2022年12月13日

いま、目の前にいる人が大切な人

「日本講演新聞」の社説で、編集長の水谷謹人さんが紹介されていた本を読みました。著者は「北の菩薩」と呼ばれる坪崎美佐緒(つぼさき・みさお)さんです。
セミナーや企業研修の業界ではカリスマ的存在である大久保寛司(おおくぼ・かんじ)さんが絶賛されておられたのだとか。本書は、その大久保さんがプロデュースされた形になっています。

それにしても「北の菩薩」とは大げさな。どれほどのものかと半信半疑ながら、興味を持って読み始めました。
しかし、最初からガツンと来ました。泣きました。ボロボロ泣きました。涙を拭くのに、ティッシュでは足りないほど。タオルが必要だと思いました。
それほど感動したのです。何に感動したのか? それは坪崎さんの、相手をありのままに受け入れ、その価値を認め、心底大事にしたいという思いです。
そんなことは頭ではわかっていても、坪崎さんの話を読むと、私にはまったくできていなかったなぁと思うのです。それなのに坪崎さんは、それが自然にできてしまう。
これはもう人間じゃない、菩薩でしょう。そう感じるほどなのです。ぜひこの本を読んで、その感動を味わってほしいと思いました。

年に50〜60冊は本を読む私ですが、この本は今年一番のオススメだと言って過言ではありません。ぜひ読んでみてください。


と、先に結論を書きました。以下、重要だなと感じた部分を引用したいと思います。

幸せになるために大切なことは、実は、人や物や事への観方・考え方・捉え方が鍵であるということです。
幸せになる人は、幸せになる観方・考え方・捉え方を、幸せでない人は、幸せにならない観方・考え方・捉え方をしている。
そして、どの視点から観るかは、すべて自分で決めているのです。
」(p.3)

これは大久保さんの文です。「坪崎さんの本 作成委員会 委員長」という肩書で、「はじめに」を書かれています。
まさにおっしゃる通りですね。幸せは自分が決めているのです。

幸せな人は幸せになる生き方をしている。
美佐緒さんの生き様を見ていて気がついたことです。
私が71歳の時です。
」(p.5)

大久保さんがどれほど坪崎さんに心酔しておられるかがわかりますね。


職場の皆さんには、「パートしながら仕事をしては?」とすすめていただき大変有り難かったのですが、コーチの仕事がなくてもなんとかなると甘えてしまう弱い自分がいることを知っていたので、「退路を断つ」ことに決めました。」(p.9)

コーチングを知って、これが自分の生きる道だと感じた坪崎さんは、学歴も実績もないままに、個人事業主として生きていこうと決めたのでした。それが2011年4月のことだそうです。

しかし現実は、全く仕事がありませんでした。
焦る気持ちはあるけれど、「仕事がない」「仕事がない」と泣いている人にコーチをお願いしたい人はいないと思い、どん底の時ほど笑顔で元気にしていました。
」(p.10)

そんな時に、コーチとして起業する人を支援する会社からメールが届き、坪崎さんは勇気を出して申し込み、面接を受けました。
すると、最初は歓迎してくれていた担当者が、坪崎さんの履歴書を見るなり態度を変え、学歴も実績もないのに申し込んできたことに腹を立てて坪崎さんを責めたのです。
考えてみれば当然かもしれない。学歴も実績もないのに、コーチングを依頼する企業なんてあるわけがない。客観的にはそう思えても、坪崎さんにはやめられない理由がありました。

でも…でも…、私みたいな人っていないのかな?世間にはいっぱいいるんじゃないかな?
もしも私みたいな何にもない人が
夢をもって諦めずに続けて
夢を叶えて誰かの役に立てたなら。

私のように、何にもなくて諦めようと思っている人の力になれるかもしれない!
こんな私でもできるなら、「私も、できるかもしれない」って思ってくれるかもしれない!!
」(p.18-19)

