久しぶりに志賀内泰弘(しがない・やすひろ)さんの本を読んでみたくなって、この本を買いました。
志賀内さんの本はこれまでに、「5分で涙があふれて止まらないお話」や「気象予報士のテラさんと、ぶち猫のテル」を読んで紹介しています。いずれも、ホロッと涙がこぼれるような、感動的な話が満載の本です。今回の本も、またそういう本でした。
どうやらシリーズ本のようですね。京都祇園の一見さんお断りのもも吉庵を舞台とした、ホロリとするような短編小説集となっています。
ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。とは言え、これは小説ですから、ネタバレにならないよう注意しながら、私が感動した部分を紹介したいと思います。
「ええか、今日からうちが、あんたの姉さんや。義理の姉さんいう言葉の上だけやない。ほんまもんの姉さんや。よ〜く覚えとき」
暮れかかる茜の空に、どこかで鐘が鳴った。
それを合図にしたかのように、奈々江の瞳から涙があふれてきた。」(p.62)
かつてNo.1の芸妓だった美都子は、舞妓になる前の「仕込みさん」の奈々江のことがいちいち気に入らなかったのです。甘すぎると思っていました。祇園で舞妓、芸妓になるということは、並大抵のことではないのです。
だから美都子は奈々江に厳しく当たってきました。けれども、東日本大震災で家族を失って、生きる道を探して舞妓になろうとした奈々江の事情を知った時、美都子は心底応援したくなったのです。本当の家族になろうと思ったのです。
「花街では、血がつながっていなくても、目上の人は『お義母さん』『お姉さん』『お父さん』『お兄さん』と呼びます。ご存じの通りや。みんな家族なんや。何よりも生きて行くんに大切なのは家族と違いますか?」(p.84)
もも吉庵の亭主、もも吉のセリフです。花街では、全体が家族。そうであれば、会社であろうと地域社会であろうと、みんなが家族だという考え方もできるはずです。
私は老人介護施設で2年間働かせていただきましたが、その中でもいろいろありました。
スタッフ同士で、「あいつは仕事が全然できてない」なんて悪口と言うか文句と言うか、日常茶飯事でした。同じ仲間なんだから、もっと受け入れたらいいのに、と思いました。けれども、そんな私でも、「何でこれができないの!?」と頭に来ることが多々あったのです。
私も、まだまだだなぁと思いました。私たちは家族だという覚悟が足りなかったのだと思います。家族であれば、もうどうしようもない。受け入れるしかない。助け合うしかない。その覚悟です。
「「ほほほっレディーファーストどすか、それは降参や降参。遠慮のう座らしてもらいまひょ」
もも吉は、青年の一言で「すくわれた」と思った。
青年も無言で笑った。
ここでもも吉は、ふと悪戯心(いたずらごころ)が湧いてきた。
年甲斐もなく、彼を好きになってしまったのだ。
それも、男はんとしてだ。
「お兄さん、それにしても粋なお人やなぁ。惚れてしまいましたがな」
「惚れて」というところを特に大きな声で言った。」(p.223)
若く見られても還暦は過ぎていると見られるもも吉は、電車内で若者から席を譲られようとしました。その時つい、まだそんな年ではないと抵抗してしまったのです。それに対して若者が、年寄だからではなくレディーファーストだからだ、と機転を利かせて言ったのでした。
日本人の価値観の中に「粋(いき)」というものがあります。相手に恥をかかせない。それも粋なのです。昨今、徹底的に相手を論破して、上から目線でやり込める、つまりマウントを取る風潮がありますが、それは粋ではありません。相手に対する敬意とか、親しみがないのです。
私はこれを読んで、「粋」というのは、「違いはあっても、みんな家族なんだ」という考え方が根底にあるように思いました。だから、価値観が違っても大切な人として扱いたいという思いがあるのです。
「恭子は、もも吉のそばに寄り添い続けた。
何も云わない。
ただ聴くだけ。
泣いては愚痴を言い、泣いては捨て鉢なことを口にするもも吉に、「うんうん」とだけ答える。」(p.261)
「「人生は、どんなに気張って生きていても、自分の責任でもなんでもないのに、どうしようもな辛いことが起きる時があるて」
「……」
「でも、それは受け入れるしかないんやそうや。よく、苦労は金を出しても買え、と言うわなぁ。でも、本当にお金を出してまで苦労を買う人は一人もいない。だから、神様がときどき人に苦労を与えるんやそうや。もっと苦労して精進せえよって」」(p.262)
「ええか、もういっぺん言うで。起きたことはどうにもならん。受け入れるしかないんや。その苦労は、神様がもっと精進せえ言うて、与えてくれたもんなんや」(p.263)
私もこれまで、こういうことが多々ありました。これを「強制終了」と呼んでいるのですが、SMS1本で婚約が破談されたり、メールでリストラ通告されたり。でもね、それは受け入れるしかないんですよね。
そして、そういう状況にあって落ち込んでいる人に対しては、ただ「寄り添う」ことしかできないんですよね。「お前はダメだ」と否定することがダメなのは当然として、「もっと頑張れ」と励ますのも違う。「共感」と言っても、「そうだそうだ」という共感じゃなく、「つらいよね。わかるよ。」という共感。それが「寄り添う」ということじゃないかと思うのです。
人生、長く生きていればそれだけで、いろいろなことがあると思います。私ですらあるのですから、私以上に波乱万丈の人生を送られている方も多数いらっしゃることでしょう。
そういう経験をされてこられた方であれば、この物語を読んで、しみじみと感じることがあるのではないかと思います。
もちろん、まだ若くて、そういう経験がない人もいるでしょう。そういう人にも、ぜひ事前学習として読んでもらえたらいいなぁと思います。
単に読み物としても、感動するストーリーばかりですからね。気軽に読んでみてくださいね。
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