2023年04月18日

鎌田式「にもかかわらず」という生き方



随分前に買った本ですが、やっと読むことができました。積読(つんどく=積んでおく)状態の本が多数あり、後回しになっていました。
この本を買ったのは、長野県で介護の仕事をすることになったのがきっかけです。働くようになってしばらくしてから、近くの諏訪中央病院が、以前から存じ上げていて鎌田實(かまた・みのる)さんが働いておられる病院だとわかったのです。
読み終えた本を勤務している施設に寄贈していたので、それなら縁のある鎌田さんの本を残してあげようと思い、選んで買った本になります。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

父となってくれた岩次郎さん、母となってくれたふみさん、二人の暮らしはとても大変なものだった。小学校しか出ていない二人は、ずっと貧乏の中で生き、死んでいった。ふみさんは、重い心臓病を患っていた。岩次郎はその入院費を稼ぐために必死で働いていた。
 貧困と重病の妻という二つの困難を抱えていたにもかかわらず、岩次郎は行き場のない僕を拾ってくれた。「余裕があるから困っている子どもを助けてあげよう」という考えからの行動ではないところに、彼のすごさがあるように思う。どんな困難な状況に陥っても、「にもかかわらず」という生き方があることを、僕は物心つく前から教えられていた。
」(p.4-5)

鎌田さんの実の両親は離婚し、父親に引き取られたものの、父親の再婚によって鎌田さんは居場所がなくなってしまったのだそうです。そんな時、親戚でもない養父母に引き取られたそうですが、その経緯は調べてみてもわからないのだとか。
しかし、その養父母の生き様によって、この「『にもかかわらず』という生き方」を教えられたのですね。


累積赤字4億円の病院に赴任したときにも、波だと思った。今は下向きでも、いずれいい波が来て、みんなが生き生きと働けて、地域から評価される病院になるはずだと。
 これが鎌田の波理論である。
」(p.18)

昔から「禍福は糾える縄の如し」と言いますが、人生には順風もあれば逆風もあるのですね。


以前は朝が来ても、体育館の薄っぺらいマットから起き上がれなかった。その時は心も体もどんどん下降線。でも今は、目が覚めたら、とにかく余計なことは考えずに、起き上がって体操してる。まだ元気が出ない人たちに声をかけて歩くようにしたんだよ。
 そんなことをしていたら元気になってきたんだ。人間って、不思議ですね(笑)」
 坂口安吾が『堕落論』の中で、人は落ちても落ちても、それほど落ちられるものではないと言っている。
 すべてを失くしたように見えても、自分の気がついていない可能性がいっぱいある。それは、70歳になっても80歳になっても変わらない。すべてうまくいっていないにもかかわらず、人は人のために何かをしているうちに、もう一度、生きるエネルギーを蓄えることができるのだ。
」(p.23)

東日本大震災で被災し、家も家族も船も失った年老いた漁師の方の話です。意気消沈して絶望していた彼が、しばらく経って再会した時は元気そうだったとか。
どうして元気になれたのか? 周りからいくら優しくされても元気になれなかった彼は、自ら動くことにしたのだそうです。自分は悲惨な目にあったが、もっと悲惨な目にあった人もいる。その視点を持った時、彼は動こうと思ったのですね。


野菜を日本一食べるから、よく運動するから、そんな要因が見つかるかと思っていたら、統計的に最も有意なのは、高齢者の就業率が日本一高いことだと分析された。
 小さな農業に従事する高齢者が多く、マイペースで働き続けられることが寿命を延ばしていた。
」(p.27)

かつては脳卒中の死亡率が全国2位という不健康県だった長野県が、今や平均寿命日本一の県になっています。その要因の1番が、高齢になっても働き続けるということなのですね。

私もリタイヤという考えを捨てて、生涯現役で生きると決めています。そのためには、余裕資産を持ちすぎないことが重要だと思っています。働かざるをえない環境に身を置くことですね。
ただし、ストレスが大きすぎてはかえって不健康になります。適度なストレスが大事です。なので、ある程度の年金をもらいながら、不足する分くらいを働いて稼ぐ。そういう生活スタイルがいいのではないかと思っています。


僕たちの中には、冒険する心があって、それが僕たちの存在理由かもしれない。生きている限り冒険し続けるのが、人間なのだ。」(p.35)

人類は「出アフリカ」によって進化発展してきました。リスクを取って挑戦する。怖いけど、不安だけれどもやってみる。安心安定を守ろうとしていたら、進化発展もないのです。

数カ月後に再び仮設住宅を尋ねると、彼は自宅に戻っているという。行ってみて、驚いた。なんと自宅を新築しているのだ。81歳のおじいさんが、大工の手伝いをしていた。「すごいな、よく決断できたね」と言うと、「直せる人間がやらんといかん。歳じゃない。あと何年住めるとか、余計なことを考えたらいかん」という。直せる人間が直せばいい。とても簡単な答えだ。「歳じゃない」という言葉をいいなと思った。
 81歳にもかかわらず、家が潰れても、新築できるならすればいい。余計なことは考えない。自分が死んだら、きっと親戚の誰かが喜んで新しい家を使ってくれる。かっこいい。何歳からでもかっこいい生き方はできる。
」(p.37)

熊本の震災で被災した老人の話です。目先の損得にとらわれずに、自分がやるべきことをリスクを取ってやる。結果はどうでもいい。やるかやらないか、それだけが重要なのです。


100歳を超えて、生き生きとし、健康で誰の世話にもならずに生きているお年寄りには、共通する特徴がある。

「よく動く」
「よく食べる」
「好奇心を持って生きる」
「自分流」

 −−この4つ。
」(p.42-43)

