これもYoutubeの本の紹介動画を観て、ピンときて買った本になります。
私たちの健康に腸内細菌が大きく関係しているということは知っていましたが、主体は人体そのものだろうと思っていました。しかし、この本を読むことによって、実は主体は寄生している細菌群であって、人体はその生息場所を提供しているだけにすぎないのかもしれない、という思いも湧いてきました。
もちろん、そんな極端なことはないとは思いますが、なかなか興味深い内容の本でした。
著者はサイエンス・ライターのアランナ・コリンさん。マレーシアでダニに噛まれたことがきっかけで、大量に抗生物質を投与して何とか生き延びたという経験から、このテーマの探究を続け、本書を書かれたそうです。
ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。
「あなたの体のうち、ヒトの部分は一〇%しかない。
あなたが「自分の体」と呼んでいる容器を構成している細胞一個につき、そこに乗っかっているヒッチハイカーの細胞は九個ある。あなたという存在には、血と肉と筋肉と骨、脳と皮膚だけでなく、細菌と菌類が含まれている。あなたの体はあなたのものである以上に、微生物のものでもあるのだ。」(p.15)
「私たちは人体に微生物がたくさん棲んでいることを知ったとき、とくに害がないならいいではないかと黙認した。しかし、サンゴ礁や熱帯雨林を保護しなければと考えるのと同じように、人体に棲む微生物も保護しようとは思わなかった。ましてや、大切に世話する必要性など気づきもしなかった。」(p.16)
たしかに細胞の数で言えば、人体を構成する細胞よりも寄生している微生物の細胞の方が圧倒的に多い。そして、その微生物の存在が、私たちの健康に大きな影響を与えているのですが、私たちはその重要性をほとんど知りませんでした。
「しかし、この二万一〇〇〇個の遺伝子だけがあなたの体を動かしているのではない。あなたはひとりで生きているわけではない。人体は、共存共栄しながらあなたの体を維持している生物種の「集合体」である。」(p.22)
「人体に棲みついている菌類は大半が酵母菌で、細菌よりは複雑な構造をしているが、やはり一つの細胞でできている微生物である。古細菌は、見た目は細菌に似ているが、進化系統が細菌とも動植物とも異なるグループの微生物だ。人体に棲むこれらの微生物を合わせると、遺伝子の総数は四四〇万個になる。これがマイクロバイオータのゲノム集合体、つまりマイクロバイオームである。微生物の四四〇万個の遺伝子は、二万一〇〇〇個のヒト遺伝子と協力しながら私たちの体を動かしている。」(p.23-24)
ヒトゲノムが解読され驚いたのは、ヒトの遺伝子数が植物の稲の半分しかなく、3万以上もあるミジンコにも及ばないのですね。それでどうして最も進化した種となれたのか? その秘密が、ヒトを生物種の集合体と見るとわかってくるのです。
「平均すると長さ八センチ、直径一センチの管状のこの器官は、消化管を通過する食べ物の流れにじゃまされない位置にある。だが、しなびた見た目とは裏腹に、内側には特殊化した免疫細胞と分子がぎっしり詰まっている。虫垂は役に立たないどころか免疫系に必須の部位で、微生物共同体を守り、育て、情報を伝達し合っている。虫垂の中で微生物はバイオフィルムを形成している。バイオフィルムとは、互いに支え合い、有害な細菌を侵入させないよう守る層のことである。どうやら虫垂は、人体が微生物のために用意している隠れ家のようなのだ。」(p.31)
盲腸(虫垂)は無用の長物だと思われていて、「開腹することがあればついでに取っておきましょう」などと医師から言われた時代もありました。
けれども、腸内細菌の重要性がわかってくると、盲腸に重要な役割があることが見えてきたのですね。
「なお、現代の先進国でも、少なくとも成人になるまで虫垂は保有していたほうがいいことがわかっている。再発性の消化管感染症や免疫機能障害、血液の癌、一部の自己免疫疾患、さらには心臓発作まで予防してくれるからだ。虫垂が微生物の隠れ家であることが何らかの形で役に立っているのだろう。
