2025年06月19日

ビール職人、美味いビールを語る

ビール職人、美味いビールを語る【電子書籍】[ 山田一巳 ] - 楽天Kobo電子書籍ストア
ビール職人、美味いビールを語る【電子書籍】[ 山田一巳 ] - 楽天Kobo電子書籍ストア

何で知ったのかは忘れましたが、ビール好きの私としてはぜひ読んでみたいと思って買った本です。
著者は、キリンビールで長年醸造に携わり、「一番搾り」の開発にも貢献された山田一巳(やまだ・かずみ)さんと、ノンフィクションライターの古瀬和谷(ふるせ・かずや)さんです。山田さんはキリンを退職後、「萌木の村・八ヶ岳ブルーワリー」の醸造長としてビール造りをされてるようです。


ではさっそく、一部を引用しながら本の紹介をしましょう。

ものづくりは、お客さん本位とか時代の流行とか、そういうことも大事ですけれど、つくり手がしっかりと理想を持っていないといけない。どういうビールをうまいと思うか。自分なりに理想をつきつめていく。その意志がなかったら、お客さんを本当に喜ばすようなビールはできないと思います。まずは理想があって、そこに近づけていくための技術や知識がある。経験から来るカンが頼りになることもあります。でも、それ以前に理想に近づけていこうとする気持ちが大事です。それがなくなったらビール職人はおしまいでしょうね。
 完璧なビールがどんなビールかって、結局そんなものはないんです。でも、それがいつかできるだろうな、と。そんな風に思いながらやっていくのがいいんでしょう。
 かといって、あんまり根を詰めすぎてもいけない。職人が鬱々とつくってるビールなんて、何だかうまそうじゃないじゃないですか。先は長いんだから、のんびりと、遊びながらつくっていくのがいいんです。楽しみながらね。
」(p.20)

山田さんのビール造りに対する考え方です。どこかに絶対的に素晴らしいビールというものがあるのかもしれない。最初から「ない」と決めつけず、理想のビールが「ある」と思いながら、自分なりの「素晴らしいビール」を追い求める。上手く行かなくても、上手く行かないことを楽しみながら、一歩一歩進めていけばいい。そんな考え方なのかなぁと思いました。


ビールというのは本当に微妙な酒でして。毎回まったく同じようにつくっていればいいというわけにはいかないんです。
 モルトも同じものを使っていると言っても、年によって微妙に状態が違いますし、ホップも同じ種類でもまったく同じではない。
」(p.32)

考えてみれば当然なのですが、生き物(大麦やホップという植物と酵母)を扱う限り、まったく同じものはありません。それ以外でも気候や水も違いあるでしょう。そういう中で、毎年同じようなビールを造るということは、並大抵のことではないんですよね。


一度、休憩室に戻ったら、吉川さんが一人で掃除をしていて、私にこう言ったのを覚えています。
『こういうことはみんなが嫌がるだろ。でもな、こういう掃除みたいなことでも誰かがやらなきゃいけないんだからな。気がついた人がやれば、みんなが気持ちよく仕事ができるだろ』
」(p.57)

山田さんの大先輩の吉川さんのエピソードです。山田さんもまた、吉川さんのように生きられたようです。
私も自宅では、妻との間に家事の分担がありません。家族(夫婦)の中の誰かがやらなければならないのだから、気がついた人がやればいいと考えています。汚れていて気になるなら、気になる人が掃除をすればいい。そして掃除をすれば、他の人が助かる。それだけのことだと思うのです。


でも、キリンはドライ戦争に負けてよかったんじゃないかと思うこともあるんです。当時、キリンは本当に追い詰められていた。そこで初めて、もう後追いではダメだ、キリン独自のことをやろうという機運が高まってきたんです。消費者のイメージが悪くなって、もうキリンビールという看板には頼れない、本当にいいものをつくって巻き返すしかない。そういう発想に誰もがなった。
 もし、キリンがドライ戦争で負けていなかったら、『一番搾り』という画期的な商品は生まれなかったかも知れません
」(p.129)

ラガーでシェア60%以上を誇っていたキリンですが、いつしか殿様商売と評されるようになりました。まぁこれは、独禁法違反にされないための方策でもあったようですがね。その時、アサヒのスーパードライが出てきたことで、トップの座を奪われることになりました。けれども、窮地に追い込まれたからこそ、重要なことに向き合うことができたと山田さんは言うのです。
アサヒも窮地に追い込まれてスーパードライを生み出したわけで、私は、窮地に追い込まれることは悪いことじゃないと思っています。窮鼠猫を噛むと言いますか、陰極まれば陽に転ずということがあるのです。
逆にぬるま湯で窮地に追い込まれない環境の方が悪い。ゆでガエルになるだけ。だから民間こそが社会(経済)を活性化させる力があるのであって、公務員(政府、税金)が何かやっても絶対にうまく行かないと思っています。


今、遠く離れたところからキリンを見ていて思うことは、もっと元気にやりなさいよということですね。辛気くさい顔してつくっていたら、人を喜ばすようなビールは出来ません。もっと楽しんでやらなくちゃ。こんなご時世だから、よその会社のビールは飲むな、なんて言われているのかも知れないけれど、本当はいろんなところに遊びに行ってね。遊びの中でいろんなビールを飲むべきなんです。」(p.169-170)

「かくあるべし」とか「かくあるべからず」のように規制して自由を奪っていたら、楽しむこともできません。もっと自由に、結果を恐れずに楽しんだらいい。楽しんでやっている中でこそ、いいものを生み出せる。そういう山田さんの考え方に共感します。

ビールのことを本当に生き物だと思ってつき合ったら、こうしてほしいだろうな、こうしてやったらいいだろうな、というのが自然と分かってくるでしょう。あとは遊び心。ああしなきゃいけない、こうしちゃいけないって、あんまり自分をがんじがらめにしてつくったら面白くなくなります。理想を追求しながら何かをつくっていくというのは面白いんだから。楽しんでやりなさい、遊びながらやりなさい。醸造スタッフたちにはそんな風に言ってますけどね。」(p.188)

ビール造りは子育てと同じだなぁと感じました。観察して、直観に従う。そして「かくあるべし」ではなく、面白いかどうかを追求する。

いいものをつくろうとする「ものづくり」の精神と、いい人間関係をつくろうとする「人づきあい」の精神は、山田さんの場合、おそらく同じ人間性に基づいている。そして、それを育て、熟成させてきたのは、やはり職人としての人生経験そのものなのだろう。
 山田さんがいつかアンケートに答えてこんな言葉を書いていた。
「ビールは生き物、つくり手の姿勢が正直に表れる酒です」
」(p.190)

ビールも人も同じ「生き物」だから、ビール造りは子育てでもあるし、人育て、人間関係そのものだとも言えるのですね。


ただビールが好きだから、ビール造りのうんちくが知りたくて読んだ本なのですが、やはり一芸を極める人はものごとの本質に通じるのですね。そんなことを感じさせてくれた本でした。

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2025年05月31日

ときめいて大往生

89歳、現役医師が実践! ときめいて大往生 [ 帯津 良一 ] - 楽天ブックス
89歳、現役医師が実践! ときめいて大往生 [ 帯津 良一 ] - 楽天ブックス

これもYoutube動画でオススメされていた本になります。著者は帯津良一(おびつ・りょういち)さん。89歳ですが現役のお医者さんです。
85歳を超えてなお、こうも元気でおられるにはいろいろ秘訣もあるのでしょう。そんなことも知りたくて読んでみました。


ではさっそく、一部を引用しながら本の紹介をしましょう。

もちろん、早寝早起きも私が健康・長寿である要因の一つではあるでしょう。けれども、私はそれが一番だとは思っていません。
 私自身が健康・長寿である一番の秘訣は、前述したとおりお酒と女性です。言い換えるなら、それによって得られる「ときめき」です。
」(p.17)

世間一般で言われているような健康法よりも、お酒と女性に対する「ときめき」を持ち続けていることが、健康・長寿の秘訣だと帯津さんは言われます。実際、晩酌は毎日だそうです。

医者の私が言うのも変ですが、病院へ行ったからといって病気が治るわけではありません。薬は症状を抑えることはできても、病気を治すことはできません。現代の医学では風邪すら治すことができない。それが現実です。
 それでは何が病気を治すのか? それは、人間がもともと持っている自然治癒力です。
」(p.18)

実はこの自然治癒力は、心と深い関係があります。自然治癒力は、心配したり落ち込んだりすると低下するのに対し、ときめいていると高まるのです。」(p.18-19)

「病は気から」と言いますが、不安や恐れが心にあると、つまり気が病んでいると、病気になるのです。そして病気は、医者や薬が治すのではなく、自分の自然治癒力が治すのです。このことを忘れている人が非常に多いと感じます。

私は直観しました。大好きな踊りに夢中で取り組んだことが、彼女の自然治癒力を高めて、がんを消してしまったのではないかと考えたのです。
 ときめきが、がんを消してしまったのです。
」(p.21)

ガンが自然寛解する例がいくつもありますが、帯津さんもそんな経験をされたそうです。

がんが自然消滅するのは稀な例ではありますが、ときめきによって症状がよくなるのは日常茶飯事です。」(p.22)

必ず治るとは言えないものの、ポジティブな心を保つことが健康に役立つことは間違いがないということですね。


直観は、損得や理屈を超えた世界ですから、思い切ってそれに従ってみると、思わぬ展開が起こることもあるのです。
 ですから、何か違和感があれば自分の直観を信じて、医者の言いなりになるのをやめてみるというのも、己の尊厳を守るためには大切です。
」(p.31)

医者が言うことだから、権威ある人が言うことだから、必ずしも正しいわけではありません。自然治癒力がなぜあるのか、どう働くのかすら知らずに外科手術をしているのが医者です。その程度なのに、すべてを知ってるかのごとく患者に正しさを押し付けるようなら、医者としては未熟でしょう。そんな医者からは逃げるようにと帯津さんは言います。


つまり、私の体は、数値上は健康とは言えません。
 ところが、私は健康なのです(そう信じています)。
 毎日好きなものを食べ、自分の足で歩き、自由に話し、晩酌を楽しんでいる。これを健康と言わずして、なんと言いましょう。
 だから私は、健康診断の結果は気にしません。
」(p.33)

帯津さんは腹囲が98cmもあり、基準値的にはメタボになります。けれどもまったく気にしておられないようです。
私も、健康診断には懐疑的であり、自分の健康状態は自分が感知したもので十分だと考えています。


けれども、今はまったく野球を見ません。嫌いじゃないんだけど、自然と見なくなりました。これは決してネガティブなことではなく、興味の対象が変わってきたということだと思います。今の私にとって、とにかく晩酌さえあれば、他のことは少しぐらいなくなっても大丈夫なんです。
 生活の中で心の赴くまま、やめることを増やしていくと、その分、興味の対象が際立って、ときめきの質が高まったくる気がしています。
」(p.37)

私も野球は大好きで、かつては毎試合のようにプロ野球中継を観ていました。けれど仕事が忙しくなって、中継を観られなくなると、だんだんと興味が減っていきました。それでも深夜のダイジェスト番組を見て、興味をつないでいましたが、タイへ赴任したことによって、完全に興味の枠から外れてしまいました。
こういう経験があるので、帯津さんのこの感覚はよくわかります。その時は何よりも重要だと思っていても、状況が変われば大したものだと思えなくなる。そのうち忘れてしまう。こういうことがあるんですよ。


私ぐらいの年齢の人間が恋の話をすると、「老いらくの恋」と揶揄されることがありますが、私はそれが気に入りません。若かろうが、シニアであろうが、人が人にときめくことは素晴らしいことだからです。
 人によっては、片思いではなくて両思いを望むかもしれません。伴侶がいない場合はそれもいいと思いますが、私自身は、素敵だなと思える人はたくさんいたほうがいいので、片思いがちょうどいいと感じています。
」(p.51)

人が人にときめく「恋」というものは、何歳になってもいいものですね。私も、男女の恋というものにはそれほどときめかなくなりましたが、その人の全体と言うより、ある瞬間のその人の魅力にときめくことはよくあります。男女に限らず、素晴らしいなぁ、すごいなぁ、素敵だなぁ、というようなときめきは、いつまでも持っていたいものだと思うのです。


毎日生きていけるだけの生活費があって、大好きな晩酌もできるお金があれば、私は充分幸せです。
 貯金がなくても、入ってくるお金があれば、一日一日を充実させることはできます。お金はわずかでも、入ってくればいいのです。年金がもらえるなら申し分なし。足りなければ、立ち働けばいいのです。
」(p.63)

私も、贅沢な生活ではありませんが、充分に満足して暮らしています。そして、もらえる年金は少ないので、生涯現役と決めています。それで充分にありがたいことなんですよ。


「お金がないのに大病を患ったらどうするのですか?」と聞かれることがあります。
 私はこう答えます。
「そのときはそのときです」
」(p.70)

すべての災厄に事前に対処する方法なんてありません。常に、「そのときはそのとき」なのです。災厄に遭う時とは災厄に遭うがよろしいと言われた良寛さんのように生きたいと思います。


死に対する恐怖心というのは、
「その不安に慄(ふる)えている患者さんの少し前を行く人が、和らげることができる」。
 つまり、自分が患者さんよりも前を歩いて、背中を見せて安心させようということです。
 だから私は、「今日を最後だと思って生きる」と決めました。
」(p.79)

こんな感じで、毎日5時半から晩酌をしています。自宅で飲むこともあるし、一人でどこかへ飲みに行くこともあります。とにかく、どこかで必ず365日お酒を飲んでいます。
 私は今日が最後の日だと思って生きていますから、毎日が最後の晩酌です。だから、晩酌のときには、ときめきが大きくふくらみます。
」(p.95)

帯津さんは、80歳を過ぎてから、「今日が最後の日」という思いをしっかりと持てるようになったと言われています。たしかに、私もそう思って生きようとしていますが、実感するレベルではありませんね。まぁでも、いずれそのように実感できる日が来ると思って、今は今の私として、「大丈夫、何とかなる」という思いで生きることで、他の人への参考になる生き方になるのかなぁと思っています。


私の場合、ときめきの主な源泉はお酒ですが、人によってはそれが食べ物でもいいし、ペットでもいいし、趣味でもいいし、なんでもいいんです。」(p.97-98)

東大の名誉教授で、免疫学がご専門だった多田富雄先生は、脳梗塞になり、右半身が麻痺しました。そんなある日、麻痺していた右足の親指がピクッと動いたそうです。そのとき、多田先生は、今までの自分とは違う「新しい人」が生まれるのではないかと思い、「新しい人」に早く目覚めるように呼びかけました。病気になった古い自分に未練を残すのではなく、新しい人に希望を見出したのです。
 そうすると、生きることを愛おしむ気持ちが湧いてきて、体は回復しなくても、命は回復しているようだと感じるようになったそうです。そうして特訓の結果、左手でワープロが打てるようになり、本を上梓できるほどエネルギーが回復したのです。
」(p.98-99)

ときめきがあれば病気が治るとか、健康になるわけではないのですね。そうではなく、生命エネルギーが増大するのです。これまでとは違う生き方で、それでも輝いて生きられるようになるということだと思います。


自律神経というのは呼吸とリンクしているので、自律神経の状態が呼吸に現れるその一方で、呼吸を意識的に行うことによって、自律神経をある程度コントロールすることもできます。つまり、副交感神経を活性化し、自律神経のバランスを整えたいなら、吐く息を重視すればいいのです。」(p.109)

私たちは心臓の鼓動などコントロールできないものによって生かされていますが、唯一コントロールできるのが呼吸なのです。自動でもあり手動でもある。帯津さんは呼吸法を重視されていますが、禅においても瞑想法においても、やはり呼吸が重要だとされていますね。


肉体は老いていきますが、これまでの経験や知識によって心は豊かになります。そしてそれによって生命エネルギーは日々高まり続けていくのです。老いは誰にとっても初体験なのですから、どんな70代、80代になるのだろうとワクワクしながら老いを迎え入れてもいいのではないでしょうか。
 アンチエイジングより「ナイスエイジング」といこうではありませんか。
」(p.119)

生まれたからには必ずいつか死にますし、死ななければ生まれることもありません。これが自然の摂理です。
 ところが、生は喜んで受け入れるのに、老病死には抵抗します。しかしながら、生と死は一連の流れの中にあるので、大きな視点で見ればどちらも同じ。そこに良し悪しは存在しません。
 自然界の春夏秋冬は、人間の生老病死と似ています。
」(p.120)

死は生の地平線だと、お勧めしている「神との対話」では言っています。生命は永遠であり、私たちが思う死は、生の1つの段階に過ぎないのです。
では、人生において重要なことは何かと言えば、新たな自分を経験すること。そういう観点からすれば、老いとは変化であり、新たな自分の経験です。思うように体が動かなくなる経験、物忘れする経験、あらゆる老いにともなう経験は、私たちにとって未知の経験です。だからこそ素晴らしい。


分量は少なく、読みやすいのであっという間に読めてしまう本ですが、実に示唆に富んだ内容の本でした。と言うのも、ある意味で非真面目な著者が、非真面目を貫きながら幸せに長生きしておられるという事実があるからです。
私たちは真面目に生きる必要はない。自分の直観にしたがい、自分らしく生きればいい。もちろんそれが長生きにつながらないことがあるとしても、それでも自分らしく生きた1日は、他人の言うがままに生きた1年に優るのではないか。そんなことを考えさせていただきました。

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タグ:帯津良一
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2025年05月17日

スピノザ

スピノザ 人間の自由の哲学 (講談社現代新書) [ 吉田 量彦 ] - 楽天ブックス
スピノザ 人間の自由の哲学 (講談社現代新書) [ 吉田 量彦 ] - 楽天ブックス

Youtube動画で哲学者スピノザの考え方を知りました。名前は知っていましたが、具体的にどのような思想だったのか知りませんでした。
もともとユダヤ教徒で、カトリックに改宗せざるを得ない時期があったり、その思想のために危険人物と見なされユダヤ教徒社会からも追放されたスピノザ。彼が唱えたのは、それまでの人格神ではなく遍く存在する神、つまり汎神論。そして、人間が本質的に自由であること。漠然とそういうことがわかって興味を抱き、何か読んでみようと思って買ったのがこの本でした。

著者はスピノザを研究する大学教授の吉田量彦(よしだ・かずひこ)氏。文庫本で400ページあり、難しい哲学書だったら嫌だなぁと思ったのですが、懇切丁寧に解説してくれる大学の授業のようなスタイルの内容で、とても興味深く読むことができました。


ではさっそく一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

前回確認したように、スピノザが『神学・政治論』を世に問う時期のオランダでは、何一つ悪事を働いていない人でも、思想を理由にして命を奪われかねないのが実情でした。」(p.154)

『神学・政治論』でスピノザが繰り返し訴えかけたメッセージは、単純化を恐れず一言に集約するなら、「哲学する自由 libertas philosophandi」の大切さです。逆に言えば、この「哲学する自由」という中核の思想にさまざまな角度から膨大な肉付けを施したものこそ『神学・政治論』という書物に他ならないのです。」(p.154-155)

思想によって命を奪われかねない時代と場所、それがスピノザが生きた世界でした。宗教の力が絶大で、逆らうことは死を意味したのです。これは、ガリレオが「それでも地球は回っている」と言ったという逸話にも表れていますね。


知とか知恵とか言いますが、そもそも知恵があるとはどういう状態を指すのでしょうか。いろいろな説明の仕方があるでしょうが、わたしなりに表現するなら、知恵がある人とは「何が本当で何が嘘か分かっている人」のことだと思います。逆に言えば、知恵がない、あるいは足りない人とは、本当のことと嘘の見分けがつけられない人のことになるでしょう。そうすると、知を愛し求めること=哲学とは、要するに、何が本当で何が嘘なのか知ろうとすることに他なりません。」(p.157)

ただし、スピノザはさらにもう一歩先を行っています。彼は哲学する自由を、「考えたいことを考える」だけでなく「考えたことを言う自由」だと語っているからです。」(p.157)

哲学(フィロソフィー)は愛知、つまり知を愛することですが、その知とは何が本当かを知っていることであり、それを追い求めることが哲学です。その哲学する自由だけでなく、追い求めた結果を言葉にして表現する自由も含めて「哲学する自由」とスピノザは言っています。ところが、そういう自由がない社会にスピノザは生きていたのですね。