誰かの役に立ちたい。それが坪崎さんを突き動かす思いでした。


子どもも大人も見えていることが全てではないですし、子どもが何かをしてしまう時には、必ず理由があると思っていました。美奈ちゃんにも、ちゃんと理由がありました。
この本当の理由をわかってあげられる人になりたい、当時から、そしていまでも、私が願っていることです。
」(p.46)

小さい頃からの夢は保育士になること。そのためには大卒の資格が必要。しかし家の事情で坪崎さんは、進学を断念しました。その代わり、3日間だけ保育士実習ができる高校を選び、その3日間で保育士補助として充実した体験をされたのです。

寂しいけれども我慢しなくてはならないと自制していた美奈ちゃん。その心の葛藤が、優しい坪崎さんを叩くという行為として現れる。坪崎さんは美奈ちゃんをたしなめるのではなく、心に寄り添うことで素直な心を引き出したのです。それによって、美奈ちゃんが変わり、クラスメイトが変わり、お母さんまで変わりました。感動し、自ら変わったのです。
それを引き起こしたのが、坪崎さんの「必ず理由がある」という大前提だと思いました。


真野さんが他の人と楽しそうに話しているのを見かけると、私も真野さんを笑顔にしたいなと思いました。」(p.64)

真野さんのお客様への接し方や商品の扱い方、お店に来た営業マンの方との接し方を見ていると、仕事熱心な人であること、知識が豊富であること、誠実な仕事をしていることがわかり、心の中で尊敬するようになりました。」(p.64)

高卒後に最初に勤めた薬局では、お局様のような真野さんからなぜか冷たくあしらわれ、いびりのような仕打ちを受けます。それは坪崎さんのことが気に入らないというより、坪崎さんを紹介した人が気に入らなかったからです。だから1週間で辞めさせてやると言って、坪崎さんに嫌がらせをしていたのでした。
そのことを知った坪崎さんは、自分が原因じゃないことがわかって喜びます。そして、真野さんが喜ぶような仕事をしていれば、いつか必ず受け入れてくれると信じて頑張るのです。

そんな理不尽なことをされた時、ふつうはそうは思えませんよね。恨んだり、仕返しをしてやろうとか、鼻を明かしてやろうと思ったりするでしょう。けれども坪崎さんは、心から真野さんを尊敬し、慕っているのです。

厳しく睨(にら)まれるので、最初、真野さんといる時は緊張していましたが、いつの間にか心から真野さんと仲良くなりたいと思っていました。」(p.64-65)

高卒の若者が、どうしてこうも達観できるのでしょうか? これが自然とできてしまう坪崎さんの資質が素晴らしいと思うのです。
こうして数ヶ月後には真野さんから受け入れてもらえ、信頼の絆で結ばれることになりました。


でも、あの日、あなたはずっと私の話を聴いてくれた。一生懸命に聴いてくれた。本当に嬉しかったの。あの日から今日までずっと、あなたは私の話に耳を傾けてくれた。あなたに会えて本当に良かった。」(p.80)

仕事ができる真野さんでも苦手とした客を、坪崎さんは1回の接客で大ファンにしてしまいました。その秘訣は「傾聴」です。相手を否定せず、自分の考えを押し付けず、ただ寄り添って耳を傾ける。ただそれだけで、いや、ただそれだけに徹するからこそ、相手に満足感を与えることができたのです。

ふと思い出したのですが、似たようなことをした女性がいました。こちらは架空の人物ですが、「少女パレアナ」という小説の主人公、パレアナです。
彼女も、自分に冷たく当たる人々を、最終的には味方にしていったのです。否定せずに受け入れ続けることによって。


私がニコニコしてお願いしていると、
「ヘラヘラして、マジきもいんですけど」数人の男女からドッと笑いが起こりました。
「それでは、くじ引きの席に移動お願いしまーす」
あえて何もなかったかのように、私はニコニコしていました。
」(p.118)

最初はほとんどの方が私の言葉に耳を貸してくれませんでした。
それでも私は、この方たちならきっとわかってくれるはず、と、皆で楽しく授業をしている様子が目に浮かんで、その日が来るのを楽しみにしていました。
」(p.118)