虫垂は無駄な器官ではなかったという発見は、もっと重要なことを教えてくれる。私たちの体にとって微生物はなくてはならない存在だという事実だ。微生物は単にヒッチハイクをしているのではない。微生物はヒトの腸のために尽くし、ヒトの腸は微生物のために尽くす、というように互いに進化してきた。」(p.33)
人体がわざわざ盲腸という微生物の隠れ家を用意しているのは、それが人体にとって重要であることの証明なのですね。
「こうして考えていくと、二つの共通項が浮かび上がった。まずは、アレルギーと自己免疫疾患に関係している免疫系だ。どうやら、免疫系が過剰反応を起こしているらしい。もう一つは、症状が社会的に容認されているせいでつい見過ごされがちな、消化器障害だ。過敏性腸症候群や炎症性腸疾患の症状はずばり、腸の機能不全だし、ほかの現代病も腸とは一見関連していないように見えてじつは関連している。自閉症の患者は慢性的な下痢に悩まされているし、うつ病と過敏性腸症候群は連動して起こる。肥満も腸内を通過する食べ物が起源だ。」(p.71-72)
二一世紀病と呼ばれる現代病は、肥満やアレルギー、うつ病などの精神疾患までありますが、それらが免疫系の異常と腸の機能不全にあると推測できるということですね。
「いわゆる「欧米病」が増加しているのは欧米諸国にかぎらない。どこであろうと豊かになった国や地域で増える。経済的に追いついた新興国ではかならず文明病が流行する。欧米特有だったはずの問題が、いまや地球全体をのみこもうとしている。肥満の流行はその典型で、新興国から途上国にまで広がっている。」(p.74)
現代の欧米で急速に増えたアレルギーや自己免疫疾患、1型糖尿病、2型糖尿病、心臓病などを、欧米病と呼んでいるそうです。
私はタイで約20年間暮らしていましたが、最初の頃はタイ人はスタイルのいい人が多いと感じていましたが、段々と肥満の人が増えていき、すぐに子どもの肥満が問題視されるようになり、糖尿病も増えていきました。
「いずれにせよ、こうした現代病に女性のほうがなりやすいという事実は、病気の進展に免疫系が関与している可能性を示している。二一世紀病は高齢者の病気ではない。遺伝的な病気でもない。若くて、経済的に恵まれていて、強靭な免疫性をもつ者(特に女性)の病気だ。」(p.80)
アレルギーや自己免疫疾患などは、まさに強すぎる免疫力による病気と言えるでしょう。
「ここまででわかったことをまとめてみよう。まず、二一世紀病は腸で起こることが多く、免疫系と関係している。つぎに、二一世紀病は子どもや一〇代、二〇代など若い世代が狙い撃ちされ、男性より女性のほうがなりやすい。そして、これらの病気は欧米ではじまり、新興国や途上国でも近代化にともなって増えている。そもそものはじまりは、欧米における一九四〇年代にある。」(p.82)
1940年代以降の何かが、私たちの健康に悪影響を与えており、それは腸の機能に大きく関係しているということです。
「食べた量が多くて運動量が少ないと余ったエネルギーが蓄えられて体重が増えるのは、当然のことのように思える。だが、ニワムシクイは摂取したカロリー以上の脂肪をすばやく蓄えることができ、燃焼させるカロリー以上の脂肪を落とす。体重調節に別の要素がかかっていることは一目瞭然だ。」(p.86)
イギリスとアフリカの間を移動する渡り鳥のニワムシクイは、渡る前に急激に脂肪を蓄えて体重を増やすのだそうです。ところが、カゴの中で飼われていても、その季節になれば体重を増やし、渡りを終える季節には体重を落とすのだとか。
摂取するカロリーと運動量の差によって太ったり痩せたりすると思われがちですが、何か他に要因がありそうですね。
「痩せた人と太った人の腸内で存在量の違いが見られる微生物に、アッカーマンシア・ムシニフィラという細菌がいる。痩せた人にはこの細菌が多くいて、この最近が少ない人ほどBMI値が高い。」(p.118)