もし、二一世紀の日本社会に(たとえば並外れた愛国心をお持ちの国会議員さんあたりに)ホッブズが生れかわって「公式行事の場で君が代を歌うよう求められても、その求めはあなたの内申の自由まで侵すものではないのだから、安心して歌いなさい」と言ってきたら、皆さんはどう思いますか。ナアマンの自由を、そしてナアマンの自由だけを認めるということは、裏返しに言えば、「考えたいことを考える自由」つまり心の中で好き勝手なことを思いめぐらす自由以外の自由を、何一つ認めないということなのです。こう見てくると、スピノザが「考えたことを言う自由」へのこだわりを繰り返し示していることにも、ある程度納得していただけるのではないでしょうか。」(p.161)

内心の自由だけではダメなのです。表現の自由があってこそ、健全に内心の自由も守られます。日本国憲法も、この要諦を押さえて作られているのですね。

それではなぜ、「哲学する自由」を踏みにじってはいけないのでしょうか。スピノザの用意した答えを、細かい議論を後回しにして最初に提示しておくなら、それは「無理だから」です。「哲学する自由」を踏みにじろうとする国家体制、言いかえればそこに暮らす人たちの思想・言論・表現をできるだけ厳格に取り締まろうとする国家体制は、単に一人一人の人間に無理なことを求めているだけでなく、最終的には一人一人の人間から成り立っている社会体制・国家体制そのものに無理をかけ、自滅に向かわせるというのです。
 この結論を、スピノザは親切にも、『神学・政治論』巻頭ではっきり表明してくれています。
」(p.162)

本書は、哲学する自由を認めても道徳心や国の平和は損なわれないどころではなく、むしろこの自由を踏みにじれば国の平和や道徳心も必ず損なわれてしまう、ということを示したさまざまな論考からできている(光文社版、上巻二五ページ)。」(p.163)

内心の自由や表現の自由を否定しようとしても否定できない。なぜなら無理だから。否定しようとした国家体制は崩壊する。そうスピノザは言っています。
このことは、歴史を見れば明らかでしょう。独裁体制や右や左の全体主義は、いずれ崩壊する運命なのです。


聖書の言葉を利用して、社会の中に憎しみや対立や殺し合いをばらまこうとする人たちは昔も今も後を絶ちませんが、そうした人たちはスピノザに言わせるなら、聖書という書物の本質からして根本的に倒錯したことを行っているのです。
 愛とか正義とか、そんな当たり前のメッセージなら、わざわざ聖書から学び取らなくてもいいじゃないかと思うでしょう。実際、そうなのです。聖書に込められた道徳的メッセージは、聖書を読まないと身につかないような特別なものではありません。
」(p.190)

しかし、もし聖書に込められたメッセージが認知的な真理ではなく道徳的な命令に他ならないならば、話は大きく違ってくるでしょう。その場合、ピエスタ=敬虔の有無は、その人たちが何を(認知的な真理として)信じているかではなく、何を(道徳的な命令として)実践しているかに左右されることになるからです。具体的には、隣人たちと仲良く(愛)、しかも越えてはならない一線を踏み越えることなく(正義)暮らしている人は、たとえどんなに理屈の合わないことを信じていようとも「敬虔」であり、反対に微細な教義の違いから隣人を憎み、ののしり、傷つけ、殺して喜んでいるような人は、たとえその教義をどれだけ一心不乱に信じていようとも「敬虔」ではないことになります。」(p.193)

聖書は第一義的にはひとびとを道徳的に教化しようとする書物であり、真理を理詰めで検証しようとする書物ではない、という『神学・政治論』前半部の結論は、神学と哲学の「すみわけ」を避けがたいものにします。神学(宗教)の本領は道徳的教化であり、哲学のそれは真理の合理的探求である以上、「考えたいことを考え、考えたことを言う自由」を行使する哲学に「不敬虔」のレッテルを貼ろうとする宗教も、逆に道徳教育に勤しむ宗教に「不合理」のレッテルを貼ろうとする哲学も、等しく越権行為を犯していることになるからです(もちろん、宗教の側が自分たちの管轄領域を本当に道徳教育の問題に限定していれば、という条件がつきますが)。」(p.194)

宗教が絶大な力を握っていた当時、宗教は単なる道徳心の教化のためにあるのではなく、宗教そのものが真理だったのだと思います。道徳や倫理であると同時に、科学でもあったのです。だから、聖書の解釈が重要視され、その解釈の違いに命をかけることもあったのです。
たとえば、キリスト教(聖書)が愛の教えなら、なぜゲイというだけでなぶり殺しにするようなことをするのでしょうか? それは聖書がゲイを否定しいる(ように解釈できる)から、それが真理なら、そういう存在は否定されてしかるべきと考えるからでしょう。真理を世に広めることこそが愛であり、そのためにゲイの人の命を奪うことは大したことではないと考えているのです。けれど、それは本当に愛でしょうか?


これまで見てきたような社会で迫害を逃れようと思ったら、最終的には二つの道しか残されていません。何も考えずに本能的な行動パターンだけで生きていくか、スピノザの言い回しを使うなら「野獣」か「自動人形」になることです。しかしもうお分かりでしょうが、じつはどちらの道も人間には閉ざされています。本能的な行動パターンを進化の途上でほぼなくしてしまったヒトという生物が、今さら本能だけで生きていく野獣になろうとしてもなれるものではありません(そもそも野獣に「なろう」と思う時点で既にどうしようもなく野獣っぽくありません)し、またどうしたら便利な「自動人間」として権力の持ち主たちに気に入ってもらえるかごちゃごちゃ考えてしまう時点で、それはもう何も考えないで動く自動人形ではないからです。
 社会の支配機構としての国家は「むしろ反対に、ひとびとの心と体がそのさまざまな機能を確実に発揮して、彼らが自由な理性を行使できるようになるために、そして憎しみや怒りや騙し合いのために争ったり、敵意をつのらせ合ったりしないためにある」とスピノザは主張し、そしてここから「だとすると、国というものは、実は自由のためにあるのである」という有名な結論を導き出します(第二〇章六節)。
」(p.218-219)

人は本質的に自由であり、それを「哲学する自由」として、考えるだけでなく表現する自由がある。そうであれば、国家というものは、その自由のために存在するものだとスピノザは結論づけています。
現実には、左右の統制主義(左の共産主義、右の専制主義)に代表されるように、人は不安や恐れから国家による統制を求めることがあります。けれども、実際に統制されてみると、人間の本性を抑圧されるために、その統制に抵抗したくなる。人である限り、それが自然なことなのです。


スピノザのこの考え方を徹底させていくと、世界を構成しているさまざまな個別的存在者は、生物も無生物もあなたもわたしもそのすべてが、神である実体の様相として存在していることになります。つまり「個々のものは、神のさまざまな属性の変容した姿、つまり様態にほかならない」(第一部定理二五系)のです」(p.260)

哲学で言う「実体」とは、付加される規定とは関係なく存在するもののことです。たとえば猫は色に関係なく、動作や状態に関係なく、「猫」という実体です。「様態」というのは、猫の色や動作や状態のことを指します。しかしスピノザは、「自分自身の内にあって、自分自身を通して考えられるもの」を実体だと定義しています。この定義によれば、存在や認識に自分の外側の何かを必要としないことになり、「自分が自分の原因であるもの」のみが実体になります。つまり、「神以外にどのような実体もありえないし、考えられない」となるのです。

お勧めしている「神との対話」では、「存在するものは神だけだ」と明言しています。神とは「存在のすべて」だからです。「神との対話」では、これまで明らかにされてこなかったことは何一つないと言っていますが、たしかにこの考え方は、スピノザがすでに示していたことだったのですね。


つまり人間は、外からどんなに強制されても、それを何らかの形で納得できないと従えない、そういう精神のつくりになっているのです。しかしそもそも、人間が何かに納得するには、まずその何かについて自分で考えてみることが欠かせません。したがって、たとえば「考えずに、従え」とか「余計なことは考えるな」といった命令、つまり自分で考えること自体を否定するような命令は、人間にその存在論的特性から見て絶対に無理なことを命じていることになるのです。」(p.295-296)

こう見てくると「国というものは、じつは自由のためにある」と断言し、自由を踏みにじる国家は自らの存在理由・存立基盤を掘り崩して必ず滅びると唱えた『神学・政治論』のスピノザと、考えながら生き、生きながら考えることに一人一人の人間の「現に働いている本質」を見出した『エチカ』のスピノザは、同じ一人の人間であることがよく分かります。」(p.296)

「人間」というのは、自分の在り方を自ら考える存在である以上、それこそが人間の在り方であり、その本質を否定することは無理なのです。したがって国家がいかに無理を押し付けようとも、いずれ崩壊せざるを得ないわけですね。


この増減に伴う感情が「喜び」と「悲しみ」です。要するに、うまくいっている時の自分の力の増大感・充実感が喜びであり、うまくいっていない時の喪失感・不足感が悲しみです。「喜び」と「悲しみ」に「欲望」を加えたこの三つを、というかこの三つだけを、スピノザは「基本感情」と呼びます。つまりこれ以外の感情は、必ずこの三つのどれかを基本に変奏されたものか、この三つが複雑に絡まりあってできたものに他ならないというのです。」(p.299)

お勧めしている「神との対話」では、「愛」と「不安」が基本的な感情であり、さらに言えば「愛」だけが基本的な感情であり、他の感情はそこから派生したものだと言っています。スピノザとは分類が異なりますが、こういう基本感情と派生感情があるという考え方は、なかなかおもしろいものですね。

人間の生を支えている大本の原理を、スピノザは「自らの存在に固執しようとする力」つまりコナートゥスに見出しました。自らの存在を支えてくれる(と、その人が思っている)具体的な何かに向かうことで、人間のコナートゥスは欲望となります。欲望が首尾よく遂げられていればひとは喜び、遂げられていなければ悲しみます。欲望を遂げさせてくれる=喜ばせてくれる何か(だれか)をひとは愛し、遂げさせてくれない=悲しませる何か(だれか)をひとは憎みます。
 こうした愛と憎しみと欲望は、連想と模倣のメカニズムに即して複雑に絡まりあい、やがて人間精神の中にぼんやりとしたネットワークを形成していくことになります。
」(p.309)

ひとはこうして、本来、自分自身が生み出したものであるはずの感情に訳も分からず流され、感情のままに行動する自動人形となるのです。
 これが最初に紹介した「とらわれた状態」あるいは「受け身の状態」です。スピノザは『エチカ』後半部で、どうすればこうした状態から可能な限り脱却し、人間として可能な限り自由に生きていくことができるかという、自由になるための道のりを提示しようとします。
」(p.310)

したがってスピノザは、一人一人の人間が、ひいては人類全体が「啓蒙」によって野蛮な状態から徐々に抜け出して文明化を遂げていくといった、直線的な進歩史観に立つことも原理的にできないのです。」(p.311)

スピノザは、理性を信用していなかったようですね。だから啓蒙思想には与しなかったのでしょう。

ひとはどうすれば、前回見た「とらわれた状態」「受け身の状態」を抜け出せるのでしょうか。あらゆる感情の原型は、わたしたちがコナートゥスと呼んできた「自らの存在に固執しようとする力」なのですから、人間が生きることは感情をもつことに直結します。したがって、理性を無理矢理にでも奮い立たせて感情を抑制したり打ち消したり、というやり方は当てになりません。それは生きることそのものの否定につながりかねないという意味で、そもそも選びようがない選択肢なのです。
 では、どうするか。感情がストレートに抑制したり打ち消したりできないものであるならば、残る手立ては一つしかありません。自分をその都度動かしている感情、自分がその都度直面している感情を、一つ一つきちんと認識していくことです。
」(p.314)

お勧めしている「神との対話」でも、感情を否定せずに受け入れることを勧めています。自然な感情を抑圧することで、感情はねじ曲がった醜いものになる。そのやり方では、本来の自由を取り戻せません。

つまりひとは、Aに対する憎しみをひとまず棚上げして、自分の中にできてしまっているこのAという人物の観念を取り上げ、分析することができるのです。そしてこの分析の結果Aの観念に変化が生じれば、つまりその人がもっているAに対する考えが変われば、Aに対する憎しみにも必ず何らかの変化が生じます。ひとはこうして、感情と結びついている観念の方をまず整理することで、感情をいわば搦め手から整理することができます。そしてそこに、憎しみに対して受け身になって流されている現状から、解放される可能性も隠されているのです。」(p.317)

こうして人間精神のうちに後天的に形成される十全な観念の一大ネットワークこそ、スピノザが理性 ratio と呼ぶものであり、生き方がこのネットワークに準拠して営まれることこそ、『エチカ』後半部で何度か登場する表現を借りるなら「理性のさまざまなすすめ dictamina rationis」にしたがって生きるということです。つまりスピノザのいう理性は、最初から人間精神のうちで働いている確固とした能力ではなく、面倒で地道な作業を積み重ねた果てに精神のうちにようやくぼんやりと出来上がっていく、問題を能動的に処理するための回路なのです。」(p.323-324)

要は、見方を変えるということではないかと思います。起こった事実は変わりません。それによって、すでに感情は沸き起こっています。しかし、そこで見方を変えれば、感情を変えることが可能なのです。
たとえば、Aにひどいことを言われて傷ついたとしましょう。悲しさや憎しみといった感情が湧き上がります。しかし、Aの生い立ちを考えてみると、Aは虚勢を張っていて、他人を責めることでしか自分を守れないと思っているのではないか、という見方をしてみると、Aを憐れむ気持ちさえ湧いてきます。そこに憎しみはありませんよね。

ただ、こういう見方の変更は難しいことだとスピノザは語っているようです。たしかに、私たちは一度自分が受け入れた観念を、そう簡単には変更できないのです。


スピノザの名前はよく知っていても、実際にどういうことを言った人なのか、ほとんど知りませんでした。今回、ひょんなことでスピノザの思想に触れ、この本を読んでみようと思いました。実際に読んでみると、実に深い思想なのだなぁと思いました。完全に理解したとは言えませんが、少しでもこういう思想に触れることができて、私にとって役立つものになったと思います。

気になった方は、ぜひ読んでみてくださいね。意外にも読みやすくわかりやすい本でした。

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タグ:吉田量彦
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:35 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年04月05日

世界は誰かの正義でできている

世界は誰かの正義でできている アフリカで学んだ二元論に囚われない生き方 [ 原 貫太 ] - 楽天ブックス
世界は誰かの正義でできている アフリカで学んだ二元論に囚われない生き方 [ 原 貫太 ] - 楽天ブックス

Youtube動画(原貫太・フリーランス国際協力師)でよく観ている原貫太(はら・かんた)さんの新刊が出ると聞いて、さっそく予約して購入しました。原さんは、アフリカの問題や支援状況などを報じているフリージャーナリストです。
アフリカの問題については、すでにテラ・ルネッサンスの活動を知っていて、そこである程度の知識はありました。なので興味を持って、動画を観ていたのです。テラ・ルネッサンスについては、代表の鬼丸昌也(おにまる・まさや)さんに興味を持って、本を読んだり集会に参加したりしました。その集会で小川慎吾(おがわ・しんご)さんのことも知って、本を買って読みました。「ぼくは13歳職業、兵士。」「ぼくらのアフリカに戦争がなくならないのはなぜ?」などの本をすでに紹介しています。原さんもアフリカでは、小川さんの活動に随行したりしておられるようです。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

「正義の反対は、また別の正義かもしれない」

 アフリカ・コンゴ東部の紛争地で武装勢力と向き合った時、改めてそう気付かされた。銃を持ち、武装闘争を続ける−−その行動だけを見れば、彼らは「悪」と映るかもしれない。しかし、彼ら自身は、その戦いを自分たちの生まれ育った村や家族を守るための「正義」だと信じていた。彼らと笑顔で握手を交わした瞬間、その手の温もりに、自分の心の中にあった冷たい固定観念が溶け去るのを感じた。
」(p.2)

すべての戦争は防衛戦争だと言われます。第二次世界大戦において日本は、日本を守るために致し方なく開戦したのです。
そして「鬼畜米英」と呼んで敵国兵を鬼畜のような極悪人だと決めつけました。しかし実態は、彼らもまた愛する家族を持つ同じ人間だったのです。

しかし、世界について学べば学ぶほど、その複雑さと多層性に圧倒される。何が正義で、何が悪なのか−−それは視点や状況によって絶えず変化し、普遍的な正しさなど存在しないのではないかと思える瞬間がある。答えを求めても、確固たる結論にはたどり着けない。その曖昧さこそが、世界の本質なのかもしれない。」(p.4-5)

お勧めしている「神との対話」でも言うように、「正しさ」は相対的なものであり、すべての人にその人なりの「正しさ」があるのです。つまり、「絶対的な正しさ」などない、ということが真実だと私は思います。


「知らなければ、もっと幸せに生きられたかもしれない」

 そんな思いが胸をよぎることは、一度や二度ではなかった。
 コンゴ東部の現実を知れば知るほど、同じ地球で、同じ時代に生きるはずの人々が、私たちとは全く異なる過酷な現実に直面していることを痛感する。しかし、その現実から目を背けることは、私にはできなかった。むしろ、その闇の中で懸命に生きる人々の姿を、自分自身の目で確かめたいという思いが強まっていった。
」(p.22-23)

大学生の頃の原さんは、アフリカの紛争被害者の支援を行うNGOでインターンシップをしていて、そこで実際に見たアフリカの現状に衝撃を受けたのですね。
こういう「知らなければよかった」という感覚は、多くの人にあるんじゃないかと思います。そして、何に対してそう思うか、また知ったことでどういう行動をとろうと思うかは、人それぞれ感性の違いがあると思うのです。私の場合は、学生の頃、新宿のパブで出稼ぎに来ていたフィリピーナと出会って、フィリピン人の子どもの支援をしたいと思って行動したことがありましたね。

このような現実を知ると、「コンゴの武装勢力の民兵はみな野蛮なんだろう」と感じるかもしれない。だが、そこには単純な善悪では捉えきれない複雑な事情が存在する。
 民兵は麻薬を与えられ、正常な判断力を失った状態で行為に及んでいる場合が多い。また、上官からの命令でレイプすることを強要され、命令に背けば自らの命を奪われる可能性もある。さらに、民兵の中には、武装勢力に入る前に自身の村が襲われ、家族を殺され、「民兵になるか、その場で死ぬか」という究極の選択を迫られた者もいる。彼らは加害者でもあり、同時に被害者でもあるのだ。
」(p.25-26)

この辺のことは、先に紹介したテラ・ルネッサンスの本にも書かれてありました。


「電気自動車を運転する時、スマートフォンを使う時、ジュエリーを眺める時、これらの製品が作られる過程で支払われた人的な代償について、少しだけ考えてみてください。私たちは消費者として、少なくともこれらの製品が人間の尊厳を尊重して製造されていることを求めていきましょう。この悲劇に目をつぶることは、それに加担することを意味するのです」

「愛の反対は無関心である」という言葉がある。ムクウェゲ医師の言葉にあるように、「目をつぶることは、それに加担することを意味する」のだろう。私は、無関心であることで、コンゴ東部の人々の苦しみに加担することだけは避けたかった。
」(p.29)

ムクウェゲ医師がノーベル平和賞の授賞式で述べた言葉だそうです。フェアトレードというのも、こうした思いから作られた制度です。
たしかに、私たちには何ら効果的なことができないかもしれないけれど、少なくとも関心は寄せたい。私もそういう思いがあって、こういった類の本を読んだり、動画を観たりしているのです。

ユーチューブというプラットフォームにおいて、コンゴについて発信している他の日本人はほとんどいない。私の動画が最も注目される発信源となっていることに、次第に重い責任を感じるようになった。
 物事を深く理解するためには、「鳥の目」と「虫の目」の両方が必要だ。鳥の目とは、広い視野で物事を捉える俯瞰的な視点であり、虫の目とは、目の前の細かな事実を直接見ること。そして、その両方を兼ね備えることが、物事を正しく捉え、真実を伝えるために不可欠だ。
」(p.31)

原さんが情報発信する上で、一方的にならないように注意しているそうです。一方的な見方を押し付けるような情報発信、たとえばセンセーショナルに人々の情動に訴えるような情報発信は、真の問題解決につながらないと思われたのですね。


そんな浮ついた気持ちのまま、すべての活動を終えた最終日、充実感に浸りながらマニラの空港へと向かっていた時のことだ。車窓からふと外を見やると、ボロボロのワンピースを着た7歳くらいの女の子が、赤ん坊を抱えながら「お金をください」と物乞いをしている姿が目に飛び込んできた。

