お釈迦様はヨーヨーの糸を垂らす 日本講演新聞中部支局長のほっこりお笑い日記[本/雑誌] / 山本孝弘/著 - ネオウィング 楽天市場店
日本講演新聞の中部支局長、山本孝弘(やまもと・たかひろ)さんの新刊が出ると聞いて買った本です。
山本さんの本は、これまでにも「「ありがとう」という日本語にありがとう」や「明日を笑顔に」を紹介していますが、日本講演新聞の社説を書かれるようになってから注目していたコラムニストです。
ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。
本書は、山本さんがこれまで書いてこられたエッセイの中から51篇をまとめたものになっています。1つのエッセイは3〜8ページほどで読めるので、ちょっとした空き時間に1篇だけ読んでみるというような読み方ができます。
「いや、せーやんは不器用なだけで、きっと素直なおばあちゃんだったのだ。きっと戦争で苦労して、激動の時代を生き抜いてきたのだ。
僕たちがせーやんを悪者にしたように、閻魔様もせーやんを地獄に落としたかもしれない。
でも、極楽のお釈迦様はきっと思い出してくれる。せーやんが僕にヨーヨーをくれたあの日のことを。そしてお釈迦様は地獄のせーやんにヨーヨーの糸を垂らすのだ。」(p.12)
これが本書のタイトルになっている「がんばれ、駄菓子屋のばあさん」というタイトルのエッセイの一部で、本書の最初のエッセイになっています。
このエッセイは、私はすでに読んで知っていました。本のタイトルを知った時、このエッセイのことだとは思いつかなかったのですが、改めて読んでみて、「なるほど、こういう話だったか」と思いました。
山本さんの話は、だいたいがこういう日常的な思い出話で、温かみがあってほっこりする内容になっています。
「ベッドに戻ると天井から水が滴ってきた。それが狙ったかのように顔に命中した。雨漏りだ。フロントに行ってもきっと誰もいない。大きな声を出して呼んで起こしても雨漏りが止まるはずもなく、夜中に他の空き部屋に移るのも面倒だ。そう思った僕は体の向きを変えて寝た。足に雨が落ちてきた。
翌朝、
「よく眠れたかい?」
と何喰わぬ顔をした宿のおじさんが笑顔で聞いてきた。
「少し暑かったけど、足は冷たくて気持ちよかった」
と答えた。」(p.66-67)
山本さんはバックパッカーとしてタイやインドなどを旅行されていて、これはタイのコンケーン県のホテルでの話です。私もタイで20年ほど暮らしているので、何となくこのやり取りが目に浮かぶ気がしました。こういう大らかさがタイにはあるのです。
次は「それぞれの道で輝く教え子たち」というタイトルのエッセイです。これは、重度の障害がある娘さんを育てている小学校の音楽教師の郁子さんにまつわる話で、山本さんは以前、郁子さんの記事を書いたことがあったそうです。
「まだ郁子さんが独身の頃の話。勤務する中学校にある男性教師が転任してきて、3年生のクラスを受け持つことになった。郁子さんと親しい女子生徒が音楽室にやってきて文句を言った。
「もっとカッコいい先生がよかったのに!」
郁子さんは「先生のことをそんなふうに言ってはいけません」と言ったかと思いきや、
「気持ちはわかる。頑張ろうぜ!」
と返したそうだ。」(p.110)
郁子さんの性格がよくわかるシーンですね。しかし、話はそれでは終わりません。この男性教師、晃夫さんは、熱心に野球部を指導し、次第にクラスの生徒からも信頼され、人気が出てきたのだそうです。そして郁子さんも晃夫さんに魅力を感じるようになり、2人は結婚されたそうです。
「その時、気になる1年生部員を発見。身長は150センチで普通の体格。パワーも特にない。でも彼に野球のセンスを感じた。左で打たせてみたら右より良いスイングをしたので、晃夫さんは彼を左打ちに変えさせた。
投手もやらせたそうだ。彼が投げた試合の当時のスコアブックを見せてもらった。被安打9、与四球11、奪三振0と悲惨なものだったが、それでも晃夫さんは彼に未知の才能を感じたというから不思議だ。」(p.111)
この生徒は後に、ソフトバンクホークスから育成ドラフトで指名され、プロ野球選手にまでなったそうです。
