日本講演新聞で紹介されていて、ピンと来たので買ってみました。映画にもなったのですね。著者は柴田久美子(しばた・くみこ)さん。縁があるのか、島根県出身の方でした。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「死は悪いものでも、怖いものでも、ましてや穢(けが)れたものでもなく、むしろ、ものすごい量のエネルギーを放出する、その人の人生にとって最も大きな愛に溢れたイベントなのです。
その場でエネルギーを受け取り、いのちのバトンをつないでいくことは、感動的な体験となるでしょう。」(p.10)
柴田さんにとって「看取り」とは、こういうことなのですね。私も、死を忌み嫌うものではありませんが、こういう価値観の土台があってこその看取りなのだと感じました。
「私は、敏夫さんから発せられるものすごい量のエネルギーに圧倒されながら、「ああ、人は社会のルールに反してさえいなければ、自分らしくわがままに生きていいんだ。むしろ、自分の心が喜ぶ生き方をすることが大切なんだ」と感じたのです。」(p.29)
わがままを言ったり、「普通」じゃない人というのは、扱いにくいと嫌われがちですが、柴田さんは別の見方をします。それは、その人の発するエネルギー量が大きいのだ、という見方です。芸術家にも変人は多いですが、それは裏を返せば、社会を変革するだけのエネルギーがあるということなのかもしれませんね。
「この体験で、私は、初めて看取りの意味がはっきりとわかりました。それは、「看取りというのは、その方がお亡くなりになられてから何時間もかけてエネルギーを放出していくのだ」ということです。」(p.30)
看取りというのは、死ぬ直前からせいぜい死後30分程度の短いものではなく、死後24時間でさえ感じられるその方のエネルギーを感じ取ることなのですね。
ですから、死に目に会えなくても大丈夫なのだと言います。現代は、死後すぐに葬儀屋がやってきて納棺して通夜という段取りになって、死者とじっくり別れを惜しむこともできません。柴田さんは、そういう流れを変えていきたいようです。
「敏夫さんの魂は、「自分がいやなことはしなくていい」「無理はしなくていい」、そして「喜びを感じられる生き方をしよう。それこそが魂を磨く道だ」という、とても大切なことを教えてくださいました。」(p.31)
わがままで無頓着で、他人に迷惑をかけるような変人だからこそ、そういう言わば非常識なメッセージを発することができたのだろうと思います。
自分に正直であること。ことに死の間際であればこそ、自分らしい生き方を選択することが大事なのです。
「キラキラとした輝きの中で、「愛」という字がきらめいていました。そのとき、「ああ、私たちの存在って単純に”愛”なんだ」と妙に納得したのです。」(p.33)
ある看取りで、部屋に入った瞬間に空気が違うと感じたそうです。今まさに亡くなろうとされてる方の首の後から水蒸気のようなものが立ち上がっていて、それが部屋中に充満していって、キラキラして見えたそうです。その美しさに見とれてしまった時、その霧のようなキラキラしたものが「愛」に見えたのですね。
柴田さんは、そういう不思議な体験をされています。私にはそういう体験はないのですが、そういうものが見える人もいるだろうなぁと思います。
「看取りに大切なのは「傾聴」「反復」「沈黙」「ふれ合い」です。お返事に困ることがあれば、「大丈夫ですよ」とやさしく声をかけます。死の前には誰もが無力です。それは当然のこと。」(p.48)
何か特別なことをしてあげようとか、導いてあげようとか、そういう驕った考えはじゃまなのです。ただそばに寄り添ってあげる。
私もよく「大丈夫ですよ」と老人介護の現場で声をかけます。それは、不安を取り除いてあげたいからです。何の根拠もなく、ただ優しくそう言って、少しでも安心してもらうようにしています。その際、できれば相手の身体に触れて、時には撫でてあげて、相手の話を聞いてあげます。奇しくも同じようなことをしているなぁと思いました。
「看取り士がお伺いするのは、依頼を受けて最初にご説明に上がるときと、旅立ちの前後です。呼吸が乱れ始めたころにご連絡をいただければ、駆けつけます。看取り士の費用は1時間5千円です。保険は適用されませんので高額に思われるかもしれませんが、実際に看取り士が介在するのは、最初の面談の2時間、旅立ちの10時間ほどと、ご依頼いただいたときのみです。それ以外の時間は、「エンゼルチーム」がボランティアの形態でサポートします。」(p.65)
看取り士の業務と報酬に関して、具体的に書かれた部分があまりないので、この部分を引用しました。依頼する側は、だいたい6万円くらいを支払うことになるようです。ただ、ここには医師や看護師との連携や葬儀屋との折衝など、重要な部分の報酬に関しては書かれていません。
医療関係者を説得するのは、なかなか骨の折れることだと思います。なぜなら、医療界では「死は敗北」という価値観がいまだにまかり通っていると聞きますから。
