これもYoutube動画で紹介されていた健康法に関する本です。私自身、スクワットやランジをやって、筋力UPということを考えて実践していますが、スロースクワットというものは知りませんでした。
動画では、加圧トレーニングによって筋肉が鍛えられるのと同じ原理だとあり、面白いと感じました。タイトルに2度のガンから生還したことが書かれているのですが、これについては「どうだかなぁ?」という思いもありました。
著者は東京大学名誉教授の石井直方(いしい・なおかた)さん。筋肉に関する研究をされているようで、若い頃にはボディービルダーとして活躍しておられたようです。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「がんを移植したネズミは、そのままにしておけば筋肉がみるみる萎縮して死んでいきます。しかし、筋肉を増強する薬物を与えて筋肉が減らないようにすると、ネズミの寿命は著しく延びました。つまり、がんになっても、筋肉をしっかり維持できれば長生きできる可能性があるのです。まさに筋肉はいのちに直結するというわけです。」(p.4)
ご自身の2度のガン経験に加え、こういう研究結果から、本書が生まれたということですね。
「世の中が便利になると、生活のために筋肉を使う必要がなくなってきます。しかし、そのまま筋肉を使わずにいると、筋肉はどんどん衰え、やがて健康上のさまざまな不都合が生じます。これは人類社会の抱える矛盾のひとつといえます。かといって、昔の不便な生活には戻れません。そこで、筋トレで「賢く」筋肉を維持しようというわけです。」(p.6)
たしかに、あえて不便な生活にすることで筋肉が衰えないようにするなんてことは、無理がありますからね。
「スロースクワットは、「スロトレ」方式で行うスクワットです。スロトレとは、スロートレーニングの略で、私の研究室で開発した「ゆっくり動き続ける筋トレ法」のこと。ゆっくり行えば、軽い負荷(最大筋力の30%程度)でも、効率よく筋肉を鍛え増やせることが、私たちの研究で明らかになっています。
しかも、ゆっくりした動きなので安全性が高く、関節を痛めたり、血圧の急上昇を引き起こしたりするリスクがきわめて低く、体力に自信のないかたや高齢者をはじめ、どなたでもでもできます。」(p.9)
こういう効果とメリットから、著者はスロースクワットを勧めています。
「極端な場合、ベッドで寝たきりになると、脚の筋肉は、1日で0.5%も減少します。1週間なら3.5%、1ヵ月ベッドで寝て過ごせば、15%もの筋肉が減ってしまうおそれがあります。
前述の通り、40〜50代以降は、年に1%の筋肉が落ちていきますので、その計算でいけば、2日寝たきりでいると1年分の筋肉が落ちてしまうのです。」(p.32)
私も高齢者施設で働いているので、このことは実感しています。入院から戻ってこられると、驚くほど動けなくなっている。高齢者への影響は甚大です。
「「フレイル」とは、「心身の機能が大きく低下しつつある虚弱状態」を指します。
サルコペニアやロコモによって、運動機能が大きく低下し、活動量が減少することで、「フレイル」と呼ばれる状態に近づいてゆきます。
サルコペニアは、筋肉量の減少で身体機能が低下した状態ですが、フレイルは、身体機能の低下に加えて、認知機能や栄養状態、日常生活の活動性などが全般的に低下した状態です。身体的健康、心理的健康、社会的健康の三者が脅かされている状態で、介護が必要になる前段階です。」(p.47)
動かない(動けない)ことで筋力が衰え、さらに動けなくなる。動かないことによって心身の機能も虚弱になる。やる気もなくなり、認知機能も衰える。こういう悪循環にハマってしまいます。これが高齢者の差し迫った問題だと、私も感じています。
「通常のウオーキングで主に使われるのは、持続的な力を発揮する遅筋線維です。そのため、速筋線維はほとんど使われず、鍛えられることもありません。ただ歩いているだけでは、大腿四頭筋や大腰筋のサルコペニアを予防したり改善したりすることはできないでしょう。」(p.30)
フレイルの対策として散歩とかウォーキングをしても、それほど効果がないのです。
私が勤める介護施設でも、廊下を歩き回っている方はおられますが、やらないよりマシという程度の効果しか感じません。歩き回っているのに、どんどん衰えていく人がいますから。
