日本講演新聞(旧:みやざき中央新聞)で紹介されていて、気になったので買ってみました。著者は田村喜子(たむら・よしこ)さん。当初は2002年4月に山海堂から出版されていましたが、廃版となっていたのを復刊した復刻版となっています。
日本講演新聞に紹介されていますが、復刊を志したのは寿建設の森崎英五郎社長です。東日本大震災の後、多くの人が復興のために尽力しましたが、評価が高かったのは自衛隊などで、土建屋さんの評価が低かったのがきっかけだとか。土木業というのは縁の下の力持ちであり、日本国民の幸せのためになくてはならないもの。そういう志と矜持を、従事する人たちに持ってもらいたい。そういう思いもあって、この本を復刊することに力を注がれたようです。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
この本は、高邁な志を持って土木建築業に心血を注いだ20人の人々を紹介するものになっています。もともと、著者の田村さんにそういう思いがあったわけではないようですが、たまたま取り上げた琵琶湖疏水の建設をした田辺朔郎(たなべ・さくろう)氏のことを書いたのが縁で、土木建築に携わる人を追うようになったのだそうです。
「「恵まれないひとたちに、少しでも暮らしやすい社会資本をつくりたい。そんな思いでぼくは土木を選びました」「ぼくたち土木屋にあるのは、3Kではなく、完成させたときの感動のKです」と熱っぽく語った土木技術者たちを私は忘れることができない。」(p.4)
「まえがき」の中で、田村さんはそう語ります。土木建築は、人々の幸せのための社会のインフラ整備という使命があり、それを成し遂げることで、人々の幸せに貢献する。だから、どんなにつらく苦しい仕事であっても、感動というご褒美が待っているのです。
この本の中で、よく名前が出てくるのが廣井勇(ひろい・いさみ)氏です。内村鑑三氏とはキリスト教の友でもあり、札幌農学校でクラーク博士から学んだ学友でもあります。伝道の道を歩んだ内村氏に対し、廣井氏は、高邁な思想の前に日々の生活を豊かにすることが重要だという考えのもと、建築土木の道を志しました。
そして、そういう使命感を持った廣井氏は、多くの建築土木関係の人々に影響を与えていったのです。
「この貧乏な国で、民衆に十分な食べ物も与えられずに、神を説いても役立つとは思えない、だから、ぼくは伝道を断念して、いまから工学に入るよ」(p.28)
建築土木というのは、人々の幸せのための手段に過ぎません。神の道とは、突き詰めれば人々の幸せに貢献すること。廣井氏は、キリスト者として生涯を建築土木に捧げたのです。
この本の中では、台湾で神として祀られている八田與一(はった・よいち)氏のことも取り上げられています。(p.37)于山島ダムなど灌漑を整備し、嘉南平原を大穀倉地帯に変えた方です。
もちろん、彼が一人で行ったわけではありませんが、台湾の人々の幸せのためにという熱意によって人々を動かし、この一大事業を完遂したのでした。
「平成一二年(二〇〇〇)一二月に開かれた最後の河川審議会では、「流域での対応を含めた効果的な治水のあり方」、「河川における市民団体等との連携方策のあり方」などを建設大臣に答申した。自然の川の性質と機能を尊重する時期にきているいま、河川行政が大転換をはかるきっかけになる、と高橋は考えている。要は川との付き合い方のなかでの、人間の責任が求められているのだ。」(p.254)
これまでの治水と言えば、どちらかと言えば自然を力づくで抑え込もうとするものでした。しかし、どんなに抑え込んでも、自然は無理な力に反発するかのように暴れ出します。高橋裕(たかはし・ゆたか)氏はそのことに気づき、自然と共存する道を模索し、「川にもっと自由を」と唱えたのです。
この本の復刻版を出そうと思い立って尽力された森崎氏は、最後にこう書かれています。
「特に土木工事は、地域や社会の基盤をつくり、その機能を維持するための作業が求められる。しかも天候や地域事情などに大きく左右されながら、決められた工期を守らなければならない。
災害時は巡回も含めた長時間の対応もしなければならない。
高品質のモノづくりをしながら、地域を守るという任も背負わなければならないのだ。
この世界に飛び込んでくるには、そういった使命に向き合うことを厭わない「こころ」が必要ではないかと思う。」(p.274)
たしかに、この本に取り上げられた人々は、そういう使命感に生きた人たちだったでしょう。しかし、そういう人たちでも、最初からそうだったわけではありません。
ですから森崎氏は、そんな崇高な志がなくても、「でっかい橋をつくってみたい」というような野望でもいいといいます。そういう夢や憧れを持って、土木建築の世界に飛び込んできてほしいと言うのです。
単に給料が良いから、待遇が良いから、という基準で職業を選ぶという考え方もあるでしょう。しかし、そういう考え方は、3K(きつい、汚い、危険)を避けることができたとしても、それによって重要なK(感動)が得られない人生となるのではないでしょうか。
私は今、長野県で介護職に就いています。タイで仕事が見つからず、私にできることなら何でもやろうという思いで帰国し、仕事を探しました。そうしたところ、導かれるように今の仕事と出合いました。
妹から、「介護だけはやめておけ」と忠告されたにも関わらず、何か惹かれるものがあったのです。(詳しくは私のYoutubeチャンネルの動画をご覧ください。)
そうやって介護職に飛び込んだ私には、この本で紹介されている先人たちの生き様が共感できます。とてもとても並び立てるようなものではありませんが、私も同じ「こころ」を感じたいと思うのです。
ぜひ、そういう「こころ」を感じてみてください。そういう方に、お勧めしたい本です。
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