「その選手とは、今現在、大リーグで活躍している千賀滉大選手だ。交流は今でも続いている。」(p.112)
こういうことがあるんですね。これだけでも心温まるエピソードなのですが、話はさらに続きます。
「そして、もう一人の教え子の話。
郁子さんに「もっとカッコいい先生が……」と文句を言った女子生徒は、その後、晃夫先生にゾッコン。
「私もあんな先生になる!」
と言ってその道を目指し始め、今は愛知県の中学校で教師をしている。」(p.112)
このエピソードを最後に持ってきたところに、山本さんの心の温かさを感じます。一方は世間に知られた大リーガーです。それに対して、もう一方はただの中学校教師です。でも、どれだけ大きなことを成し遂げたかが重要なのではなく、人と人との関わりの中で影響を受け、それぞれの人生を歩んでいくことの素晴らしさを、山本さんは伝えたいのではないかと感じました。
「でもそこは夢の国。先生が生徒に説教をする姿はあまり好ましくない。
かといって、ディズニーのスタッフが先生の所に行き、「やめてください」と言う姿もそれはそれで夢の国としては好ましくない。
さて、どうなったか。
山西先生と叱られている生徒たちの間に、ディズニーのキャラクターが突如割り込んできた。みるみるうちに他のキャラクターたちも集まってきて、生徒たちを囲んで踊り始めたのである。」(p.120)
このエピソードも素敵だなぁと思いました。凍りつくような場面で正論をぶちかましてどちらか一方をやり込めるのではなく、明後日の方向から関わって場を和ませる。こういう介入の仕方って、素晴らしいなぁと思いました。
それにしても山本さんのところには、こういう素敵なエピソードがたくさん集まってくるんですね。引き出しの多さに感服します。
「その時にまたこう言われた。
「日本人はみんなジェントルマンだね」
日本人は普通のことをしても世界基準ではジェントルマンになる時がある。
海外に行く時は常に「自分の行い=日本人の行い」と見られていることを意識したいなと思う。」(p.159)
これは山本さんがバンコクで記者証を作ってもらった時のエピソード。路上で作ってもらったのですからまがい物でしょうけど、申込時に代金を払うことになっていたようです。ところが、山本さんが大きな紙幣(おそらく1000バーツ札)しか持っておらず、店の人もお釣りがないと言うのです。これはタイでは普通にあることですね。どこかで崩してこようかと思ったら、お店の人が受取り時でよいと言うので、そうしたそうです。
そして1時間くらいして受け取りに行くと、お店の人が別の人に代わっていて、代金はもらっているはずだから要らないと言うのです。山本さんは事情を説明して調べてもらって、やっとまだ払ってなかったことを納得してもらって、支払いを済ませたのだとか。
チャンスがあれば騙してでも得をしようと考えるのが、残念ながら世界では普通のことかもしれません。そんな中にあって、日本人の感性はまったく違うと思います。お天道さまが見ているのだから、いつでも正直であること。それが日本人なんですね。
私もタイで、そういうことは何度か経験しました。コンビニで買物をして500バーツ札で支払いをしたら、お釣りの中に500バーツ札があったのです。店員さんが1000バーツ札を受け取ったと勘違いしたんですね。私はすぐに、その500バーツ札を返し、最初に渡したのは1000バーツ札じゃなく500バーツ札だと説明しました。
当時、店員さんの日給が500バーツくらいだったかと思います。そんな間違いが後でわかったら、店員さんがペナルティーを与えられるかもしれないし、そうでないとしてもお店は大損でしょう。そういうことが想像できるだけに、そんなことで得をしたくなかったのです。
私も、自分の行動が日本人を代表していると思いながら生活していました。そんな懐かしいタイでの生活を思い出させてくれるエッセイでした。
今回の本に収められたエッセイの半分くらいは、すでにどこかで読んだような記憶があります。なので、私にとってはそれほど目新しさはありませんが、相変わらず山本さんのほっこりするような温かい目線が感じられる内容でした。
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