 その瞬間、心の中で何かが音を立てて崩れ落ちたような気がした。焦りとも、悲しみとも、怒りともつかない、ただ目の前の現実を受け止めることができない感覚だけが残った。
」(p.90)

SNSでの承認欲求に溺れ、本来あるべき目的を忘れていた自分が情けなく思えた。もっと深く、もっと本質的な課題に目を向けるべきだったのではないかと、強く後悔した。
 そしてもう一つは、「なぜ世界はこんなにも不条理なのか」という疑問だった。
」(p.90-91)

同行していた仲間たちは「ああいう現実もある」「仕方がない」と口にしたが、私はどうしてもその現実を「仕方がない」というひと言で片付けることができなかった。何かできることがあるのなら、どんなに小さな一歩でも、その現実に抗いたい。「仕方がない」という言葉で思考を放棄せず、その問題に向き合って生きていきたい。そんな思いが芽生えた瞬間だった。」(p.91)

原さんが大学1年の時、6日間のマニラでのスタディツアーに参加したそうです。動機は、海外ボランティアの経験が就職に有利になると思ったから。炊き出しや見学など、「お試し国際協力」だったと原さんは言います。けれども、その時の衝撃が、原さんを本格的な国際協力に駆り立てることになったのですね。

マニラの空港に到着し、トイレに駆け込んだ私は、個室の中で一人涙をこぼした。世界の広さと、己の小ささを思い知らされた。その悔しさが涙となって溢れ出た。

 その時、私の心の奥底から「誰かに伝えたい」という強い衝動が湧き上がってきた。この経験を、そしてこの感情を、どうにかして言葉にしなければならない。そうしなければ、自分が壊れてしまいそうだった。
」(p.93)

伝えたいのに、伝えられない。この無力感にどう対処すればいいのか。
 なぜ人々は、世界の現実に目を向けようとしないのか。若さゆえの苛立ちも会っただろうが、その時に感じた「無力感をどうにかして乗り越えたい」という思いが、今も私の原動力になっているように思う。
 世界には、知らなければならない現実がある。知ってしまったからには、伝えなければならない。その思いこそが、私を今日まで突き動かしてきた。
」(p.94-95)

原さんは最初から、支援することよりも伝えることに意欲を感じておられたようです。同じことを経験しても、どう感じるのか、どういう衝動が起こるのかは、人それぞれなのでしょうね。
私も、先に書いたようにフィリピン人の子どもの支援をしてきましたが、タイで暮らすようになってから、タイ人の支援もするようになりました。そんな中で、ひょんなことで支援することになったのがチンタナーさんでした。チンたなーさんのことはブログ記事の「運命の出会いについて」でも書きましたが、知ったのなら伝えたくなるんですよね。

留学中、私は、冬休みの期間を活用し、単身でウガンダへ渡航することを決めた。学生団体での活動やアメリカでの学びを通じて国際協力への関心は高まっていたが、まだ具体的なキャリアやビジョンを描くには至っていなかった。それでも、漠然と「国際協力の分野で生きていきたい」という思いだけは確かにあった。」(p.96)

アフリカ諸国の中でウガンダを選んだ理由は、「子ども兵」の問題に迫りたいという思いがあったからだ。子ども兵という「労働」は、国際労働機関による「最悪の形態の児童労働条約」によって、売春や債務奴隷などと並び「最悪の形態の児童労働」として定義されている。」(p.96)

国際ボランティアの経験から国際協力の分野で働きたいと思われた原さんは、子ども兵に関心を持ったことからアフリカに関わることになったようです。

それから9年が経った今も、私はアフリカに足を運び続けている。アイーシャとの出会いが、私をこの大陸に引き寄せ、深く関わらせることになったのは間違いない。彼女が語ってくれた苦難の物語は、私の心に深く刻まれ、私の人生を大きく変えるきっかけとなった。」(p.107-108)

アイーシャというのは、12歳で反政府ゲリラによって誘拐され少女兵にされた女性です。厳しい生活の連続や戦闘に参加を強いられるだけでなく、兵士と結婚させられて子どもを産むことも強制された。そんなアイーシャとの出会が、原さんをアフリカに留めるきっかけとなったようです。

進路について考える時、頭で理屈をこね回し、自分を納得させるのは簡単だ。しかし、そこで本当に重要なのは、心が本当に納得し、胸が高鳴るかどうかだ。
 どんな進路を選んだとしても、絶対的な正解など存在しない。自ら選んだ道を、自らの行動で正解にしていくしかないのだから。ならばこそ、人生を懸けてもいいと、心から納得できる道を選びたい。そんな強い思いが、私の心に静かに湧き上がってきた。
」(p.116-117)

こうして原さんは、南スーダン難民を支援するNGOを自ら立ち上げるという道を選ばれました。

たしかに、現地での支援活動は尊く、今この瞬間に困っている人々を救うことには大きな意味がある。それは疑う余地のない事実だ。しかし、目の前の一人を救うだけでなく、世界中の困難に直面するすべての人々を救いたいと願うならば、私一人の力では到底及ばない。もっと大きな「うねり」を生み出す必要がある。世界の変革は、一人の力ではなく、多くの人々の意識と行動によって成し遂げられるものだからだ。「私」が世界を変える主語であってはならない。

 だからこそ、私は決意した。アフリカをはじめとした世界の現状を広く伝え、多くの人々に関心を向けてもらうことで、共に世界を良くする仲間を増やしていこう。この時の決意は、私が現地での支援活動から「伝える」という仕事へと転じていく大きなきっかけとなった。
」(p.124)

支援活動をしてきた原さんの中には、やはりそれではもどかしいものがあったのですね。そして、原さんが最初に感じていた「伝える」という仕事、ジャーナリストの仕事に変わることになっていったのです。


休職してから数週間が経ち、ようやく外に出られるようになると、朝からゲームセンターに入り浸り、何時間もコインゲームに没頭する日々が始まった。目の前のゲームに集中することで、嫌な記憶や感情から一時的に逃避できる気がしたからだ。」(p.135)

自ら立ち上げたNGOで支援活動を続けた原さんは、様々なプレッシャーから適応障害を発症し、起き上がれなくなってしまったそうです。そんな原さんが救いを求めたのがゲームだったとか。
ここを読んだ時、私の記憶が蘇りました。そう言えば私も大学生の頃、進むことも退くこともできずに悶々として引きこもりになり、夜な夜なゲームセンターに入り浸ったことがありました。当時は50円で1回できるテレビゲーム。あの集中できる時間が救いだったのです。

逆説的に聞こえるかもしれないが、弱さを受け入れることで、人は強く生きられる。なぜなら、弱さは誰かと互いに補い合うものだからだ。自分の弱さを正しく認識することで、周囲の人々と上手に助け合うことができるようになる。
 競争原理が支配する現代社会では、多くの人が強さを誇示し、弱さを隠して生きている。しかし、実は弱さこそ、その人の替えのきかない魅力なのではないだろうか。ちっぽけなプライドを捨て、悲しい時は悲しいと、苦しい時は苦しいと、素直に表現すればいい。重要なのは、自己肯定ではなく、自己受容なのだ。
」(p.140)

適応障害になった原さんは、けじめとして自ら設立したNGOを離れることにしたそうです。
私も、自らの人生を再出発させようとして、ハマっていた新興宗教の団体と決別し、大学を辞め、新たに他の大学に入学し直すことを決めました。そのことはブログ記事の「新興宗教にハマりました」などで書いています。原さんと同じではないのですが、なんだか親近感を覚えました。


コンゴでの紛争やそれに伴う苦しみは、決して私たちから遠い世界の出来事ではなく、私たちの生活と切り離せない形でつながっている。
 だからこそ、こうした問題を根本的に解決するためには、現地での支援活動にとどまらず、問題の実情を広く伝えることが不可欠だ。誰かを救おうと手を差し伸べる前に、その誰かを無意識のうちに私たち自身が踏みつけてはいないか、自分たちの足元に目を向け、問題の本質を見極めなくてはいけない。問題を世界中の人々に伝え、私たちの意識と行動を変えることこそが、より大きな変革を生み出し、問題の根本的な解決を導く鍵となる。
」(p.162-163)

社会問題に対して多くの人々が関心を持ち、深く考えてもらうために、私は何よりも「事実」を伝えることが最も重要だと信じている。意見や信念を表明することは避け、あえて距離を置く。それは、社会問題に対しての無関心や反発を避けるための方法でもある。」(p.163)

最初に書かれていた「鳥の目」と「虫の目」ですね。物事はすべて多角的ですから、一方的な見方で報じれば、問題解決から遠のいてしまうことがあります。昨今のオールドメディアの凋落は、まさにこのジャーナリズムの本質を忘れた結果としか思えません。

私が目指すのは、受け手に社会問題を「自分事」として捉えてもらうことだ。そのためには、受け手自身が考える時間を持つことが必要不可欠だと信じている。誰しもが考える力を持っているからこそ、私は意図的に事実「だけ」を伝えることに徹している。」(p.164)

このようなことを書くと、「そもそも事実とは何か?」という疑問が生じるかもしれない。
 たしかに、これは難しい問いだ。事実というものは、見る人の視点や立場によってさまざまな解釈が生まれる。哲学者ニーチェも「まさしく事実なるものはなく、あるのはただ解釈のみ」と述べているように、私たちがどう捉え、どう伝えるかによって、事実の姿は変わり得る。
 しかし、私がここで強調したいのは、解釈があるからといって、事実の価値が損なわれるわけではないということだ。むしろ、異なる視点や解釈を持ち寄ることで、事実の多層的な理解が可能になる。
」(p.166-167)

事実と向き合う際には、「その事実がどの視点から切り取られているのか」を常に意識することが重要だ。視点を変えることで、同じ事実でも全く異なる意味や解釈が生まれることがある。」(p.167)

多くの人は、「事実」そのものだけでなく、「事実」と「解釈(解釈した事実)」との区別ができていないと思っています。
たとえば「群盲象を撫でる」の故事にあるように、象を触ったら太い円柱のようなものだった、という事実は、単に足を触ったからです。象を触ったらぐにゃぐにゃした太いホースのようなものだったというのも、単に鼻を触ったからです。それぞれは「事実」であっても、真実の象を表してはいません。部分的な「事実」と全体的な「事実」は違うのです。
さらに、その事実をもとにした解釈は、事実とは別物です。触ったら太い円柱だということが一部の事実だと思っていたら、それが全体的な象を表すかどうかはまだわかりません。けれども、触った一部の事実だけで、それを象だと解釈したのです。

こういうことを利用してメディアの多くは、報道しない自由を行使すること、つまり事実の一部を報道することで、特定の解釈を流布して視聴者を洗脳しようとしています。
意図的にそうしていないとしても、自分が切り取った事実が全体を反映しないことはあるのです。もし、そのことを前提にするならば、原さんのように謙虚に事実を伝えるという姿勢が、ジャーナリズムの基本ではないかと思いました。

この新しい取材方法は、特に貧困地域や紛争地でその真価を発揮し、コンゴでの取材は、従来の枠に囚われない多面的な報道を生み出すことが出来た。テーマに縛られず、現地の声を拾い上げることで、視聴者にとってよりリアルで臨場感のある映像を届けられる。
 この「現地をありのまま伝える」スタイルこそ、私がこれからも目指していくべき方向性だと確信した。
」(p.184-185)

あらかじめテーマ(結論)を決めて、それを訴えるのに補強できる事実だけを拾っていくというのが、今のテレビなどがやっている手法ですね。原さんは、そういうオールドメディアの報道手法とは一線を画して、独自のと言うか、本来あるべきジャーナリズムのあり方を追求しておられるようです。


1993年、あるカメラマンが撮影した1枚の写真が、「なぜ、ただ撮影するだけで、助けないのか?」という疑問を世界中で巻き起こした。
『ハゲワシと少女』という写真をご存知だろうか。1993年、南アフリカの写真家ケビン・カーターがスーダンで撮影した1枚だ。飢餓に苦しむ幼い少女が倒れ込むように地面にうずくまり、その数メートル後方には彼女を見つめるハゲワシが立っている。今にも命が尽きそうな少女と、その背後に迫る死の象徴であるハゲワシ−−この衝撃的な構図は、1993年3月26日付のニューヨーク・タイムズ一面に掲載されるや否や、またたく間に世界中で注目を集め、アフリカの飢餓問題を象徴するイメージとして広がった。
」(p.190-191)

ピューリッツァー賞を獲得したこの写真で、カーター氏は一躍有名になりました。しかし、このバッシングが原因で彼は精神的に不調をきたし、不幸な最期を遂げたのでしたね。

ジャーナリズムには、「公平性を保つこと」や「取材対象に過度に介入しないこと」という重要な指針がある。これらの指針は、報道が偏らず、広く信頼されるための基盤だ。感情に流され、その場で支援を行えば、報道の客観性が損なわれる危険性がある。事実をありのままに伝えることが、より大きな影響を生むための第一歩なのだ。
 目の前の数人を救うことには、その瞬間には確かな価値がある。しかし、事実を広く伝えることで、結果的により多くの命を救うことができるという考え方もある。
」(p.195-196)

なぜ助けないのだ!?とジャーナリストを責める声がありますが、私は、考え方は人それぞれだと思うのです。

本当に意味のある支援とは、よく言われるように「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えること」にある。つまり、支援を提供する者がその場から去った後も、現地の人々が自立した生活を送ることができるような支援が求められる。
 しかし、この「魚の釣り方を教える支援」は、決して容易なものではない。現地の文化や価値観、社会構造を深く理解し、適切な方法でアプローチする必要がある。それには時間と労力がかかり、試行錯誤を重ねることも求められる。
」(p.198)

緊急避難的に物を与える支援は必要ですが、本当の支援は、その人たちが自立できるようにしてあげること、支援無しで暮らせるようにしてあげることだと思います。
しかし、それは言うは易く行うは難しなのですね。でも、だからこそ、それぞれの人がそれぞれの価値観で動いて試行錯誤を繰り返すことが重要だと思います。そのためにも、価値観が違う人のことを安易に責めないことが大切ですね。


安全で快適な日本にとどまり、それなりに幸せな生活を送る選択肢もあるはずなのに、なぜ私はこんな仕事を選んでしまったのかと、自問自答することもある。そのたびに「誰かがやらなければならないことがあるなら、その誰かに自分がなってやろう」と自らに言い聞かせる。恐怖も葛藤も消えることはないけれど、何度倒れても、また前を向こうと決心する。」(p.213)

ここを読んだ時、私と似ているなぁって思いました。私もある時、どうせ誰かがやらなきゃいけないことなら、逃げることを考えるんじゃなく、積極的に自ら進んでやるようにしようと決めたことがありました。だって、逃げて他人にその役割を押し付けたところで、何だかいい気がしないのですから。そういう自分らしくない自分を正当化しようとすることも、とっても嫌だと思ったんですよね。
だから、損を引き受ける覚悟を決めたのです。アニメの「宇宙戦艦ヤマト」の歌詞にもあるように、「誰かがこれをやらねばなぬ 期待の人が俺たちならば…」という心境です。この歌を聴くと、いつも涙がこぼれます。まぁ、私が決めたのはせいぜい、グループで誰がリーダーになるのか、程度のことでしたけどね。


私の周りには、アフリカで活躍している友人や知人が少なくない。その多くが、「日本では社会不適合者のように見られていたけれど、アフリカに来てからは生きやすくなった」と語る。彼らは、アフリカという地で自分らしく生きられる居場所を見つけたのだろう。」(p.227)

これも共感します。私もタイで暮らしたことで、同じようなことを感じたからです。原さんも、日本で行きづらい人にアフリカに来ればいいと誘うことがあるようですが、私もタイに来たらいいとよく言っていました。

一方、ウガンダでは不確実性が日常の一部となっている。渋滞や停電は珍しくなく、予定通りに進まないことが前提の文化が根づいている。そのため、時間管理も日本ほど厳密ではなく、生活の中に自然と「余白」が生まれる。」(p.230)

タイもそうです。雨が降れば雨宿りをするしかなく、時間を守るのはムリ。スコールですからびしょ濡れになっちゃいます。また、バンコクでは渋滞が前提だから、お酒の席の待ち合わせでは、先に着いた方が飲みながら待つのがふつうでした。

一方で、標準化が進んだ日本社会では、「こうあるべき」という価値観が強く根付いている。
 近年では、多様性を尊重するはずの「ポリティカル・コレクトネス」すら、新たな「正しさの標準」として普及しつつあるように思う。本来、「誰も傷つけない」という理念に基づいた取り組みであるはずが、「これが正しい多様性のあり方だ」という一律的な枠組みが形成され、かえって人々の考えや行動を窮屈にしている場面も見受けられる。
」(p.237)

さらに、現代の日本社会では「コンプライアンス」という名のもとに、法令を守る以上の過剰な意識が広がりつつある。
 もちろん、法令遵守は社会の秩序を保つうえで不可欠だ。しかし近年では、倫理観や公序良俗といった曖昧な社会規範にまで過剰に気を配る風潮が見られる。
」(p.238)

たしかに、そういう一面が感じられます。「差別」だからと「言葉狩り」をする風潮も、私にはやり過ぎだと感じます。言葉そのものには意味がないことが多く、それを使う側の意識の問題だったり、受け取り手の感じ方の問題だったりするからです。教員実習で担当の先生から「「人格」という言葉は差別用語だから使わないように」と言われたのは衝撃的でした。「人」に「格」はないのに、あると認めている言葉だからだと。

一方で、アフリカの社会には、こうした「凸凹」がそのまま受け入れられるような柔軟性があると感じる。例えば、ウガンダの市場でのやり取りや、時間に縛られない人々の生活態度には、一律に整えることよりも、それぞれの状況や個性を尊重する文化が根づいているように思う。
 この「揺らぎ」や「幅」のある社会では、多様な人々がそれぞれの形で存在できる余地がある。それが結果として、生きやすさや人間らしさを支える要因になっているのではないだろうか。
」(p.239-240)

私は、タイで自由を感じることができました。それは、「こんな生き方でもいいんだ」という気付きがあったからです。それまで日本で培ってきた「かくあるべし」「かくあらねばならない」という当たり前のように思っていた前提が崩れたのです。
日本人から「タイの〇〇の相場はいくら?」と標準価格を尋ねられることがよくありましたが、そのたびに私は「ピンキリだよ」と答えていました。バス代も電車代も一律ではありません。同じ料理だって、どんなところで食べるかで雲泥の価格差があります。その多様性をタイは包含していたのです。


ウガンダの友人はそんな日本社会を「メンタルの貧困」と指摘した。彼女の言葉を借りれば、日々の生活の中で意思決定の機会が奪われることで、主体的に考える力が少しずつ衰え、創造性が失われているのだという。」(p.242)

もう一つ、日本で主体性が奪われていると感じたのは、コロナ禍のマスク着用だ。感染拡大を防ぐためのマスク着用は理解できるが、無人の公園でもマスクを外さない人々を見た時、「マスクを着けなければ」という基準が目的化し、「何のために」という問いが置き去りにされているように思えた。ただ基準に従うだけの行動が、いつの間にか当たり前になっていたのではないだろうか。」(p.242-243)

まさにそうだと思います。非科学的な対策を強要し、それをしなければ非国民であるかのように責め立てられましたね。日本人の精神的な貧困性と言うか、寄らば大樹の陰という思考を感じて、生きづらい社会だなぁと思いました。


経済発展が進んだ日本では、日常生活の中で「死」を意識する瞬間は少ない。もちろん、自分や身近な人が末期の癌を患っていたり、医療従事者としてコロナ禍の最前線に立たれていたりした方にとっては、死は身近なものかもしれない。しかし、多くの人にとっては、「明日自分が死ぬかもしれない」と考えることは稀であり、「死」を意識する機会そのものが少ないように思える。」(p.250)

確かなことが一つある。これまでに死を免れた人は誰一人としておらず、私たち全員が致死率100%の運命を背負っている。
 現代の生活では、死の存在が遠ざけられ、私たちの日常からその姿がほとんど見えなくなっている。しかし、私も、あなたも、そしてあなたの大切な人も、例外なくいつか必ず死を迎える。
」(p.251)

