89歳、現役医師が実践! ときめいて大往生 [ 帯津 良一 ] - 楽天ブックス
これもYoutube動画でオススメされていた本になります。著者は帯津良一(おびつ・りょういち)さん。89歳ですが現役のお医者さんです。
85歳を超えてなお、こうも元気でおられるにはいろいろ秘訣もあるのでしょう。そんなことも知りたくて読んでみました。
ではさっそく、一部を引用しながら本の紹介をしましょう。
「もちろん、早寝早起きも私が健康・長寿である要因の一つではあるでしょう。けれども、私はそれが一番だとは思っていません。
私自身が健康・長寿である一番の秘訣は、前述したとおりお酒と女性です。言い換えるなら、それによって得られる「ときめき」です。」(p.17)
世間一般で言われているような健康法よりも、お酒と女性に対する「ときめき」を持ち続けていることが、健康・長寿の秘訣だと帯津さんは言われます。実際、晩酌は毎日だそうです。
「医者の私が言うのも変ですが、病院へ行ったからといって病気が治るわけではありません。薬は症状を抑えることはできても、病気を治すことはできません。現代の医学では風邪すら治すことができない。それが現実です。
それでは何が病気を治すのか? それは、人間がもともと持っている自然治癒力です。」(p.18)
「実はこの自然治癒力は、心と深い関係があります。自然治癒力は、心配したり落ち込んだりすると低下するのに対し、ときめいていると高まるのです。」(p.18-19)
「病は気から」と言いますが、不安や恐れが心にあると、つまり気が病んでいると、病気になるのです。そして病気は、医者や薬が治すのではなく、自分の自然治癒力が治すのです。このことを忘れている人が非常に多いと感じます。
「私は直観しました。大好きな踊りに夢中で取り組んだことが、彼女の自然治癒力を高めて、がんを消してしまったのではないかと考えたのです。
ときめきが、がんを消してしまったのです。」(p.21)
ガンが自然寛解する例がいくつもありますが、帯津さんもそんな経験をされたそうです。
「がんが自然消滅するのは稀な例ではありますが、ときめきによって症状がよくなるのは日常茶飯事です。」(p.22)
必ず治るとは言えないものの、ポジティブな心を保つことが健康に役立つことは間違いがないということですね。
「直観は、損得や理屈を超えた世界ですから、思い切ってそれに従ってみると、思わぬ展開が起こることもあるのです。
ですから、何か違和感があれば自分の直観を信じて、医者の言いなりになるのをやめてみるというのも、己の尊厳を守るためには大切です。」(p.31)
医者が言うことだから、権威ある人が言うことだから、必ずしも正しいわけではありません。自然治癒力がなぜあるのか、どう働くのかすら知らずに外科手術をしているのが医者です。その程度なのに、すべてを知ってるかのごとく患者に正しさを押し付けるようなら、医者としては未熟でしょう。そんな医者からは逃げるようにと帯津さんは言います。
「つまり、私の体は、数値上は健康とは言えません。
ところが、私は健康なのです(そう信じています)。
毎日好きなものを食べ、自分の足で歩き、自由に話し、晩酌を楽しんでいる。これを健康と言わずして、なんと言いましょう。
だから私は、健康診断の結果は気にしません。」(p.33)
帯津さんは腹囲が98cmもあり、基準値的にはメタボになります。けれどもまったく気にしておられないようです。
私も、健康診断には懐疑的であり、自分の健康状態は自分が感知したもので十分だと考えています。
「けれども、今はまったく野球を見ません。嫌いじゃないんだけど、自然と見なくなりました。これは決してネガティブなことではなく、興味の対象が変わってきたということだと思います。今の私にとって、とにかく晩酌さえあれば、他のことは少しぐらいなくなっても大丈夫なんです。
生活の中で心の赴くまま、やめることを増やしていくと、その分、興味の対象が際立って、ときめきの質が高まったくる気がしています。」(p.37)
私も野球は大好きで、かつては毎試合のようにプロ野球中継を観ていました。けれど仕事が忙しくなって、中継を観られなくなると、だんだんと興味が減っていきました。それでも深夜のダイジェスト番組を見て、興味をつないでいましたが、タイへ赴任したことによって、完全に興味の枠から外れてしまいました。
こういう経験があるので、帯津さんのこの感覚はよくわかります。その時は何よりも重要だと思っていても、状況が変われば大したものだと思えなくなる。そのうち忘れてしまう。こういうことがあるんですよ。
「私ぐらいの年齢の人間が恋の話をすると、「老いらくの恋」と揶揄されることがありますが、私はそれが気に入りません。若かろうが、シニアであろうが、人が人にときめくことは素晴らしいことだからです。
人によっては、片思いではなくて両思いを望むかもしれません。伴侶がいない場合はそれもいいと思いますが、私自身は、素敵だなと思える人はたくさんいたほうがいいので、片思いがちょうどいいと感じています。」(p.51)
人が人にときめく「恋」というものは、何歳になってもいいものですね。私も、男女の恋というものにはそれほどときめかなくなりましたが、その人の全体と言うより、ある瞬間のその人の魅力にときめくことはよくあります。男女に限らず、素晴らしいなぁ、すごいなぁ、素敵だなぁ、というようなときめきは、いつまでも持っていたいものだと思うのです。
「毎日生きていけるだけの生活費があって、大好きな晩酌もできるお金があれば、私は充分幸せです。
