2022年06月18日

続・老後はひとり暮らしが幸せ



以前に紹介した「老後はひとり暮らしが幸せ」の続編です。
前回の本で、なぜか一人暮らしの方が満足度が高く、幸せを感じられる人が多いという現実が紹介されていました。今回は、なぜそうなるのかということについて、さらに深く追求したものとなっています。著者は辻川覚志(つじかわ・さとし)医師です。

アンケート結果を重視して、できるだけ客観的に事実を積み重ねて結論を導き出そうとする姿勢に共感できます。
結論は、「さもありなん」ということに落ち着くのですが、事実の積み重ねがあるからこそ、その結論にも重さが感じられると思います。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

しかし、少しくらい悩みが減っても、ひとり暮らしには、どうしても寂しさや不安が残ってしまいます。これらの感情は暮らしの質を低下させるものです。それなのに、なぜ、ひとりで老後を暮らすことが、満足することにつながるのでしょうか。そのことを追求するために、本書では、この寂しさや不安という感情に焦点を絞り、皆様方から教えていただいた結果をまとめたいと思います。
 今回は、60歳以上の男女570名の方々に、寂しさと不安を中心に、詳細なアンケート調査をお願いしました。
」(p.6)

前作で老後は同居より独居の方が満足度が高く、幸せに生きられるという結果が出ていました。アンケートの詳細は巻末に載っていますが、今回はその理由を探っていこうというものになっています。


しかし、前章で触れましたように、寂しさは多くの場合、一過性です。ある一定の時期を乗り越えれば、慣れるということがありえる感情です。しかも、短期間だけ、家族が家を訪問して、にぎやかに過ごしてしまうと、家族が帰ってしまい、また、ひとりになったときが寂しいので困るという声すらあります。
 つまり、あまり波風を立てずにひとりで暮らしているかぎりでは、それほど強く寂しさを感じることはないともいえそうです。
」(p.52)

そもそも寂しさは一過性であり、満足度に大きく影響しない感情ではないか、というわけですね。
私もひとり暮らしが長かったのですが、寂しいと感じたことはありません。むしろわずらわしさがなくて、気楽だったという気がします。


悩みも、寂しさと同様に、ひとり暮らしで不安がない人が最低で、同居で不安があるとされたグループが、一番悩みが多いという結果でした。
 つまり、不安に関して考えても、満足度や悩みの程度という観点からみると、同居はあまりよくありません。
 結局、ひとり暮らしで不安のない人がひとり勝ち、ということになりました。満足するひとり暮らしを牽引しているのは、このグループの人たちだったわけです。
」(p.66)

「ひとり暮らし」で「不安がない」ことが、満足して生きるポイントになりそうだということですね。


ですから、ここで注目すべきは、体調が落ちてきてしまったら、ひとり暮らしも、家族と同居されていても、同じ程度まで悪化してくるということになります。体がいよいよ弱ってきてしまうような段階になってくると、寂しいとか、不安だという感情においても、家族と暮らしているということはあまり関係がなくなって、結局は、自分自身の問題だということがわかってくるからかもしれません。」(p.78)

身体が弱って思い通りにならなくなってきた時の不安は、同居も独居も同じであり、同居の家族の支えは不安解消に役立たないということですね。


結局、厳しい言いかたになってしまうかもしれませんが、厳しい暮らしのなかで、うまく満足して暮らしておられる人とそうでない人の違いは、最終的には、その人がどのように思い、感じておられるかということにかかっているといえそうです。」(p.80)

ここまできますと、大きな役割を果たすものは、その人がもつ死生観ではないかと思えてきます。別に宗教的に帰依されておられなくても、死に対するとらえかたや考えかたをはっきりと描けている人は、心が安定しているように感じます。
 また、宗教と結びついていなくても、毎日、先立たれた家族のことを思い、その人の思い出と一体となり、日々の暮らしのなかで、共存しているような雰囲気をもたれている人は、いかに厳しい状況に追い込まれても、心静かに暮らされているように思えます。
」(p.81)

自分なりの死生観があったり、先に亡くなられた愛する家族のことを思い、対話できる人は、現状が厳しくても静かな心を保つことができ、日々の生活に満足できるということですね。


そうしますと、睡眠時間とゆとり時間には、両者とも大きな差を認めませんでしたが、何もやることがなく暇だと思う時間は、図のごとく、寂しさや不安を感じる人とそうでない人とで、はっきりとした差を認めました。やはり、暇な時間が少ない人は、寂しいとか、不安だという感情をもつことが少なかったのです。」(p.85)

寂しさや不安をできるだけ感じないようにするには、忙しくしていることがポイントのようです。
何かやるべきことがあるというのは、大変なことである反面、無駄な思考を巡らす機会が減ることでもあり、充実した生活に役立つようです。


アルコールを適量で抑えることができている方のお話をうかがうと、自分の体調が知らせてくれるので、抑えられるとおっしゃいます。つまり、自分自身と対話しながらお酒を楽しんでおられる姿が浮かびます。おそらく、このような方は、アルコールを、食欲増進と生活のリズム管理、体調維持に利用されておられ、けっして、寂しさや不安を消すために使っていないということになります。」(p.118-119)