坪崎さんがコーチングで起業して得た最初の大きな仕事は、求職者支援訓練の研修だったそうです。その研修での出来事ですが、いきなり受講者から小馬鹿にされています。
それなのに坪崎さんは、相手を責めることや自分の不遇を嘆くことをせずに、相手の本質は素晴らしいものだということを信じ切っています。どうしてそんな信念が持てるのでしょうか? そこが坪崎さんのすごい点だと思います。

私は昔から人の良いところにしか目が行かなくて、その良いところを素直に伝えると、「そんなことない」と謙遜から受け取ってもらえないか、「お世辞言って、何か裏があるの?」と疑われることが多かったので、伝えることをやめてしまっていました。
ところがコーチングなら伝えることが仕事なので、その人にその人の良いところを伝えられる!しかも、私が教えられるものは何もないけれど、一人ひとりには素晴らしい輝きや力があるとずーっと感じていたので、私にとってこんな理想的な仕事はありませんでした。
」(p.129)

相手の良いところが自然と目につく。坪崎さんの天性の才能ですね。そして、それを伝えられるコーチングは天職だと感じている。だから強固な使命感も持てるのでしょう。


普段だったらネガティヴなことを言われても、「どうしてそう思うのかな?」とその気持ちを知りたいと思えるのに、その時の私はそんなふうには思えませんでした。
「どうしたら、その誤解がとけて、私の気持ちをわかってもらえるのだろう?」と自分のことばかり考えていました。
」(p.131)

夫がわかってくれないと思っていましたが、実は、わかっていないのは私でした。
わかってほしいなら、まず私が夫の気持ちを理解しよう。
夫の嫌がることはやめようと心に誓いました。
」(p.132)

ご主人から紹介されて興味を持ったコーチングでしたが、坪崎さんがのめり込む一方で、ご主人は嫌悪するようになっていったそうです。そんな中で坪崎さんがコーチングで起業すると言い出したから、ご主人は大反対。理解してくれないご主人に対して、坪崎さんは不満をいだいたようです。
そして、まさに離婚の危機というところまで行って、やっと気づいたのだそうです。自分がご主人の想いを理解しようとしていなかったのだと。

そして、そういうことはコーチングの勉強を始めた頃にもあったようです。それは幼なじみの相談に対しても、ついコーチングの手法で質問を浴びせた時、会話が弾まず、気まずくなってしまったことでした。

私はいつの頃からか、コーチングはしようとしていたけれど、目の前の人の話には耳を傾けていなかったのです。

なんて質問しよう?
どう質問したら答えが出るだろう?

そんなことに気を取られ、目の前の人の言葉や、言葉の奥にある想いには心を寄せていませんでした。
」(p.137-138)

その日から、「コーチングする」という考えをやめました。
自分が関わることで相手が変わることを目的にするのをやめました。
それよりも、以前のように相手の想いや考えを知りたいという気持ちで丁寧に話を聴こうと心に決めました。
」(p.138)

その体験からも、テクニックで相手を変えようとすることが間違っていると気づかれたのですね。
変わるかどうかを決めるのは相手自身です。相手は相手にとって最善の方向へ進みます。それを信頼して相手に任せ、相手が相手らしく勇気を出して前進できるよう寄り添ってサポートする。それがコーチングの本質だと思います。

しかし驚くべきは、その本質を坪崎さんは元々持っていたということです。坪崎さんの本来の姿に立ち返るために、その本質をしっかりとつかみ取るために、こういう失敗の経験が必要だったのだろうと思います。


「自分がどうありたいか」に目を向けると、自分がどう関わるかを考えるので、目の前の子どもを変えようとは考えなくなります。つまり、相手を変えようと思っている矢印が、自分自身に向かい、自分ができることに取り組むようになっていくのです。
そうすると「子どもが何も変わらない、子どもが…」という辛い気持ちも楽になっていきます。
」(p.143)