貯金がなくても、入ってくるお金があれば、一日一日を充実させることはできます。お金はわずかでも、入ってくればいいのです。年金がもらえるなら申し分なし。足りなければ、立ち働けばいいのです。」(p.63)
私も、贅沢な生活ではありませんが、充分に満足して暮らしています。そして、もらえる年金は少ないので、生涯現役と決めています。それで充分にありがたいことなんですよ。
「「お金がないのに大病を患ったらどうするのですか?」と聞かれることがあります。
私はこう答えます。
「そのときはそのときです」」(p.70)
すべての災厄に事前に対処する方法なんてありません。常に、「そのときはそのとき」なのです。災厄に遭う時とは災厄に遭うがよろしいと言われた良寛さんのように生きたいと思います。
「死に対する恐怖心というのは、
「その不安に慄(ふる)えている患者さんの少し前を行く人が、和らげることができる」。
つまり、自分が患者さんよりも前を歩いて、背中を見せて安心させようということです。
だから私は、「今日を最後だと思って生きる」と決めました。」(p.79)
「こんな感じで、毎日5時半から晩酌をしています。自宅で飲むこともあるし、一人でどこかへ飲みに行くこともあります。とにかく、どこかで必ず365日お酒を飲んでいます。
私は今日が最後の日だと思って生きていますから、毎日が最後の晩酌です。だから、晩酌のときには、ときめきが大きくふくらみます。」(p.95)
帯津さんは、80歳を過ぎてから、「今日が最後の日」という思いをしっかりと持てるようになったと言われています。たしかに、私もそう思って生きようとしていますが、実感するレベルではありませんね。まぁでも、いずれそのように実感できる日が来ると思って、今は今の私として、「大丈夫、何とかなる」という思いで生きることで、他の人への参考になる生き方になるのかなぁと思っています。
「私の場合、ときめきの主な源泉はお酒ですが、人によってはそれが食べ物でもいいし、ペットでもいいし、趣味でもいいし、なんでもいいんです。」(p.97-98)
「東大の名誉教授で、免疫学がご専門だった多田富雄先生は、脳梗塞になり、右半身が麻痺しました。そんなある日、麻痺していた右足の親指がピクッと動いたそうです。そのとき、多田先生は、今までの自分とは違う「新しい人」が生まれるのではないかと思い、「新しい人」に早く目覚めるように呼びかけました。病気になった古い自分に未練を残すのではなく、新しい人に希望を見出したのです。
そうすると、生きることを愛おしむ気持ちが湧いてきて、体は回復しなくても、命は回復しているようだと感じるようになったそうです。そうして特訓の結果、左手でワープロが打てるようになり、本を上梓できるほどエネルギーが回復したのです。」(p.98-99)
ときめきがあれば病気が治るとか、健康になるわけではないのですね。そうではなく、生命エネルギーが増大するのです。これまでとは違う生き方で、それでも輝いて生きられるようになるということだと思います。
「自律神経というのは呼吸とリンクしているので、自律神経の状態が呼吸に現れるその一方で、呼吸を意識的に行うことによって、自律神経をある程度コントロールすることもできます。つまり、副交感神経を活性化し、自律神経のバランスを整えたいなら、吐く息を重視すればいいのです。」(p.109)
私たちは心臓の鼓動などコントロールできないものによって生かされていますが、唯一コントロールできるのが呼吸なのです。自動でもあり手動でもある。帯津さんは呼吸法を重視されていますが、禅においても瞑想法においても、やはり呼吸が重要だとされていますね。
「肉体は老いていきますが、これまでの経験や知識によって心は豊かになります。そしてそれによって生命エネルギーは日々高まり続けていくのです。老いは誰にとっても初体験なのですから、どんな70代、80代になるのだろうとワクワクしながら老いを迎え入れてもいいのではないでしょうか。
アンチエイジングより「ナイスエイジング」といこうではありませんか。」(p.119)
「生まれたからには必ずいつか死にますし、死ななければ生まれることもありません。これが自然の摂理です。
ところが、生は喜んで受け入れるのに、老病死には抵抗します。しかしながら、生と死は一連の流れの中にあるので、大きな視点で見ればどちらも同じ。そこに良し悪しは存在しません。
自然界の春夏秋冬は、人間の生老病死と似ています。」(p.120)
死は生の地平線だと、お勧めしている「神との対話」では言っています。生命は永遠であり、私たちが思う死は、生の1つの段階に過ぎないのです。
では、人生において重要なことは何かと言えば、新たな自分を経験すること。そういう観点からすれば、老いとは変化であり、新たな自分の経験です。思うように体が動かなくなる経験、物忘れする経験、あらゆる老いにともなう経験は、私たちにとって未知の経験です。だからこそ素晴らしい。
分量は少なく、読みやすいのであっという間に読めてしまう本ですが、実に示唆に富んだ内容の本でした。と言うのも、ある意味で非真面目な著者が、非真面目を貫きながら幸せに長生きしておられるという事実があるからです。
私たちは真面目に生きる必要はない。自分の直観にしたがい、自分らしく生きればいい。もちろんそれが長生きにつながらないことがあるとしても、それでも自分らしく生きた1日は、他人の言うがままに生きた1年に優るのではないか。そんなことを考えさせていただきました。
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