※次に読んでいる本には、2019年現在で1時間8千円と書かれていました。値上がりしたようです。したがって、だいたい10万円くらい支払うと考えればよいかと思います。
「看取りのとき、私は抱きしめてふれ合いながら呼吸を合わせます。40分、50分と合わせているうちに、旅立たれる方の呼吸と私の呼吸が一つになる瞬間が訪れます。呼吸と、ふれるという動作が連動して一体になった感覚−−。二人が一つの体になったような感覚は、相手も同じように感じられ、とても心地よく、一切の不安がありません。呼吸を合わせるという行為は、ただそれだけで喜びですし、深い安心感が得られるものなのです。」(p.69-70)
亡くなられる方の頭の後ろに腰を下ろし、片足あぐらのようなかっこうで、亡くなられる方の頭を足に乗せ、胸やお腹あたりに手を当てます。こういう姿勢で抱いていれば、長時間抱き続けられるそうです。
「できれば24時間はご家族でお体にふれたり、話しかけたりする時間にしていただきたいです。24時間は、お体にまだぬくもりが残っています。この間、エネルギーを受け取り、いのちのバトンの受け渡しをしてください。もちろんドライアイスは不要です。」(p.76)
死後24時間、ずっと体に触れ続ける。そんな看取りを提唱する人はいなかったし、現代の葬儀では難しいものがあるでしょうね。けれど柴田さんは、こういう看取りこそが大事だと言われるのです。
「亡くなってから時間が経過し、ご遺体もない中で、他界された方に対する思いや悔いが残っている場合があります。その場合は「看取り直し」といって、もう一度自分の心の中で他界された方を看取ることで気持ちの整理をすることができます。「看取り直し」もまた、グリーフケアの一つです。」(p.91)
日本では初七日の法要がありますが、それまでは魂が留まるとされています。そのことから、まるでその方が生きていらっしゃるかのように考え、朝の挨拶から食事などを一緒に行って過ごす。それが「看取り直し」になるのですね。
「死というものは、あちらからお迎えが来て、初めて逝けるものです。そして、お迎えが来なかったら必ずこちらの世界にもどされます。ですので、自死で亡くなられた場合も、あちらからお迎えが来ているはずです。
私たちは勝手に、自死はいけない、事故死は残酷だなど、目に見える事象で善し悪しを決めつけていないでしょうか。もちろん、自死という選択肢はないに越したことはありません。しかし、何が起こるかわからない世の中で、主観的な価値観だけで決めつけるのは、あまりにも愚かなことです。死の前には善悪の判断など存在し得ないのです。」(p.100-101)
私も、自殺を悪いこととは考えません。残念なことではありますが、自殺されたという結果が出たのであれば、それもまた必然であり、最善であり、完璧だと考えるからです。
「いのちの価値は長さではありません。十分に生き切ったかどうかです。自死だったけれども、その人にとっては周りの人にいのちの重みを伝える役割があったのかもしれませんし、何か訴えたいメッセージがあってのことだったのかもしれません。もしからしたら、そのメッセージを訴えるために、自死という方法を取らなければならなかったのかもしれない。
遺された人は、そのメッセージをきちんと深く理解して、心に刻んで「ありがとう」と思うことから、次の一歩が始まるのだと思います。」(p.103)
すべての出会いは贈り物だと「神との対話」シリーズでも言っています。どんな出来事も「気づき」を与えてくれるために起こっている。そうであれば、知り合いの死もまた贈り物なのです。
「看取り士は彼らの生きる希望になるように努めます。死は敗北ではありませんが、かといって、看取るためだけの看取り士でもありません。「奇跡をあなたに届けます」という意味もあるのです。ここでいう奇跡とは、万能な力で病を治すようなことではありません。最後まで自分らしく生きていただくために、「希望を届ける」とも言えるでしょう。」(p.118)
高齢になって、老衰して亡くなって行くのであれば、生への執着心もそれほどないかもしれません。しかし、若くして亡くなっていかなければならない運命を背負った方の看取りは、また違うものがあると柴田さんは言います。
看取り士は、そういう方に対しても「大丈夫」と希望を与え続けるのですね。治るかどうかは何とも言えない。けれど、治らないなら治らないままで大丈夫なのだと。
「「もういいよ、ありがとう」というのは、「これまでよく頑張ったね、もう頑張らなくてもいいよ」という意味です。人生の終末期を迎える人は、遺る人たちのことを本当に心配しています。彼らが自分に対して「逝かないで」と思っていることを、誰よりも敏感に感じ、遺される人がその手を放したくないことを痛いほどわかっているのです。ですから、「もういいよ、ありがとう」と言ってあげることは、「ああ、もう頑張らなくていいんだ」と、彼らの背中をちょっと押してあげるような意味合いがあります。」(p.134-135)
私の祖母がまさに亡くなろうとしていた時、泣いてすがって祖母を呼び続ける母に対し、近所の親戚の方がもう呼ぶなとたしなめたことがありました。その記憶が蘇ります。