子どもから信頼される存在でありたい。親なら、こう思うものではないでしょうか? 問うべきは、そういう自分のあり方なのですね。
そういう自分であるためには、目の前の子どもに対してどう関わるのがいいのか? 自分の望み通りの子どもに変えさせようという考えとは、ベクトルがまったく違うのです。
そして、そのように考え方を変えることによって、自分の苦しみがなくなります。他人(子ども)を変えようとする無理なことから解放されるからです。


彼の言葉を聞きながら、こんな気持ちなのに、よくここまで来てくれたと思うと胸が熱くなりました。
こんなふうに嫌がる彼をここまで頑張って連れて来たお母さんの気持ちを思うとさらに胸が熱くなります。
だから、もうここにいてくれるだけで十分だと思いました。
」(p.160)

不登校の息子を持つ母親が、その理由がわからなくて苦しんでいました。それで坪崎さんに会ってもらうことにしたのです。
無理矢理、母親に連れてこられた息子は、最初から反抗的な態度です。絶対に心を開かないと決意しており、それを隠しもせずに口にしています。
その時の坪崎さんの本心が、引用したとおりなのだと思います。ふつう、そんなふうに思えますか? 私にはできません。少なくとも今の私には。でも坪崎さんは、自然とこれができているのですね。
ですから、その思いから言葉が出てきます。テクニックではなく、本心なのです。「無理して話さなくてもいいからね」と。
これをテクニックで言っても、彼の心には響かないと思います。本心でそう思い、彼に寄り添うからこそ、彼が変わっていくのです。

ただ、私は颯太君があまりにも自分のことを責めて、これからも人生を楽しんではいけないと思いこんでいることが気になりました。
亡くなったお父さんはそんなことを望んではいません。
でも、その言葉をそのまま颯太君に伝えるとかえって彼を苦しめてしまう。

どうしたら、気づいてくれるんだろう…。

颯太君自身で自分がしあわせになることが、亡くなったお父さんが喜ぶことに気づいてほしいと思いました。
」(p.165)

彼が不登校になったのは、父親が死んだのは、うるさいことばかり言う父親のことを「死んでしまえ!」と呪ったからだと思い、それで自分を責めていたからです。自分が好きな学校へ行って、自分だけ楽しんでいてはいけないのだと。
坪崎さんは、彼がどうしていると父親が喜ぶか、という視点を与えます。天国の父親は、自分がどうしていることを喜んでくれるだろうか? この視点が、彼を救うことになったのです。


なのに、ほんの少しのやり取りで、相手は素直に自分のことを話してくれるようになります。どんな言葉をどんなタイミングで話すかも大切ですが、やはり美佐緒さんのまとっている空気というか雰囲気が本質だということです。」(p.190)

坪崎さんのことを絶賛されている大久保さんの評です。テクニックではなく、本質なのです。ふだん、どう考えているのか、どういう信念で生きているのか。問われるのはそこなのですね。


不快な思いをさせていることを心から申し訳なく思いました。
だからこそ少しでもお客様の気持ちを知りたいと思いました。
そして、本当によくぞ話してくださったという気持ちでお話を聴いていました。
」(p.194)

お客様の電話での耳の痛い言葉は、一見クレームに見えてしまうけれど、むしろお客様は言いにくいことを教えてくれています。本当に有り難い存在だと私は感じていました。クレーム担当と言われた時は驚きましたが、一生懸命にお客様の声を聴けるように頑張ろうと思いました。」(p.195)

パートで勤めていた会社で、クレーム担当に任命されたことがあったそうです。それにしても、こういう思いが自然と湧いてくるのが坪崎さんなのですね。


私が少しでも(早く終わらないかな)とか(嫌だな)と思っていると、父のイライラの時間は長引きます。
でも、(これで少しは楽になるといいな)という気持ちで聴いていると、早くスッキリしてくれました。
表面的には同じように聞いていても、心の中は相手に伝わるんだということを幼い頃から感じていました。
だから毎回、一生懸命に聴きました。
」(p.205)