腸壁を覆う厚い粘膜層の表面に棲んでいるアッカーマンシアは、腸壁の粘膜層を強固にし、リポ多糖などが腸から血液に入るのを防いでいるそうです。この血中のリポ多糖が脂肪細胞の機能不全を起こさせることで、肥満が進むと考えられています。
「ウイルスと細菌を含めた微生物は、過食と運動不足だけで肥満になるわけではないことを教えてくれている。食事からエネルギーをどう引き出すか、そのエネルギーをどう使ってどう貯蔵するかは、各人が抱える腸内の微生物集団と複雑に関係している。」(p.122)
体重が増えるとか減るとかいうことも、人体だけの機能ではなく、腸内細菌の働きを含めた全体の機能として考えなければならないのですね。
「もし腸内微生物が、幼い脳が発達する重要な時期に影響するのなら、アンドルーの自閉症は腸内感染症が原因だというエレン・ボルトの仮説を裏づけることになるかもしれない。遅発性自閉症は正常に成長したあと一〜三歳になって発症する。これは脳の大半が発達する時期と重なる。この時期は、大人とほぼ同じ安定した腸内マイクロバイオータが確立する時期でもある。アンドルーが幼いころ耳の感染症を疑われて受けた抗生物質の治療は、まだ安定していないマイクロバイオータを乱し、神経毒素を産生する破傷風菌の増殖を許したのかもしれない。」(p.138)
「さて、腸内細菌の組成が違うだけで、ほんとうに子どものふるまいが変わるのだろうか。自閉症児のように平手打ちをくり返し、体を前後にゆすり、何時間も叫び声を上げるようになってしまうのだろうか。どうやらその可能性は高い。」(p.141)
「不思議なことに、トキソプラズマに感染すると男と女では性格が逆向きに変わる。感染した男性は陰気になり、社会ルールや道徳を無視するようになる。そして疑り深く、嫉妬深く、不安になりがちだ。一方、感染した女性は明るくおおらかになり、心が広く決断力のある自信家になる。この変化は、不特定多数との性行為を許す環境になると考えれば納得がいく。女性がガードをゆるめ、男性が他人へのリスペクトやモラルをなくせば、ヒトの男女もラットと同じように大胆になるということだ。」(p.141-142)
腸内微生物の組成によって、性格や行動が変わる。その可能性があるようです。
たとえば狂犬病にかかった犬は凶暴になり、他の犬などに噛みつくことで、感染を広めようとします。感染が広まって得をするのは病原菌です。つまり、その病原菌によって宿主である犬の性格が変えられているとも言えるのです。
「腸内微生物を抱えているだけで社交的になるようだ。社交性だけではない。あなたのマイクロバイオータはどうやら、あなたがどんな人物に引かれるかまで決めている。」(p.146)
「男子学生が一晩身につけて寝たTシャツの匂いを女子学生にかがせて、どの匂いを好ましく思うかアンケートをとった。その結果、女性は自分と免疫型が似ていない男性の匂いを好むことがわかった。これは、女性は子孫にできるだけ多様な免疫を受け継がせるために、自分と遺伝子が似ていない相手を選ぼうとして、それを匂いで直感的に判断しているのだと考えられている。」(p.148)
「関係を深めるために唾液とその中にいいる微生物を交換するというのは、けっこう危険な行為だ。とりわけ、どんな病気をもっているかわからない他人と舌をからめるディープキスは危うい。しかし、そこが重要なのかもしれない。自分の子の父親となるかもしれない相手がどんな細菌を有しているのか、確かめるための手段になるからだ。」(p.149)
無意識に相手の遺伝子や細菌を確認して、子孫にとって最適な相手を選ぼうとしている。そんなことがあるとすれば、本当に驚きです。
「まず、免疫系が自己を排除しなければ、私たちの手足の指は五本に分かれない。妊娠九週目のころ、ヒトの胎児はようやくヒトらしく見えてくるが、まだブドウの一粒ほどのサイズしかない。この時期に、指のあいだの細胞が「自殺」する。指を五本に分けるためにプログラム化された細胞死が起こるのだ。死骸を掃除する作業を担当する食細胞は免疫細胞の一種で、指と指のあいだの不要な細胞をまるごとのみこんで分解する。」(p.181)
