2021年10月13日

家にいるのが好きになる 断捨離 すっきり生活

この本は、市販はされていないようです。
たしかFacebook広告として見て、ここのところブームが続いている「お片付け」や「整理収納」を提唱しているものだと思いました。ただ、そこに書かれていたキャッチフレーズに興味を持ち、リンク先のサイトを見たのです。
キャッチフレーズの内容は忘れてしまいましたが、そこにあった問いの答えを知りたくて、この本を注文したのです。

書籍代としては無料ですが、別途、送料+手数料の550円がかかります。届いた本を見ると薄手のペーパーバックのようなもので、これなら書籍代として550円でも不思議じゃないなと思いました。

要は、本をダシにメルマガ読者を獲得し、その先にある有料講座を販売したいということのようです。
そういう販売手法は知っているので、それ自体をどうこうとは思いません。ただ、急速に興味を失って、しばらく読まずに放っておきました。他に読みたい本もあったからですが。

けれども、他の読みたい本を読み終えたタイミングで、「薄い本だから一気に読んでしまおうか」と思い直し、読んでみることにしました。
そうしたところ、これは単なる「お片付け」の本ではないことがわかりました。それで、ここで紹介したいと思ったのです。

著者は、クラタ−コンサルタントのやましたひでこさん。詳細は、公式WEBサイト「断捨離」をご覧ください。


前置きが長くなりましたが、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

断捨離は、そうした住まいに堆積しているモノを相手にするので”片づけ”と混同されがちですが、「見える世界」から「見えない世界」を変えていく、という行法哲学であり、単なるモノの片づけではありません。」(p.21)

今まで「執着心」とは、誰もが心のうちに抱えている、逃れられない根深い欲求であり、自分では如何ともしがたい存在だと思っていましたが、「眼の前のその洋服を取り除くことは、私自身の執着心を取り除くことになるのではないだろうか」と、はたと気づいたのです。」(p.26)

つまり、モノを断舎離するということは、片づけて整理整頓してすっきりする、という次元の話ではなく、モノを断舎離することによって自分の執着心を手放すということなのです。

執着心を手放せということは、昔から仏教などでも言われてきました。しかし、その目に見えない心の中の執着心を、どうやって手放せばいいのか? そこが難しいところでした。
それを目に見える形であるモノの断捨離によって行おうとする。それが、やましたさんが提唱しておられることなのです。


つまり「思い入れがあってどうしても捨てられない」というほどに根深い執着心ではなく、もっと反射的な、衝動的な感覚。人間の心の最も奥深いところにある執着心とは、ただそれが「使えるモノである」ということに対する依存心のようなものだということがだんだんわかってきました。」(p.27)

その手放そうとする執着心の中でも、実は何気ない「まだ使えるのにもったいない」という思いこそが、根深い依存心になっているとやましたさんは言います。

もったいない、まだ使える、いつか使う時が来るかもしれない。そんな思いでモノを収納し、見えなくなってしまい、いつしか忘れ去られる。それは、心の中のゴミと同じです。活用されないのであれば、ないのと同じこと。ないけれどもある。そういうことが、実は根深い依存心になっている。

これは、何となくわかります。つまり、もったいないという思いは、裏返せば不安なのです。今、捨てるという決断をすることが恐いのです。失敗するかもと不安なのです。だから捨てられない。取っておこうとする。
つまり、この根深い執着心、依存心の本質は不安(恐れ)だということです。


このようにモノを通じて「なぜ・なぜ・なぜ」と思考を進めていく中で、自分の課題を発見し、最終的にモノを通じて「不要・不適・不快」を取り除くことで心の解放感を味わっていきます。」(p.36−37)

なぜそのモノを必要と思うのか? 本当に必要なのか? そういう判断は自分にしかできません。自分にとっての正解しかないからです。
そうやって自分の心の内を見つめていく作業は、意識的に生きることにつながります。自分の生き方が本当に自分らしいものなのかを問い直す作業でもあるのです。


でも、もっと俯瞰して住まいを見た時に、本当にそれは「もったいない」とモノを惜しみ、愛おしいと感じる行動になっているのかどうか。そんな風に、モノをまさに「死蔵」しておくことこそ、もったいないのではないか。」(p.38)

断捨離を通じてヨガを暮らしにおいて実践していくためには、「罪悪感」と「後ろめたさ」から逃げずに向き合い、そのことに「申し訳ない」と真正面から懺悔できる自分でありたい。」(p.61)

捨てることに罪悪感や後ろめたさを感じて、つい捨てられずにいる。それをいくら「もったいないから」と言い訳したところで、本心ではそれは不安(恐れ)に過ぎないとわかっています。
捨てなければ、新しいものは入れられません。呼吸は吐かなければ吸うことができないのです。そのモノが悪いからとか、価値がないから捨てるのではなく、今の自分には不要だから捨てる。そうであれば、そのモノに対する敬意や、それでも捨てなければならないことに対する「申し訳ない」という思いも出てくるはず。そこに向き合う必要があるのです。


なければないで、あるもので工夫をする。こうした発想の積み重ねが「捨てて困る」を「なくても大丈夫」と前向きに捉えていくセンスを磨いてくれます。」(p.77)

でも何かあった時に困るのではないか、という未来に対する不安(恐れ)が、捨てることを逡巡させてしまいがちです。たしかに、「捨てなければ良かった」と思うことに遭遇することもあるでしょう。けれども、実はそれがなくても大丈夫だということに気づくチャンスでもあるのですね。

どうしても私たちは「足りない」とか「ない」という側面をフォーカスする癖があります。」(p.77)

私たちは無意識に、この「足りない」とか必要なものが「ない」ということを考えて、不安(恐れ)を感じてしまうのです。これは、お勧めしている「神との対話」シリーズでも言われていることですね。

けれど、ここでもやはり、俯瞰がポイント。なぜなら、その困りごとは果たして、必ず防がなくてはいけないような大ごとなのでしょうか?」(p.78)

実際は、なければないで何とかなってしまうことがほとんどだろうと思います。それを経験しないから、いつまでも不安に感じているだけなのです。


見える世界を自力で変えていくことで、空間が蘇れば、見えない世界の他力の応援が得られる。

 モノを選び抜き、その空間を、掃く・拭く・磨くところまで行けば、確実に人生は変わる。「変える」というより「変わる」のです。
」(p.95)

断捨離とは、自分の人生を変えること。しかし、自分がやるのは単に吟味してモノを捨てるだけ。そうやって自分が住まう空間を素晴らしいものにしていくことで、自ずと自分の人生が磨かれ輝いていく。そういうことを、やましたさんは言われています。


最初は、どうやって上手にお片付けができるかを示した本だと思っていました。しかし、内容はまったく違いました。
重要なのはお片付けすることではなく、自分自身と向き合うことなのですね。そのための手法としてのお片付けなのです。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:30 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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