「彼らが行ったのは、ひざの伸展・屈曲の筋トレです。80%1RMの高強度で、ひざの伸展・屈曲をそれぞれ8回×3セット。これを週に3回行いました。」(p.86-87)
「デンマークの研究では、トレーニングの結果、ひざの伸展筋力が平均38%増加し、大腿四頭筋の筋横断面積が平均9.8%も増加したと報告されています。
平均年齢89歳のグループでこれだけの効果が上がったということは、高齢者の筋トレの効果を考えるうえで貴重なエビデンスとなっています。」(p.87)
「1RM(いちあーるえむ)」というのは、1回挙げるのがやっとというその人にとっての限界の負荷強度(最大挙上重量)のことで、「80%1RM」は最大挙上重量の80%の重さのことです。ウエイトトレーニングにおいては、この80%1RMの負荷で8〜10回行うということが一般的なようです。
この筋トレを高齢者に行ってもらったところ、一定の筋肉増加が認められたということですね。
「高強度の筋トレを行えば、一時的なものであれ、血圧が急上昇することがわかっています。種目にもよりますが、若くて健康な人が最大強度の8割くらいの負荷(80%1RM)で8回行うトレーニングをすると、最大血圧(収縮期血圧)が250mmHgくらいまで上がってしまいます。」(p.88)
つまり、筋肉増強に役立つとわかってはいても、高齢者に安易に勧められる運動方法ではないということです。
「70%1RMくらいでも効果はありますが、65%1RM以下では、筋肉の増加は起こらないとされています。
一方で、最近10年ほどの間の研究から、30%1RMくらいの負荷強度でも、疲労困憊に至るまでとことん反復を繰り返すことで、筋肉が太くなることがわかってきました。」(p.90)
高強度でなければ筋肉増加は起こらないと思われていましたが、案外、低強度でも筋肉が増加するのだそうです。ただし、かなりの回数をやらなければならず、そこまでするくらいなら高強度でやるだろう、ということのようですね。
これは、疲労困憊するということは、有酸素運動であっても筋肉にとってかなり酸素不足の状態になるためと考えられています。つまり、無酸素運動によって筋肉増強が起こるということです。
「一方、ゆっくりした動きで行う「スロトレ」は、こうした問題をクリアする、画期的なトレーニング方法といえるでしょう。
スロトレでは、最大挙上負荷の8割も使いません。もっと低強度の「3割程度の負荷」で効果があります。しかも、少ない反復回数で筋肉を太く強くしてくれます。重たいものを持ち上げなくても、またへとへとになるまで反復しなくてもよいのです。スローで行うスロースクワットでも、もちろん同様です。」(p.91)
「しかし、加圧トレの研究から重要な知見が得られました。
「筋肉の血流を制限し、低酸素状態で筋トレを行うと、低強度の筋トレでも高い効果を上げることができる」ということです。」(p.93)
「筋肉が力を出すと、その筋肉の内圧が上がります。」(p.93)
「そのため、筋肉内の血管が圧迫され、血液が流れない、もしくは流れにくい状態になっています。」(p.93-94)
「つまり、「30%くらいの力を発揮したまま、力を緩めずに動作を続けていれば、加圧で血流を制限したときと同じような低酸素の環境を作ることができるのでは?」というアイデアが生まれたのです。」(p.95)
「というわけで現在は、「4秒かけてゆっくりと腰を下ろし、静止なしで、4秒かけてゆっくりと立ち上がる」やり方を推奨しています。」(p.97)
加圧トレの原理を応用した、これまでの常識を覆す筋トレ。それがスロトレなのですね。
やり方の詳細は、ぜひ本書をお読みください。スクワットにもいろいろなやり方があり、あまり動けない高齢者でも無理なくできる方法についても解説されていますから。
「筋トレで筋肉を太くするためには、速筋線維が使われなければなりません。筋トレで太くなれるのは主に速筋線維だからです。また前述の通り、加齢で著しく細くなるのも速筋線維のほうです。
しかし、通常の筋トレで最大筋力の3割程度の低負荷強度を用いた場合、最初は遅筋線維しか使われません。30回、40回、50回……と疲れ果てるくらい繰り返してやっと速筋線維の出番がきます。」(p.99)
「もとより遅筋線維は持久力のある筋繊維ですが、酸素が十分にないと活動できません。一方、速筋線維は酸素があまりなくても活動が可能です。酸素濃度が下がると、遅筋線維が早く疲れてしまうのです。そして、速筋線維が助太刀に動員されることで、速筋線維の強化が可能になります。」(p.100)