へぇ〜、指が形成されるという事象の中に、こういうことが起こっているのですね。
「免疫細胞ならすべての細胞が敵の破壊と脅威の検知にしのぎを削っていると思われがちだが、人体のあらゆる仕組みがそうであるように、免疫系においても、炎症反応を促進する指示と、炎症を抑制する指示の釣り合いを保たなければならない。このとき炎症抑制の役目を担っているのが、最近知られるようになった制御性T細胞だ。略してTレグ細胞とも呼ばれる制御性T細胞は、軍隊でいうと准将のような位置づけで、興奮して息巻いている兵士を鎮めて落ち着かせる。この細胞が多ければ免疫系はあまり反応せず、少なければ過剰に反応する。」(p.198)
「制御性T細胞を使って命令を流しているのはマイクロバイオータだ。微生物は抑制系の免疫細胞の数を操作することにより、微生物自身の存在を確実なものにする。微生物にとっては、ヒトの免疫系は穏やかで寛容なほうがありがたい。攻撃されたり追い出されたりする心配がなくなるからだ。」(p.199)
コロナ感染症のお陰で、サイトカインストームと呼ばれる自己免疫疾患が引き起こされることがよく知られるようになりました。必要以上にサイトカインが放出され、それによって免疫が自分自身を攻撃する。それを防ぐにはT レグ細胞が必要であり、それを増やす機能が腸内細菌にあることがわかってきました。
腸内細菌とヒトは、持ちつ持たれつの関係を維持しながら進化してきたようです。
それにしても不思議なのは、免疫系が腸内細菌を異物とみなさないことです。厳密に言えば「体外」だからとも言えますが、まだ解明しきれていないみごとなまでの共生関係が作られているようです。
「既存の科学会や医学界はリーキーガットのコンセプトに懐疑的な姿勢をとっている。疲労や疼痛(とうつう)、腹部トラブル、頭痛などがなかなか治らず、だれからも答えをもらえずにいる患者に、代替医療はいかにもそれらしい説明を差し出す。博識で善良そうな治療師や、流行に乗って儲けを狙うニセ医者は、患者にいとも簡単にリーキーガット症候群という診断名を告げ、ごく常識的な生活改善法ワンセットを「治療法」として提示する。」(p.205)
「リーキーガットがすべての病気の原因であるはずはないし、ましてや、一部の人が主張するような諸悪の根源でもない。そうは言っても、このコンセプトについては、ただ単にうさんくさいものとして退けるのではなくきちんと向き合って検証し直すことが必要だ。」(p.210)
リーキーガットが起こるから、普段なら血管に入ってこない大きな分子が入ってくるため、健康が阻害されている。これがリーキーガット症候群と呼ばれるものです。
けれども、必ずしもそうは言えない一面もあると言います。リーキーガットによって血液から大量の水を腸内に流し込み、下痢を起こさせるという機能もあります。下痢が人体にとって有益であるなら、リーキーガットはその有益な仕組みでもあるのです。
「私は第1章で、肥満やアレルギー、自己免疫疾患、心の病気などの二一世紀病に、一見関係なさそうだが共通する要素は何かと問うた。その答えは、すべての二一世紀病の表面下で生じている炎症だった。私たちの免疫系は、感染症の脅威が消えたおかげでちょっと一休みできるどころか、かつてないほど忙しくなっている。免疫系が果てしなき戦いを続けているのは敵の数が増えたからではない。一方で警備をゆるめて味方になりうる微生物に門戸を開きながら、もう一方で、そうして招き入れた微生物を訓練する平和維持軍を失ったからだ。」(p.216)
つまり、腸内細菌の乱れによって諸々の問題が起こっているということですね。
「過体重と肥満が伝染病のように広まるのは一九八〇年代以降だが、その兆しは一九五〇年代にすでにあった。ニコルソンは、肥満件数が上昇しはじめる数年前の一九四四年に抗生物質の公共利用が導入されたことを、単なる偶然の一致ではないと考えた。年代的に一致するというだけではない。食肉用の家畜を太らせるために農家が抗生物質をずっと使ってきたことを、ニコルソンは知っていた。」(p.217)
