2019年06月27日

授業創造



松田昭一(まつだ・しょういち)氏の本を読みました。おそらく「みやざき中央新聞」で紹介されていたから買ったのだと思いますが、忘れてしまいました。ずいぶんと長い間、積読(つんどく)していたもので。(笑)

内容は、著者の教育実践の記録的なものです。毎日新聞で連載された松田氏の授業の様子をベースに、松田氏の授業に対する取り組み方について書かれています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

子どもが元気よく戸だなを開けようとしたその時、「ストップ」を掛けた。
 「戸だなを開ける時、なぜノックしないの?」
 教室の中は一瞬ざわめいた。
」(p.17)

これは小学校1年生の授業での一コマ。当たり前と思われがちなことに光を当てる松田氏の素晴らしい質問です。子どもたちは自分で考え、中に人がいるかもしれない時はノックをするのだと思い至ります。
「ノックしなさい」と命じられるからするのと、ノックせずに開けたら中の人が困るかもしれないなと思ってするのでは、雲泥の違いがあるのです。
子どもたちに、自分の頭で考え、想像し、自分の行動を決めるという、自主的な生き方を身に着けさせようとしているのですね。


37-19の答えが、どうしても28になる子どもがいた。よくノートをみてみると、一度は18としているが、その後消して28としているのである。その子の言い分はこうである。
 「10かりてきたでしょう。かりてきたらかえさにゃいかんでしょう」
」(p.29)

この意表を突く発想の素晴らしさに、すごいなぁとうなってしまいました。1の位は「7−9」で引けないから、10の位から10借りてきて、「(7+10)−9=8」と計算するのですね。10の位は「(3−1)−1=1」です。合わせて「18」となりますが、計算途中の「借りてきた」という言葉がひかかっていたのです。

この問題は、「借りてくる」ではなく「もらってくる」と言いかえればよいと他の子どもが発言したことで解決しました。松田氏は、子どもに教えられたのです。子どもから学ぶ姿勢を忘れてはならないと思われたとか。


まずモノを感性的にとらえ、理性的に認識していく。「心と形をうまくとらえた時、初めてわかったと言える」というのが先生の持論だ。」(p.68)

先生は、小学校へ入学する前の子どもたちの”形式的な知識”を認めない。
 「入学前に九九が出来るようになったとか、漢字をたくさん覚えさせることに一喜一憂する前に、お母さんたちはもっとわが子の”心のアンテナ”をみがかせることに力を入れて欲しい」と強調する。
」(p.69)

対象をよく見て、まずはそれを感性的に知る。どんな色、形、動き、質感、音などを把握する。それを理性的に判断して、共通点、異質点、関連性などを理解する。そこまで導くのが教育だと言うのですね。


子どものテンポに合わせるのは、教師として当然のことです。仮にカベに突き当たることがあっても、長い成長過程の中で、決してマイナスではない。カベを突き破る知恵、勇気、力を子どもたちは自然と身につけていくでしょう。」(p.96)

理解の早い子、遅い子など様々ですが、松田氏はそれぞれの子どものペースで進むことが大事だと言います。定められた内容をすべて伝えることより、遅れても、その子が一歩一歩理解を進めていくことが重要なのです。

宿題とは別に、家庭でなければ学べない学習がたくさんあると思う。両親から学ぶものがたくさんある。宿題を出して欲しいという保護者に、私は「家で勉強したくなるような授業を学校でしてくれ」という要求に変えて欲しい、と逆にお願いしているんです。」(p.96)

あまり宿題を出さない松田氏の持論です。それにしても、自らの授業に高いハードルを課していることがわかる言葉ですね。
子どもたちが好奇心を持つよう励まし、それを調べたい、学びたいという意欲にまで高める。それが松田氏の目指す授業なのでしょう。


私たちの教育活動の大半は授業であろう。その授業は、たとえば「相手の気持ちがわかる子ども育て」が学級経営の目標だと言うならば、そこへ向けて積極的に参加するものでなければならない。」(p.119)

「相手の気持ちがわかる」というのは、いわば「視点の移動ができる」ということではないか。とするならば、「視点の移動」がなされている文学作品、「視点の移動」の価値が子どもたちに理解できる作品を教材として探し求める努力がなされるべきではないか。」(p.119)

松田氏は、教師が立てた目標に対して、教師は積極的に関わり、授業をづくりを考えるべきであると言います。単に「思いやりを持ちましょう」みたいにスローガンを繰り返しても、何の意味もない。科学的、論理的に、授業を作っていくべきであると。

この例では、金子みすゞの「大漁」という詩を教材として取り上げます。漁師にとっては大漁で大喜びだが、海の中では弔いをしているという詩です。漁師から魚へと「視点の移動」がある詩ですね。


『重症患者お断り』という看板をかけた病院がありますか」’
 「とんでもない。そんな病院なんてある筈がありませんよ」
 慌てて、真面目に答える若い医師。
」(p.206)

松田氏が入院していた時、若い医師と教育談義をしたというエピソードからです。病院は重症患者を断らないのに、学校は問題児を断るという話です。
問題児だけに限らず、障害者も排除されますよね。教師が進める授業におとなしくついて来れる生徒だけを相手にしたい。それが学校の本音なのではないでしょうか。

しかし松田氏は、それではいけないと思っているのですね。その子どもがどんな状態であろうと関係なく受け入れ、より良い方向に進めるように助ける。それが教師であり、学校のあり方だと思っておられるのです。


思想的なものはさておき、松田氏が授業にいかに真剣に取り組んで来られたかがよくわかる内容です。
感覚的なものではなく、理性的に考えて、効果を実証しようとされています。時に失敗したというエピソードもあり、その理由も分析されています。

教師として子どもに教えている人はもちろん、子育て中のお父さんやお母さんにも、参考になる本ではないかと思います。
私も、職業として何かを教えているわけではありませんが、人に何かを教えるということはたまにあります。そういう時の、考え方として参考にしたいと思いました。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:40 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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