私が個人的に接した死は、私が小学生の時に亡くなった父方の祖父母だけです。母方の祖父母は、私が大学生で離れて暮らしている間に、いつの間にか亡くなり、遠いからという理由で葬式にも参列しませんでした。でも、父方の祖母が自宅で亡くなったこともあり、死を身近に感じられる経験があったと言えます。
しかし現代では、病院で死ぬことが増えたこともあり、死ぬ瞬間や死んだ直後を経験しない人も多いようです。老人介護施設でも死を間近に見てきましたが、他の利用者様には知らせないよう配慮されました。私はそのことに違和感を感じました。知らせて、それぞれが感じたいように感じさせればいいのに。そう思ったのです。

生と死は、単純に対立するものではなく、むしろ連続したものだ。生の延長線上に死があり、それは生の終わりであると同時に、生の価値を鮮やかに浮かび上がらせる存在だ。」(p.251-252)

お勧めしている「神との対話」でも、死は生の地平線だと言っていますね。生の終わりが死ではなく、お割のように見えるのが死なのです。つまり、幻想なのです。けれど、真実ではないとしても、生に限りがあると思わせてくれるからこそ、死の価値があるのです。

ウガンダの友人の言葉が深く心に刻まれている。彼は毎晩、「今日1日を生きられたこと」に感謝するのだそうだ。かつて極貧生活を経験していた彼は、「もしかしたら明日は生きられないかもしれない」という現実と向き合いながら日々を生きてきた。
 胸の奥に静かに、しかし深く響くその言葉には、命の儚さを知るからこその重みがあった。そして、そうした意識があるからこそ、過去や未来に囚われることなく「今」に集中し、与えられたものに感謝しながら、現在を精一杯生きる力が湧いてくるのだという。
」(p.252)

私も、いつも今日が最期の日かもしれない、という思いを忘れないようにしています。私自身だけではなく、妻と一緒の日も最後かもと、毎日毎日考えるのです。


アフリカの貧しい地域を訪れた当初、私も「ないもの」ばかりに目が行った。整備されていないインフラ、不十分な医療環境、限られた教育機会−−目に映るのは課題ばかりだった。
 しかし、現地での日々を重ねるうちに、厳しい暮らしの中にも確かに「あるもの」に目が向くようになった。そして、アフリカの人々が大切にしている価値観の中に、日本人が学ぶべき教訓があることに気づかされた。例えば、目の前の1日1日に感謝しながら、現在を精一杯に生きる姿。便利さや効率を追求する現代社会とは異なる価値観が、彼らの生き方を支えているように思えた。
」(p.255-256)

私もタイで最初は、日本の良さを広めることがタイのためになると思っていました。しかし、なかなか思い通りに動いてくれないタイ人たちを見ているうちに、ふと「日本人が来る前だって彼らは彼らなりに上手くやっていたんだよな」という思いが湧き上がりました。こういうやり方でも彼らにとってはOKなんだと思えるようになってから、私はより自由になれました。
そして、自由になってから振り返ると、日本がいかに窮屈な社会だったかがわかりました。日本社会はタイ社会に学ぶべきことがある。そう感じたのです。同じようなことを、原さんも思われたのですね。


本書は、アフリカの実態とか、アフリカ社会の課題を訴えるものではなく、著者の原さん自身がどういう思いを経て今に至ったかを説く中で、アフリカだけでなく、日本だけでなく、世界全体の問題点を浮き彫りにし、その解決に向けた方策を示した内容になっていると感じました。
私は、私なりのやり方でその課題に取り組んでいます。原さんもそうでしょう。さて、みなさんはどうでしょうか? ぜひ本書を読んで、その取り組みに役立ててください。

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2025年03月16日

ミレイと自由主義革命

MILEI ミレイと自由主義革命 世界を変えるアルゼンチン大統領【電子書籍】[ ニコラス・マルケス ] - 楽天Kobo電子書籍ストア
MILEI ミレイと自由主義革命 世界を変えるアルゼンチン大統領【電子書籍】[ ニコラス・マルケス ] - 楽天Kobo電子書籍ストア

国家財政が破綻して、ハイパーインフレに苦しむアルゼンチンに救世主が現れた。それがミレイ大統領です。
オーストリア学派の自由主義者であり、「小さな政府」を掲げて、その通りに国家運営をしていますが、ハイパーインフレが止まり、奇跡の経済成長が期待されています。

そんなミレイ大統領に関する本を翻訳したということで、さっそく買ってみました。
これまでほとんど知られていないアルゼンチンのこともあるし、自由主義がほとんど理解されていない日本において、こういう本が出版されるということそのものが奇跡的なことではないかと思います。
著者は政治アナリストのニコラス・マルケス氏とラジオの司会者でもあるマルセル・ドゥクロス氏。第一部はマルケス氏による「アルゼンチンの近現代史」と「ミレイの登場と躍進、そして大統領選挙」という、アルゼンチンの政治経済の流れをまとめたものです。第二部はドゥクロス氏による「ミレイと自由主義思想、特にオーストリア学派経済学」というテーマです。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

ハイパーインフレの懸念があったインフレ率は18%(卸売の年間インフレ率)まで下がり、失業率は6.9%、貧困率は38.5%(以前の54.3%から改善)、困窮率(ホームレスに近い生活困難者)は8%(以前の20%から改善)にまで減少し、実質賃金も上昇しています。(以上、2024年12月末時点)。
 この背景には、長年の社会主義政策で恩恵を受けてきた既得権益層の激しい抵抗をものともせず改革を進める「実行力」、わずかな議席数(上院7人、下院38人、知事ゼロ)という少数勢力でありながら他党の協力を取り付ける「調整力」、そしてアメリカの新大統領トランプやイーロン・マスク、イタリアのメローニ首相など世界の有力者から支持を得る「外交力」といった、ミレイ自身の高い政治力があることは間違いありません。
」(p.@)

実は、日本には自由主義者がほとんど存在しません。また、オーストリア学派の経済学もほぼまったく知られていません。このことが、日本が衰退している原因のひとつでもあります。」(p.B)

「はじめに」で、本書を翻訳して日本に広めようとした自由主義研究所の藤丸順子(ふじまる・じゅんこ)さんはこのように、アルゼンチンのミレイ大統領のことを紹介しつつ、日本の不甲斐なさを嘆いておられます。

アルゼンチンの国家主義の最近の失敗から、日本は何を学ぶことができるでしょうか? それは、世界のどの国も、いかに強大で、裕福で、発展していても、将来が保証されているわけではないということです。国家が肥大化し、増税し、個人の自由を規制し、福祉を個人の成長に置き換えると、どんな大国でも崩壊する可能性があります。アルゼンチンで起こったことは、すでに世界の他の地域でも起こっているのです。
 ミレイの自由主義革命の勃発は、アルゼンチンにとって歴史的な好機であるだけでなく、世界全体にとって、うまく機能する考え方と、体系的に失敗する考え方があることを思い起こさせるものです。
」(p.ⅺ)

「日本語版へのまえがき」の中でマルセル・ドゥクロス氏は、今、目の前で起こっているアルゼンチンのミレイ現象が、日本だけでなく世界に役立つと言っています。


ミレイのプロジェクトは大統領選挙から始まったわけではない。彼は、退廃の根本原因は「文化の退廃」であり、それが具体的な結果として「経済の退廃」に現れていると考えた。そして、ミレイは「文化の戦いに勝利し、文化の退廃を阻止したい」と強く思ったのだ。これが出発点であり、これこそが重要なのである。ミレイはリバタリアンの経済学者として、問題の根源が文化にあると判断した。アルゼンチンの経済的惨状は、肥大化した無秩序な「国家介入主義」の産物であり、単なる経済政策の転換だけでは解決できないと考えたのだ。同時に、その略奪と惨状を維持してきた「政治カースト」の覇権的・社会主義的な枠組みを撤廃する必要がある。」(p.3)

「序文」においてアグスティン・ラへ氏は、ミレイ大統領の改革の本質をこのように言っています。


しかし、ミレイには他の人たちとは明らかに違う点があった。それは彼のカリスマ性である。つまり、ミレイの人柄や型破りな行動が持つ説得力、最も政治的にタブーな話題にも果敢に切り込む勇気によって、多くの国民にとって魅力的なキャラクターになったのだ。その結果、ミレイをゲストに招いた番組は軒並み高視聴率を記録し、ミレイは市場原理によって主要メディアに一気に浸透し、人気のパーソナリティとなった。」(p.4)

型破りなミレイ氏が大統領になった背景には、メディア受けしたことや、キャラクターが国民に受けたことがあったようですね。

経済問題では、ミレイの文化の戦いの焦点は、「社会正義」という名の下で強制的な再分配を行う政治カーストの欺瞞を打ち砕くことだった。この名の下で国家は膨張し、公共支出は拡大し、公職、特権、規制、顧客主義、汚職は増加し続けたのだ。」(p.6)

社会主義的な政策によって国家財政が肥大化し、そこに群がる公金チューチューを養うことになっていた。今の日本も、まさにこの通りですね。


ミレイ「だから私は、人生とは学ぶことだと理解しているのです。私に起こったすべての出来事を、泣くための言い訳として受け止め、そこから教訓として受け止め、それを活かして学び、前進することもできるのです」
私「何か特別な失敗(恋愛・人間関係・仕事など)で、心に残り、生涯の教訓となるようなものはありましたか?」
ミレイ「いいですか、なにかに挑戦する人は皆、失敗も人生の一部だと考えなければなりません。
」(p.56)

その意味では、人生は成功と失敗の繰り返しであり、大切なのは失敗からも成功からも学ぶことです。すべてが学びであることを理解すれば、あることを成功や失敗と定義することは非常に難しくなります。本当の失敗は、失敗から学ばないこと。つまり、自分の身に起こることは、学ぶために起きおるのです。それを活かして学ばなければ、同じ失敗を繰り返しますし、それはあなたの身に何度も起こることになるのです」」(p.56)

これはニコラス・マルケス氏によるインタビューだと思われますが、ミレイ氏は実に深遠な真理を理解しておられるようです。


「私は正直な人間です。たとえ非常に不快なことだとしても、常に真実を話す人間、私は心地よい嘘よりも、不愉快な真実を好むのです。つまり率直なのです。あなたが好きか嫌いかはわからないが、私はそういう人間なんです。いつだって本当のことを話す。それが私の生き方で、変えようがないんです。でも、それこそが、政治カーストと私との大きな違いなのです。正直に向かい合い、嘘をつかない。だからといって、私が間違いを犯さないわけじゃないし、私は完璧でもない。ただ、自分の価値観に忠実に一貫して行動することで、気持ちよく生きられる。平和に眠れる。自分を責める必要がないから。私は正しいと思うことをするだけです。」(p.101)

インタビューに答えたミレイ氏の言葉の一部ですが、私は、政治家は正直であることが何よりも重要だと思っています。他人を操作しようとして嘘をつけば、その嘘を隠そうとしてさらに嘘を重ねることになり、自分自身は良心の呵責を感じながら「仕方ないのだ」と言い訳をし、その嘘で騙された人も幸せにならないのです。


自由とは、抽象的な意味や拡散的な意味ではなく、「個人に対する強制がないこと」を意味している。基本となる考え方は、「他者の生命や財産を侵害しない限り、人は自分の人生で自分の望むことをする権利がある」ということだ。多くの人がこれ自体には賛同するだろうが、他者を犠牲にしてまで生きる権利はないという問題も提起される。」(p.171-172)

自由とは強制されないことですが、自由と自由がぶつかることもあります。その場合、生命や財産を侵害してはならない、というルールは守られるべきだと言うのですね。

ミレイ氏は、堕胎に反対しています。その理由は、胎児であっても1つの生命だと認める立場からです。つまり、親の自由を行使するために胎児の生命(自由)を奪うことは許されないという考えなのです。
私は、これは一理あると思いました。しかし、たとえばレイプされた女性は、それでも産み育てなければならないのでしょうか? たとえ愛情を注げなくても産むことが、胎児のためになるのでしょうか?
これは、一概に「これが正解」とは言えない問題だと思います。胎児を「自由を認めるべき生命」とするかどうか、という議論もあるかと思います。私は、もし胎児の自由を認めるのであれば、親には産むまでは仕方ないとしても、育てる義務からは解放すべきだと考えます。
その考えを拡張すると、産んだから育てるのが義務という考え方も、見直すべきではないかと思っています。人は自由なのですから、相手の生命を奪わない限り、自由にさせるべきです。育てたくない人は、子どもを社会に預けて、全体で育てる仕組みがあってもいいと思うのです。


税金の徴収を窃盗と結びつけることに抵抗を覚える人はいるかもしれないが、これは十分に議論する価値がある。なぜなら、資源の移転には、「自発的な移転」と「強制的な移転」の2つの方法しかないからだ。自発的な移転とは、売買や贈与、自由意思に基づく融資、寄付など、自分のお金や資源をどう使うか自主的に決定する場合をいう。一方、強制的な移転には、窃盗、恐喝、そして徴税のことをいう。こうした2つのカテゴリーに分けるならば、もし国家を泥棒と呼びたくないとしても、少なくとも徴税が強制的な移転に該当することは認めざるを得ないだろう。」(p.182-183)

税金とは国家による搾取であり、窃盗だと言うのですね。たしかに、自発的な贈与ではないのですから、窃盗と同じでしょう。
お勧めしている「神との対話」では、進んだ社会では人々は自発的に所得の10%を社会のために寄贈するとありました。理想的には、そういう社会でありたいものだと思います。


なぜなら、中央銀行による金融政策は、そもそも成功の見込みがないからだ。市場プロセスは常に変化しており、貨幣需要のデータ収集を無意味なものにする。もし官僚が必要な情報を入手できたとしても、すでにその情報は古くなっており、新たなプロセスが進行しているからである。したがって、仮に政治家たちが中央銀行の通貨発行により利益を得ようとしない場合であっても、マネタリーベースを人々の需要以上に拡大するならば、その政策は失敗することになる。その一方で、もしマネタリーベースを個人需要以下に引き下げるとすれば、同じようにそれは失敗する。そして、たとえ奇跡的にマネタリーベースの拡大が正しく行われ、目標達成に成功したとしても、「そもそもなぜ市場に任せず、中央銀行がわざわざ介入を行ったのか?」という疑問は依然として残る。」(p.189)

このように、中央銀行による金融政策は無意味だとして、中央銀行不要説を唱えています。
これについては、一定の理解はできるのですが、だったらどうやって通貨発行をするのか? という疑問が残ります。そこは私の勉強不足の部分だと思っています。
もちろん、異次元の金融緩和によってもインフレに振れることがなくて、さらに異次元の金融緩和を進めた結果、円がダブついて円安になっているという現実があります。そして物価高になって庶民が苦しんでいますが、日銀も政府も有効な手を打てていません。インフレやデフレを都合よくコントロールすることはできない、というのが歴史的な真実かと思っています。


古典的自由主義の基本理念とはなにか? 「私有財産の尊重」「個人の自由と責任」「他人に危害を及ぼさない限り国家が介入すべきではない」「官僚機構は治安と司法(安全と正義)の提供に専念する」というものだ。
 ミレイは、政治家の手から離れた効率的な配分メカニズムがあれば、最も困窮している人々への医療と教育に関する再配分政策の維持にさえ賛成してきた。
」(p.228)

自由主義と言うと、弱肉強食の競争社会で弱者切り捨てをイメージするかもしれません。しかし、ミレイ氏は弱者保護も最大限に考えていることが伺えます。ただしそこに、政治家による恣意的な補助政策は介入させないのです。
本書では語られていませんが、私はベーシック・インカムこそが、効果的な再配分方法だと思っています。これなら恣意的な選別は不要ですから。

さらに言うと、アルゼンチン政治史においてミレイの思想に最も近い先例は、保守的な政党ではなく、社会党の初期に見られる。社会党の創始者であるフアン・B・ジュスト(1865-1928)は、国際貿易の支持者であり、中央銀行の創設を断固として反対していた。彼の考え方は、労働者の権利と福祉を守るものであった。また、彼は世界の常識(現在のほとんどの議員よりも一般的な感覚に沿って、次の2つの予言的な問題を指摘していた。
(1) 輸入制限の危険性
もし輸入が制限されれば、海外から商品を買うことができないアルゼンチン国民は、国内の事業家たちから高価で低品質の商品を買うしかなくなる。(輸入代替モデルの失敗により、この指摘は正しいことがわかった)。
(2) 通貨の独占の危険性
もし国家が通貨を独占すれば、財政赤字と無秩序な通貨の増発が発生し、固定所得の労働者を直撃するインフレを生む。ジュストが提案したのは、紙幣印刷機から政治家を遠ざけるための金本位制であり、これは「過激なリバタリアン」と同じ考えだ。
」(p.229)

これは、今の日本の状況に似ていますね。関税が高くて品質の良い海外のお米を輸入できなくて、高いお米を買わざるを得なくなっています。ますます米離れは進むでしょう。いったい誰が得をするのでしょうか?
そして、異次元の金融緩和やコロナ禍による異次元の財政支出によって円がだぶつき、物価高が進行しています。所得が上がらない庶民が困る現実が現れています。

また、トランプ大統領の保護主義政策も、ミレイ大統領の自由主義とはまったく違うもののようです。関税を上げると脅して思い通りにしようとする恫喝外交は、破綻するように思います。


実際、与党に抵抗する多くの野党の有力者たちは、これまでの政治モデルは使い尽くされており、そして解決策がミレイの指摘にあることをオフレコでは認めている。しかし彼らは「現状は一朝一夕には変えられない」とし、リバタリアン(ミレイ)が今日までに達成した以上の「より大きな政治的コンセンサスが必要」という信念に固執している。しかし、それには特権を失いたくない既得権益層との大規模な交渉が不可欠である。したがって、改革を一挙に断行しようとする「オール・オア・ナッシング」の戦略は、決して無責任ではなく、むしろ現状では唯一実行可能な改革のアプローチだと言える。」(p.233-234)

答えは出ているのだから、ぐずぐずと改革を遅らせていても、状況は何も変わらないと言うのですね。だから、根回しをしていたらできないので、一気呵成に改革を断行すべきだと言うのです。アメリカではイーロン・マスク氏の改革が、まさにこういう手法かと思いました。


完全に誤りなのは、「輸出を増やし、海外で競争力を持つには通貨安が不可欠」という理論だ。競争力は資本効率や技術の高度化、生産性といった要素に関係しており、為替レートとは何の関係もない。そうでなければ、あらゆる国が日本の技術製品やスイスのチョコレートを輸入しないはずだ。さらに、もし世の中に広く信じられているこの残念な「通貨安」理論が正しいのであれば、アルゼンチンはすでに世界で最も豊かな国になっていたに違いない。」(p.247)

日本は輸出立国だから円安がいいのだと言う人がいますが、ドゥクロス氏は完全否定しています。私もそう思います。昔のように安かろう悪かろうの製品を輸出するには、円安が効果的だったかもしれませんが、それで社会の経済が良くなるわけではありません。良いものだから多少高くても買う、高ければ高いほどブランド力が高まる。それが真実の姿だと思うのです。日本の車は、そのくらい価値があるものではありませんかね?