「抗生物質によるニワトリへの成長促進効果はまさに天からの贈り物で、農家はウシやブタ、ヒツジ、七面鳥の飼料に毎日少量の薬を混ぜるだけで食肉家畜がどんどん大きくなるのを見て上機嫌だった。」(p.218)
抗生物質を与えた牛や豚は、与えないものより格段に肉付きが良くなるのだそうです。これは知りませんでした。
「肥満を一種の病気だと私たちが理解するようになったことと歩調を合わせるように、一つの疑念が浮上した。私は第2章で、肥満は「カロリーイン、カロリーアウト」の不均衡で生じるのではなく、多くの原因が関わる複雑な病気だとするニキル・ドゥランダハルの説を紹介した。彼の考えが正しいなら、抗生物質がこの流行病の重要因子の一つだと考えることができる。」(p.220)
食事の欧米化が肥満の原因だと思っていましたが、必ずしもそうとは言えないようです。
「もし抗生物質が私たちを太らせているのだとしたら、ほかにも悪い影響を与えているかもしれない。腸内のディスバイオシスが原因で、アレルギーや自己免疫疾患、いくつかの心の病気が生じているように見えることはすでに述べた。抗生物質がマイクロバイオータを乱すのなら、理論的にはこれらの病気も治療のために投与された抗生物質が引き起こしている可能性がある。」(p.242-243)
抗生物質は、私たちを感染症から守るために役立つものですが、それによって腸内細菌が撹乱されることで、様々な影響が出る可能性があるのですね。
抗生物質を安易に使用することは、耐性菌を生み出す危険性があると指摘されています。けれども、それ以上に直接的に私たちの健康に害を与えている可能性があるのです。
「これは確かな話ではなく憶測にすぎないが、そうした日和見病原体はいったん手や腸に強固な地盤を確保すると、その領土を守るため、報酬予測を学習している大脳基底核にもっと手を洗うよう宿主に命じ続けているのかもしれない。」(p.256)
私たちが何となくとりたくなってしまう行動には、微生物からの指令があるのかもしれません。
「皮肉なことに、私たちが匂いを抑えるためによかれと思ってしていることが悪循環を引き起こす。石鹸と脱臭剤はアンモニア酸化細菌を殺す。アンモニア酸化細菌がいなくなると皮膚のマイクロバイオータが乱れる。マイクロバイオータの組成比が変わると汗がいやな匂いを発するようになる。私たちはその匂いを消そうと、また石鹸で洗い、脱臭剤を使う。」(p.260)
石鹸を使う文化のない未開の人たちは、ほとんど体臭がしないのだそうです。
私も、もう何年も石鹸をほとんど使いません。頭も湯シャンです。(髪の毛を剃っているので、正確には身体と同様にお湯をかけて洗ってるだけですが。)タオルで擦ることさえあまりしないので、汗をかいたときなどに皮膚を擦ると垢が出てくることはありますが、体臭がひどくなることはありませんね。
「腸の細胞を結合させている蛋白質の鎖は、人体のあらゆる作用を担っている蛋白質がそうであるように、遺伝子の指示でつくられる。だが、ヒトはそうした遺伝子のコントロール権の一部を微生物に譲渡してしまった。腸壁の蛋白質の鎖をつくる遺伝子の発現量を決めているのは微生物だ。酪酸はそのメッセージを伝える。微生物が酪酸を多く出せば出すほど、ヒトの遺伝子は多くの蛋白質の鎖をつくり、腸壁は堅固になる。腸壁を堅固にするのに必要な条件は二つある。まずは正しい微生物だ(特定の食物繊維を小さな分子に分解するビフィドバクテリウムや、その小さな分子を酪酸に変換するフィーカリバクテリウム・プラウスニッツィ、ロセブリア・インテスチナリス、エウバクテリウム・レクタレなど)。そしてもう一つは、そうした微生物の餌となる食物繊維をあなたが多く食べることだ。そうすれば、あとは勝手にやってくれる。」(p.287)
酪酸を作る酪酸菌が健康のために重要だという話は、他の本でも知っていました。私たちが食事をするとき、どの栄養素が身体にいいのかを考えますが、それ以前に、腸内細菌にとって何を食べるのが良いのかという視点も重要なのかもしれませんね。
