2017年04月09日

本当に好きなことをして暮らしたい!



夢を実現するというテーマの本を読んでみました。著者はバーバラ・シェール氏、翻訳は永田浩子氏です。

ハードカバーではない新書版のペーパーバックだからということもあるのでしょう。300ページ以上もあるボリュームで1000円は非常に安いと思いました。

シェール氏は、キャリア・カウンセラーとしてクライアントの人生設計を助けてきました。その中で、自分の天職を見つけて、その仕事をするようになることが、自己実現にもつながるし、幸せにもなれる方法だと確信されたようです。この本には、どうやって転職を見つけるのかという具体的な方法が書かれています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

好きなものというのは、指紋と同じくらいユニークだということを知ってください。なぜなら、「自分が好きなことをする」以外に、本当にあなたを幸せにするものはないからです。」(p.7)

ここでのポイントは、まず、好きなものはユニークだということです。同じ「犬が好き」でも、犬種に好みがあったり、接し方に違いがあります。それはどれが正しいとかスタンダードかではなく、それぞれの個性なのです。

次に、好きなことをすることが幸せにする方法だということです。バシャールなどはワクワクすることをやるよう勧めていますが、ここで言う好きなことと近い感じがします。


ですから、自分自身をほめる代わりに、サポーターにほめてもらいましょう。自分自身に言い聞かせる代わりに、サポーターに助言を求めるのです。これはもっとドラマチックで楽しいので、あなたは孤児ではなく、彼らの秘蔵っ子のように感じるでしょう。」(p.70)

何か新しいことをしようとすれば、どうしても不安がつきまといます。その時、必要なのが勇気と安心感だとシェール氏は言います。それらを得るために、空想のサポーターを使う方法を説明しています。

このやり方は、私が勧めている「鏡のワーク」と似ていると思いました。自分だけの問題として捉えるのではなく、そこに第三者を作り出して、第三者の視点で問題を見るということですね。


このようなやり方で、ただ単純に自分の感情を記録することは、あなたが自分を受け入れ尊敬できるようにしてくれます。それは、「私の感情はすべて正しい」とか、「私は素晴らしい人間だ」などの言葉を一〇〇回唱えるよりも効果があります。何かを記録するという行動は、あなたがそのことを受け入れている、ということだからです。」(p.106)

何らかの感情が沸き起こった記憶をたどり、それを記録するというワークについての一文です。アンガーマネジメントでも、怒ったことを記録するという方法を勧めています。自分の感情を受け入れるのに、感情が起こった出来事やその時の感情、そして何をどう考えたかを記録することが効果的なのですね。


計画はまったくの作りごとなのです。書かれた通りに起こったものなど一つもありません。
 けれども同時に、計画を立てるのは賢いことです。なぜなら、あなたが行動を起こすようにしてくれるからです。そしてその行動は、たくさんのうれしい偶然を引き起こしてくれるでしょう。
」(p.251)

つまり、ものごとは私たちの思い通りにはならないけれど、行動することで導かれるということなのですね。その行動のために、何らかの計画をし、実行する必要があるのです。

人生は予測不可能であり、何がどうなるかはわかりません。それは悪い方向への変化もあれば、良い方向への変化もあります。いずれにしても、その変化によって、不可能だと思われるようなことが可能になるのです。


この本は、好きなことを見つけて、それを実際にやるためのステップが書かれています。このワークを一つひとつやっていくことで、自然と天職が見つかって、その仕事ができるようになるということです。

ただ、1つ残念なのは、とても読みづらいということです。おそらく原本がこうなのでしょう。段落はあるものの、段落と段落の間のスペースがあまりありません。そして文章の書き方も、結論を言わずに説明を延々と続けるような感じで、途中で飽きてしまいます。何の話をしたいのか、よくわからないからです。