「講演は無料ではありませんでした。施設使用料や講演者への謝礼が支払われたはずで、実際には多くのコストがかかっているのです。つまり、結局は参加しなかった人が、この『補助金』の負担を強いられているのです」と強調した。
 政治家の裁量で振り分けられる公的資金が関わるものには、いずれ必ず政治化してしまう。これは過激派アーティストへの助成と同様に、文化関連の公的機関においても起こり得ることだ。
」(p.261)

奈良県でも公金を投じて韓国のアーティストを呼ぶ企画がありましたね。中止になったようですが、こういうことがたくさんあります。公金を使うということは、みんなが支払っているということです。それが理解できない人が多いように思います。


「市場の失敗」が存在するため、政府が規制や再調整をしなければならない−−こうした考え方は、社会民主主義からいわゆる中道右派に至るまで広範な政治主流派に深く浸透している。実際は、着飾った身奇麗な左翼の理想的な共犯者にすぎないのだが、どの政府もこの誤謬を受け入れ、問題の「治療」と称して病気よりも悪い対策を講じてしまう。結果として、問題解決を狙った政治的介入は、何も治さないばかりか状況をさらに悪化させるという過ちを繰り返してきた。」(p.273)

しかし、そうした介入が行われると、市場が本来もたらすシグナルは歪められ、状況はかえって悪化してしまう。そもそも市場は完全でも不完全でもなく、そうした次元で分析すべき対象ではない。市場に「失敗」を見つけようとする行為自体が、そもそも探す必要のないものを探すという誤りにつながる。市場とは、あくまで個々人の多様な嗜好や選好が絶えず反映される「協調と調整のプロセス」にほかならないのだ。」(p.273)

日本でも、国民民主党や維新の会など、まるで自由主義であるかのような主張をしていますが、実態は「大きな政府」を目指す社会主義政党だと思っています。与党はもちろんのこと、野党もすべて、介入主義を捨てていないのです。これは、エリートである自分たちがコントロールしないと社会は大変なことになるという漠然とした不安(恐れ)から生じているのでしょう。
しかし、それが社会主義(統制主義)である以上、自由市場を歪めることになり、上手くはいきません。自由市場は、個々人の意思の総合であり統合です。したがって揺れ動くものです。揺れ動くからこそ、個々人の意思(考え)を絶妙に調整できるのです。

しかし、自由で自発的な交換こそが、取引のたびに双方に利益をもたらす唯一の仕組みである。だからこそ、買い手と売り手は取引が成立すると互いに「ありがとう」と言い合う。片方がお金を受け取り、もう片方が商品やサービスを受け取るときに、双方が感謝の言葉を交わすのだ。これは、一方が何かをして、他方が見返りを与えない状況下の「ありがとう」「どういたしまして」とは全く異なる。」(p.274-275)

自由市場では、互いが満足し、互いが得をしたと感じることができます。それが「取引」なのです。それが可能なのは、それぞれの価値観が違っているからです。それぞれが手放したものより取引で得たものの方が価値が高いと思うから、相手に対して取引に応じてくれたことを感謝するのです。


彼らがよく口にする常套句の一つは「市場経済が強化されるにつれ、資本の集中が進む」という主張だ。そこでは、金持ちはますます金持ちになり、貧乏人はますます貧乏になるという図式を裏付けるかのような統計データが提示される。しかしこれらは、嫉妬を原動力にした介入主義的集産主義の信奉者たちがいつも示す他のすべての統計と同じように、恣意的な数字にすぎない。

 ハビエル・ミレイが2024年2月、アメリカでの基調講演で指摘したように、1800年から現在にかけて世界の貧困率は95%から5%に低下している。私たちの実感とは異なるかもしれないが、事実として、世界は現在歴史上もっとも豊かな状態にあると言える。
」(p.276)

自由にさせれば富は集中するという不安や恐れから来る思い込みは、世界は昔より明らかに豊かになってきているという歴史が完全に論破しているのです。


自由で自発的な合意を前提とするならば、理論的にはすべての労働者が雇用される余地がある。もちろん、賃金の水準を決定する資本効率が低ければ、賃金はわずか一皿ばかりの食べ物程度になるかもしれない。この状況に「賃金が低すぎる」と国家が最低賃金制度によって介入すれば、生産性が最低賃金に達しない人々は労働市場から排除されてしまう。」(p.278-279)

私も以前は、最低賃金を上げれば貧困層は減ると思っていました。もちろん急激にではなく、徐々にですが。しかし、撤廃した方がいいという意見を聞いてなるほどと思い、持論を変えていました。
今ならはっきりと理解できます。最低賃金の制限があれば、そのコストに見合う労働提供力がない労働者を、事業主は雇いません。赤字になるだけですから。つまり、能力の低い人を労働市場から排除する制度が最低賃金制度なのです。

そこで政府は、強制的に能力の低い人を雇わせようとします。障害者雇用促進法などによって。けれども、そういうことをすれば事業主は、全体での人件費を適正化しようとします。つまり、能力の高い人の賃金を低く押さえて、能力の低い人の賃金に回すのです。
最低賃金という規制が、障害者(あるいは高齢者など)を雇えという規制につながり、全体として労働生産性を下げるような仕組みを市場に強制することになっているのです。


ミレイ大統領を批判する人々は、選挙戦において「リバタリアンが勝てば、燃料への補助金がなくなり、適正価格を支払わなければならなくなる」と主張し、まるでそれが重大な問題であるかのように騒ぎ立てた。これこそ、アルゼンチンでいかに「援助と不幸の文化」がはびこっているかを示す例である。私たちは、国家の支援なしに自力で進歩して対価を払うという夢よりも、施しによる安心感を優先してしまうのだ。この姿勢は、ポピュリズムが人々の精神を去勢することに成功した証拠である。」(p.280)

補助金がなくなれば自分たちが損をする。損をしたくないから補助金を求める。国民のこのクレクレタコラ精神と、それに迎合した政治によって、国民の自由と進歩が奪われます。

一人当たりの投下資本(資本化率)が上昇すれば、人々の暮らしは全般に向上する。そして、その恩恵を最も大きく受けるのは、いつの時代でも「最も困難な状況にいる人々」である。ある美食家の実業家はかつてこう語った−−「ステーキを食べるなんて、1日2枚が限界だ」。しかし、もしこの実業家がさらに100万ドルもの利益を上げ、そのおかげで新たな雇用が生まれ、多くの家庭が冷蔵庫を満たせるようになり貧困から抜け出したとしても、その新たな富を見て社会主義者は激怒するのである。妬みと恨みに駆られた政策は、政治家とその取り巻きだけを大金持ちにし、大多数の人々を抜け出せない惨状へと追い込み続けるだけなのだ。」(p.281)

資本(お金)は、お金を稼ぐ能力が高い人に集まるべきなのです。そうすればその人(事業家)は、資本を元にさらに価値を生み出し、世の中を豊かにします。社会の豊かさとは、社会のお金の多さではなく、社会に提供された価値の多さだからです。
しかし、お金を稼ぐ能力がないのに政治力によって特定の人にお金が集まると、そのお金は浪費されるだけであり、貧困者の救済には役立たないのです。貧乏人が責めるべきは金を稼ぐ事業家ではなく、稼ぐ能力もないのに政治的に金を得る公金チューチュー(利権に群がる人々)ではないでしょうか。


もし社会主義者のグループが自由社会の中で、自主的な結社として社会主義の前提のもとに暮らすことを望むなら、自由主義はそれを完全に許容する。自発的な関係性は、伝統的な雇用主とその従属関係にある被雇用者を意味するわけではない。なぜなら、自由主義の原則においては、他人に望まないことを強制しない限り、どのようなコミュニティを作り、どのように生きるかは個人の自由だからだ。ところが、社会主義はその逆を認めない。」(p.282)

自由主義の言う自由とは、他人を強制しない限りそれぞれの自由を認めるというものです。他人の生命を傷つけたり、財産を奪う自由は認められません。それ以外は自由です。しかし社会主義は、支配者が「これが正しい」と言うことに従わない自由を認めないのです。


自由主義者で市場原理を支持する層の間ですら、オーストリア学派の仮定を擁護する人々は、ある種の過小評価を受けてきた。その理由の一つは、両者の間に多くの共通点があるものの、オーストリア学派は「政府は経済分野で何もする必要がない」「経済学は、将来起こりうることを知るために必要なツールを持たない」という前提に基づいているため、ユートピア的だと見なされてきたことにある。理論的な欠点や疑問があるから過小評価されてきたのではない。「オーストリア学派の前提に反対する政府の利害関係者」に支配されている状況では、それが現実の政治・経済政策に適用される可能性はほとんどないからである。そもそも自分の権力と影響力を縮小しなければならないと説いてくる経済学者を、どの政治家が自ら招き入れようとするだろうか。」(p.289)

権力者(政治家)は、権力をふるいたいのです。その取り巻きは、利権によって経済的な恩恵を受けたいのです。それを否定し、そんな手腕を振るわなくても上手くいくと主張するのがオーストリア学派なのですね。
このことで私は、「鼓腹撃壌」という故事を思い出しました。中国の堯帝(ぎょうてい)の時代に、老人が腹つづみを打ち、大地を踏み鳴らし、歌を歌って天下泰平を喜んだという故事ですが、天主様がどうかなど自分には関係ないと老人は言います。そしてそれを聞いた堯帝は喜んだのです。政治が特に何もしないことで、国民が幸せでいる。これが理想かと思います。


要するに、人は皆「自分の幸福を最大化する新たなシナリオを目指して行動している」という普遍的法則があるのだ。それは、各自が「自分の目的」のために「自分のやり方」によってである。
 つまり、自由主義こそがすべての平和的な個人の幸福追求と両立する唯一の哲学なのである。それゆえ自由主義は道徳的にも非常に優れている。市場プロセスは最終的に社会全体、とりわけ最も困っている人々に利益をもたらすので、道徳的観点だけでなく功利主義的観点からも正当化できるイデオロギーなのだ。
」(p.298-299)

何を幸せだと感じるのか、その幸せを得るためにどうするのかといったことは、それぞれ異なるのです。その前提に立たないから、特定の幸福、特定のやり方を他人に押し付けようとして、上手く行かなくなっているのです。


ドイツ語で書かれ北米ではほとんど知られていなかったミーゼスの著作の助言に反して、FRBは1921年から1929年の間に通貨供給量を62%も増やした。通貨シグナルが歪められ、資源が誤って配分されると、私有財産があろうとなかろうと問題が生じるのは必然だ。」(p.301)

つまり、市場規模をはるかに超える通貨を供給したために、あの世界大恐慌が起こったと言うのですね。日本の異次元の金融緩和やコロナ禍での異次元の財政出動はどうなのでしょうね?

ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスが私たちに教えてくれたのは、「社会主義は善でも悪でも、道徳的でも非道徳的でもない」という洞察だ。社会主義は、論理的に破綻しており、診断も誤っており、矛盾と虚偽の前提に基づくため、理論としてそもそも実現不可能なのである。そのため、社会主義が強制的に実施されれば、必然的に不道徳で権威主義体制に匹敵する悲惨を招き、すでに世界中で無数の罪なき人々の命が奪われてきた。」(p.302)

社会主義(統制主義)は人の本質に反するから、論理的に間違っているのです。人の本質は自由です。


さて増税と大きな政府、規制をますます強化して社会主義の様相を強める2025年の日本にはミレイは現れていないし、一見してこれからも現れそうにない。しかし、現在GDP60%ほどの政府規模は毎年1%ずつ上昇し、人々は目に見えて貧困化しつつある。現状の打開には、政府が国民の生活と価値観に介入すること、つまり本書で言う「文化の戦い」としてのこども家庭庁、文科省、農水省などの廃止が不可欠だ。ミレイの出現と本書の出版が、日本人が近く目覚めてくれる(一助となる)ことを期待してやまない。」(p.325)

「訳者あとがき」の中で自由主義研究所研究員の蔵研也(くら・けんや)さんは、このようにまとめています。


私も、自由主義が何よりも重要だと思っています。政府が余計な介入をしても、効率が悪く、コストがかさみ、利権の温床になるだけだからです。
たとえば保育園や介護事業をご覧なさい。需要があるにも関わらず、人手不足です。なぜでしょうか? 賃金が不当に低く押さえられるからです。自由経済市場に任せれば、需給バランスが取れるのです。
けれども多くの人は、それでは貧乏人がサービスを受けられないと不安になり、政府の介入を望みます。クレクレタコラです。こうして市場は歪められ、コストがかさむ割に需要は満たされず、利権ばかりが膨らんでいるのです。

もういい加減に不安や恐れを捨てませんか? 不安や恐れからクレクレタコラになることをやめない限り、社会は変わらないと思います。この国民にして、この政治家ありです。政治を変えたければ、国民が意識を変えることだと思います。

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2025年02月25日

健康の分かれ道

健康の分かれ道 死ねない時代に老いる (角川新書) [ 久坂部 羊 ] - 楽天ブックス
健康の分かれ道 死ねない時代に老いる (角川新書) [ 久坂部 羊 ] - 楽天ブックス

Youtube動画で著者の久坂部羊(くさかべ・よう)さんの本の紹介を観て、なかなかいいことを言われているなと思い、その本ではなかったのですが、久坂部さんの本を買ってみました。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介したいと思います。

老いればますます健康が必要になるのに、老いればますます健康の維持がむずかしくなる。老いて健康を追い求めるのは、どんどん足が速くなる動物を追いかけるようなものです。無理に追いかけると、じっとしている人より早くへばってしまいます。
 漫然と健康を求めるのではなく、具体的かつ分析的に考えながら、健康と上手に付き合っていく方法を、みなさんといっしょに考えたいと思います。
」(p.13)

「はじめに」で、このように本書の意義を説いておられます。


健康であるにもかかわらず、自分の健康データ、健康環境などが気になる人は、健康の「入口」に吸い込まれた人です。自分が何らかの病気を経験したために、健康に留意するようになるのはまっとうですが、流言飛語に惑わされて健康の「入口」をくぐってしまうと、そこから長期にわたって健康という「迷路」をさまようことになります。」(p.17)

早期発見・早期治療を ”錦の御旗” のように掲げて、安心安全を保証するのは、念仏を唱えれば極楽往生できるというのに近い幻想性があります。」(p.19)

久坂部氏はこのように言って、頭でっかちの健康意識を否定しています。早期発見早期治療で健康が得られるわけではないのです。

医学が進歩すれば、安心が増大するはずなのに、逆に不安ばかりが増えています。がんの心配、認知症の心配、うつ病の心配、寝たきりの心配、手遅れの心配。
 それに対して、医療の側はより安全に、より安心にとお為ごかしを装いながら、人々の不安を煽り、検査や治療を勧めています。無用な心配を作り出して、安心を提供するのは、マッチポンプもいいところです。
」p.35)

医療というのはパラドキシカルな業界で、病気を治すことを目的としながら、病気が治ると収益が減るというアンビバレントな状況にあります。だから、医療が発展して患者が少なくなると、困るという痛しかゆしの側面があります。」(p.64)

医療は、一方で人々を救って存在意義を増しながら、もう一方では不健康な人を増やすことで儲けている立場でもあるのですね。だから予防医療に対しても、本当に病人を減らすことが目的なのか、病人が減っても儲けるためなのか、よく考えてみる必要があると思います。

すなわち、対象者の半分以上がメタボ健診を受けない場合や、保健指導の対象者の一〇パーセント以上が指導を受けないと、その自治体や企業の健康保険組合への後期高齢者支援金を、最大で一〇パーセントカットするというのです。だから、該当者(四〇歳から七四歳)は、メタボ健診を受けるよう指導されますし、メタボ該当者や予備軍は特定保健指導を受けるよう無言の圧力がかかります。」(p.78)

だから、メタボ健診で重症化を予防すれば、将来の医療費の削減につながるというのが、厚労省の論理です。
 しかし、その将来の削減額がいくらになるのかは、だれにもわかりません。かたや特定健診は自己負担はゼロですが、決してタダではなく、保険者や事業主が負担しています。この額より将来の削減額が大きい場合のみ、効果ありということになります。
 医療費削減の効果をねらってはじめたけれど、削減になるかどうかはわからず、わかっているのは健診業界に先払いで経費が支払われているということです。
」(p.82-83)

予防医療というのもまやかしで、そこに健康効果がどれだけあるのか精査されていません。そういう精査をせずに、健診などを増やすことによって、未病の人からも医療費を取ろうとしている。そういうことが言えるのではないかと思いますね。


一〇〇歳とか九〇歳とか答える人は、老いの現実を知らないか、あまり深く考えていない人だと思います。漠然とその年齢になっても元気なままでいられると思っているからそう答えるのです。私のように長生きの不如意と悲惨さを知っている者は、せいぜい七〇歳くらいでいいとか、六〇歳で十分と答えるでしょう。長生きをしすぎると、自分もつらいし、家族や周囲にも負担をかけることがわかっているからです。」(p.167)

しかし、ピンピンと元気に老いるためには、若いうちから身体を鍛えたり、食べ物に注意したりして、健康増進に努めなければなりません。そんなふうに頑張った人はコロリとは死ねません。コロリと死ぬのは不摂生をした人です。」(p.174)

長生きしたい、自分は100歳まで生きたいと思う人が大勢いますが、久坂部さんは、それは老いの現実がわかっていないからだと言います。ピンピンコロリが理想だと言われますが、コロリと死ぬには不健康でなければならないのだと、逆説的な現実があるのですね。


そもそも誤嚥性肺炎を繰り返すようになるのは、嚥下機能が低下するほど高齢になっているということで、人生の終わりに近づいているのはまちがいありません。いったん治療で回復しても、また繰り返します。そんな状況で延命にすがるより、そこに至るまでに十分満足できる人生を送っておくべきです。いつかは最期が来るのだから、早くからそのことを意識し、いつ ”その日” が来てもいいように心がけておけば、下手な道(治療にすがって尊厳のない延命治療になる)を選んで、あとで悔やむこともないと思います。」(p.181)

どうせ死ぬのだから、最後は好きなことをやって死にたいと思っている人は、よほど事前に心の準備をしておかないと、最後に生への執着が出て、好きなことどころではなくなるでしょう。
 いつまでも健康に執着して、生にしがみついているとロクなことはありません。死が迫ってきたとき、慌てずうろたえず、上手に最後の時をすごすためには、やはり早めに死に対して冷静でいられる心の準備が必要だと思います。
」(p.184)

誰しも必ず死にます。そうであれば、いつまでも生や健康であることに執着して今をおろそかにすることこそ、人生の貴重な瞬間、つまり今を、無駄にすることになる。私もそう思います。


認知症を予防しようと、脳トレやクイズ、さまざまな運動などをさせるのもよくありません。効果が不確かな上、楽しくないし、させられる感も強いので、ストレスを高めるだけです。」(p.185-186)

高齢になれば、認知症でなくてもおかしなことをすることもあるし、そもそも病院に連れていったところで、どんな治療があるというのでしょう。先に書いた通り、新しく承認された薬でさえ、高額な割に二七パーセント進行を遅らせる(進行を止めるではありません)という薄味のもので、それも何年か後にはやっぱり効いてませんと承認を取り消される可能性も否定できないのです。」(p.186)

老後の重要な問題はガンより認知症だと私は思っていますが、その認知症でさえ、治す手立てがない現状においては、心配しすぎる方が弊害があると言えるのですね。


長年、高齢者医療に携わっていると、ふつうに歩けること、話せること、飲み込めること、排泄できること、入浴できること、立ち上がれること、ぐっすり眠れることなどのありがたみが身にしみます。最近は老眼が進み、耳も聞こえにくくなってきましたが、それでも新聞や文庫本が読め、音楽や落語が聴けることにいつも感謝しています。そして、これがいつまでも続かないことも覚悟しています。すると、今の状態がこの上もなくありがたいと思えてきます。
「感謝」と「足るを知る心」は、欲望と執着の対極にあるものです。それが苦を取り除く近道だということは、すでに二六〇〇年ほど前にお釈迦さんや老子が唱えていることです。
」(p.191)

老化して始めて、当たり前のことが当たり前ではなく、実は有り難いこと、つまり奇跡だったと気づけるのですね。そこに気づくから、心から感謝できるようになるのです。


さらに驚くべきことに、死が近づいてくると、身体の動きだけでなく、精神の働きも弱って、死に対する恐怖が鈍ってくるのだそうです。死に対する恐怖や忌避感は、元気だからこそ感じるもので、死を受け入れ、時の流れに身を任せていると、恐怖心も自然と薄れてくるというのです。これは朗報ではないでしょうか。死ぬのが怖くて仕方ない人も、実際に死が近づいてくると、さほど怖くなくなるというのですから。」(p.196)

人はだれでも必ず死にます。であれば、恐れたり、嘆いたり、あがいたりするより、平安な心持ちで迎えるほうがいいに決まっています。それができるかどうかは、そのときまでにどう生きたかによるでしょう。”その日” がいつ来てもいいように、日々を送ることがポイントです(おまえはそれができているのかと問われたら、肩をすくめるしかありませんが)。」(p.196)

死が近づいて、体が徐々に弱ってくると、精神も自然と死を受け入れる体制になってくるのかもしれませんね。


もし、自分ががんで死ぬのなら、診断はできるだけ遅いほうがいいです。知らない期間が長いほうがゆったり暮らせますから。そう考えると、がんの早期発見にやっきになる人の気持ちがわからなくなります。若いうちならまだしも、私のように七〇歳近くなったら、がんはできるだけ見つけないようにするというのも一法です。
 もしがんが見つかったらどうするか。丸山氏のように治療をしない選択を取れるかどうかはわかりません。しかし、『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎新書)の著者、中村仁一(なかむらじんいち)氏に、「死ぬならがん、ただし治療せずに」の言葉もあります。
」(p.198)

