何でこの本を知ったのか忘れてが、おそらく日本講演新聞(旧みやざき中央新聞)だったと思います。ひょんなことで奈良少年刑務所で詩の教育を担当することになった著者で作家の寮 美千子(りょう・みちこ)さん。体当たりで始めた「 社会性涵養 プログラム」での教育が、受刑者たちの心の扉を開く奇跡を次々に起こしていったことが、この本には書かれています。
人はなぜ犯罪に走るのか? 犯罪者を真に反省させ、更生させるには何が必要なのか? そんなことを考えさせてくれる内容になっています。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
「そんな 彼ら は、 心 の 扉 を 固く 閉ざし て い た。 自分自身 の 感情 も わから ない ほどに。
けれども、 その 鎧 を 脱ぎ捨て、 心 の 扉 を 開け た とたん、
あふれで て き た のは、 やさし さ だっ た。
重い 罪 を 犯し た 人間 でも、 心 の 底 に 眠っ て いる のはやさしさなんだ。
ほんとうはだれもが、愛されたいし、愛したい。人間って、いい生き物なんだ。
彼らに出会って、わたしはそう確信するようになった。」(Kindle の位置No.14-16)
「受講 生 の 一人 が、 固く 閉ざし て い た 心 の 扉 を 開く と、 連鎖反応 の よう に、 次 から 次に 心 の 扉 が 開か れる。 する と、 みんな が 心 の 奥 に しまっ て い た つらい 体験 や、 悲しい 出来事 を 堰 を 切っ た よう に 語り だす。 それ を きっかけ に、 とめどなく「 やさし さ」 が あふれ て くる。 仲間 を 慰める 言葉、 自分 も 同じ だっ た と 共感 する 言葉が、教室にあふれかえるのだ。」(Kindle の位置No.93-96)
「友 から やさしい 言葉 を 浴び た 少年 たち は、 わたし の 目 の 前 で 変わっ て いっ た。 まるで 蛹 から 蝶 に なる よう に 一瞬 に し て 変わる 様子 を、 何度 目 に し た こと だろ う。 まったく 無表情 だっ た 少年 が 微笑み、 はげしい チック 症状 が ピタッ と 止まり、 吃音 が 消え、 ならず者 の よう な 子 が 自ら 姿勢 を 正し、 ひどく 引っこみ 思案 の子が手を挙げ発言するようになった。魔法だった。奇跡だと思った。」(Kindle の位置No.101-105)
「詩 によって 自分 を 表現 する。 それ を だれ かに 受けとめ て もらう。 たった それ だけの こと で、 人 は こんなにも 変わる。 言葉 に そんな 力 が あっ た のか、 と 驚き を 禁じ 得 なかっ た。 自身 が 詩 も 書く 作家 で ある のに、 そこ まで 言葉 の 力 を 信じ て い なかっ た。」(Kindle の位置No.108-111)
「わたし は 確信 し た。「 生まれつき の 犯罪者」 など い ない の だ と。 人間 は 本来、 やさしく て いい 生き物 だ。 それ が 成長 の 過程 で さまざま な 傷 を 受け、 その 傷 を うまく 癒 や せ ず、 傷跡 が 引き つっ たり 歪ん だり し て、 結果的 に 犯罪 へと 追い込ま れ て しまう。 そんな 子 でも、 癒 やさ れ、 変わ れる こと が ある の だ と、 心から 信じ られるようになった。」(Kindle の位置No.119-122)
約10年間、186名の受刑者の教育を担当された寮さんは、この奇跡的な成果を目の当たりにして、人間の素晴らしさを実感されたようです。
犯罪者になりたくてなった人などいない。彼らの置かれた環境によって、彼らは自分自身を守るために、犯罪者にならざるを得なくなったのだと。
そうであるなら、彼らと犯罪者からまっとうな社会人に引き戻す力も、環境にはある。その環境とは、何ら根拠もなく彼らを信頼し、受け入れる人々なのです。
「犯罪 にまで 至っ て しまっ た 人 に 共通 し て いる のは、 彼ら を 取り巻い て い た 環境 の すべて から『 正しい 愛情 を 受け た こと が ない』 という こと では ない でしょ う か。 だから、 心 が 育っ て い ない の かも しれ ませ ん。 本来 の 自分 を 否定 さ れ 続け て いる ので、 自己 肯定 感 が 育た ない。 その 結果、 自尊 感情 も 育た ない。 自分 を 大切 に できでき ない 人 に、 他人 を 大切 に する こと は でき ませ ん。 だから、 犯罪 も 可能 に なる のでは ない かと 思い ます。
親 から 否定 さ れる、 捨て られる。 そんな つらい 思い を し たら、 心 を 閉ざし て しまっ ても 仕方 あり ませ ん。 内側 に 大きな 怒り を 抱えこみ、 悲しみ を 悲しみ とも 感じ られ ない よう な 状態 です。 する と、 うれしい 楽しい、といったプラスの感情も感じられなくなってしまうのだと思います。」(Kindle の位置No.377-382)