遅筋と速筋の特性からの解説です。低負荷だと遅筋が使われますが、酸素供給量が減ると速筋も使われるようになる。だから、意図的に血流を減らして酸素供給量を減らせば、低負荷でも速筋を鍛えることが可能になるというわけですね。
「筋肉を使わず、じっと座っていると、下肢の筋肉のポンプ作用が働きませんから、血液循環が悪化します。すると重力の影響で血液やリンパ液が足のほうにたまります。この状態が長く続けば、足がむくんだり、さらには血栓ができて、エコノミークラス症候群にもつながります。」(p.110)
「筋肉には熱を作り出す働きがあります。私たちの体温は常に37℃前後を保っています。これは、筋肉が熱を出してくれているからです。
私たちの体温のうちの約60%を筋肉が生み出していることがわかっています。」(p.110)
筋肉というのは、単に運動に役立つだけでなく、生命維持においても重要な役割を果たしているということですね。
「じっとしているときでも、生命を維持するためにエネルギーが消費されていて、これを基礎代謝といいます。この基礎代謝の約3〜4割は筋肉による熱の産生です。
筋肉1kgあたりの基礎代謝量は、1日約20〜50kcalとされています。トレーニングによって筋肉を1kg増やした場合、自律神経の活性化による効果も加わって、1日約50kcalも代謝が増えるという報告もあります。つまり筋肉量が増えると、特に運動をしなくてもエネルギー消費が増えることになります。」(p.111)
「脂肪は1kgあたり約7000kcalの熱量をもっていますので、トレーニングで筋肉が1kg増えれば、自然に脂肪が2.5kg減る計算になります。逆に、筋肉を1kg減らしてしまうと、脂肪が2.5kg増えてしまうことになるのです。」(p.112)
筋肉量は基礎代謝量に大きく影響を与えています。運動をしなくなって筋肉量が落ちても、体型がそれほど変わらないという経験がありますが、その分(以上に)脂肪が増えているんですよね。
「動物実験では、筋肉による熱の産生を抑えられたマウスは、冷え性になるばかりでなく、肥満となり、やがて糖尿病になることが示されています。」(p.112)
「やせているばかりでなく筋肉量が少ないと、糖をエネルギー源としてたくさん消費できません。つまり、糖を利用する能力が低下するために血糖が下がらなくなると考えられます。実際、体の中の糖のうち7割以上が筋肉によって消費されることがわかっています。」(p.113)
「糖尿病になると、余った糖が「糖化ストレス」という状態を引き起こし、動脈硬化、脳卒中、腎疾患、認知症などのさまざまな合併症へとつながっていきます。糖は重要なエネルギー源ですが、余剰になると一種の「毒」になるわけです。」(p.113)
筋肉量の低下が肥満や糖尿病につながることも、実験と理論から示されています。そして、血糖値が高い状態は、人体にとって良いことではないのです。
「マイオカインでいま注目されているもののひとつが、「イリシン(アイリシン)」です。もともと、イリシンは脂肪組織に働いて、白色脂肪を褐色化する(発熱する脂肪に変える)ことで注目されました。
しかしその後の研究から、脳にも働いて、海馬(短期記憶の中枢)の機能を活性化することがわかってきました。海馬には脳由来神経栄養因子(BDNF)という物質があり、この物質は神経細胞の働きを活性化します。BDNFが増えると、短期記憶や学習機能が向上することがわかっています。」(p.117)
「とくにイリシンが注目を集めているのは、認知症予防に役立つのではないかと考えられる点です。」(p.118)
「一方、マイオカインであるスパークが初期の大腸がんにおいて、がん化した細胞を自死(アポトーシス)に追い込む働きがあることが報告されました。
スパークを、培養した大腸がんの細胞に与えると、がんは成長しません。それどころか、縮小していくのです。」(p.119)
「筋肉をよく使い、スパークがたくさん血中に放出されていることで、運動好きな人は大腸がんになりにくいのではないかという仮説も可能です。」(p.120)
マイオカインというのは、筋肉から直接出るホルモン様物質の総称だそうです。100種類以上あるとされていますが、機能が確かなものは30種類程度だそうです。
