最近、X(旧Twitter)で減税関係のポストをリポストしたりしています。その関係で知った本だと思います。
著者は毎日新聞の経済部の記者で、高橋祐貴(たかはし・ゆうき)氏です。いくつか本を執筆されてもおられるようですね。
ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。
「また、このことを経産官僚に聞くと「大手頼み」である実態を認めた。
「電通は人や会社を差配する力がある『何でも屋』で、立案力も含めて社員の能力が高い。政策実行を官庁だけで考えるとなると、質、スピードが落ちてしまう。持続化給付金事業もじっくり業者を選定すれば1年かかる」
さらに経産省OBは、「官僚のむちゃな要望、案件も引き受けて及第点を出す企業で、使い勝手が良い」と発注が大手広告代理店に偏る背景を明かした。」(p.32-33)
政府が支援金を給付するなどの事業をしようとした時、政府が直接それをやることはありません。必ずどこか民間企業にとりまとめをさせるのです。
けれども、そうすることで予算の中抜きが行われるなどの問題が起こる。そういう実態について、高橋氏はインタビューなどから構造を明らかにしていきます。
「法務省の推計によると、一般社団法人は2019年12月時点で約6万法人。実際はこの数字以上の法人が存在すると見られている。公益社団法人には予算書や事業計画書などを毎年度、内閣府や自治体に報告する義務がある一方、一般社団法人は定款や社員名簿、貸借対照表を備え、最低限の決算公告を求められる程度だ。一般社団法人の設立数を調査したことがある東京商工リサーチの担当者は「監督官庁がないため、一般社団法人には不透明な実態が多く、正確な情報がつかめない」とこぼす。調査のプロでもお手上げだった。」(p.34-35)
「第1次支払い先と請求の関係は、経産省と一般社団法人なんです。ということは、一般社団法人とか公的なイメージがあるところを介した請求と支払いで済んでしまうんですよ。そこから他の会社に再委託や外注をするんですけど、広告会社の内部規約では、第2次支払い先の原価は開示しないということになっていまして。だから、会計検査院の確定検査が第1次支払い先で止まってしまうんです。仮に経産省からサ推協に800億円払いました。そこからさらに広告代理店に700億円で流した場合、800億円の明細さえクリアになっていればいいんですよ。広告代理店に700億円だけ払いましたって証明だけすればいいんです」(p.47)
「官僚サイドを取材していても、誰もが委託業者の原価がいくらなのか、利益は一体どれくらいなのか、分からないと首をかしげていた。知らないフリをしているのではないか。そう思ったこともあったが、どうやら本当に知らないようだ。もしくは知ろうとすることで関係性が崩れる懸念があったのだろうか。」(p.48)
つまり一般社団法人は会計報告の義務がほとんどなく、一般社団法人を挟むことで、堂々と資金の流れを隠せるということですね。
政府側は、自分たちではできないことを一括して丸投げすることができる。実際に元請けとなる広告代理店は、好き勝手に差配して儲けられる。実際の業務は、その下請けや孫請けが行う。けれども、その実態は政府に報告する必要もない。
政府も、元請けも、それぞれに都合がいいのです。だから手つかずで、税金がじゃぶじゃぶ流れています。
「類似の事業がないと比較もできないので相場って適当なんですよ。この事業って例えば600億円ぐらいだろうっていう相場感で。じゃあ、そこから値引きや交渉があることを考えて580億円にしようって。ある程度の線引ができたら10億円くらい粘ってみようと。つじつまを合わせるための資料、見積もりを作っていると思います。オリンピックはじゃぶじゃぶってことがこの資料からよく分かります」(p.77)
東京オリンピック関連の資料を見た経産省幹部の意見だそうです。
私も、あんな大規模なイベントの予算がどうやって決まるのか不思議でした。細部を積み上げれば可能かもしれませんが、それでは非常に大きな労力がかかるし、実際にやってみれば計画どおりにならないことも多々あるでしょう。
私自身、コンピュータシステムの開発に携わっており、小さなシステムの見積作成をしたことがあります。だいたいの規模感と、その規模に単価を掛けて見積もるというやり方が主流でした。けれども、その規模が本当に合ってるのか、単価は適正なものか、なんとも言えないという気持ちはありました。それに、開発段階での仕様変更もよくあることで、どこまでの仕様変更は無償で認めるとか、その辺もさじ加減でした。
こういう経験からしても、大規模イベントに関わる経費の算出は、並大抵のことではないと思うのです。そうであれば、その元請け企業が出す見積もりは、かなり水増しされたものにならざるを得ません。また、実際に動き出してから追加請求があることも十分に考えられます。