そういうこともあり、読み出してもすぐに飽きてしまうため、1日に数ページずつ読むのがやっとで、読み終えるのに1ヶ月近くかかってしまいました。その間に他の本を何冊も読んだほどです。

そういうことはありますが、シェール氏が勧めている方法がダメということではありません。ワクワクする人生に至るための1つの方法として、有効なものではないかと思っています。

本当に好きなことをして暮らしたい!
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:33 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月06日

お金のいらない国



ブログ「いばや通信」で坂爪圭吾さんが紹介されていた本を読みました。坂爪さんは「わたり文庫」と名付けて、自分がお金を払ってでも読ませたい本の循環を提唱されています。この本も、その一環として紹介されたものです。

こちらの本は、数日前に東京の恵比寿でお会いした麗しき女性M様から「これって、愛だと思うんです」という言葉と共に託された稀有なる一冊になります。わたしも読みました。愛だ…愛た…非常に素晴らしい全人類必読の一冊だと思いました。

坂爪さんがそこまで絶賛されるなら、読まないわけにはいきません。それで、一時帰国に合わせて購入してみたというわけです。作者は長島龍人(ながしま・りゅうじん)さん。私の友人にも龍人(りゅうじん)という名前の人がいるので、何だか親近感をいだきました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

この本は物語になっています。主人公の普通の日本人男性が、ある日、まったく別の世界に入り込んでしまいます。そこでは、人々はとても親切で日本語が通じるのですが、1つだけでまったく違うことがありました。それは、「お金がない」ということです。


要するに、このお金というものは、ものの価値をみんなが共通して認識するためのモノサシでしかないわけです。ですから、皆がそのまま仕事を続けていけば社会は回っていくはずなんですよ。」(p.35)

その国の住人は、主人公の男性にこう言います。つまり、私たちの社会からお金がなくなったとしても、みんなが仕事を続けるだけで社会は回っていくはずだと言うのです。

考えてみれば、その通りだろうと思います。お金に価値があるのではなく、物やサービスに価値があるのですから。それを生み出す仕事を続ける限り、お金を介さなくても困らないはずです。


それに、今の私たちの社会では、そのお金を管理するための仕事があります。銀行とか保険とか。そういう仕事は、お金がなくなれば不要になります。つまりその仕事は、社会を豊かにすることには、何も貢献していないということになります。

今のあなたの国でも、お金に関わる仕事をしている人が全員、その仕事をやめてしまったとしても、みんな十分に暮らして行けるはずなんです。そんな、言ってみればムダなことに時間や労力を使っていたにもかかわらず、あなた方は今までやってこられたわけですから。」(p.35)

まさにそういうことになりますね。お金を管理する仕事がなくなり、そのための労力を他に使えるのだとしたら、もっと豊かになれると思います。


仕事の目的は世の中の役に立つことです。報酬ではありません。報酬を目的にしていると、必ずどこかにゆがみが生じてきます。自分の行った仕事以上の報酬を得ようとしたり、必要のない仕事を無理に作って、自分の利益だけは確保しようとする動きが出てくるでしょう。そうなると、完全な競争社会になります。」(p.37)

まさにそれが、私たちの社会だと言えます。仕事の目的に「報酬を得ること」がある限り、ゆがみが生じるのですね。


わずか60ページほどの短い小説です。ですから、その気になれば10分やそこらで読めてしまうでしょう。けれども、この物語の中には深い気付きがあるように思います。

今すぐ実現しないとしても、いずれ社会はこうなっていくのではないか。そんな未来を予感させる物語だと思います。続編もあるので、また読んで紹介したいと思います。

お金のいらない国
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:41 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月04日

うまれるまえのおはなし



胎内記憶とか生前記憶を持つ子どもの話をよく耳にするようになりましたが、その内容を描いた絵本を読みました。作者はひだのかな代さんです。友人の城村典子さんがFacebookで絶賛お勧めされていたので、買ってみることにしました。