一家の大黒柱だったお父様はおそらく脳梗塞で倒れられて、半身不随の不甲斐なさからイライラされることが多かったそうです。そこで坪崎さんは、お父様の辛い気持ちを聞いて差し上げるという役を買って出られたのですね。
その経験から、表面的なテクニックでは通用しないことを学ばれたのでしょう。しかし、これが小学校6年生の経験だというから驚きます。天は坪崎さんを菩薩とすべく、鍛えられたのかもしれません。


私はみずきさんの背中をさすりながら、
「みずきちゃんはね、息子ちゃんを守ったのよ。本当によく頑張りましたね。みずきちゃんは息子ちゃんが大きくなった時に、自分がどんな子だって思ってほしい?可哀想な子って思ってほしい?」
「違います!息子には、自分は愛されて必要とされていると思ってほしいです」
「みずきちゃんはどんな時、必要とされてると思うの?」
「誰かの役に立ったときです。
「そうよね。人の役に立った時って嬉しいですよね。じゃあ、息子ちゃんに『ありがとう』って伝えるのはどうかしら?出ていく時は、お留守番してくれてありがとう。帰ったら、お留守番してくれてありがとう。お留守番してくれていたから安心してお仕事できた、○○ちゃんのおかげだよ。ありがとうって。ごめんねをありがとうに変えてみたら?」
」(p.214)

DVが息子にまで及んだことで離婚を決意したみずきさん。しかし、息子を置いて仕事へ出かけなければならないことで、かまってあげられないことに罪悪感を感じていました。
その後ろめたさが息子さんにも伝わって、息子さんはぐずってばかりいたのです。それを見たみずきさんは、なおさら罪悪感を感じ、苦しんでいたのですね。


そんな私も、いまでは、沈黙は怖くありません。それどころか、沈黙が時に大切なものであり、沈黙の中で安心していられるのは、「信頼」があるからだとわかるようになりました。
コーチングに出合い、目の前の人が沈黙の時は、自分自身の奥にある思いに向き合っている大切な時であることを知りました。
」(p.231)

坪崎さんは子どもの頃、沈黙が怖くて、すぐに騒いで沈黙を打ち破ろうとする性格だったそうです。沈黙に潜む争いが耐えられなかったのです。
周りの人からは空気を読まない子どもと思われたでしょう。けれども本当は、空気を読みすぎてしまうからこそ、沈黙を打ち破ろうとしたのです。


相手の心のとびらを開くには、このように相手が語ったらこのように答え、こんな様子の時にはこのようなアプローチをしなさい…という手法を細かくガイドしている書籍はたくさんあります。またそのようなセミナーもあります。
美佐緒さんのしていることは、それらのこととは対極のことのように感じます。
相手を恣意的に変えようとはしていません。そのままなのです。
」(p.242)

大久保さんの坪崎さん評ですが、私も同感です。相手をありのままに受け入れているのです。信頼しているのです。変わるべき時がくれば変わるし、それまでは無理に変えなくてよい。そう強く思っておられるのでしょう。


研修が終わった時、浅田さんが私のところに来ました。
「先生さ、なんであんなこと、俺に聞きにきたの?」
「本当に体調が悪いんじゃないかと心配になって」
「なんでそう思ったの?寝てると思わないの?」
「具合が悪くて寝てるのかもと思ったんですが、もしそうじゃないなら、嫌なのにここまで来てくださって有り難いなと思っていました」
」(p.245)

あの先生は、あんな失礼な態度の私を叱るどころか体調を心配してくれたんですよ。私が大丈夫ですと伝えた時は、本当にホッとしたように良かったと言ってくれたんです。この先生は違う。だから話を聞いてみようと思ったんです。言ってることとやってることが一緒だったんです。こんなふうに自分のことを受け止めてもらったのは初めてで、これが先生が言ってた承認ってやつなんだと思い、自分も部下のことをもっと承認しようと思ったんです」(p.247)