もし、これを企業が手掛けたならどうするでしょう? もっと念入りに予算を考え、その経費を上回る売上をどう捻出するかを考え、その見積もりが妥当だと判断できなければGOサインは出されません。赤字になる可能性が限りなく払拭できない限り、あるいは赤字になってもやる意義があるという経営判断がない限り、GOは出ないのです。
しかし、これを行政がやれば別です。原資は税金であり、株主のようにいちいちうるさいことは言いませんから。だから元請けが出す適当な見積もりも受け入れるし、動き出した以上は追加支出にも応じるしかなくなるのです。
だから、行政が事業をしてはいけないのです。行政には事業をやる能力がないし、責任を取らないからです。企業なら、もし事業に失敗すれば株主に対して責任を負うし、最悪、倒産ということになり、市場からの撤退を余儀なくされます。けれども行政は、地方自治体と言えども滅多なことでは破産しませんから。
「ゼロゼロ融資は、利子を各都道府県が、返済不能となった場合の焦げつきリスクを信用保証協会が受け持つ制度だ。お金を借りる企業の利子・担保負担を「ゼロ」にする制度で、仮に事業者が返済不能になったとしても、政府や都道府県、信用保証協会が代わりに受け持つことになる。」(p.118)
「金融機関から見ると、融資先の返済が焦げついても信用保証協会が肩代わりしてくれ、利子は都道府県が支払ってくれる側面があり、リスクを負うことなく、貸せば貸すほどもうかる構図となっている。
さらに疑問視する使途もある。政府融資の使途は運転資金と、新型コロナ対策のための設備投資に限定されているが、神戸市内の50代の中小企業経営者は、株式投資など「マネーゲーム」の原資にしていると明かす。」(p.118-120)
「「補助金や給付金、交付金は企業を受け身にさせ、常識的な経営者でさえ補助金をもらうことが目的となり、その間は自分が何をするべきかという考えを奪われてしまう。コロナ禍の政策はある種の麻薬になってしまっている」
中山社長も、補助金や給付金ありきの政府の支援スキームに思うところがあるようだった。
「雇用調整助成金や事業再構築補助金といった支援制度のおかげで金銭的なバックアップがあるのはありがたいです。でも、社員のスキルが上がっていくわけではないのが悩みどころでね。安くても仕事をすれば、加工の腕も上がるし。例えばコロナをきっかけに社外留学とかさせられないかとも考えたけど、それも申請してみないと分からなくて結局できなかった。」(p.124-125)
政府など行政による事業もさることながら、こういった事業者への補助金制度は、往々にしてこういうことになります。
行政が事業者を救済しようとすれば、無駄にお金が使われたり、コストがかかったり、本来なら市場から撤退すべき役立たない事業を延命させることになるのです。
また、行政が補助金を支給するための選別基準がわかりにくかったり、申請書類の書き方がわかりにくかったりして、本来の目的が生かされない事態が多々あります。本来は、事業者が自由に使えるお金を手にするハードルが低くなって、事業者の自由裁量で使って事業に役立てるべきです。けれどもそこで、何でもかんでもお金をバラまいたのでは、事業に役立てるという目的すらないがしろにされてしまうことが起こるのです。
「企業や地方などを挟むと、国からの本人に交付される公金が届きにくくなったり、本来とは違う趣旨で使われたりしやすくなる。だから、こうした公金の配り方の見直しや直接支給・申請を求める声は根強い。前章で紹介した小学校休業等対応助成金や地方創生臨時交付金はその一例だ。電子申請などのデジタル化を進めれば、国民の意向に合わせて直接支給することはいとも簡単にできるが、一筋縄ではいかない。むしろ、利便性が高まることを拒んでいるように映る。」(p.151)
私は、事業に対して行政が補助金を出すような政策は、なるべく減らした方がいいと思っています。それはこれまでにも書いたように、無駄が多く利権を生じやすいからです。
けれども、どうせ配るのであれば、補助金の趣旨が明確であること、その用途に使うことが明白であり、効果が検証できること、申請が容易であることが重要だと思っています。
少なくとも、どこにいくらどういう目的で支給したかを公開すればいいと思います。そうすれば、それを見た人が自由に検証できますから。
そして、申請の容易さを推進する上でデジタル化(オンライン化)は必須でしょう。いまだにFAXでとか、申請用紙に手書きでとか、無駄な押印が不要になったのは良いとしても、まだまだ進んでいません。
さらに言えば、行政関係の支払いに現金を求められることがほとんどですが、これも何とかしてほしい。せっかくコンビニで利用できるにも関わらず、デジタルマネーが使えないことが多いのです。