私も中村氏のこの本を2012年に読みましたが、63歳となった今、ガンなら治療せずに受け入れようと思っています。


そもそも食べ物も飲み物もふんだんにあるのに、食べたいと思わないのは、身体が必要としていない、あるいは摂取しても利用できない状態にあるからです。それを、食べなければ死ぬという思いで、懸命に食べさせようとする家族がいますが、それは本人に負担をかけているだけです。
 欧米では食欲のない高齢者に無理に食事をさせることは、虐待とされています。
 胃ろうとCVポートも同様です。患者さん自身がこれをしてくれと求めることはまずなく、たいていは家族が頼んできます。なぜ頼むかといえば、医者から「このまま栄養補給がされなければ、命の保証はありません」などと言われるからです。
」(p.200)

老人介護の仕事をやってみて、無理にでも食べさせるという状況を経験してきました。食べたくないと言っているのに、無理に食べさせようとするんですね。それは、死ぬことは悪いこと、あるいはマズいことと思っているからではないかと思います。


この人工肛門に加え、尿道カテーテル(別名バルーンカテーテル=先端に風船のついた管で、膀胱(ぼうこう)に挿入したあと、風船を膨らませて抜けないようにしたもの)を使えば、おしめは完全に不要となります。尿道カテーテルは定期的に交換する必要がありますが、排泄介護を大幅に軽減するのはまちがいありません。
 私は高齢者介護に人工肛門と尿道カテーテルの使用が進めば、介護状況は一変すると思っていますが、不自然にはちがいないので、心理的に受け入れられない人が多いのも致し方ありません。それに介護のために人工肛門をつけるのは、医療保険の適応にもならないので、経費の問題もあります。
 それでもこれが認められれば、介護者の心理的肉体的負担が軽減され、その分、優しい介護ができるようになると私は思います。
」(p.203-204)

私も老人介護職で排泄介助をしてきたので、この提案には納得できる部分もあります。


人は何のために生きているのか。幸福になるため、自己実現を求め、夢を追い、目標を成し遂げる。大きな仕事、社会への寄与、偉大な研究や芸術活動、経済的な成功、立身出世……。そんな立派な目的でなくても、家族を大事にするとか、納得の行く仕事をするとか、あるいはひとりで自由気ままに暮らすのでもいいでしょう。健康はそのための手段であって、目的ではないはずです。
 であれば、高齢になって残り時間が減ってきたなら、いつまでも健康にとらわれているより、人生の納得や満足に気持ちを向けるほうが賢明でしょう。”その日” が迫ってきたとき、慌てたり悔やんだりしなくてもいいように、持ち時間を有意義に使うべきです。
」(p.208)

健康にとらわれて、やりたいこともやらない人生は、何の意味があるのでしょうね? 健康は目的ではなく手段だという考え方は、大いに参考になります。


私は子どものころ、死ぬのが恐ろしくて仕方ありませんでした。死んだらどうなるのか、もう二度と家族にも友だちにも会えなくなり、楽しいことも、嬉しいこともできなくなる。自分という存在が消えて、これまでの記憶も、存在の証も、残したかったものも、伝えたかったことも、何もかも消えてしまう。それは想像を絶する恐怖でした。
 しかし、今は日常的に死の恐怖を感じることはありません。それは医者という仕事柄、若いときから多くの死を見てきたからだと思います。
」(p.211)

私も同じだなぁと思いました。10歳くらいの頃に、死んだらどうなるのか考えて眠れず、枕を濡らしたこともありました。けれども今は、死の恐怖はありません。それはやはり、いくつかの他人の死を経験し、いろいろ考えてきたからだと思っています。

多くの人は死に慣れていないので、何とかしたいという衝動に駆られます。黙っては見ておれないのです。しかし、多くの死を看取って思うのは、死ぬときには何もせずに見守るのが一番望ましいということです。
 私は病院勤務と在宅医療の両方で患者さんを看取りましたが、圧倒的に在宅のほうが安らかで好ましい状況でした。
」(p.218)

日常的に死に接することが減った現代、死に対して慣れてないから恐れ、恐れるから死を受け入れたくないと感じてしまうのでしょう。けれど、人は必ず死にます。そうであれば、死を受け入れている方が安らかに死ねるのだと思います。


病院に行くべきか否かの判定は、一般の人にはむずかしいと感じるかもしれませんが、要は少しようすを見て、これはヤバイと思ったら病院に行くというのでいいでしょう。しかし、それはそれで悲惨な延命治療につながる危険性と引き換えです。どうしても悲惨な延命治療だけは避けたいというのなら、死の危険を冒してでも病院に行かない選択をしなければなりません。助かる可能性があるなら助けてほしい、でも、悲惨な延命治療にだけはしてほしくないというような都合のいい選択肢はありません。」(p.224)

私はすでに、命にかかわる状況なら病院のお世話にはならないと決めています。骨折とか、激しい痛みとかなら、その状況を改善するために医療にかかるつもりではいますけどね。

もう十分生きた、楽しい人生だった、最後に愉快な時間をすごしたと思えたら、死を受け入れるのもさほどむずかしくはなくなるはずです。ましてや、日々、老いの不如意が増え、苦痛が深まっていくのです。この先改善する見込みもなく、さらに老いさらばえていくばかりと知れば、死はある種の解放、永遠の安らぎとさえ感じられるのではないでしょうか。
 そんなふうに感じるためには、やはり自分の人生を十分に生ききることが大切です。
」(p.229)

何かを成し遂げるとか、達成するとか、何かを得るとかの行為の結果ではなく、今、何をするのかという行為そのものを楽しみ、結果をお任せすること。赤ちゃんのように、ただ今を楽しんで生きること。そうすれば、いつ死がやってこようと、「あぁ、来なさったか」と受け入れられるように思います。


健康のためによけいなことはせず、人の悪口を言わず、自慢もせず、細かいことにはこだわらず、人と比べず、足るを知り、失敗しても笑ってすませ、無駄があってもよしとし、人に何かを言われても気にせず、死が迫っても、ただ静かに笑っている。
 そういう人に私はなりたいです。
」(p.230)

久坂部氏は、宮沢賢治氏の「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」をもじって、このように言われます。私も、こういう人生を送りたいですね。


この本を読んで思ったのは、どんなに健康に気をつけても、絶対に健康になれるわけでもないし、どんなに頑張っても老化に抗うことはできないということです。そうであれば、いずれ死ぬということを受け入れ、今、どうするかを考えて生きるだけでいいのではないかと思います。
健康というのは、生きたいように生きるための手段であり、目的ではありません。重要なのは健康であることより、生きたいように生きるということです。
健康という結果を求めても、そうならないことはあります。だから健康という結果にとらわれることなく、また人生の結果にもとらわれず、ただそうしたいからそうする、そう生きたいからそう生きる、という生き方を、私も追求したいと思いました。

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タグ:久坂部羊
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:01 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年02月01日

「本当のスピリチュアル」への階段

「本当のスピリチュアル」への階段 [ MOMOYO ] - 楽天ブックス
「本当のスピリチュアル」への階段 [ MOMOYO ] - 楽天ブックス

これもYoutube動画で紹介されていた本になります。私も常々、スピリチュアルには本物と偽物があり、「引き寄せの法則」を駆使して現実を変えようというスピリチュアルは偽物だと言っていたのですが、この本もまさにそういうことが書かれているようなので、興味を持って買ってみました。
著者はイギリス在住のMOMOYOさん。特異な能力が使えるようになり、多くの人を覚醒させているようですが、それよりもイギリスのスピリチュアルは日本のスピリチュアルとはぜんぜん違うということが、本書では語られています。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介したいと思います。

でも、「本当のスピリチュアル」とはどういったものなのでしょう。
 それは、
「スピリット(本来の自分)に従って生きる」
 ということです。
 そう、本来の自分に目覚めることで、宇宙の意識とのつながりが強くなり、望んだ人生があなたの目の前に現れるようになるのです。
」(p.4-5)

ちなみに、スピリットに目覚めるということは、「幸せを知る」ということでもあり、「自分がこの世で生きる意味を知る」ことでもあります。
 また、スピリットに従って生きることで、これまで味わったことがない自由を感じることもできます。
 それらが結果的に豊かさをもたらすことになり、人生が好転していくことにもつながっていきます。
」(p.7-8)

ページが振られてない「はじめに」に、このように書かれています。つまり、身体が自分ではなく、魂(スピリット)が本当の自分だと理解することで、より自由に、豊かに、幸せに暮らせるということですね。


私には高い次元の世界にいる存在、つまり高次の存在と約束をした、魂の使命があります。
 それは人々の中に眠る、”スピリチュアルな意識” を一人でも多くの方に目覚めさせることです。
」(p.18)

「神との対話」では、これを神の仕事と言っていました。他の人を目覚めさせるために何かをすることです。
私も、そういう意識を持っていますが、別に高次の存在と約束したわけではなく、「神との対話」を読んで、「これはもうやるしかない」と感じたからだけなんですがね。


そもそもマインドとは ”思考” の意味ですが、イギリスやヨーロッパで捉えられているスピリチュアルとは、マインドの中にある自らの雑念や思い込みである ”ネガティブなマインド”。これにとらわれず、真の存在である ”スピリット” を感じ、そしてスピリットを優先して生きるということです。」(p.25)

変なところに「句点(。)」がありますが、原文のままです。マインド(思考)は、どうしてもネガティブになりがちで、そこにとらわれず、本来の自分である魂(スピリット)を優先する生き方がスピリチュアルな生き方だということですね。


その人が自身の雑念や自身の思い込み、それから心の問題にとらわれていては、単なる橋渡し役であるにもかかわらず、その役割にいろいろな意味を見出しかねません。
 橋渡し役であるヒーラーやサイキック能力者は自分の願望を持ってはならないのです。
」(p.34)

高次元の橋渡し、つまりはパイプ役であり、パイプはクリアであればあるほどエネルギーもメッセージも高次から変容することなく真っ直ぐに人々へと届けることができます。」(p.36)

このことはレイキでも同じですね。ヒーラー(レイキの施術師)は単にパイプであり、自分の意図を乗せずに流すことが重要。だから、ただ手を当てて、あとはお任せという意識が大事なのです。


イギリスで、市民病院でもスピリチュアル心理療法士が多く雇われているのは、不思議な話だけで終わらせず、しっかりと学問としてスピリチュアルを捉え、それに沿って学び、修行した人が多いからなのだと思います。
 最近では、私の娘が通う小学校にも、スピリチュアル心理療法士が訪れ、子どもたちにスピリットとマインドについての講義をし、ネガティブなマインドから脱出するレクチャーをしたそうです。
」(p.38)

へぇ〜、これは驚きです。イギリスではスピリチュアル心理療法士という存在が社会的に一定の地位を得ていて、小学校で魂と思考についての指導もしているのですね。


もしも目の前に自分にとって許せない行動をする人が現れたとしましょう。
 多くの人は、その人を避けたり、なんとかかかわらないように生きようとします。
 もしくは、自分にとって許せない行動をする人に向かって、その行動について文句を言うなどして相手を変えようとするでしょう。
 しかし、本当の人生とはまったく別のところに意味があります。
 目の前に自分にとって許せない行動をする人が現れたのだとすれば、
「その人物はあなたが一番嫌っている自分自身なのですよ〜。早くそのことに気がついて、そんな自分を許して受け入れなさい」
 という宇宙からのメッセージであり、チャレンジを課してくれているのです。
」(p.42-43)

現実に問題があると感じるのなら、それは現実が問題なのではなく、問題だと感じる自分の中に問題があるのですね。現実は、その自分の中の問題に気づかせてくれているだけです。


正確に言うと、あなたがあなた自身のスピリットへ目覚めるということは、あなたが宇宙の意識に目覚めるということでもあるため、あなたが考える理想の人生というのが、宇宙が考えることと一致しているだけのことなのです。」(p.50)

しかし、今現在のあなたが望んでいる思い通りの人生というのは、ほぼ、あなたのネガティブなマインドが思い描くものだと言えます。
 それらが描く理想の人生は、それらが考え出す、”苦労しない人生” です。
 とにかくネガティブなマインドは、苦労しないで生きることを求めます。
 たとえば、病気をしないこと、お金に困らないこと、悲しい出来事に出会わないこと、などなど。
」(p.51)

私たちの思考が私たちの本質ではありません。私たちの本質は魂であり、現実は常に魂の理想通り、魂の思い通りなのです。そこに気づくことが重要なのです。

もっと言うならば、苦労しないで生きるためのツールがスピリチュアルだと考える方も多いからでしょうし、ここにニーズがあると考える人が、
「目の前から嫌なことや苦労が消え、思い通りの人生が手に入りますよ」
 と、偽スピリチュアルを売りつけているのも事実です。
」(p.52)

つまり、本物のスピリチュアルは魂が自分であることに目覚めさせるものであり、偽物のスピリチュアルは目覚めさせず、思考(マインド)の思い通りの現実に変えられますよと美味しいことを言って何かを売りつけようとするものなのです。
だから私も、「引き寄せの法則」を駆使することで現実を変えようと主張するスピリチュアルは偽物だと言っているのです。

この世で起きている出来事に意味はありません。
 起きていることに意味を見出しているのはマインドだけです。
 だからこそ、それらに意味を見出さないスピリットで生きることができると、
「何一つコントロールできるものなどなく、起こることはただ自然に起きていて、自分は単なる、その一部を体験しているんだ」
 と知ることができるのです。
 変えなければならないものも、変わらなければならないことも、この世には一つも存在しません。
 すべて、宇宙の計画通りなのです。
」(p.62-63)

そうですね、だから起こることはすべて必然であり、最善であり、完璧だと受け止めることが大切なのだと思います。


スピリットというのは、この世界を眺めているだけの存在です。
 そこに何の意味も見出さないし、起こる出来事を経験することを、ただひたすら楽しんでいます。
 そしてスピリットが持っているのは ”愛” だけです。
 しかし、愛=人に優しくするとかそういったことではありません。
 愛は愛でしかないのですが、愛をイコール人に優しくすると考えてしまうのは、すべて、マインドの中にある ”愛” に対しての思い込みと幻想です。
」(p.68)

OSHO氏も、常に観察者であれと言われてましたね。また「神との対話」でも、愛は存在そのものだと言っています。こういうところは、たしかにマインド(思考、エゴ)にはわかりにくいのだろうと思います。


もしも、その現実に辛さや苦しさを感じるのであれば、あなたのマインドの中に、あなたを苦しめる原因となる自己否定が入っているからでしょう。

 ですから、幸せになるために気に入らない現実を変えようとするのではなく、不幸だと感じる数だけ、あなたが自分のマインドをマスターすることで、目の前から問題は消えてなくなるでしょう。
」(p.89)

マインドはマインドでしかなく、あなたではありません。」(p.90)

道は既に用意されています。
 ネガティブなマインドから脱出すると、その道があったことに気がつくのです。
 今のあなたは、マインドにマインドコントロールされてしまっていることで、何かが足りないという錯覚を起こしている。そして、それらを埋めることに必死になりすぎていて、あなたが願う思い通りの世界が見られていないだけです。
」(p.91)

現実を変えるために何かをするのではなく、現実によって気づきを得てマインド(思考)を変えることによって、結果的に現実が変わるのです。


ですから、
「実際に自分のマインドがどのようなものであるのか?」
 そして、
「それらが自分の人生や生活の中で、どのような影響を与えているのか?」
 というところまで知ることで、初めてそのマインドから自由になれます。
 そして、スピリットの望む人生がここにあったことに気づくのです。
」(p.128-129)

マインド(思考)は、幻想に反応しているだけであり、その幻想が自分の思い通りではないと誤解しているだけなのです。マインドはマインドが「自分」だと思っているのですが、本当の「自分」はスピリットなのですね。


しかし、その人にとっての過去の出来事とは、その人がその時に感じたものや、そうだと理解したものを記憶して脳の中にインプットします。
 つまり私たちは、真実を経験しているわけではないのです。
 ネガティブなマインドを通して歪んだ経験をし、その経験が真実だと信じ込んでいるだけなのです。
」(p.160)

しかしここで問題なのは、マインドはマインドでしかないということを私たちがすっかり忘れてしまうことです。
 そしてマインドと同化し、気づけばマインドに人生の主導権を握られて私たちがコントロールされてしまうことが問題なのです。
 マインドは私たちが生きていくうえでの、言ってみれば便利なグッズのような存在であるはずです。
 ですから、マインドを使うのは本来私たちであるはず。
」(p.162)

経験したことが真実ではなく、それは自分が決めた見方(考え方)による真実に対する感じ方に過ぎないのですね。
そこに気づかないから、マインドを自分自身だと勘違いし、マインドにマインドコントロールされてしまうのです。

Cさんが元気になる方法はたった一つです。
「人前ではお利口にすべき」
 という自分のマインドに気づき、そしてそのマインドに従うことをやめるこどです。
」(p.169)

マインドコントロールから抜けるには、マインド(思考)に気づいて、その思考をやめることなのです。


マインドはChapter3のように一生懸命ワークをして、出てきたものを ”文章化” して、そして自分の目で見るまでは、気づくことは難しいものです。
 自分で自然に気がつけることは、ほぼ不可能といって過言ではありません。
」(p.191)

自分のマインド(信念)に気づくには、思考を書き出して見える化することが効果的であり、それより他に方法がないとMOMOYOさんは言います。
でもね、私は別の方法はあると思っています。それが「繰り返す」という方法です。私自身、失恋を繰り返したり、クビになることを繰り返してきました。それによって少しずつ気づけたと思っています。まぁこれを、「神との対話」ではハードランディングだと言ってるんですがね。(笑)

私がよくやった方法は、ノートに書いてそれを見返すということ。
 もう一つは出てきたセルフイメージやマインドセットを太めのマジックで紙に書いてから、その紙を冷蔵庫や部屋に貼って、いつでも目に入るように工夫しました。
 そしてそれを見るたびに、「これは私じゃない」と、自分に言い聞かせるようにしました。
」(p.197)

MOMOYOさんは、2週間もこういうことを続けると、自然とマインドセットが消えると言います。気になる人は、ぜひ本書を読んでやってみてくださいね。
私は、自分自身を客観視しながら自分を肯定する方法として「鏡のワーク」を推奨しています。


マインドがあなたをマインドコントロールしてくる手口は、あなたに「恐れ」を感じさせるということです。」(p.199)

あなたが本当に逃げたいのは、あなたの頭の中であなたをマインドコントロールする、あなたのそのマインドセットなのです。
 逆に言うと、このマインドセットから目覚めて自由になることができれば、どんなに家事に厳しい旦那さんがいても、嫌味なお姑さんが家にやってきてあなたに嫌味を言おうとも、あなたはまったくと言っていいほど気になりません。
」(p.202)

気になって相手を責めたり、自分を責めたりしたくなるのは、自分の中に「恐れ(不安)」があるからです。そこに対峙することを嫌って目を逸らすから、なかなかその問題が消えません。
本当は、そのマインドに気づかせてくれる現実を変えることではなく、その現実によって恐れ(不安)を感じている自分に気づき、自分のマインド(思考、信念)に気づき、それを変えることなのです。

「神との対話」では、この不安や恐れは愛の対極だと言っています。愛ではないものによってコントロールすることで、愛ではない存在として生きるようになるのです。


ネガティブなマインドは、私たちを危険や怖い思い、それから悲しい思いをさせないために、セルフイメージやマインドセットをつくるのです。

 私たちは、そのセルフイメージやマインドセットによって救われたこともきっとあったはずです。
」(p.217)

ネガティブなマインドが悪いわけではなく、それはそれで私たち(エゴ、自我)の役に立つものです。ただ、そのマインドに支配されてしまい、そこから抜け出せなくなることが問題なのです。


実は、愛の枯渇を感じたり、孤独感を抱くのは、
「私は愛に飢えている」「私は孤独な人間」「私は誰からも愛されることはない」
 というようなセルフイメージが、あなたのマインドの中にあるからなのです。
 ですから愛の枯渇や孤独感を感じたらやるべきことは、そういったセルフイメージからの脱出です。
」(p.221-222)

セルフイメージがネガティブなものであることで、あなたは愛に飢え、孤独を感じるかもしれません。しかし、それがマインドのセルフイメージによるものだったと知るだけで、あなたはこの孤独から脱出することができるのです。」(p.223)

この「愛の枯渇」とか「孤独感」を、「愛の減少感」という言葉で説明する宗教があり、私はそこでそれを学びました。実際に愛が減ったわけではないのに、自分のマインド(思考)によって「減った」と思い込むのです。


