前回紹介した「道ひらく、海わたる」と同様に、大谷翔平選手のことを知りたくて買った本です。著者は追手門学院大学客員教授の児玉光雄(こだま・みつお)氏です。
後で気づいたのですが、これは三笠書房の知的生き方文庫になります。この文庫は、生き方についてのノウハウを提供するもので、私も若いころはたくさん読みました。安価な値段で有益な情報が得られるので、好んで読んでいたのです。
最近は、こういうハウツーものをあまり読まなくなったこともあり、しばらく読んでいませんでした。久しぶりに読んでみて、なるほど知的生き方文庫らしい作りだなぁと感じましたよ。良い意味でも悪い意味でもね。
この本は、タイトルにもあるように86のメッセージを紐解きつつ紹介する形になっています。1つのメッセージは見開き2ページで完結しており、右側には大谷選手の発言など、関連する言葉が大きく書かれています。
こういうスタイルのため、非常に読みやすいです。しかし、逆に言えば底が浅くなりがちです。そういう部分は、関連する2つ3つのメッセージに分けて連続させることで、深みをもたせようとしているようです。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「野球を始めた小学3年生のときから、
自信を持って「プロ野球選手になる」と言い続けてきた。
そして、一度として
プロ野球選手になれないんじゃないかと思ったことはなかった。」(p.10)
「なれたらいいな」じゃなく「なれる」と断定し、そういう自分を信じよう、というのが最初のメッセージです。
たしかにそうかもしれませんが、多くの人はそう簡単には思えません。あとで、アファメーションによって自己洗脳する方法が出てきますが、大谷選手は、そういうことをして自信が持てたのではなく、最初から何もなくても自信があったのです。
それは「できる」という結果への確信ではなく、「やる」という行為への確信です。そのことは、この前紹介した本から読み取れますが、そう言ってしまうと、大谷選手だからできたのだということで終わってしまい、読者へのメッセージにならないということなのでしょう。
「私たちの能力の限界を決めているのは、私たち自身。
私たちの多くが、自分には、特別な才能はないと思い込んでしまっている。しかしそれは、単なる先入観だ。その先入観があなたから夢を遠ざけている。才能があるかないか、できるかできないかは、やってみなければわからない。まず「自分の才能は無限だ!」というメッセージを何度も自分に言い聞かせて、自分の脳のプログラムを書き換えよう。「自分には無理だ」という先入観を徹底的に削除しよう。これこそ最強の成功法則だ。」(p.39)
たしかに、挑戦することなく諦めてしまっては、できるものもできないでしょう。なので、まずはとことんやってみるという姿勢は大事です。
しかしだからと言って、やれば必ずできるわけではありません。誰もが大谷選手になれるわけではないのです。
実際、大谷選手とて170km/hの球を投げられるとか、200km/hもいけるなどと言ってはいません。投げられないとも言ってはいませんが、投げようとはしていないのです。
ものごとには、今、それに挑戦することが必要か、自分らしいことか、というような観点があります。その上で挑戦したいと思った時は、勝手に限界を作らないことが大事だと思うのです。
「大谷は、あるとき自分の性格について「僕はマイナス思考なんです」と語っている。本人は、自分のことをマイナス思考だととらえているが、実は、うまくいかないときも、しっかりと現実を直視して、改善のための行動を起こせる人は、真の楽観主義者だ。大谷のような真の楽観主義者は、「うまくいかないことから目をそらさない」という思考パターンを持ち合わせている。だから逆境耐性が高い。」(p.55)
いくら本人が「自分はマイナス思考だ」と言おうと、それを真に受けてはいけませんね。言葉の定義は人それぞれですから。
いくらマイナス面に目を向けてしまう性格だとしても、そこで萎縮したり諦めたりするのでなければ、その性格は自分を拡大させるのに役立つでしょう。
逆に、虎の威を借る狐のように虚勢を張るだけなのは、本当の意味での楽観主義とは言えないでしょうね。内心は不安でビクビクしているのに、それを見透かされるのが怖くて表面を取り繕っているだけ。わざと楽観主義のふりをしているだけですから。
「楽観主義者とは、常に物事の好ましい要素とそうでない要素を、明確に客観視して、それをありのままに受け入れ、冷静に判断したうえで行動できる人のことをいう。
どんな逆境に見舞われても、楽観主義者は自信を失わず、モチベーションを高めてことに当たれる。だから大谷は実力を発揮できるのだ。」(p.147)
ネガティブな現実を見て、不安(怖れ)が湧いてくるならマイナス思考なのです。不安(怖れ)ではなく、大丈夫だという安心感をベースに、挑戦できる喜びが湧いてくるならプラス思考なのです。
「野球が頭から離れることはないです。
オフに入っても常に練習していますもん。
休みたいとも思いません。
ダルビッシュさんからアドバイスをもらったりしますが、
一人でああだこうだ考えながらトレーニングすることが好きで、