愛情とは、「あなたはそのままで素晴らしい!」「私にとってかけがえのない存在です」という人の思いです。それを感じてこられなかったから、彼らは鎧をまとうしかなかったのです。
「この 本 を 書く にあたり、 この とき、 細水 統括 の やり たかっ た こと を 改めて 聞か せ て もらっ た。「 彼ら の 物語 を 書き換え て あげ たかっ た」 と いう。 苦しみ に 満ち た 悲惨 な 記憶 の なか にも、 きっと 美しい 記憶、 愛さ れ た 経験 が ある はず だ と。 ほんの か けら の よう な 小さな 記憶 でも いい、 そこ に 光 を 当て、「 愛さ れ た 経験」 を 取り戻す取り戻す こと で、「 悲しみ を 悲しみ として 受けとめる 感性」 や「 人間 らしい 気持ち」 を 取り戻し て ほしい。 そう すれ ば、「 すべて を 怒り に 変え て、 犯罪 に 向かわ なく ても すむ よう に なる はず だ」 と。
「短く て 美しい 言葉 を、 繰り返し 繰り返し、 寄せ ては 返す 波 の よう に 彼ら に 体験 し て ほしかっ た」 とも。「 そうすれ ば、 彼ら の なか で 切れ切れ だっ た もの が つながっ て、 やがて ひと まとまり の 物語 に なっ て いく と 思う ん です。 思考 が 構造 化 さ れ、 人生 を 見通せる よう に なる 気 が し まし た。 だから『 童話』 や『 詩』 が、 大切 だ と 思い まし た」」(Kindle の位置No.439-447)
寮さんが行ったのは、絵本や詩による自己表現です。私は「詩」というものが苦手だったのですが、この本を読んで、詩を難しく考えすぎていたなぁと感じました。ただ感じたことを言葉にすれば、それはすでに「詩」なのです。
そして、言葉によって自らを表現し、それを仲間たちに受け入れてもらえるという体験によって、彼らは変わっていったのです。
「この 瞬間、 いきなり なに かが 変わる。 ほんとう に、 一瞬 で 変わる の だ。 演技 を し た 子 たち が、 びっくり し て みんな の 拍手 を 聞い て いる。 それ が、 戸惑っ た よう な 表情 になり、 ゆっくり と 笑顔 に 変わっ て いく。」(Kindle の位置No.685-687)
絵本の朗読をしてもらうだけでも、彼らには自己表現になる。それによって、変わっていくのです。
「驚い た。 これ っぽ っ ちの こと なのか。 たった これ だけで、 人 は いきなり 変わる もの なのか、 見た目 で わかる ほどに。 つまり、 この 子 たち は、 いま までの 人生 で、 これ っぽ っ ちの 受けとめ もさ れ て こ なかっ た、 という こと なの だろ う か。」(Kindle の位置No.694-696)
ただ普通に読めただけで受け入れてもらえる。ダメ出しせずに受け入れてもらえるということによって、人は簡単に変わるのです。
「ある とき、 緘黙 に 近い 受講 生 が やってき た。 絵本 の 朗読 の 授業 で、 彼 に 振る と「 無理 です。 ぼく、 でき ませ ん」 と 言う。 する と、 乾 井 教官 が 満面 の 笑み を 湛え て こう 返し た の だ。
「そう か、 でき ない か。 よく 言っ て くれ た! やら なく て いい よ。 でも、 やり たく なっ たら、 いつ でも 言っ ていい ん だ ぞ」
それ を 聞い た 受講 生 の 一人 が、 むくれ 顔 で 言っ た。
「え えっ、 先生、 そんな の あり です か。 だっ たら ぼく も、 やら なかっ た のに なあ」
乾 井 教官 は、 にっこり し て 抗議 を し た 子 に 頷く と、「 でき ませ ん」 と 言っ た 子 を 見 て、 こう 言っ た の だ。
「ほう ら、 きみ が『 でき ませ ん』 って 勇気 を 出し て 言っ て くれ た おかげ で、 この 教室 には『 し なく て いい』 っていう 選択肢 が 生まれ た ん だ。 みんな、 きみ に 感謝 し て いる と 思う よ」
みんな が 笑顔 になり、 教室 に なごや かな 空気 が 流れ た。」(Kindle の位置No.738-746)-741)
完全に受容するというのは、こういうことなのですね。どんな選択肢でも容認する。これは、「神との対話」シリーズで言っている神の対応ではありませんか。つまり、完全な愛なのです。
「じっくり 待っ て みる と、 驚く べき こと に、 必ず 声 が 出る の だ。 言葉 の 出 にくい 子 は 何人 も い た が、 その 全員 が、 最後 には 必ず 声 が 出 た。 待つ と いっ ても、 何 十分 も かかる わけ では ない。 ほんの 数 分 の こと だ。」(Kindle の位置No.985-987)
「ようやく 発する こと が でき た その ひと言 の 後ろ には、 言い たい こと が 芋づる 式 に ぶらさがっ て いる から だ。 だから「 はい。 ぼく も そう 思い ます」 と 返答 し た その後、 ひと 呼吸 置い て、 言い たかっ た こと が ツルツル と 出 て くる。 ああ、 この 子 は ほんとう は しゃべり たかっ た の だ、 彼 の 言葉たちはみな、重石を付けられて外に出てこられないでいたのだ、と実感する。」(Kindle の位置No.991-993)