問題や悩みというのはマインドの中にしか存在しません。
 マインドの中に存在するセルフイメージ、もしくはマインドセットにそぐわないことが起きた時に、セルフイメージやマインドセットが大暴れし、それらの解決策を探し始めるのです。
」(p.233)

”問題や悩みは解決するのではなく、それらが問題であり、悩みだと感じているマインドとさようなら”

 この法則さえ忘れなければ、人生は素晴らしいものに変化していくでしょう。
」(p.234)

人目を気にするかしないかというのは、あなたのマインドの中にあるマインドセットによるものです。
 マインドセットがなければ、人目はまったく気にならなくなり、のびのびと、自分らしくありのままに生きることができます。
」(p.247-248)

最期にこのようにまとめてありますが、要はこういうことなんですよね。私はマインド(思考)じゃなくスピリット(魂)だということに気づくこと。スピリットは安全であり、無くなることも傷つくこともない。だから、安心して観察しているだけ。それが「私」の本質。そこに気づけば、マインドの世界を楽しみながら、スピリット(魂)としての自分らしい選択(決断)をすることができるのです。


この本のことを知った時、まさにこれが本当のスピリチュアルだと思ったのです。スピと称する多くの人が、「引き寄せの法則」とか「占い」「チャネリング」「リーディング」などを通じて、現実世界を(マインドの)思い通りに変えようとしているからです。でも、それをやってる限り、スピリット(魂)の思いには気づかないだろうなぁ、と思っていました。
その私の思いを代弁するかのような内容で、「まさに!」と膝を打ちながら読みましたよ。本当のスピリチュアルを知りたい人は、ぜひ読んでみてくださいね。オススメです。

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2025年01月25日

あなたが独りで倒れて困ること30

あなたが独りで倒れて困ること30 (一般書 439) [ 太田垣 章子 ] - 楽天ブックス
あなたが独りで倒れて困ること30 (一般書 439) [ 太田垣 章子 ] - 楽天ブックス

これもYoutube動画の本の紹介で知った本になります。たしかにお一人様の老後がふつうになってきた現代、どういう困ったことがあるのかわかってないことがあるかと思います。そういう興味から、この本を買って読んでみました。
著者は太田垣章子(おおたがき・あやこ)さん。司法書士さんですが、お一人様の高齢者が困難に直面する状況に出くわすことで、この問題を切実に考えておられるようです。


ではさっそく、一部を引用しながら本の紹介をしたいと思います。

この問題の要因は、急速に高齢化が進む日本で、制度だけはまだ「呼べばすぐに駆けつけてくれる家族がいる」前提だからです。日本の制度では『サザエさん』のような「家族が支え合う」時代のままで、時が止まっています。ところが家族関係が希薄化してきたことに少子化も加わり、家族だけでは到底太刀打ちできなくなってしまったのが現実です。」(p.3-4)

今の状況は本来の仕事ではない、彼らのシャドーワークで成り立っています。国は我慢強い、親切な善意ある人たちに頼りすぎています。でもそれでは、この先ダメなのです。」(p.4-5)

だからこそ何が問題で、何を決断する必要があるのか、そこに気が付いて欲しくて、この本に対策のポイントを詰め込みました。」(p.5)

「はじめに」で太田垣さんは、このように現代のお一人様老後の問題点を指摘されています。ただ、本を読めばわかりますが、この「はじめに」では国の問題を指摘しているにもかかわらず、本文では本人がどう対処するかに終止しています。しかも、「考えておきましょうね」くらいで、具体的にどう対処すれば解決するのかについては、踏み込みが浅いと感じました。


二人でいても、結局のところ「おひとりさま」なんだ……。そんな当たり前のことに、今さらながらに気が付きました。自分は結婚さえすれば奥さんに看取られると思っていましたが、そんな保証はどこにもないのです。」(p.27)

結婚して配偶者がいるから、お一人様を避けられるわけではありません。当たり前なのですがね。だって、どちらかが先に亡くなり、残された方がお一人様になるわけですから。また、一方が認知症になったら、それだけでも双方がお一人様なのです。


分からないから不安なんです。
 でも不安だからとお金を使わないことにばかり注力していると、「亡くなった時がいちばんお金持ち」になってしまう可能性もあります。
」(p.52)

老後が心配だからと貯金に励む高齢者が多いようですが、それで幸せなのでしょうかね?


ところが、その空室が目立つ狭い部屋ですら、70歳になるとなかなか借りられません。」(p.90)

高齢者と言うだけで、賃貸住宅を借りられないという現実があります。こういうところこそ、行政が保証人になって、大家さんが安心して貸せる仕組みを作ってほしいと思います。


あとは生活保護を受給するしかなくなります。でも生活保護を受給するためには、その受給ラインの家賃帯、つまり5万3000円以下(金額はエリアによって変わります)の物件に住んでいないといけません。」(p.157)

ミズエさんは、もっと早く今より家賃の安い物件に、引っ越しておかなければいけなかったのです。そうすれば家賃補助が受けられたはずです。」(p.157)

たまたまミズエさんの住んでいるエリアは、低所得の方々への居住支援を手厚く行っている地域でした。そういうエリアは、明け渡しの判決書を持って行政の窓口へ相談に行くと、緊急性があるということで担当者も頑張ってくれることが多いのです。」(p.159)

ミズエさんのケースが、生活保護受給要件よりも高い賃貸住宅で暮らしていたために、生活保護が受けられないということのようです。でも、これはおかしいですよね? だって、生活保護を受けなくても大丈夫だったからこそ、そういう高い賃貸住宅で暮らしていたんです。でも、その状況で働けなくなって、生活保護を受けたくなることはあり得ますよ。けれども、その状況ですぐに引っ越そうと思っても、高齢を理由に借りられないという現実があるのです。八方塞がりじゃありませんか。


たまたま今回は畠山さんが最初に亡くなったけど、この先、誰がどうなるかは分からない。だからこの付かず離れずの関係性が、ひとり住まいには心強いともみなさん話してくださいました。」(p.173)

偏屈者と言われて親族から見放されていた畠山さんが、一人住まいのアパートで亡くなられた時、すぐに発見されました。これは、公営住宅に住む仲間がいて、毎日の習慣をなんとなくわかりあっている関係があり、それによって異常をすぐに発見できたということでした。
都会の孤独と言われ、アパートの隣の人がどんな人か知らないなんてことはよくあります。でも、それでは部屋で亡くなっていても発見されず、事故物件にしてしまいます。ひとり暮らしであっても緩やかなコミュニティを作ることが重要なのだと思います。

一昔前は民生委員が地域を巡回し、高齢者含め要支援の人たちをサポートしていましたが、今の時代、民生委員も高齢になり、新たになろうという人も少なく、結局のところ「私を助けてください」と声を上げた人しか気づいてもらえない世の中になっていることを実感しました。」(p.183)

昔のような地域のコミュニティがなくなっているのですね。そうであれば、そこに行政が関与する必要があるのかもしれません。


50代から、自分が介護になった時のことをイメージして、その手続きを誰に依頼するか決めて託しておく。その方が保険に入るより大切なことです。そして、これこそがほんとうの意味での「終活」というものです。」(p.192)

死亡保険とか認知症保険というのは、それを受け取って後のことをしっかりやってくれる人がいてこそ役立つもの。だから、まずはそういう人を決めておかないといけない。家族関係が希薄になり、お一人様が増えてきた現代、後のことを誰に託すのかという問題があるのです。


すると病院は頭を抱えるわけです。
 そりゃそうですよね。ここで万が一のことがあれば、病院だって困ります。入院する際には、やはりすぐに対応してくれる「身元保証人」が必要なんです。
」(p.198)

昔はもう少し緩い扱いを病院側もしていたのでしょうが、万が一の時に家族が対応してくれないとか、入院費を払ってももらえないということが増え、結果どんどん厳しくなっているようです。」(p.199)

病院に入院するにも保証人が必要です。家族と縁がなくなったお一人様にとっては、まだ意識がはっきりしている状態であっても、入院させてもらえないという現実があるのです。


それでも自分の人生は自分で決めたくないですか? 大切な家族に判断させて、その人の先の人生に十字架を背負わせたいですか?」(p.212)

日本には、尊厳死協会というものがあり、この団体では、病気が治る見込みがなく死期が迫ってきた時、自分自身がどうしたいかを選ぶ権利を認めてもらう活動を行っています。協会では、「リビング・ウイル」といって、自身の意思を書面に残しておくことをすすめていますからぜひHPを見てください。」(p.212)

終末医療をどうするのかという問題は、自分で決めておくべきなのだと思います。公益財団法人「日本尊厳死協会」は、加入費は年会費2,000円(この記事を書いた時点)で、リビング・ウィルの管理などをやっているようです。


そこで初めて、後見人や身元保証会社がある、ということも教えてもらいました。もし自分が身元保証人と契約しないまま、突然入所することになった場合には、戸籍上の親族に打診がいくということも知りました。」(p.219)

老人介護施設に入所するにも保証人が必要なのです。そういう親族がいなければ、法的な後見人か身元保証会社に依頼しておくしかありません。しかし、そこまで考えて、お金を出して依頼しておく人がどれほどいるでしょうか?

身元保証人は、対象となる人物(ここでは入院する人や入所する人のこと)に何かあった際の緊急連絡先となったり、本人の意思が確認できなくなった時には、治療をどうするかの判断をすることもあります。
 そのため気軽に引き受けられるものではもちろんありませんし、背負う精神的責任も決して軽いものではありません。
」(p.234)

保証人は、安易に友人に依頼できるようなことではないってことですね。


もはや自分で自分の「死」の前後を備えておかないと、どうしようもない時代ということです。それこそが「少子高齢化社会」なのです。」(p.257)

日本の場合、亡くなるなど、その人に何かあった時に対応できるのは家族・親族か、正式に権限を与えられた者だけです。」(p.262)

繰り返しになりますが、日本では(今後、法制度が変わらざるを得ないかもしれませんが)、家族・親族以外には、何の権限もありません。だから当然、事実婚のパートナーには、何の権限もないことになります。たかが戸籍、されど戸籍なのです。」(p.267)

法律上の家族や親族にしか、その人が意思決定できなくなった時に、その人をどうするかを決める権限がありません。あとは、きちんと法的な手続きをした第三者です。
このことが、家族関係が希薄なお一人様の老後が増えてきた現代の状況とアンマッチなのです。


本書では、問題点を指摘してはいるものの具体的な解決策が示されていません。お一人様はどうすればいいのか、簡単には言えないのでしょう。
たしかに、保証会社はあるので、そこと契約しておけばいいとは言えます。しかし、相手が会社である以上、自分に何かが起こって必要になるまで存続しているかどうかはわかりません。なので、絶対的に安心な解決策とは言えないのです。

本書を読んで思ったのは、これはもう社会のバグだなということです。法律を変えて、お一人様でも安心して暮らせるようにしていかなければならない。そう思いました。

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2025年01月12日

70歳からの手ぶら暮らし

70歳からの手ぶら暮らし [ 松原惇子 ] - 楽天ブックス
70歳からの手ぶら暮らし [ 松原惇子 ] - 楽天ブックス

Youtubeで本の紹介をしている動画を観て、面白そうだと感じて買った本になります。
著者は松原惇子(まつばら・じゅんこ)さん。私はよく存じ上げなかったのですが、おひとりさまの終活を応援する団体、NPO法人「SSS(スリーエス)ネットワーク」を立ち上げた方のようです。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

65歳で持ち家を手放し、75歳で愛猫を亡くし、母を亡くし、ひとり身で身寄りもなく、国民年金で年金額も少ない、ないない尽くしのわたし(わたしの「手ぶら暮らし」の詳細は1章で)。傍から見たら不幸の条件が重なって見えるかもしれないが、強がりでもなんでもなく、実際は違う。毎日を機嫌よく暮らしている。」(p.3)

一方、日本人は、総じて不安症と言ってもいいほど、不安な人が多いように思う。
 日本人はお金があっても不安、住む家があっても不安、体力が落ちても不安、血圧が上がればもっと不安、そして、家族のある人もない人も、ひとりで迎えるだろう老後の不安を抱えている。
 わたしも日本人なので気持ちはわからないではないが、果たして、それでいいのだろうか。不安を抱えたまま人生を終わっていいのだろうか。
」(p.4)

身寄りもなく賃貸住宅暮らしだったり、90歳過ぎても一人暮らしだったり、貯金が0円だったり、条件だけをあげると不幸の掛け合わせのように感じるだろうが、実際は……。あとは読むときのお楽しみとしておこう。」(p.5)

「はじめに」の中で、松原さんはこのように書かれています。たしかに条件だけ数え上げてみれば、不安に感じても仕方がないと思えるかもしれません。けれども、同じ条件でも不幸な人がいれば幸せな人もいる。たとえ老後であっても、幸せは条件じゃないってことですね。


これは幸運で片づけられる出来事ではないだろう。わたしが彼女に魅かれるように、社長も彼女の率直で正直な人柄に心を動かされたからこその親切だったのではないだろうか。
 そう、幸運を引き寄せる種は、天から降って来るのではなく、自分の中にあるのかもしれない。
」(p.46)

これは90歳で賃貸アパートで一人暮らしをしている千葉さんという女性の実例だ。貧しい家庭環境で育ち、18歳で仙台でひとり暮らしを始めた千葉さん。ところが、そこで出会ったお菓子会社の社長から、学費を出すから手に職をつけろと言われて経理を学んだ。そのことが、自立して独りで生きる力を与えてくれたようです。
千葉さんのように賃貸アパートだと、建て替え時に追い出されたりもします。更新で値上げされたりすることもあります。そして、老後の所得は年金以上に増えるあてもないし、高齢者一人暮らしで新たに部屋を借りるのは大変です。しかし千葉さんの大家さんは、千葉さんの人柄が気に入って、建て替え後も同じ賃料で最期まで暮らしていいと言われているのだとか。

千葉さんは貯金はないと言います。でも健康だから何の不安もないと。詳細には語られていませんが、年金は12〜13万円くらいはありそうですね。それで家賃が5万円で、死ぬまでこの固定費が変わらないと保証されているのであれば、まぁ、今が大丈夫だから将来も大丈夫と思えるかもしれないなぁと思いました。
ただ、何ごとにもネガティブに考えず、ありがたいことだと考える方のようなので、そういう幸運を引き寄せているのかもしれません。


お金がないのは、決して悪いことではない。選択肢がないので、迷わなくて済む。これは高級有料老人ホームに入所された方たちの取材をして痛感していることだからだ。なぜなら、高級有料老人ホームに自分の身を預けるというのは、相手の管理下に自分を置くということ。それを安心という人にとっては、良い所かもしれないが、自由な老後を過ごせるわけではないからだ。」(p.84-85)

これは、両親が亡くなった後の実家で暮らす70歳の女性の実例。独り立ちすることなく親と同居を続けて、結果として今の状況になった。家はあるがお金はない。だから老人ホームに入るという選択肢がない。実家で一人暮らしを続ける以外に方法がなかった。そしてそれを受け入れて覚悟を決めたからこそ、平安な気持ちで暮らしていられるのだと言うのです。
私は高級老人ホームとも言えるところで老人介護職をしていました。だからこそわかるのです。介護されるようになると、本当に自由がありません。


わたしなりに分析すると、彼女には「ひとりの覚悟」ができている。ひとりで高齢になることから逃げようとしない。どんと、ひとりを受け止めて生活している。そして、今の生活を楽しんでいる。それに尽きるような気がする。」(p.95)

これは、実家で親の介護と看取りをして、今はUR住宅で一人暮らしの71歳の女性の実例だ。母親の介護では、余命3ヶ月と宣告されたこともあり、同意のもとに施設に預けたそうだ。私も家族介護の現場を見ていますが、家族じゃないからやりやすいということはあるのです。
毎月20万円ほど料金がかかったそうですが、余命3ヶ月だから思い切って預けられたのだと言います。実際は半年かかってしまい、ちょっと焦ったと笑って言われます。

UR住宅に引っ越したのは、実家の面倒をみるのが大変だったから。私もマンションを買っていましたが、管理が面倒くさいと感じていました。
ただこの女性は、特に収入もないようなので、賃料の高いUR住宅でいつまで暮らせるのか気になります。その部分は明確に語られてはいませんが、おそらく残りの人生が何年かを計算し、そこまでは金銭的に大丈夫という算段をされておられるようです。そしてその後のことは……。まぁ何を決めておられるのかはわかりませんが、覚悟をされておられるようです。


いいんですよ。自分が幸せなら。人がなんと思おうといいんですよ。
 自分の幸せは自分で決める。人と比較する必要もないし、ましてや後ろめたく思う必要などまったくなしだ。だって、あなたのしもの世話をしてくれるわけじゃないでしょ。
」(p.105)

75歳で団地暮らしの女性の実例。使えるお金は少ないが、団地猫の世話をして、時には自腹で動物病院で治療を受けさせたりしているという。他人からすれば、そんなもったいないことに使わなくても……と思うかもしれませんが、この女性がこれで幸せだと感じているのですからね。


わたしは思った。母はすべてを受け入れたのだと。そして、過去と比較することをやめ、目の前の現実と向き合い、明るく楽しくお世話になろうと決めたのだ。
 わたしは仕事柄「いい所があったら教えてください」とよく聞かれるが、今度から、「いい所はないけど、いい所にすることはできる」と答えることにする。
」(p.111)

松原さんのお母さんは、ずっと自宅で暮らしたいと思っておられたそうです。しかし96歳の時に転倒して3ヶ月入院し、身体機能が衰えたことで、松原さんは施設に入るよう説得したのだとか。最初は抵抗していたお母さんですが、最後はそれを受け入れ、受け入れたからにはその状況で明るく暮らそうとされたのですね。
どうするのが正解かなどはわかりません。ただ、松原さんはそうするのが良いと考え、お母さんもそれで良いと受け入れた。受け入れたからには、その状況で幸せであろうとした。そういうことだろうと思います。


「74歳ということは……、あと、14年をどう生きるかってことですよ。薬を飲んで長生きしたいのか、体のことを忘れて、残りの人生を生きたいのか……。松原さん次第です」と言うではないか。
 お見事! そういうことですよ。わたしは嬉しくて、小学生のように元気な声で、お礼を言うと、診察料260円を支払い、外に出た。ああ、なんて空気がおいしいのだろう。
「余命14年か」。そのつもりで、毎日を一生懸命生きないといけないな。些細な人間関係のことで悩んでいる暇なんかないわ。コロナ禍のどんよりした空気の中に久しぶりに光を見た気がした。
」(p.131)

コロナ時代に、駆け込めるかかりつけ医が必要だと思った松原さんが診療を受けて検査をすると、コレステロール値が異常など、いくつか良くないデータがあったそうです。それで薬を飲むべきか医師に相談すると、その医師から平均寿命まで14年なのだから、その生き方は自分で考えるべきだと諭されたのですね。
本当に、こういう医師ばかりだったらいいなぁと思います。そうすれば無駄に医療費が増大することはないし、無駄な医療によって、ただただ延命させられるような人生を過ごさなくて済むと思うからです。


いまだに身内がいるのが当たり前という前提で社会が動いている証拠だ。今の政治を見ていても、家族がいるのが当たり前、いない人は変人扱いだ。この国は人権のない国だとつくづく思う。でも、そのことについて戦わないわたしたちも悪いのだが。」(p.137)

一人暮らしの女性が救急搬送される時、救急隊員から当たり前のように身元保証人を尋ねられたという事例です。これだけ「おひとり様」が増えているのに、いまだに家族に任せることを当然とした社会から変わっていないのです。
私も、この問題についてよく考えます。高齢者の一人暮らしだと、住居を借りるにも、仕事を探すにも、苦労することが多いのです。それは、身元保証を求められるから。もっと合理的に考えて、最終的な保証は国がするように変えていく必要があるんじゃないかと思っています。


SSSの会員から「今はいいけど年を取ってからがひとりは不安」という声をよく聞くが、誰かに幸せにしてもらおうという気持ちがあるから出る言葉で、「自分を幸せにするのは自分」と知れば、不安は消えるはずだ。
 正直言って、誰かがいつもそばにいるのは煩わしい方が大きい。
」(p.148)