淡いピンク色で統一された絵本は、愛に包まれた魂の世界をイメージさせます。魂たちは、雲の上で神さまと一緒にいたと言います。神さまはそこで魂を創り、この世に産まれるまでの間、魂のお世話をするのだそうです。

そして産まれる時、魂は自分でお母さんを選びます。そして、1つだけお母さんへの贈り物を選んで産まれるのだと言います。

勇気のある魂は、あえて「病気」という贈り物を選ぶことがあります。持って生まれた障害や病気は、お母さんへの大きな贈り物でもあるのですね。


この絵本だけで、すべてのことを語るものではありません。本の帯に「親子で読んでほしい本」と書かれていますが、そうすることでお子さんの記憶を引き出すことになるかもしれませんね。

たとえお子さんがまったく覚えていないとしても、この本を読むことで、想像してみることができるかもしれません。実際、生前の記憶を持った子どもは大勢いるのですから。

うまれるまえのおはなし
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 08:26 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月03日

森の絵本



今回買った最後の絵本を読みました。作者は長田弘さん、絵は荒井良二さんです。荒井さんの絵本は、すでに「なんていいんだぼくのせかい」という作品を紹介しています。

荒井さんは、絵本界では有名な方のようですね。帯に「子どもの本のノーベル賞「アストリッド・リンドグレーン賞」 日本人初 受賞作家・荒井良二の絵本!」と書かれていました。


この本もまた、かなり哲学的なと言うか、詩的な絵本になっています。

どこかで よぶ声が しました。
 でも 見まわしても だれもいません


絵は、森の中の様子が描かれています。動くものは小鳥と蝶。何の声だかわかりません。どんな物語になっていくのでしょう?

すがたの見えない 声が いいました。
「いっしょに さがしにゆこう」


何の声だかわかりませんが、大事なものを探しに行こうと呼びかけます。そして、様々なものを見ては、それが大事なものだと言うのです。

最後にまた、森の中へ戻っていきます。そこで、おそらくその声の正体だと思われる存在が示されます。しかし、その姿は描かれていません。


何らかの価値観を押し付けるものではなく、自分の心の中に深く入っていくように誘う、そんな内容の本だと感じました。

これを読んだ子どもたちが、どんなふうに感じるのか、私にはよくわかりません。しかし、決まった答えがないからこそ、考える力が身につくとも言えますよね。

この絵本もまた、何とも不思議な内容でした。最近の絵本は、こういう傾向のものが増えているのかもしれません。

森の絵本
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 08:55 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月02日

くまとやまねこ



この絵本も「なんていいんだぼくのせかい」で紹介したように、坂爪圭吾さん「誰かに無理矢理にでも読ませたい本」と言われた本の1つになります。(ブログ「いばや通信」の記事「自分を殺してひとに好かれるくらいなら、自分を出してひとに嫌われるほうがずっといい。」の中の「わたり文庫」の項をご覧ください。)

作者は湯本香樹実(ゆもと・かずみ)さん、絵は酒井駒子(さかい・こまこ)さんです。本の帯には、「感動の声続々!19万部突破」と書かれており、人気の絵本のようです。


あらすじを紹介しましょう。

熊は、小鳥と一緒に暮らしていました。しかしある日、小鳥が死んでしまうのです。

熊は小鳥を箱に入れ、いつも持ち歩きます。しかし、悲しみは癒えません。

どれほどの月日が経ったのか、熊はふと遠くまで歩いてみたくなりました。川の土手へ行くと、そこに山猫が奇妙な箱の隣で寝ていました。

熊は山猫に、その箱の中を見せてほしいと言いました。すると山猫は、熊の箱の中を見せてくれたら、見せてあげてもいいよと言いました。

熊の箱の中を見た山猫は、熊の気持ちに寄り添います。そして、不思議な形の箱から楽器を取り出し、熊のために演奏するのです。


これもまた、哲学的な内容の絵本ですね。特に前半の熊の回想シーンは、深遠な内容が含まれていると感じました。

こういう絵本も、子どもたちの情緒の発展に役立つのかもしれません。大人が読んでも深く考えさせられる絵本。なかなか面白いと思いました。

くまとやまねこ
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:58 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