「アメリカのフードライター、マイケル・ポーランの有名な文章に「本物の食べ物を食べよう、ただし食べ過ぎず、野菜中心で」というのがある。彼は、マイクロバイオータの重要性がまだ知られていなかった時代にこの文章を書いたのだが、今からふり返ると、まさに真理を言い当てていたとわかる。」(p.295)
「食物繊維好きの微生物のホームグラウンドである大腸と、その微生物の待機所である虫垂を備えたヒトの消化器系の構造は、私たちが肉食動物ではないこと、食物を主食としてきたことを教えてくれる。私たちが見落としている栄養成分は食物繊維だ。」(p.296)
たしかに、食物繊維を餌とする腸内細菌によって私たちの健康が保たれる仕組みがあるのだとすれば、私たちは肉食ではなく、菜食がメインだと考えざるを得ません。
「鳥類や魚類、爬虫類などでも卵の段階で、または卵が孵ってからマイクロバイオータが母から子に受け継がれることが知られている。
種によって方法は違っても、生きていくのに最良の微生物一式を母から子に与えるのはほぼ普遍的なことのようだ。これだけ普遍的なのは、生き物が微生物と共生することに進化的なメリットがあるからだ。ある生物が卵に糞を塗りつけたり細菌を飲み込んだりすることを恒常的におこなっているなら、それはその種がそうふるまうように進化したからだ。そうすることで生存と生殖のチャンスが高まったのに違いない。」(p.299)
コアラは、糞便に似た離乳食を食べるようになってやっと、ユーカリの葉を分解する微生物を腸に棲まわせるようになるそうです。また、カメムシは産卵後の卵に糞を塗りつけておいて、生まれた子はその糞を食べるのだそうです。いずれも、腸内細菌を効率よく得る仕組みですね。
「赤ん坊は産道を通るとき、微生物のシャワーを浴びる。ほぼ無菌状態だった赤ん坊を、膣の微生物が覆っていく。」(p.300)
「子宮収縮ホルモンの作用と降りてくる胎児の圧力を受けて、陣痛中や出産時にほとんどの女性は排便する。赤ん坊は顔を母親のお尻の側に向けて頭から先に出てくる。そして母親がつぎの陣痛に備えて体を休めているあいだ、赤ん坊の頭と口はうってつけの位置に来る。あなたは本能的に顔をしかめるかもしれないが、これは幸先のいいスタートだ。母から子への最初の贈り物、糞便と膣の微生物が無事に届けられることになるのだから。」(p.300)
「妊娠中、膣のマイクロバイオータは多様性を狭める方向に移行する。新生児に「苗」を植えつける準備として、重要な微生物に的を絞ろうとしうことなのかもしれない。」(p.303)
人間も他の動物と同じように、母から子へ微生物の受け渡しがなされる仕組みを持っているのですね。
「以前はさして害のない代替手段と思われていた帝王切開だが、母子ともに健康リスクがあることが徐々に明らかになってきた。早くにわかったこととして、帝王切開で生まれた赤ん坊は感染症になりやすいというのがある。」(p.308)
他にもアレルギーを発症しやすいとか、自閉症になる確率も高いそうです。帝王切開では、母から子への微生物の受け渡しがなされませんからね。
「消毒の精度を極限まで上げた搾乳技術とDNA解析技術を使って調べたところ、献乳の際に見つかる細菌は、もとから母乳にいた細菌だった。赤ん坊の口や母親の乳首から乗り移って混入したのではなく、乳房組織の中に入りこんでいた。いったいどこから? 乳房組織にいる細菌の多くは皮膚によくいる細菌とは違った。つまり、乳房の皮膚から乳汁に侵入したわけではない。乳房組織にいる細菌は、通常は膣や腸にいいる乳酸菌だった。」(p.317)
「血液を調べて移動ルートがわかった。樹状細胞と呼ばれる免疫細胞の中に入って移動していたのだ。樹状細胞は細菌の密入国を手助けすることで知られている。」(p.317)
「不思議なことに、出産方式によって母乳に含まれる微生物が変わる。陣痛が始まる前に計画的な帝王切開で出産した女性の初乳に含まれる微生物は、経膣出産した女性のそれとかなり違う。その違いは少なくとも六か月は続く。しかし、陣痛が来たあと緊急の帝王切開を受けた女性では、経膣出産した女性と初乳の微生物が似ている。陣痛中の何かが警報を発して、これから赤ん坊を外に出すことを免疫系に知らせ、胎盤ではなく母乳に栄養が行くよう指示しているようだ。」(p.318-319)