つまり、筋肉には人体に好影響を与える仕組があり、それはまだ解明されていないものが多いということですね。
「一方、がんになっても、筋肉をしっかり維持できれば長生きできる可能性があるという、2010年に発表された有名な研究があります。
マウスの皮膚にがんを移植して、そのままにしておけば、筋肉量がみるみる減っていきマウスは死んでしまいます。しかし、同じ移植をしたマウスに筋肉増量剤を与えて筋肉量を増やしてやると、筋肉量を増やさなかったマウスよりもはるかに寿命が延びました。がんをもちながら、正常なマウスと寿命は変わらないほどでした。
つまり、がんに罹っても、筋肉の減少を抑制できれば、その分だけ延命につながる可能性があることがわかってきたのです。」(p.120-121)
本書の冒頭でも語られていたことですが、このことにもマイオカインが関係している可能性があると石井さんは考えているようです。
「筋肉と骨の関連について、日本人の高齢者数千人を対象に調べた研究があります。それによると、「筋肉の多い人ほど、骨密度が高い」という相関関係があることがわかります。筋肉がしっかりある人ほど、骨も強いということです。」(p.123-124)
相関関係であって因果関係ではありません。ですが、強い筋肉で動かせば骨にも強い刺激が与えられ、骨の強度を増す作用が高まるのではないか、ということは想像できますね。
「最近の臨床研究では、術後もできるだけベッドに寝ている時間が少ないほうがよいとされているそうです。
術前、術後の筋トレのかいもあって、11月7日に退院、術後これほど短期のうちに退院できる例はまれだそうです。」(p.136)
石井さんは、2度のガン治療を行い、その入院中でさえ筋トレを欠かさなかったそうです。
「多くの患者さんのデータの分析から、大腰筋が太いほど、つまり体幹の筋肉がしっかりしているほど、術後の回復が速いことがわかってきたということです。
実際、私自身の大腰筋はかなり太かったらしく、そのおかげで早期の退院が可能となったのかもしれません。」(p.137)
「私自身も体験しましたが、筋トレが大きな手術の成否を左右する要因のひとつとして認められて、治療の過程の中に組み込まれるケースが増えています。
手術前の筋トレ(プレコンディショニング)と、手術後の筋トレ(リハビリテーション:リハビリ)の両方が、手術の成功率や回復速度を左右する重要なファクターと見なされるようになってきているのです。」(p.138)
筋トレが、手術など病気治療に役立つ可能性があるということですね。
「私たちの研究では、高齢になっても、スロトレを行うことで、筋肉が増え筋力がアップすることがわかっています。」(p.140)
「歳を取るにつれて、私たちはがんになりやすくなっていきます。だからこそ、ロコモ・フレイル予防としてだけでなく、がん対策としても、ご高齢のかたにスロースクワットをお勧めしたいのです。」(p.140-141)
年をとったらかもう手遅れなんてことはないのですね。何歳になっても、適切に鍛えれば筋肉は増強されますから。
「まず、ご自身が健康であること自体が第一の社会貢献となり、ご家族や周囲のかたたちに幸福をもたらします。
積極的に体を動かすことによって、健康長寿が可能になります。生き方も運動もスローでいいので、心身ともに元気であり続けましょう。」(p.150-151)
石井さんは、ついつい無理をして仕事をしてしまっていたと反省されています。身体の声をしっかり聞きながら、無理をせずにストレスを減らして、スローな生き方をすることが大切ですね。
そして、自分の健康を第一に考えることが、そのまま社会貢献になると言われています。たしかに、医療費や介護費も削減されるし、家族の肉体的心理的な負担も軽減するでしょうから。
スロースクワットで筋トレになるということに興味を覚えて読み始めたのですが、意外にも健康全般につながる知識が得られ、かつ、生き方に示唆を与える内容もあって、素晴らしい本と出会ったなぁという思いがあります。
私が老人介護施設で働いていることもあり、こういう本をお年寄りの方々に読んでいただきたいなぁと思ってしまうのです。ぜひ読んで、身近なお年寄りの方にもお勧めしていただければと思います。

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