本人にとって死は、悪いことでもなければ敗北でもありません。魂にとって死は喜びだと「神との対話」シリーズでも言っています。ただ別れの時なのです。未練なく逝かせてあげること。それもまた愛なのですね。
「1度聞いてだめなら2度聞いて、それでもだめなら3回、4回と何度も聞いて……。諦めずに何度も繰り返し質問すれば、必ず意思疎通はできます。「認知症の方は決められない」と思うのは、単なる思い込み、固定観念にすぎません。ご自身が救われるためにも聞き続けることは大事です。」(p.157)
終末期に自分がどうしたいのかは、自分が決めるしかないのです。たとえ認知症であっても。医療を続けて助かりたいのか、それとももう十分なのか。決めるのは本人です。
「お医者さんで「自分が当直になると、亡くなる人が多い。だから怖い」と悩んでいる人から相談を受けたことがあります。でも私は、それはいいことだと思います。その先生は、「この先生だと安心して逝ける」と患者さんから信頼されて、選ばれているのです。」(p.162)
介護の現場でも、亡くなる日の夜勤はやりたくないという雰囲気があります。作業が大変だからではなく、気が重いからという理由で。
私はむしろ、私の時に亡くなってほしいと思っています。それは、人が亡くなるというあまりない経験が積めるということがあるからです。でも、柴田さんの話を読んで、それもすべてその方が決めているのだなぁと思いました。
「それより上の世代、団塊の世代やそのすぐ下の世代に、私が提案したいのが、男性による看取りです。看取りを経験すると、確実に自らのいのちが覚醒して成長できます。」(p.174)
「息子」という字は、最期の息を引き取る子どもという意味だと聞いたことがあると柴田さんは言います。女性は子どもを産んで命のリレーをするのが役割なら、男性は看取って魂の受け渡しをするのが役割ではないか。そう言って、男性に看取りを勧めておられます。
「私が提案したい一つの目安の年齢は60歳です。60歳を過ぎたら、自分の旅立ちのことを考えて準備を始めてほしいのです。準備とは、エンディングノートを書いただけでは完全ではありません。それを、配偶者や子供たちとすり合わせ、これを執行するのは誰とか、いのちの責任を持つのは誰なのかというところまで、一つ一つ詰めていくことが必要です。」(p.189-190)
私も還暦になったばかりですから、ちょっと考えさせられました。
「「看取り士」とは、余命宣告、または、お食事が口から取れなくなってから、ご本人、そのご家族の不安を取るために、共に寄り添う役割です。納棺前まで寄り添わせていただきます。」(p.237)
最後に鎌田實さんとの対談がありました。鎌田さんの著書は、「がんばらない」などをこのブログでも紹介していますが、諏訪で活躍されておられて、介護の仕組みづくりにも尽力された方でした。そんなこともすっかり忘れて私は縁あって長野県で介護職をすることになったのですが、これもまた魂の導きなのかもしれないなと思いました。
ここでは柴田さんが鎌田さんへ、「看取り士」というものを端的に説明されておられたので、その部分を引用しました。
「「死の哲学」ってわかりにくいけど、せめて自分が万が一寝たきりに近いような状態になったら、胃ろうはつけるのかいらないのか、どちらでも構わないので、その判断を人に任せずに自分で判断することです。また、その希望や判断が変わることも”アリ”ですよね。」(p.257)
鎌田さんは、「死の哲学」を持つべきだと言われます。つまり、死が目前に迫った時、自分は何を選択するのか、という考えです。胃ろうや人工呼吸器などの延命措置はどうするのか、ガン宣告されたら手術や抗癌剤投与などの治療はどうするのか、認知症になったらどうするのか、などなど。私も、こういうことを日頃から考えておいて、親しい関係者に伝えておくことが重要だと思います。
「でも、どんなに進歩しても、少しは良くなっても、ずっと生きることはできないっていう前提でいのちがあるんだということを、もう再認識すべきときに来ています。そうであるならば、自分が最期のときにどういうふうに逝きたいのかということを、自分が選択して自己決定するようにならなくてはいけないと思います。」(p.276)
医師など医療関係者が決めるのではない、ということはもちろんのこと、家族にすら決めさせてはいけないのです。自分のことは自分が決める。そこはわがままであっていいし、わがままであるべきだ。鎌田さんも柴田さんも、そう思っておられるようです。
縁あって介護職になりましたが、この仕事は身近に人の死がありました。考えてみれば当たり前なのですが、私もこの仕事をすることで、死のあり方について再考せざるを得ませんでした。
そんな時に、この本と出会いました。柴田さんは、私と同じ島根県出身で、対談された鎌田さんは、今、私が働いている長野県で医療関係の仕事をされてる方。そういう奇遇もあり、この「看取り士」というものに興味を持ちました。さらに多くを学びたいなぁと思っています。
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