母乳にまで腸内細菌が含まれているとは知りませんでした。それにしても、子孫を残すための人体の仕組みは素晴らしいですね。
「この方法は糞便移植、あるいは細菌製剤療法と呼ばれている。ユーモアをこめてトランスプージョンと呼ばれることもある。その名のとおり、ある人の糞便(プー)を採取して別の人の大腸にい入れるという治療法である。」(p.360)
食便をする動物は多数います。ただそこに、腸内細菌を整えることを目的としているという視点はありませんでした。けれども、今、人間がそれをやり始めたのですね。
「とはいえ、菌種が何であれ、その結果がどうであれ、プロバイオティクスは「軟膏」でしかない。いわば、一時的な慰めだ。プロバイオティクスは腸管を通るが、そこに長くとどまるわけではない。そして利益を得るには摂取し続ける必要がある。それに、プロバイオティクスを毎日摂取したとしても、それだけでは歩兵に武器をもたせないまま戦場に送りこむようなものだ。
持続的な効果を得るには、外から補充しなくても細菌が自力で増殖する環境を用意してやらなければならない。そこで登場するのがプレバイオティクスだ。プレバイオティクスは生きた細菌ではなく、有益な細菌の全個体数を増やすよう促す「細菌の餌」だ。フラクトオリゴ糖、イヌリン、ガラクトオリゴ糖といった名前は、まるでできあい食品のパッケージの裏に書かれている合成添加物のように思えるかもしれない。」(p.377-378)
プロバイオティクスというのは、有用な生きた微生物(納豆菌や乳酸菌、ビフィズス菌など)を摂取する方法です。「ロ」と「レ」の違いですが、プレバイオティクスというのは、今いる有用な腸内細菌の餌を摂取する方法ですね。
プレバイオティクスとして知られるのが食物繊維であり、特に酪酸菌の餌になるとされているのがフラクトオリゴ糖やイヌリンです。私も今、フラクトオリゴ糖を毎日摂取しています。
「つきつめれば、プロバイオティクスと糞便移植にそれほど大きな違いはない。どちらも有益な微生物を腸内に届けるという考え方だ。一方は上から、もう一方は下から。一方はラボで培養され、もう一方は他人の腸内という理想的な環境で培養される。この二つの方法が合流するのは時間の問題でしかない。」(p.379)
「糞便移植が普及するのは避けられず、そうなると消費者の側の私たちはドナーへの要求を高めていくはずだ。現状のドナーに対しても、腸内細菌関連の病気(心の病気の一分も含め)などのスクリーニング検査はおこなわれている。だが、レシピエント(患者)がドナーを選んだり、レシピエントとドナーの組み合わせを考えたりするところまではいっていない。」(p.382)
たしかに、糞便移植が効果的だとわかれば、どういう人の糞便を移植したいのか、そこに欲求の水準が上がってくることは避けられないでしょう。誰の糞便でも良いというわけにはいきませんからね。
「微生物生態系を修復するという試みはまだ新しい分野で、先行きは不透明だ。プロバイオティクス、プレバイオティクス、糞便移植、微生物生態系治療のどれをとっても、「予防は治療にまさる」という古くからのことわざ以上に有効なものはない。」(p.386)
地球の生態系の多様化が失われているという懸念がありますが、人体内でも細菌の多様化が失われていると言われます。病気を予防するためにも、また、子孫に素晴らしい環境を残すためにも、腸内細菌の多様化と正常化を守っていく必要があるようです。
「私たちに足りないのは感染ではなく、旧友だ。かつて、ヒトの進化における無意味な名残と広く信じられていた虫垂は、じつは微生物の隠れ家で、人体免疫系の育成を担っていることをいまの私たちは知っている。虫垂炎は、人生につきものの不可避の事故のようなものではなく、本来なら虫垂に侵入してきた病原体を撃退するはずの旧友たちがいなくなったことで発生してしまう病気だ。人体の最古の友人と友情を温め直すチャンスは、まだ手の届くところにある。」(p.388-389)