それまでできなかったことができるようになるのが楽しいんです。」(p.64)
結果を怖れていないし、他人の評価を気にしていないことがわかりますね。ただ自分がやりたいからやる、楽しいからやる、という姿勢です。
「ストイックというのは、練習が好きではないというか、
仕方なく自分に課しているイメージ。
そうではなくて、僕は単純に練習が好きなんです。」(p.66)
論語にある言葉が思い出されます。「これを知る者はこれを好む者に如(し)かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如(し)かず。」
大谷選手は、意識してこういう考え方、生き方ができるようになったのではなく、生まれながらそうだったのです。そこが大谷選手の素晴らしいところだと思います。
しかし、私たちはこのメッセージを受けて、自分もこういう生き方をしようと望むことはできます。天然の大谷選手のようにはなれないとしても、今の自分より一段高いレベルに進むことはできると思います。
「彼の目は、「相手のすごいところ」にいく。相手の最も得意なところをめがけて自分の力がどれだけ通じるか、まっこう勝負を挑むこともある。これを許した栗山英樹という監督に恵まれた大谷は幸せ者である。ベストな状態の相手に勝てれば文句なしの自信が持てるし、自分のレベルが上がるからだ。目先の勝負に勝つためには弱点の研究も必要かもしれないが、非凡な成長を遂げたいなら、長所を伸ばすことに重きを置こう。」(p.77)
大谷選手の関心事は、相手の弱点を突くことではなく、より自分を成長させることでした。つまり、勝負という結果にこだわってはいないのです。
目の前の勝負よりも、そうすることで自分がより高みに上れるかどうか、ということに関心があったのですね。
ただ、ここのメッセージは「弱点を補っても、非凡な成長にはつながらない。」とあって、ややピントがずれているようにも感じます。見開き2ページに収めるという編集の制約もあってか、こういうところに無理くり感を感じてしまいます。
「どうしてできないんだろうと考えることはあっても、
これは無理、絶対にできないといった限界を感じたことは
一度もありません。
今は難しくても、そのうち乗り越えられる、
もっともっとよくなるという確信がありました。
そのための練習は楽しかったですよ。」(p.132)
こういうところにも、生まれ持った大谷選手の素晴らしさが表れています。最初から、限界を感じていないのですから。
「特に幕末が好きですね。
日本が近代的に変わっていくための新しい取り組みが多くて、
歴史的に見ても大きく変わる時代。
革命や維新というものに惹かれるんです。」(p.160)
「大谷は高校1年生のときに「目標達成シート」を作成している。
彼が定めた目標は、「8球団からドラフト1位で指名される」だ。そしてそれを実現するための行動目標として、「メンタル」や「スピード」「キレ」「体づくり」など、8つのテーマを設けているが、そのうちの一つに、大谷は「運」と記している。
そしてその運を引き寄せる具体策として、「ゴミ拾い」「部屋そうじ」「あいさつ」「審判さんへの態度」「道具を大切に扱う」「プラス思考」「応援される人間になる」「本を読む」といった要素を挙げている。」(p.177)
大谷選手には、生まれ持った素晴らしい性格や考え方があったと思います。しかしそれだけではなく、自分でも意識してそういう面を高めようとしてきたことが伺えます。
おそらく大谷選手は、子どもの頃から読書に親しんでいたのでしょう。そうでなければ、「運」を高めるのにこういった要素は出てこないでしょうから。
大谷選手が、読書を通じて学んだものはたくさんあると思います。けれどもその前提として、もともと変化を恐れることのない性格があり、より高みに上っていくことにワクワクする性格があったのでしょう。
「(二刀流の)取り組みに否定的な人たちの考えを
変えたいとも思わない。
人の考えは変えられないので。
自分が面白ければいいかな。
もちろん、チームために徹するし、優勝も目指すけど、
それも自分のやりたいことの一つです。
誰かに評価してもらうために、というのはありません。」(p.196)
王貞治氏をはじめ、往年の名選手が二刀流に反対していました。イチロー選手も、ダルビッシュ投手も否定的でした。けれども大谷選手は、そういう評価に耳を貸さず、自らを信じたのです。
他人は他人という割り切りができていること、自分は自分に正直になること、「楽しい」を動機にすることなど、大谷選手の素晴らしさが見えてくる発言です。
途中でも書きましたが、大谷選手の発言などを取り上げてメッセージとして示していますが、無理くり感があると感じることが多々ありました。
ただ、そういう面があることは仕方ないとしても、こういう読みやすい形で自分の生き方に役立つメッセージが得られる、とも言えます。
けっきょくは、読み手がいかに自分に役立てるかですからね。
私は、やはり大谷選手には天然の素晴らしさがあるということと、そういう大谷選手も普段から自分を磨くことをやっている、という2つのことがわかる本だと思いました。

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