「2022年度からは、単年度の事業費が10億円を超える場合は四半期ごとに支出状況や残高を公表することにしている。財務省幹部は「これまで基金のチェックは会計検査院や行政事業レビュー頼みだった」と話し、著しく成果が低い場合は予算の削減も検討する構えを見せる。
ただ、一時的なチェックは事業を所管する省庁任せになるため、どこまで基金の見直しにつながるかは不透明だ。それに加え、基金全体でどれだけの額がつぎ込まれてきたかは財政当局でさえつかめずにいる。」(p.225-226)
政府の予算は、通常は単年度で使い切るものです。それはそれで弊害があることもあり、最近は複数年度を見越した「基金」という制度が使われているようです。
しかし、それによって一層、予算と事業内容の妥当性の評価がしづらくなっているようですね。ただでさえ、行政が行う事業の評価は難しい面があります。企業と違って、儲かるかどうかというわかりやすい指標がないからです。
だからこそ、これまでも書いているように、行政が事業をやってはダメなのです。
「2021年5月、中央省庁の抽出した事業を有識者らがチェックする「行政事業レビュー」では、河野行政改革担当相(当時)がトヨタを念頭に「水素自動車を売っているところが真剣に水素ステーションを作っていないのに、(予算を投じる)意味があるのか」と批判した。政府内にも、「トヨタのための政策ではないかと思うほどだ」と皮肉る声がある。」(p.231)
私は、ここにヒントがあると思っています。政府主導で水素エンジンに切り替えようとしても無理があるのです。それで経済的にペイできるかどうか、より正確に判断しているのは企業の方です。だから、事業は企業に任せるべきなのです。
もし、自動車メーカーが真に水素エンジンの方が利があると思うなら、多少のコストを掛けてでも水素ステーションの普及を推進するでしょう。そうしないのなら、まだ機が熟していないのです。
でもそうすると、いつまでたってもこれまでの技術や制度を使い続けることになり、CO2削減というような政策目標が達成できないと思われるかもしれません。でもそれは、炭素税などでコストが年々高まることがわかれば、企業はその上でどうするかを自由に考えて判断するでしょう。
EV車の購入に補助金を出すような制度も、行政が事業に口出ししているのです。
自動車メーカーが、本当にEV車を普及させたければ、儲けを削ってでも売ろうとするでしょう。そうすることで数年後に儲かるようになるなら、企業はそういう判断をします。
だから政府は、国民に自動車購入のバウチャーを配ればいいだけなのです。あとは何を売りたいと思うかは企業の自由に任せればよく、何を買うかは国民の自由に任せれば良い。ただ、年々炭素税が重くなるから、早い段階でシフトしていかないと企業経営は大変になるよ、という状況を作れば良いだけのことです。
「予算を事業ごとにシート化し、それをもとに官僚や外部有識者が口角泡を飛ばして妥当性を議論する。目的は「無駄撲滅」というより、公開によって「政府への信頼を向上させること」(閣議決定文)にある。政府データを誰もが自由に二次利用し、新しい市場や価値を創出することを期待するオープンガバメントには程遠いが、行政事業レビューの真の狙いを霞が関に官僚に再認識させ、レビューシートを使えるモノにしなければならない。」(p.237)
地方行政にも事務事業評価があり、評価シートを公開している地方自治体も増えてきました。そういう情報がオープンにされ、みんなでチェックして自由にレビューをつけられるようにすればいいと思います。
けれども、これまでにも書いたように、多くの事業に到達目標がありません。やることだけが目標であり、その妥当性をチェックする方法がないのです。
たとえば、男女同権意識の向上を図るための啓発事業などがそうですね。ただこんなことをやりましたというだけ。それによって、どんな効果があったのかを検証する仕組みにはなっていません。
だから、行政に事業をさせてはいけないのです。無意味に、無駄に、税金を使い続けるからです。
本書を読んでみて、これまで漠然と思っていた「行政が事業をやると無駄が多くてコストが嵩み、利権の温床になるだけだ」という考えが、より一層強くなりました。
やっぱり政府や自治体に事業をさせてはいけないし、補助金行政は可能な限り減らしていかなければならないと思います。そうやって小さな政府にして、国民や住民の自由を増大させることが大事だと思います。
ただし、セーフティネットは必要です。必要どころか重要です。なぜなら、セーフティネットがあることによって、人々は安心して自由に活動できるようになるからです。セーフティネットとしては、これまでの自治体が事業をやるような生活保護制度ではなく、ベーシック・インカムのように一律に給付するという形がベストだと思います。
行政を小さくして人々の自由を大きくする。それが私たちの幸せにつながると、改めて思いました。
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