社員研修の講師をした時、反抗的な部長がいたそうです。ぶすっとしていて、ワークにも参加しない。その部長が、長い時間ずっと目を閉じて苦しそうな表情をしているのを見た坪崎さんは、ひょっとしたら具合が悪いのかと思い、体調が悪いのではと声をかけたのです。
いったいどこまでお人好しなのでしょう。どこまで徹底的に他人を信頼しているのでしょう。こんなに信頼されたら、好きになってしまうではありませんか。まさにそれが、坪崎さんが自然とやっていることなのです。信頼するとは愛すること。愛は人を変えるのです。


それは、一人暮らしのお母さんが鬱(うつ)になった時に、離れて暮らしている息子さんとの話。お母さんに元気になってほしくて励ましても全然ダメで…。でも何とか元気になってほしくて、息子さんが思いついたのが空の写真を送り合うことだったらしいの。空の写真を撮る時には顔が上を向く。人は上を向いているときには、ネガティヴな気持ちになれないということを思い出して、『僕と母さんは同じ空を見ているけど、それぞれから見える空は違うから、写真を送り合おう』って言ったら、『それならいいよ』って毎日。時には日に何度も写真を送り合ったそうなんです。そうしたら、お母さんがドンドン元気なって、いまではすっかり回復しているって」(p.252-253)

これは坪崎さんが聞いて、実際にそれを勧めてみて、役立った方法だそうです。こういう方法は知りませんでした。


「正しいことを言ったところで、相手が変わることはない。正論は無意味」
うまくいかないことをたくさん経験して、この思いに至ったのは60代半ば過ぎからです。
」(p.255)

大久保さんは、晩年にしてやっとこの真理に至ったことを白状しておられます。しかし、それを自然と身につけていたのが坪崎さんなのですね。


当たり前のことですが、人は死ぬんだということが私なりにわかりました。

だからこそ、会えているこの時を大切にしたいと強く思うようになりました。
そして私自身がその時を迎えても悔いのないように生きようと思いました。
最期を迎えた時、少しは人の役に立てて良かったと思える人生が私にとっての最良の人生。
そのためにも、悔いなく良い人生だったと思えるように生きたいのです。
」(p.258-259)

坪崎さん、お祖父様、お父様など、家族の死を身近に経験してこられました。その経験から、このように思われるそうです。
けれども、同じ経験をしたからと言っても、同じような思いにはなりません。もちろんその時は、一期一会の精神で生きようと思ったとしても、それが持続しないのです。つい目の前の人の不遜な態度に腹を立てたりします。そこが坪崎さんとの違いですね。


私の勉強会仲間内での美佐緒さんの愛称は”北の菩薩”です。
美佐緒さんと二人で話していると「観方・感じ方・捉え方」が驚くほど同じの方がいます。
関西に在住の清水喜子さん、愛称は”関西の菩薩”。
誰と出合ってもその人の足らないところを見るのでなく、相手の良いところを観て、それを自然に引き出しています。良し悪しで判断せず、相手の全てをそのまま受け入れています。
お二人とも基本において常に相手が幸せになることを願っています。
この思いがとてもとても強いと感じます。
」(p.264)

大久保さんが最後にこう言われています。北の菩薩だけでなく、関西にも菩薩がおられるようですね。驚きです。
こういうレベルまで進化した魂がどんどん出てきている。それを思うと、人類は安泰だなぁと思います。


坪崎さんが言われること、実践されてることは、私も頭ではわかります。しかし、いざそういう場面で、それを思い出して実践できるかと問われると、難しいと答えざるを得ません。ましてや、そういうことが自然とできてしまうというレベルではないことも確かです。
しかし私は、今の私のままでいいと思っています。私には私の使命があり、私のレベルで経験できることがあり、それを経験することが私のために重要だと思うからです。

もちろん、一歩でも坪崎さんのようになりたいなぁとも思います。でも、そうならなくてもいいのです。そこを目指して精進するというだけでも十分だと思うからです。
そして、坪崎さんのような菩薩と呼ばれる方が次々と出てくることで、日本が、そして世界が、より平和で幸せな社会になっていくといいなぁと思います。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 10:01 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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