2019年02月25日

経済で読み解く世界史



宇山卓栄(うやま・たくえい)さんの本を読みました。宇山さんの本は以前に、「世界史で学べ! 間違いだらけの民主主義
を紹介しています。実に広範で深い知識を有し、それをわかりやすく伝えてくださいます。Youtubeで動画配信もされてますが、ゆったりと穏やかで、丁寧に解説される様に好感が持てますね。

今回は、その宇山さんの新刊ということで買ったのですが、それとともに、経済から世界史(歴史)を見るという試みが斬新だったからです。

かねてより私は、「経済が国境をなくす」と言っています。
経済というのは人の基本的な欲求と深く結びついています。その欲求を追求していくと、人は自由を求めずにはいられなくなります。もちろん、揺り戻しもありますが、長いスパンで見れば自由に向っていくのです。
その結果、経済の自由を阻害している国境はなくなり、人や物の往来は自由になると予想しているのです。

現にヨーロッパは、ユーロ経済圏を構築し、人や物の往来を自由にしています。ただ現在は、あまりに急に拡大したこともあって、その弊害が目立つようになりました。けれどもいずれその問題も対処が進み、さらに大きな自由経済圏になるだろうと思っています。


さて、ではさっそく一部を引用しながら内容を紹介していきましょう。


歴史は出来事の「過程→帰結」を示します。歴史の情報はその性質において、断片的なものではなく、帰結を伴った脈絡を持つものです。
 これに対し、我々が日々、受け取る世界中で起きている出来事の膨大な情報、つまりコンテンポラリー(同時的)な情報は、帰結を伴わない断片です。断片としての情報は、それ自体では脈絡や意味を持たないので、我々は断片から、想起し得る「過程→帰結」を補足・補填して、情報を意味化し、それらを整理しようとします。
 この補足・補填のために、必然的に参照されなければならないものが過去の「過程→帰結」の累積、つまり歴史なのです。現代に生きる我々にとって、歴史が必要とされる最大の理由がここにあります。
」(p.16)

多くの人は歴史に学ばないものであり、それだけに歴史に学べということが強く言われるわけです。その理由を宇山さんはこう説明しています。

つまり、この出来事の意味はどんな帰結をもたらす可能性があるのか、ということを知って、その対処を事前にすること。そうすれば、より望ましい未来がもたらされるだろう、ということです。


かつて、ローマ帝国や唐王朝は、精緻で優れた合理的制度を有していました。しかし、どのような優れた制度でも、時代の変遷とともに、次第に実社会に適合しなくなり、ズレが生じてくるものです。そのズレは目に見える形としては、つねに経済的な矛盾となって現れます。これは経済の断層と呼ぶべきものです。景気後退、格差拡大などの経済要因が人々の不安・不満心理を増幅させて、それが大きな社会的エネルギーとなり、制度・体制を転覆させる。このようなパターンの繰り返しが歴史であると言えます。」(p.21 - 22)

このことは、この本をじっくり読んでいけば理解できると思います。多くの国が生まれては滅んできましたし、同じ国でも支配層が入れ替わったりします。この原因が、人々の強い欲求である経済に対する不満だというのは、慧眼だと思います。


富裕層の消費性向は一般層に比べ、低いとされます。つまり、金持ちは貯蓄や投資はするが、モノを買わないということです。少数の富裕層に、富が集中すると、一般層の富が減り、経済全体の消費需要は停滞します。将来的に需要の伸びが期待できない中で、設備投資なども停滞するため、経済の成長力が失われていきます。」(p.90 - 91)

富を均一に配分すると余剰が少なくなり、全体での投資効率が落ちます。したがって、社会全体の経済的な進化成長のためには、一部の人に富が集中し、貧富の差が生じることが必要なのです。しかし、その富の集中がある一定ラインを超えると、今度は貧困層の需要が減って経済は停滞することになります。