アルコール依存症というのがありますが、私はここにこの病気の本質が書かれていると思いました。
依存症になるのは、その依存対象によって不安や寂しさを消そうとしているからです。しかし、それでは消えないのが不安や寂しさなのです。方法が間違っているのに気づかずに、もっともっとと求めるようになる。これが依存症です。依存物質が原因ではないのです。


難病になり、治療法も限られてくると、体を動かすのもおっくうになってきて、もう何もする気が起きなくなるかもしれません。しかし、そんなときでも、人によっては、いろいろ工夫しながら、マッサージや体を温めたり冷やしたりして、なんとか症状を軽くしようと毎日努力されています。たとえば、理学療法士の人から教えてもらった方法をやってみたり、ご自分で試行錯誤した結果、体が楽だと思われるやりかたでやってみたりして、とにかく、自分がよいと感じたやりかたを探しておられます。そうすると、一番、長く続くわけで、それを毎日やっておられるわけです。」(p.128-129)

自分の身体と対話しながら、自分に合った方法を探して実践するから、長く続けることができる。自分の身体は自分がケアすることですよ。
そして、自分の身体のケアのために時間を使っているから、それだけでも日々を充実して過ごせるのですね。


私はあまり信心深い人間ではありませんが、結局、信仰心はあろうとなかろうと、形見の品を肌身離さず身につけたり、毎日念じて声を出したりするだけで、寂しさや不安が減るわけですから助かります。非常に厳しい環境に陥ってしまっておられても、なんとか元気に暮らされている多くの方々からいただいた秘訣は、結局、心のなかで念じたり、実際に声を出して祈ったりすることでした。」(p.145)

宗教の信仰に限らず、何かを信じて実践することが、寂しさや不安から救ってくれるのかもしれませんね。


せいぜい、私たちにできることは、寂しさや不安を少しでも軽くしながら、いかにできるだけ満足しながら暮らせる時間を長くするように、頭と体を同時に使い続けるように工夫するしかないわけです。具体的には、3章で説明いたしましたように、体が丈夫な間は、思いっきり自分が有意義だと思う活動をしながら、好きな暮らしをします。そして、徐々に体の自由がきかなくなってきたら、4章で述べましたように、自分の身体が許す範囲で、考えてもしかたがないことを考える暇をつくらないように努力します。そうすることで、できるだけ自分の意思で暮らし、意味のある暮らしを楽しむことができる時間を長く保つことができると信じるしかないわけです。そして、結局、それを実現するためには、他を頼らず、なんでも自分でやれることはやるようにして暮らすことが、最終的には自分にとって最良の選択肢になりうるということを多くの方々から教えていただきました。」(p.152-153)

これが本書のまとめとも言える部分だと思います。


ひとり暮らしは大変です。何もかも自分ひとりでやらなければいけません。衰えていく心身を感じながら、自らでもできることは最後までできるだけ自分でやろうとされ、もし、他の人から親切をもらえば感謝しつつ、見守ってくれている人に安堵させるよう情報を提供し続けている人こそ、もっとも満足しながら老後を暮らしておられるように感じます。」(p.171)

私の父も、ほぼ見えなくなった今でも、ひとり暮らしを続けています。だから私は父を信頼し、満足した人生を送ってほしいと思うのです。


今回のアンケート結果は、たしかに、ひとり暮らしは、寂しさも不安も多いということがわかりました。しかしながら、これらは満足度には決定的な影響を与えないということもわかりました。別の見方をすれば、ひとり暮らしがあまりに厳しい環境なので、自ら悟りに似た自立した感情をもつしかなかったと解釈することもできるかもしれません。しかし、それが結果的にひとり暮らしの満足度を引き上げてくれているとも理解できるわけで、厳しい環境に置かれているからこそ、人の情けをありがたく感じ、自らの暮らしを厳しく律することができているのかもしれません。
 できるだけ、他の人の迷惑にならずに、あちらに逝きたいと皆様はおっしゃいます。今回のアンケート結果からいえば、そのためには、結局、自分自身だけで生きていくように努力しなさい、人を頼ってはいけませんという非常に明快な答えをいただいたと思います。
」(p.185-186)

たしかに、そういうことなのでしょうね。甘えるとは依存することです。依存するとは、自分の外に執着することです。その執着心があるから、それが得られないことが不安になり、満足度が下がるのです。
満足度を高めたいなら、執着心を捨てること。自分ひとりで最後はどうにでもすると決意すること。その覚悟によってこそ、依存心を断ち切って、幸せで生きたれるのだと思います。

悟りを得たから満足してひとり暮らしができるのではありません。はからずもひとり暮らしをせざるを得なくなったから、悟りに近い境地で、生きる覚悟ができたのです。
私たちの魂は、私たちが幸せに生きられるように常に導いている。私は、そのことを本書を読んで感じました。

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タグ:辻川覚志
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:59 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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