他人の視線を気にすることなく、自分がこうしたいと思ったらすぐに行動する。いろいろなことに関心を持って頭を働かせ、ポジティブに考えて人生を楽しんでいる。こういう老人になりたいものです。


単刀直入にナンバーワンになったコツを聞くと、
「騙されても、意地悪されても、私、人に優しいの」
 という答えが返ってきた。外見も大事だけど、「優しい」というのが生きる武器になるのだ。
」(p.56)

ある生命保険会社でトップクラスの契約を獲得している凄腕セールスレディーの3人は、何と母親とその娘姉妹だったそうです。鎌田さんは、女性としての美貌を武器にしているのではと思ったそうですが、母親は丸っこい顔の肝っ玉母さんだったとか。
けっきょく、問われているのは人間性であり、愛情の深さなんだろうなと思います。以前に紹介した「いま、目の前にいる人が大切な人」という本の著者、北の菩薩と呼ばれる坪崎美佐緒さんも、いきなりいじめられるような職場においても、そのいじめる先輩を否定せず尽くしておられました。


椅子に座り、足の裏を床につけた状態で両手の親指同士、人差し指同士で輪っかを作り、ふくらはぎの最も太い箇所を囲んでみる。輪っかに隙間ができる人は、サルコペニアの可能性がある。1センチくらい指が届かずに輪っかがつくれない状態が理想的。筋肉が十分にあると言える。」(p.115)

サルコペニア(加齢性筋肉減少症)の簡易チェック方法です。実は私は、この方法だと隙間ができるのでサルコペニアになります。本当かなぁ? ふくらはぎの太さは、個人差があると思うのですがね。ちょっと気になったもので。

ちょっと貯筋をしたい人は、1日60グラムから70グラムのタンパク質が必要だから、肉を食べ、さらにヨーグルトやチーズ、そして納豆か豆腐を食べ、卵も1個か2個食べる必要がある。かなりしっかり食べないと「タン活」はできないのだ。」(p.126)

以前に紹介した「筋肉ががんを防ぐ。」でも、健康な老後のためには「貯金」よりも「貯筋」だとありました。そして十分な筋肉を保つには、タンパク質の摂取が必要であり、1日60g以上を食べるようにとのことでした。

ただ一方で、長寿地域の共通点を探した「THE BLUE ZONES 2ND EDITION」では、長寿者の食事は野菜や穀物が中心で肉や魚はたまに少量しか食べない、ということでした。タンパク質の摂り過ぎは腸内細菌の構成を乱すので良くないという説もありますね。

どっちが正しいのかわかりませんが、私自身は「朝納豆卵生活」と称して、毎朝、納豆と卵を食べており、毎日、肉か魚を食べていました。その上で少し運動もしたし、立ち仕事の介護職もしているのですが、1年後の筋肉量は増えませんでした。なので、今度は肉を食べるのを極力減らして、野菜を多めにしてみようと思っています。
何ごとも鵜呑みにせずに、自分で試してみることが大事だと思っています。


末期の食道がんになった80代のAさんは、僕が回診にいくといつも読書をしていた。」(p.182)

Aさんは高校生のお孫さんの手を取りながら、「人生は大変だけど面白いのよ。面白いことがわかるようになるためには、少しだけ努力しないとね」と、しっかりと伝えた。子どもたちには、「自分の人生だから好きなように生きなさい」と励ましと感謝を伝えた。
 人生の総仕上げをきちんとできたのも、Aさんがしっかりと自分の死と向き合って、最後の過ごし方を自己決定していたからだ。
」(p.182-183)

死と向き合い、死に方を自己決定する。その覚悟を持つことが大切だし、そのために、読書の習慣は役立つなぁと思います。


しかし、墓じまいは結構大変なのだ。
 墓じまいや墓の移転、散骨などは専門業者がいて、プロがさまざまな手配をしてくれるとはいえ、まず金がかかる。
」(p.190)

「墓じまい」という言葉は知りませんでした。私の実家も、今は父が一人暮らしをしていますが、子どもたちは誰もそこに戻らないので、父は更地にして市に返納することを考えているようです。墓は永代供養とする案もありましたが、墓じまいという方法もあるのですね。

それほど苦労せずに、自由に死後を選び、自己決定できる世の中になっていったらとてもいいことだと思う。簡単ではない。でも誰かが少し道を開くと、その後の道は、少しの勇気で選択できるようになる。何代かに渡って、自由の道を切り開いていくことが、多分、大切なのだろう。」(p.197)

以前に紹介した「0(ゼロ)葬 −−あっさり死ぬ」に、葬式に関することがいろいろ書かれていました。葬式なんてやらなくていい。そんな死に方を自己決定することで、後の人たちの選択肢が増えるのです。


ここで逆転の発想が大事なのだ。せめて死ぬ時に、延命治療を受けるかどうかとか、葬式はどうするのかとか、暗い話を一つでも決めてしまえば、そこから死ぬまでどうやって生きようかと考えることができるのではないか。亡くなる前日まで行きたいところに行き、食べたいものを食べ、ピンピンして暮らすためにはどうすればいいのか、考えるようになる。」(p.215)

PPKと呼ばれるピンピンコロリではなく、ピンピンひらりという言葉で、最期まで自己決定して自分らしく生きる生き方を説かれる鎌田さんは、死に方を決めることが重要だと言います。


全編が「にもかかわらず」という生き方に関するものとは言えずに散文的ではありますが、鎌田さんの死生観がわかる本になっていました。
こういう本を読んで鵜呑みにするのではなく、これをきっかけに、自分の人生を考えてみることが大事だと思います。私も改めて、自分の老後のこと、死に方のことなど、考えてみました。そういうチャンス(機会)を与えてくれた鎌田さんとの出会いに、そしてその縁である長野県の諏訪地方という土地に、感謝したいと思います。

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タグ:鎌田實
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 10:06 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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