「こうした変化は一九四〇年代を中心に起こった。抗生物質が手軽に使えるようになり、第二次世界大戦の終結とともに食生活が変容し、帝王切開と粉ミルク育児が急増した時代である。最近まで私たちに見えていなかったのは、こうした変化が微生物に与えた影響の大きさだ。そうとは知らず、微生物と数千世代にわたって結んできた共進化と共同生活の約束を一方的に破棄してしまった。」(p.389)
私たちが共生している微生物たちは、私たちの旧友なのです。
「二〇〇五年、人口の半分の命を奪っている死因の上位三位は心臓病、癌、脳卒中で、平均寿命は七八歳である。私たちはこれらの病気を高齢者の病気とみなし、人生を長く生きた代償だと考えがちだ。しかし、西洋化されていない地域の人が−−感染症、事故、暴力に何度もさらされながら生き延びて高齢になった人を含め−−心臓病や癌や脳卒中で死ぬことはあまりない。私たちが現在理解しつつあるのは、単に高齢になるだけで心臓が固くなったり、細胞が無秩序に増えたり、血管が破裂したりするわけではないということだ。医学研究者たちのあいだでは、心臓病、癌、脳卒中は高齢者の病気というより炎症ではないかという見方が浮上している。高齢になって発症するのは、ダメージが長年にわたって蓄積された結果かもしれない。」(p.391)
慢性炎症が老化を促進すると言われますが、腸内細菌の乱れによって炎症が進み、継続することによって、私たちは病気を引き起こしているのかもしれませんね。
「ということで、不必要な抗生物質の使用を減らす第一歩は、感染の原因を数分または数時間で特定できる迅速診断キットの開発だ。」(p.393-394)
たしかに、抗生物質を闇雲に使わないで済むには、抗生物質を使うべき感染症なのか、使うとすればどういう抗生物質が効果的なのかを、短時間で判断できる検査キットが必要ですね。抗生物質そのものは、感染症の治療上、有効であることは明らかですから。
「幸い先進国では、自分の健康のかなりの部分を自分で決めることができる。親からもらった遺伝子や環境因子を変えることはできなくても、自分のマイクロバイオータを整え、育て、世話をすることはできる。何を食べるか、どんな薬を飲むかであなたの微生物群は変化する。あなたが微生物を大切に扱えば、微生物もあなたにお返しをしてくれる。これから子どもを産もうと思っているなら、親(とくに母親)がその子のマイクロバイオータを決めるのだという自覚をもとう。
私は自分で選択することが好きだ。選択は自由だからできることであり、また、選択するからこそ自由が手に入る。選択は文明社会の証だ。選択は自分で自分の暮らしを向上させる原動力でもある。だが、無知なまま選択しても意味がない。過去一五年ほどのマイクロバイオータ研究は、人体の複雑な相互作用の一部を明らかにしてくれた。私たちの体は共生微生物込みの共同体として機能するようプログラムされている。その情報をもとにどんな選択をするかはあなたしだい。私に言えるのは、なんとなくではなくきちんと考えて選択してもらいたいということだけである。」(p.401)
微生物と人体との共生関係は、完全に解明されたわけではありません。しかし、少なくとも言えるのは、私たちは人体だけの存在ではなく、微生物と共生することで成り立っている存在だということです。
私も、人は自由だと思っているし、それは自由に選択できることだと思っています。だから、前提となる知識が完全でないとしても、今わかっている範囲の知識を前提として、最善を選択していこうと思っています。
腸内細菌が健康に大きな影響があることは知っていましたが、それをさらに掘り下げて教えてくれる内容でした。
私のために尽くしてくれている腸内細菌たちを含めて「わたし」であることを自覚し、食物繊維をもっと食べようと思いました。
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