かつて日本の江戸時代では、農民を生かさず殺さずという政策が取られたという話もありますが、これは農民に対してひどい政策だったという見方もありますが、ある意味で消費意欲旺盛な貧困層を維持したとも言えるのではないか、と思いました。


恐慌の発生、金融危機などによって、長期金利が上昇する前に、「嵐の前の静けさ」ともいうべき、不気味な金利の低迷期間が必ずと言ってよいほど続きます。
 こうして、16世紀に世界経済を動かしたジェノヴァ・システムはアムステルダムやロンドンなどの新しい金融センターに侵食されていき、スペインとジェノヴァの富は流出していきました。
」(p.137)

かつて大航海時代に、ポルトガルが、そしてスペインが、世界を二分して覇権を争ったことは、よく知られている歴史上の事実です。その後、オランダやイギリスが台頭するのですが、なぜポルトガルやスペインからオランダやイギリスへと移ったのか? こういうことは、学校では習いませんよね。

宇山さんは、イタリア北部のジェノヴァに集まった富がポルトガルやスペインに投資されることで、大航海時代の2国の派遣が可能だったと言います。その後、宗教改革によって「営利蓄財の肯定」を唱えたカルヴァン派新教徒が経済特区アントワープに集まり、ヨーロッパ中から資金を集めるようになり、相対的にジェノヴァの地位が低下しました。

けれども、その有望なアントワープの価値が理解できないスペインのフェリペ2世は、カトリックに固執するあまりにアントワープを弾圧して潰してしまいます。放漫経営で立ち行かなくなったスペインは、資金源のジェノヴァと共に、没落したのです。

アントワープのカルヴァン派の有能な人材は、オランダのアムステルダムに逃れます。そこで新たな金融センターを立ち上げ、今度はオランダが台頭することになりました。なおオランダは、新大陸(アメリカ)にニューアムステルダムという金融都市を作り、これが後のニューヨークになります。

つまり、富を集中させたところが発展して行くのです。しかし、先ほども書いたように、富の集中が行き過ぎればかえって停滞させることになり、転覆させられることになります。


商船の拿捕が続き、怒ったオランダはイギリスに宣戦します。しかし、オランダは、あくまで商業大国であり、しょせん、イギリスの敵ではありませんでした。」(p.148)

経済規模でオランダに叶わなかったイギリスは、戦争を仕掛けることでオランダに対抗しようとしました。覇権国となったオランダが没落し、次にイギリスが覇権国となったのには、こういう理由があったのです。いくら経済的に発展しても、国防を忘れた国は付け込まれるということですね。


また、ヨーロッパ諸国の高い輸入関税率に比べ、オスマン帝国は約5%程度の低い税率に抑え、貿易統制をほとんどおこないませんでした。そのため、ヨーロッパや中東、アジアの諸地域の輸入物資がオスマン帝国に大量に集まり、物流取引の決済地となりました。
 オスマン帝国はヨーロッパとアジアの東西を繋ぐ、偉大なる仲介者であり、その地理上の優位性を最大限に発揮できるような優れた制度設計を有する世界帝国であったのです。
」(p.158)

イスラム教の国ですが、キリスト教に対しても寛容だったと宇山さんは言います。シンガポールは自由貿易国として発展しましたが、オスマン帝国もそういう方法で発展した国だったようです。


そもそも、覇権というものはその本質において、犯罪的な収奪によって成立するものです。ウォーラーステインは覇権国家の条件を「圧倒的な生産力」、「圧倒的な流通力」、「圧倒的な金融力」と言いましたが、これら三つの条件に加え、「圧倒的な詐術力」、「圧倒的な強奪力」の二つの条件を加えなければなりません。」(p.189)