おくりものはナンニモナイ



パトリック・マクドネル氏の絵本を読みました。翻訳は谷川俊太郎氏です。

これも「なんていいんだぼくのせかい」で紹介したように、坂爪圭吾さん「誰かに無理矢理にでも読ませたい本」と言われた本の1つになります。(ブログ「いばや通信」の記事「自分を殺してひとに好かれるくらいなら、自分を出してひとに嫌われるほうがずっといい。」の中の「わたり文庫」の項をご覧ください。)


物語のあらすじを紹介します。

猫のムーチは、大好きな友だちのアールに、何か贈り物をしようと考えました。しかし、アールは何でも持っています。そんなアールに何を贈ったらいいのか、ムーチは悩みます。

そして思いついたのが、「ナンニモナイ」ということ。何でもあるのだから、逆にナンニモナイが珍しいと気づくのです。

では、ナンニモナイはどこに行けば買えるのか? 探したけど見つかりません。仕方なく、いつもの場所にただ座ってじっとしていると、それが見つかりました。

ムーチは、ナンニモナイを箱に詰めて、アールに贈りました。アールが箱を開けると・・・。


この物語も、なんだか哲学的な話ですね。子どもにこれが理解できるのか?という疑問もありますが、子どもだからこそ素直に受け入れ、大人よりも楽しめる世界があるようにも思います。

こういう不思議な世界も、子どもたちの心を豊かにするのに役立つのかもしれませんね。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 07:51 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月31日

なんていいんだぼくのせかい



坂爪圭吾さんが絶賛する絵本を買って読みました。作者は荒井良二さんです。坂爪さんは、ブログ「いばや通信」「自分を殺してひとに好かれるくらいなら、自分を出してひとに嫌われるほうがずっといい。」の記事の中で、「わたり文庫」としてこの本を紹介しています。


読んでみた感想は、「・・・」というものです。大人が読むとしたら、いろいろなことを考えさせられます。でも、子どもが読んで、何かわかるのでしょうか?

ただ子どもが生まれて、成長する中で、「なんでいいんだ ぼくのせかい」と言うだけなのです。ただ笑い、ただ泣き、ただ走る。それだけの絵本です。


そう思ったのですが、はたと考え直しました。そう思うこと自体が、子どもの可能性を制限していると感じたからです。

子どもは子どもで、この絵本を通じて何かを感じるのかもしれない。その可能性を、最初から決めつける必要はないのではないか。そういう気がしました。


何とも言えない不思議な絵本です。絵画で言えば、ピカソなどの抽象画のようなものかもしれません。私にはピカソの良さがよくわかりません。写実的な絵画の方がわかりやすいです。

けれども、こういう作品の中に、何かを感じる人もいるのでしょう。坂爪さんは、そういう人の1人なのだと思います。

子どもがどう感じるかは何とも言えませんが、少なくとも大人の私からすると、いろいろ考えさせられる内容の絵本だと思います。

なんていいんだぼくのせかい
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:19 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いのちをいただく



みやざき中央新聞の社説で紹介されていた絵本を読みました。作者は内田美智子さん、絵は諸江和美さん、監修は佐藤剛史さんです。

この物語の主人公は、牛の屠殺を仕事にしている食肉加工センターの坂本義喜さんです。そしてこの物語は、坂本さんが体験した実話です。坂本さんの話を聞いた内田さんが、ぜひこれを絵本にさせてほしいとお願いして、この絵本ができたということです。


話のあらすじを紹介しましょう。

坂本さんは、自分の仕事があまり好きではありませんでした。授業参観の時、坂本さんの息子のしのぶくんは、お父さんの仕事を「普通の肉屋です」と答えたのだとか。お父さんが自信を持っていないことが、息子さんにも伝わったのでしょう。

