ)は、みんなからバカにされていました。2試合続けて雨で中止となった時、おまえが雨男だからというわけです。

雨森も抵抗しません。自分はブロッコリーと同じで、いつも脇役なのだからと。野球をやっていても主力ではないし、何か行事があって雨が降れば自分のせいにされる。自分は脇役だから、仕方ないんだとあきらめているのです。

小料理屋の女将みな子は、雨森に言います。ブロッコリーは脇役じゃないと。主役にもなれる食材なのだと言って、彼にブロッコリーの料理を食べてもらいます。すると、それまでのイメージとはまったく違うブロッコリーの美味しさを感じて、雨森は驚くのです。

みな子は、その様子を見てこう言います。

はい…
ヨーロッパ原産で
向こうでは
”木立花やさい”
”子持ち花やさい”と
いわれていて

華のある
主役の野菜
なんです…

自分の物語の中では
誰でも自分が主役
−−−−なんです!
」(p.72)

脇役だけのどうでもよい人間なんて、存在しないのですね。その人の人生においては、いつもその人が主役です。自分のことを自分であきらめたら、自分様がかわいそうです。


ほのぼのとした人の温かさが伝わってくるようなマンガです。時にはこういうマンガを読んで、ほっこりするのもいいかもしれません。

小料理みな子−佳作選−
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 00:00 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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