「困難 を 抱え、 刑務所 まで 来 て しまっ た 子 でさえ、 信じ て 待て ば、 自分 から 成長 する。 それ も、 目 を 見張る ほどの 成長 だ。 どんな 人 も、 心 の なか に 光 に 向かっ て 伸びる 種 を 持っ て いる。 その 見え ない 種 の 力 を 信じ て 待つ こと を、 わたし は 刑務所 の 受講 生 たち から 教わっ た の だっ た。」(Kindle の位置No.1037-1039)
「待つ」ということは、相手を否定しない、つまり受け入れるということなのですね。人は、待っていれば必ず成長する。その信頼を持つことが、何よりも重要なのだろうと思いました。
「深く 苦しん だ 人 ほど、 他人 の 苦しみ を 理解 できる。 だから 彼 は、 人生 相談 の よき 聞き手 に なる こと が でき た の だろ う。 過去 は 変え られ ない。 けれども、 いま を どう 生きる かで、 人 は 過去 に あっ た こと の 意味 を 変える こと が できる。 つまり「 過去 は 変え られる」 の だ。」(Kindle の位置No.1198-1201)
「社会 の なか で、 いちばん 困っ て いる 人、 困難 を 抱え て いる 人 を 支援 する という のは、 その 人 の ため だけの こと では ない の だ。 その 人 の 困難 が 解消 すれ ば、 みんな が 気持ちよく 前向き に 生き て いける 社会 に なっ て いく。 追い詰め られ て 犯罪 に 走る 人 も 減る。 被害者 も 減る。 だから、 障害者や 老人、 経済的 弱者、 虐待 を 受け て 心 に 傷 の ある 人 など「 弱者」 への 支援 が 大切 なの だ。 なん でも 根性論 に 帰し て「 自己責任 だ」 と 放置 し、 排除 すれ ば する だけ、 弱者 は 追い詰め られる。 その せい で、 周囲 に 負 の 影響 が 生じ て 社会 全体 の 困難 が 増す。 当然、 犯罪 も 増える。 みんな が 疑心暗鬼 に なる ギスギス し た 世界 に なっ て ししまう。「 情け は 他人 の ため なら ず」 という 言葉 通り、 支え あい 助け あう こと は、 ほか でも ない、 巡り 巡っ て 自分自身 の ため に なる こと なの だ。」(Kindle の位置No.1312-1318)1312-1314)
私たちは、それぞれにそれぞれの困難を抱えて生きてきました。そうであればこそ、他人の困難に共感し、支援の手を述べることができます。そしてそのことで、自分自身の過去を変えることができます。さらにそのことで、社会全体を変えていけるのです。
「遠回り に 思え ても、 彼ら に対して 人 として 向き あい、 あなた も また 大切 な 一人 の 人間 な ん だ と 心から 伝え、 固く 閉ざし た 心 の 扉 を 開い て もらい、 自分 の 命 の 大切 さに 気づい て もらわ なけれ ば なら ない。 そこ に 気づい て こそ、 他者 の 命 の 大切 さ、 人生 の かけがえ のなさに、 彼ら は ようやく 気づく の だ と 思う。 そして、 自分 の 犯し犯し た 罪 の 大き さを 思い知り、 深く 悔い、 罪 を 背負っ て、 つぐない の 人生 を 歩み はじめる。」(Kindle の位置No.1915-1919)
「社会性 涵養 の 教室 に い た のは、 自分 たち と 同じ 境遇 の 仲間 たち だっ た。 だから、 安心 し て 自己 開示 し 自己 表現 でき た。 表現 する こと 自体 が、 一つ の 癒 や し に なる。 そこ には、 受けとめ て くれる 仲間 が いる。 それ が、 さらに 深い 癒 や し を もたらし た に 違い ない。
グループ だ から こそ、 一対一 とは 違う 大きな うねりが 生まれ、 互いに 交感 し あい、 連鎖反応 を 起こし、 次 から 次に 心 の 扉 を 開け た の だろ う。」(Kindle の位置No.1995-1999)
同じ犯罪者だからこそ、犯罪者に対して共感できる、ということがあるのかもしれませんね。1対1ではなく、仲間たちと一緒だったから、効果を上げることができた。そういうことがあるのかもしれません。
奈良少年刑務所で行われた、「 社会性涵養 プログラム」は、月に3回で、寮さんの詩のクラスはそのうちの1回です。他に絵のクラスも行われています。したがって、詩のクラスだけの成果ではないことは、寮さんも指摘しておられます。
しかし、わずか月3回、半年間だけのプログラムで、心を開いてコミュニケーションが取れるようになるという見た目の変化が起こったことは事実です。
この成果が、多くの場所で活かされるといいなぁと思います。
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