しかし、その授業参観の日、戻ってきた息子さんは、こう言ったそうです。「お父さんが仕事ばせんと みんなが肉ば食べれんとやね」

授業で「普通の肉屋」と答えたしのぶくんのことが気になった先生が、いろいろ話してきかせたようです。それによってしのぶくんは、お父さんの仕事に誇りを感じたのでしょう。

ある日、1頭の牛が食肉加工センターに運ばれてきました。しかし、そのそばには小さな女の子がいました。女の子は牛に話しかけていました。「みいちゃん、ごめんねぇ。」「みいちゃんが肉にならんとお正月が来んて、じいちゃんの言わすけん。」坂本さんは、見なければ良かったと思ったそうです。

坂本さんは、次の日の仕事を休もうと思いました。その話をしのぶくんにも話しました。するとしのぶくんは、坂本さんにこう言いました。「お父さん、やっぱりお父さんがしてやった方がよかよ。心の無か人がしたら、牛が苦しむけん。お父さんがしてやんなっせ」

坂本さんは、仕方なく仕事へ行きました。みいちゃんの所へ行くと、最初は暴れたそうです。しかし、坂本さんの気持ちが次第に伝わり、みいちゃんもおとなしくなりました。

「じっとしとけよ」そう坂本さんが言うと、みいちゃんの目から涙がこぼれたそうです。坂本さんは、初めて牛が泣くのを見たと言います。

後日、牛を連れてきたおじいさんが、坂本さんにお礼を言ったそうです。肉の一部をもらって、食べたとのこと。女の子は食べようとしなかったけど、おじいさんはこう言ったそうです。「みいちゃんにありがとうと言うて食べてやらな、みいちゃんがかわいそかろ? 食べてやんなっせ」

女の子は泣きながら、みいちゃんの肉を食べたそうです。「みいちゃん、いただきます。おいしかぁ、おいしかぁ」と言いいながら食べたのです。



私たちが「食べる」ということは、必ず「命をいただく」ことになります。それは、対象が植物であっても同じことです。

この物語は、「命をいただく」ことがどういうことなのかを、深く考えさせる内容です。「良い」「悪い」と簡単に決めつけられるものではなく、いろいろなことを考えさせてくれるのです。

こういう話を、子どもたちに伝えたいと思いました。それで、この絵本を買ったのです。

いのちをいただく
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 06:51 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月30日

泣いた赤おに



これも昔話の絵本です。作者は浜田広介氏と、絵はつちだのぶこ氏です。

話の詳細は、言い伝えや作者によって違いがあるようです。しかし、大筋はだいたい同じです。話の大筋を以下に書いておきます。


人間と仲良くなりたかった心優しい赤鬼ですが、人間はなかなか信じてくれません。そんな時、親友の青鬼が尋ねてきて、妙策を授けてくれました。

それは、青鬼が村で暴れるので、そこに赤鬼が現れて青鬼をとっちめて追い払う芝居を打つというもの。そうすれば、赤鬼は優しくて信用できると村人が思うから、人間と仲良くなれるというものでした。

さっそくその策の通りにやってみると、村人たちは赤鬼に感謝し、親しくなることができました。赤鬼は大喜びです。

ところが、親友の青鬼が、まったくやってこなくなりました。赤鬼が心配して青鬼の家に行くと、置き手紙がありました。

そこには、こんなことが書かれていました。「ボクはこれから旅に出ます。なぜなら、もしキミ(赤鬼)と会っているところを村人に見られたら、キミが疑われてしまうからです。もうキミとは会えません。村人たちと仲良く、楽しく暮らしてください。」

その手紙を読んだ赤鬼は、ひとしきり泣いたのでした。



この物語から、どんなことが学べるでしょうか?