不安な人は、他人から幸せにしてもらうしか方法がないと信じているのでしょうね。だから他人を頼り、他人に依存し、自分自身を蔑ろにするのだと思います。

「こんなに明るいひとり暮らしなら、長生きしてもいいかな」と思わせる人の共通点は、強い孤独力を持っていることだ。彼らは、むやみに寂しがらない。それどころか、心の中は知らないが、いつ会ってもにこにこしている。ひとり暮らしで話し相手も子どももいないのに、である。
 彼女らが口々に言うのは、「ひとり暮らしは煩わしい人間関係がないからいい。夫や子どもがいないのは寂しいどころか自由でいい」と。
」(p.152-153)

そうなのです。一人でいることに不安や恐れがなければ、むしろ自由でいいと感じます。

ひとりを満喫している90歳の方は、毎晩寝る前に、自分の体の部位に手をあてて、「ありがとう、心臓さん」「ありがとう、膝さん」と感謝を捧げるそうだ。そうすると、体が喜ぶのがわかり、明日も楽しく生きようと思うのだそうだ。
 皆さん、努力しているのだ。孤独を味方に付ける自分なりの言葉のマジックを持っているのだ。
」(p.154-155)

これはレイキの自己ヒーリングと通じるものがありますね。独りと言っても、いたわるべき自分の身体もあるのです。そうやって身体との会話を楽しむこともできます。


そういえば、うちの父が生前によく言っていた言葉がある。父は子どもに価値観を押しつけたり、心配だからこうしろと言うことが一切ない人だった。だから、わたしはいつものびのびしていた。
 その父の言葉、それは「自由に生きなさい。自由ほど素晴らしいものはない」であった。当時は、よく理解できなかったが、この年になると納得できる。人生で一番大事なものは、お金でも家族でも仕事でもなく自由であること。
」(p.161)

私も同感です。もっとも大事な価値観は「自由」です。それなのに、不安や恐れから安心を求めて自由を手放す。けれども、動機が不安や恐れですから、安心という現実は引き寄せられず、相変わらず不安や恐れのまま。ただ自由がなくなるだけ。そのことに多くの人に気づいてほしいなぁと思います。


なんかの広告で、ゴッホの言葉を引用したらしいが、あまりにも、今のわたしの心境にぴったりな言葉だったので響いた。その言葉とは−−。
「美しい景色を探すな。景色の中に美しいものを見つけるんだ」である。幸せの目で見れば、名もない日も輝いてみえる、という意味らしい。
」(p.207-208)

すべては見方次第なのです。だから、今あるがままで誰もが簡単に幸せになれる。そう、私も言っているのです。


「手ぶら暮らし」というタイトルから、モノを持たない生活の話だと思った方もいると思うが、この本は、終活や断捨離を勧める本ではない。はっきり言って、それはたいしたことではない。木で言えば、枝葉だ。大事なのは根だ。そして根となるのが、生き方だ。老いをどうとらえているのか。どういう姿勢で生きているのかだ。」(p.212-213)

そして、いきいきと暮らしている皆さんにはある共通点があることに気づいた。それは次の3点だ。」(p.213)

「おわりに」で、このようにまとめておられます。重要なのは生き方なのです。そしてその生き方のポイントは3つあり、それを次のように言われています。「足るを知る」「感謝の心」「好きなことがある」 つまり、今あるがままで十分だと見ること、十分どころか恵まれている見る視点を持つことですね。そして、今の現状に満足しているから、その安心感の中で自分らしい生き方、自分が好きなことをする生き方ができるのです。


本書でいろいろな方の実例がありますが、どれも将来は絶対に安泰だと言えるものではありません。著者の松原さんも、今は仕事があって収入があるからUR住宅で暮らしていけるのであり、もしそれがなくなれば、UR住宅から出ていかなければならない。そうなったらどうやって暮らしていくのか? 絶対的に安心できる状況ではないのです。
しかし、そうであっても安心して生きることはできる。すべては自分の気持ち次第、見方次第だと言われているように思います。

私も、何とか就職ができてアパートを借りることができたので、今は妻と一緒に暮らせています。それもこれも、健康な身体があったからだとも言えます。ありがたいことです。しかし、将来どうなるかは未知数です。生涯現役の覚悟を持って生きていますが、どうなるかはわかりません。ただ、どうなったとしても「大丈夫だ、何とかなる!」という思いを持って生きています。

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タグ:松原惇子
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:13 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年01月01日

今日、誰のために生きる?2

今日、誰のために生きる?2 [ ひすいこたろう ] - 楽天ブックス
今日、誰のために生きる?2 [ ひすいこたろう ] - 楽天ブックス

SHOGENさんの2冊目の本が出版されると聞いて、すぐに予約した本が届いたので読みました。2024年12月26日の出版ですが、すぐに届いて、この年末年始で読み終えましたよ。
著者はSHOGENさんの他、1冊目の本でも一緒に書かれたひすいこたろうさん、そして今回は、はせくらみゆきさん藤堂ヒロミ(とうどう・ひろみ)さんも加わっています。

はせくらさんと藤堂さんは、ブンジュ村の村長がSHOGENさんを助けてくれる2人の女性として予言されてた方のようです。導きによって2人と出会われたことで、SHOGENさんが伝えたかったこと、ブンジュ村の村長が遺言として1人でも多くの日本人に伝えてくれと言われたことが、さらに強力に広まっていくように思います。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

ショーゲンは、いつも無駄を省いて、効率よく生きようとしているけれど、
 無駄とか、しょうもないことの中に、
 幸せっていうのがあるのに、もったいないなあ……。
 効率よく考えるのであれば、生まれてすぐ死ねばいい。
 人はいかに無駄な時間を楽しむのかっていうテーマで生きてるんだよ。
 お前の心のゆとりはどこにあるんだ?
 ショーゲンの幸せはいったいどこにいったんだ?
」(p.16)

SHOGENさんがブンジュ村で暮らしていた時、3歳のザイちゃんが流れ星をつかまえに行きたいと言うと、お父さんは一緒に探しに行ったのだそうです。それを見たSHOGENさんが無駄なことだと言うと、お父さんはつかまえに行ったこともない人から言われたくないと言って、このように話したのでした。

人は何のために生きるのか? ただ効率を求めるのであれば、どうせ死ぬのだからさっさと死んだらいいとも言えるわけですね。
日本の古い歌に「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん」(梁塵秘抄」)というのがあります。大河ドラマ「平清盛」の挿入歌としても使われていました。人生とは遊びであり、経験を楽しむもの。だから効率よりも道草を楽しんだらいいと私も思うのです。


畑から野菜を収穫する人は、その野菜がどんな思いで育てられたのか、まず野菜を育てている人からわざわざ聞きます。料理する人は野菜を収穫した人から、この野菜を育てた人がどんな思いで育てたか、そして、どういう思いで収穫してきたのかを聞くのです。だから、食事にありつけるのに、すごく時間がかかるんです(笑)。
 村長は、「”物語” を食べるということがすごく大事なことなんだよ。それは昔、日本でもやっていたことなんだよ」といっていました。
」(p.19-20)

一つひとつの行動が単なる作業ではなく、その前の物語を聞いて味わうことなんですね。そして自分自身もまた物語を作っている。時間がかかる、非効率、たしかにそうかもしれないけど、それは映画を観るのに時間がかかるのと同じなんですね。


僕らも真似てみませんか?
 子どもにこういってあげませんか?
「今日学校に行ったら、まず誰に声をかける? なんて声をかける?」
 その問いかけが、人に対しての思いやりを育てます。挨拶って、本来、そういうものだったようです。
」(p.32)

ブンジュ村では、その日に出会う人にどんな言葉をかけてあげようかと事前に考えて、その言葉をかけてあげていたそうです。それがブンジュ村の挨拶であり、形式張ったものとか、とりあえず声を交わすというものではなかったようです。


「ショーゲンが感じたこと、学んだことを、1人でも多くの日本人に伝えてほしい」
 僕は村長から、そういわれました。
 村長は日本人がもっと心に余裕を持ち、豊かな五感を使って自然を愛し、自分を愛することができたなら、世界が変わると信じていたからです。
「世界の中でいちばん、空を見上げる余裕を持っていたのが日本人なんだ。
 取り戻してくれ、今すぐに」
 そういわれました。
」(p.37)

村長からこのように言われて、SHOGENさんは多くの日本人に伝えようと、誰かと出会えばすぐにブンジュ村のことを話すようになったのです。

そして村長から、自然破壊をしてしまうような人間が生かされている理由、この大自然の中での人間の存在理由を、次のように聞かされたそうです。

それはね、どれだけお花がかわいくても、夕焼けが美しくても、
 満月がきれいでも、『かわいいね』『美しいね』『きれいだね』と
 いってあげる存在がいないと、そのものたちが浮かばれないでしょ?
 本来、人は自然破壊とか環境汚染するためではなく、
 生きとし生けるすべてのいのちに対して、祝福の言葉をかけ続けるために
 生まれてきたんだよ。
 そして、それをいつも心においてできていたのは、
 日本列島に住んでいた、あなたたちだったんだよ。
 当時の日本列島に住んでいた人たちは、
 生きとし生けるすべてのいのちに対して、祝福の言葉をかけ続けていた。
 日本のみなさんが虫の音をメロディとして聞こえるのは、
 ご先祖さまたちが、生きとし生けるものすべてに祝福の言葉を
 かけ続けていたからなんだよ
」(p.38-39)

すべての生命、すべての自然に祝福の言葉をかける。見て、触って、聞いて、味わって、「素晴らしい」「素敵だ」「かわいい」「美しい」「最高だね」「美味しい」などと祝福する。それが人間の存在意義であり、その祝福こそが祈りなのですね。


実際、僕は変わりました。
 いちばん変わったことは、心に余裕を持てるようになったことです。
 村長が日本のみなさんへのラブレターだといっていた本は『今日、誰のために生きる?』というタイトルですが、この答えは「自分のために生きる」です。
 いつだって「自分のために生きること」です。
」(p.44-45)

村長から言われて、ブンジュ村のことを日本人に伝えてきたSHOGENさんは、そのことで自分が変わったと言います。伝えるということは他人のためではなく、自分のためになっているんですね。
そのことがわかってくると、伝えようとして聞いてくれないことがあっても、落ち込んだり恨んだりせずにその行動を続けられるし、逆にその行動を続けていれば、そのことがわかるようになるのだと思います。


漠然とした不安が消え、心配が消え、深い深い安心感に包まれる。
 その安心感をあなたにプレゼントするのが、この本の目的です。
 安心感の中で生きられたら、心から満たされます。
 本当の意味で自分を生きられるようになります。
 すると人生は勝手にうまくいくようになります。
 そして、それが平和(大調和)のはじまりとなります。
」(p.48)

このようにひすいさんは本書の目指すところを語ります。
私も、何があろうと「大丈夫だ、何とかなる」という絶対的な安心感を持つことが重要だと考えています。それがあれば、不安や恐れから自分らしくない生き方を選択する必要がなくなるからです。


あと、日本でいうお手当。それはもう、めちゃくちゃやっていました。撫(な)でてあげたり、さすってあげたり。自然のエネルギーを取り込んでいる人ほど健康なので、そういう人にお手当をしてもらうと、どこか悪い人がいても身体本来の力を取り戻せるといっていました。ちなみに親指よりも小指のほうが自然意識に近いから、自然のエネルギーを送るときには、小指から触ってあげるといっていました。」(p.63)

ブンジュ村ではレイキのようなことを意図的にやっていたようですね。

丁寧にゆっくりするということは、気にかけるということです。私たちも気にかけてもらうと嬉しいですよね。それと同じで、気にかけるとは、愛なのです。それは、いのちを愛でていくということ。究極、いのちそのものが自然だから、自然を愛でていくところに繋がっていくのだろうと思うんですよね。」(p.64)

ヒロミさんが言われるように、レイキは時間がかかります。チャッチャッとやって終わりじゃなく、傍に寄り添って時間をかけてゆっくりと気にかけてあげます。それが愛すること。人に対しての所作もそうですが、モノに対する所作でもゆっくりと丁寧に心を込めてやる。日本の茶道とか舞踊とかの文化に、そういう点が見て取れますね。


言葉を通して祝う、祝福するという意味ですね。漢字では、「寿ぎ」とも書くようですが。一種の予祝(前祝い)のことでもあります。村長さんのお話とかぶると思いますけれども、私たちは祝い合うために、喜び合うために、言葉という道具を与えられたと考えています。」(p.122-123)

「言祝(ことほ)ぎ」という言葉について、はせくらさんが説明した部分です。
ひすいさんは「前祝いの法則」という本で、日本の文化は予祝だったと言われていました。私たちが言葉を操れるのは、互いに祝い合うため、愛で合うため。そういう言葉を使っていきたいですね。


あと、当時のショーゲンはいつも効率を求めていたというけど、今は世界全体に、効率という名のモンスターがのさばっていますよね。無駄をはぶき効率を求める生き方は、「今」を未来の手段にする生き方になりがちで、意識は今ここを離れて未来(結果)に偏りすぎてしまう。その意識状態では、日本語本来の言霊の威力は発揮できなくなってしまうのかもしれないですね。」(p.125)

効率を求めるのは、今ではなく未来に生きることになってしまうと、ひすいさんは指摘します。

今すごく理解できたことがあります。それは、村長がずっと僕に気をつけてほしいっていっていたことがあったんです。それは、日本語を話す人たち、今を生きている人たちは、発言したことが形になりやすいということ。だから「発言に気をつけて」といっていたんです。」(p.126)

今に生きることによって、言葉は創造の力を発揮しやすくなる、ということでしょうか。はせくらさんの説明を受けたSHOGENさんは、村長さんの言葉を思い出して、このように語っています。


あと、縄文の人たちは、「自分の好きなこと」を語る時間が、とっても多かったって村長はいっていました。」(p.127)

でもたしかに、自分の好きなことを語っているとき、エネルギーも上がって、心の状態もよくなりますよね。どちらにしろ、縄文の人は心にゆとりがあったんですね。ゆとりが生み出すのは遊び心。縄文を代表する火焔(かえん)型土器は、完全に遊び心の表れですよね。無駄を楽しんでないと絶対にあの形にはならない。効率の真逆にアートがある。」(p.127-128)

自分が好きなこととは、情熱を傾けている対象です。人それぞれに、情熱の対象が異なるもの。それが個性。だから、それぞれがそれぞれに情熱を傾けて、それを語り、表現することが重要なのだと思います。それが愛の表現であり、祝うことであり、遊ぶことになると思います。


人間はいつもどこかで争いをしていて戦争がなくなることはありません。しかし、気づいたら、小指と親指が争っていたなんてことはありません。
 身体のどこかが不調なときは、その部分がほかの部分を助けているからです。症状が現れているところは、必ずどこかを助けている結果なんです。
 身体はいつだって助け合っているんです。現代人がまだ到達していない「争わずに助け合う世界」をすでに実現しているのが、あなたの身体です。

「身体」こそ100年先をいく、僕らの先生であり、「ご神体」なんです。
 そして、身体こそ縄文宇宙。身体こそ100年先を行くタイムマシーンだったのです。
 身体と深く繋がることこそ「宇宙WiFi」に繋がることであり、「縄文センス」を開花させ、人間の可能性の扉を開くことになるのです。
 そのとき、あなたのハートに満たされるものが安心感です。そこは大調和の世界です。
」(p.172-173)

たしかに身体は、各部位が争うことはありません。調和があり、助け合いがあるのです。左足を傷めれば、右足は自然と左足をかばうようになって、右足にも痛みが出たりする。文句も言わずに傷ついても左足をかばおうとする。それが身体ですね。
もし人類がその域に到達すれば、戦争など起こりようがありません。そしてそれが本来の人間の姿であれば、そこには必然的に安心感があるはず。安心感がなければ到達できないでしょう。

では、誰からそれを始めるのか? 他の誰かが先に始めるのか? ・・・考えてみればわかるように、自分から始めるしかないんですよ。

誰の人生だって、嫌なことがあったときの帰り道は、葉っぱが揺れて「大丈夫だよ」と伝えてくれているんです。
 僕らは気づいていないだけなんです。繋がっていないと思っているから、見えていないだけです。
」(p.175)

身体が自然と調和が取れて助け合っているのだとすれば、自然も同じであり、自然の一部である私たちも同じはずなんですよね。みんなつながっていて、調和が取れている。だから私が困っていれば、傷ついていれば、必ず誰かが、何かが、助けようとしていてくれている。寄り添ってくれている。ただそれに気づいていなかっただけ。
では、どうすればいいのか? そう、ただ気づけばいいんですよ。そこに気づけば一体感が得られ、安心感の中で自分らしく、大自然の中の自分として生きられるようになるのです。


ヒストリーやルーツは、いいことだけとは限りません。みんな、お金を出して映画を観に行きますが、その主人公には、いいことばかり起きるわけではないですよね?なのに、なんでお金を出してわざわざ映画を観に行き、主人公に自分を重ね合わせて観るんですか?
 いいことも悪いことも織り交ぜて、体験したいテーマがあるからです。いい・悪いを超えて、見たい世界があるんです。それが「物語」というものです。
」(p.180)

順風満帆の物語なんて、ちっとも面白くありませんよね。波乱万丈だからこそ面白い。小説なら読みたくなるし、映画なら観たくなります。
私たちの人生も同じことではありませんかね? 人生は遊びであり、ドラマ(物語)なのです。


ご飯をゆっくり食べる時間を削って、家族と過ごす時間も削り、慌ただしく生きている人がたくさんいますが、幸せになることより、いったい何を優先したいのでしょうか?
 とはいえ、忙しい現代人は、毎食丁寧に食べることは難しいことでしょう。ですから1日1回でいいので、よく咀嚼して、ゆったり丁寧に味わうことを心がけてください。
 ブンジュ村では無駄を楽しむ心のゆとりをとても大切にしていましたが、まさにこれは、心のゆとりなくしてできないことです。
 ゆっくり食べる時間を作る。このゆとりの中に、幸せが生まれるんです。
」(p.195-196)

さらに箸置きがあります。箸置きは何のためにあるかというと、箸を置いてゆっくり味わうためにあるのです。」(p.196-197)

たしかに箸置きというのは、最初に食卓に箸を並べて置くためだけにあるとしたら、何だかおかしいですよね。なるほど、食べている間も、箸を置いておけばいいし、そのためにあったんですね。
ダイエットの方法として、よく噛んでゆっくり食べるというものがあります。その具体策として、食べ物を口に入れたら箸を置いて飲み込むまでは箸を持たない、という方法がありました。そもそも箸で食べ物をつまんで食べるという食べ方からして、少量を口に入れる食べ方になり、食事に時間をかけることになります。箸や箸置きを使う日本の食文化は、食事をゆっくりと味わいながら食べることに最適なものかもしれませんね。


虫の音に耳を傾け、自然の美しさを愛で、日々の食事を丁寧に味わう。
 本音に素直になり、愛を持って言葉を語り、自分を愛する。
 心に余裕を持ち、生きとし生けるものに感謝し、すべてを「かわいいね」と愛する。
 僕たちのご先祖さまがずっと続けてきたこの暮らしの記憶を、1日も早く思い出していきたい。
」(p.217)

SHOGENさんのこの思いを、私も共有したいと思います。だからまずは1食でもいいから、ゆっくり味わって感謝しながら食事をしましょう。そして、外を歩いている時は空を見上げて、心のゆとりを取り戻しましょう。そう思うのでした。


あるとき、村長の奥さんであるママダマスが、僕にこういってくれたことがありました。
「村長は、ショーゲンにいろいろと教えることで、自分で腹に落としてたところもあるのよ。ショーゲンに伝え続けることで、自分も理解を深めていたのよ」
 そういわれたとき、ロボットのような自分でよかったんだと思えました。
」(p.218)

教える者がもっともよく学ぶ。私もそう言っていて、私がこの幸せになる考え方を広めようとしているのも、私自身がより深く理解するためでもあるのです。
そして、教える対象がいるということは、教える側にとってもありがたいことなんだなぁと改めて思いました。教えさせていただけるからこそ、自分が学ばさせていただけるのです。そういう意味では、ダメな自分という存在でも、存在意義があるってことですね。


SHOGENさんと言えば、2025年7月5日のことが気になりますが、何が起こるかはどうでもいいことだなぁと私は思っています。それより、その日を境に、世界はより良い方向へと進んでいくんじゃないかというワクワク感があります。私たちは「ひとつのもの」であり、つながっている。だから、何があろうと大丈夫だ、何とかなる。そういう気持ちになれるのです。

本書を読んで、さらにその感を強くしました。今年もきっと良い年になるでしょう。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:22 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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