青鬼の友情を称えることもできます。本当の友情を失った赤鬼のようにならないように、という戒めともとれます。赤鬼を信用しなかったために、赤鬼にも青鬼にも悲しい思いをさせたという、村人の狭量さを示しているとも言えるでしょう。

この物語の良いところは、どれが正解だと示していないことだと思います。読み手によって、どうにでも受け取ることができます。だからこそ、大人になっても心に残っている、味わい深い物語になっているように思います。

こういう素敵な物語を、子どもたちにも読んでもらいたいです。そう思って、この本を買いました。

泣いた赤おに
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:18 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

かさじぞう



絵本を読みました。すでによく知っている昔話ではありますが、いつも行く「サロン文庫」に、この物語の絵本を置きたくなったのです。

「かさじぞう」という話は、全国各地に残っている昔話のようです。話の内容は大体似ているのですが、微妙に違いがあるようです。この絵本の作者は山下明生氏、絵は西村敏雄氏です。


ではさっそく、一部を引用しながら・・・と言いたいところですが、これは絵本ですから、それほど引用するところもありません。

話の大筋は、以前にブログ記事「笠地蔵が教えてくれる豊かになる生き方」で書いてますので、そちらをご覧ください。


私が覚えている話では、お地蔵さんは7体で、おじいさんが持っていたのが6つの傘でした。それで、おじいさんがかぶっていた傘を、残りの1体にかぶせてあげるというもの。

この絵本では、お地蔵さんは6体で、おじいさんが持っている傘は4つになっています。さらに、一つひとつ傘をかぶせていくのに、いちいち木の雪が落ちてくるという細かな設定まであります。

そういう違いはあるものの、おばあさんが温かく迎えてくれること、お地蔵さんがお米など年越しに必要なものをたくさん運んできてくれることなどは、どうやら同じようです。


前のブログ記事では、「良いことをしましょう」という道徳的なことだけではなく、「引き寄せの法則」を示していると書きました。そのポイントが少しあいまいだったので、ここで捕捉します。

まず1つは、「結果に執着していない」ということがあります。おじいさんもおばあさんも、お地蔵さんによくしてあげたから、良い結果が得られるなどと思っていません。

ただ良くしてあげたかったからしてあげた。それだけなのです。それで満足しています。「神との対話」で言うように、行為への情熱はあっても、結果への執着がないのです。

次に、「神との対話」シリーズ「神よりしあわせ」という本でパーソナルな引き寄せについて書いてあるのですが、その本質に適っていると言えます。

それは、黄金律の実践です。「あなたがしてほしいと思うことを、他の人にもしてあげなさい。」聖書だけでなく、世界中の多くの古典で、このことが語られています。

自分に良いことをと願うと、私たちは後ろめたさを感じます。しかし、他の人の良きことを願い、自分を少し犠牲にする場合は、私たちは心地よさを感じるのです。

「かさじぞう」のおじいさんもおばあさんも、お地蔵さんに良くしてあげたことで満足しています。お地蔵さんが寒さに震えなければ、それで良かったのです。たとえ自分が寒さに震えたとしても。

その結果、他人(=お地蔵さん)が得られた結果(=寒さに震えない=豊か)が、自分たちのものとなったのです。


「神との対話」でも言ってますが、これは計算してやっても効果は薄いようです。本心から他人の幸せや喜び、豊かさなどを願って助けると、それが自分にもやってくるのです。

なぜなら、この世に他人は存在しないから。すべてが「ひとつのもの」であるなら、他人にしてあげることは、自分にしてあげることになるのです。


この昔話が、そういう深遠な内容を知った上で作られたかどうかは知りません。しかし、この世の本質に気づいた人たちがいたからこそ、今に語り継がれているのだろうと思います。

こういう昔話は、ぜひこれからの子どもたちに読んでほしいと思いました。だから、「サロン文庫」に寄贈するために、この絵本を買ったのです。

かさじぞう
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 22:58 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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