ここではかつてイギリスが、私掠船の略奪、奴隷三角貿易、アヘン三角貿易によって富を収奪した歴史を示しています。詳細は、本書をお読みくださいね。

ところで、この部分にはジョバンニ・アリギ氏が提示した資本蓄積サイクルが書かれています。まずは1460年から180年間のジェノヴァ・サイクル。そして160年間のオランダ・サイクル、140年間のイギリス・サイクルと続き、1940年からのアメリカ・サイクルです。

180年間、160年間、140年間とサイクルは短くなっており、もしアメリカ・サイクルが120年間で終わるとすれば、2060年に終演を迎えることとなります。アメリカの覇権が永遠に続くとは思えないので、ひょっとするとこういうことが起こるのかもしれませんよ。


イギリスは1688年の名誉革命以降、議会制民主主義を発展させていたため、税負担についての議論や意思決定が議会を通じて、情報公開されており、たとえ重税負担であったとしても、国民はその合法性と正当性を理解していたのです。」(p.206)

庶民の痛税感からフランスでは暴動が起こり、革命によってフランス王室は倒されました。しかし、その同じころ、フランスよりもイギリスの方が重税だったのですね。隠せば不審を招き、情報公開すれば信頼される。そのことを歴史は示しています。


1934年以降、ナチス政権による大規模財政支出で、奇跡の経済復興を遂げましたが、ドイツ国民は最終的に、戦争による破壊という高いツケを支払わされることになりました。財政支出はいかなる場合にも、その代償を国民が負わねばならず、そこから逃げることはできません。返済が先送りされればされるほど、より大きなツケとなって、また、より悲惨なかたちとなって、国民に返ってくるのです。」(p.265)

放漫な財政支出をして潰れなかった国はありません。今の日本の状態に対して、日銀と政府は同じだから無限にお札を刷ればいいという理論を真面目に主張される方がおられますが、それはどうなのだろうと疑問に思わずにはいられません。


日本は1932年、「満州国」を樹立し、満州から華北(中国北部)地方への進出を狙っていました。日本は傀儡(かいらい)の冀東(きとう)防共自治政府を樹立し、華北を蒋介石率いる国民党支配から切り離す「華北分離工作」を進めていましたが、国民党政府が通貨統一事業を達成し、中国経済圏を確立すると、次第に分離工作は困難になります。
 この間、イギリスは日本に対し、中国の幣制改革で協調するように呼び掛けていました(リース・ロス、広田弘毅、重光葵との会談)。日本が協調するならば、イギリスや中国は「満州国」を承認するという条件を日本に提示していました。しかし、日本は更なる領土拡大の路線に傾斜しており、イギリスの申し出を断りました。
 日本がイギリスの経済強調案に乗らなかったことが、日中戦争や太平洋戦争という災禍を招く大きな原因となります。
」(p.272 - 273)

それまで銀本位制だった中国は、国際銀価格の乱高下に翻弄された経験から、貨幣を「元」に統一する通貨改革を行います。イギリスの協力を得て、ポンドとリンクさせました。さらにアメリカも中国の銀を買い取り、中国の安定的な外貨準備高の達成に協力したのです。こうして国内の通貨体制を「元」で安定させたことによって、日本は国民党政権の支配を切り崩せなかったのですね。


17世紀のオランダ人は黄金時代の繁栄に浮かれ、商業利益のみを優先し、国防の意識をほとんど持たず、イギリスに覇権を奪われてしまいました。古代、カルタゴ市民はローマとの戦いで、「戦争は間もなく終結する」と喧伝した政権を信じ、軍事を疎かにしたことで、ローマに敗北しました。中国の宋王朝は「文治主義」を掲げ、近隣勢力との平和をカネで買おうとして、滅びました。いつの時代でも、平和・反戦を主張する人間たちの行き着く先は、それとは裏腹の殺戮・破壊なのです。」(p.297)

小室直樹氏の「新戦争論」でも示されているように、空想的平和主義者が戦争を引き起こすのです。なぜなら、戦争から逃げているからです。考えなければ戦争は現実にならない、と思っているからです。その背後には、戦争に対する不安(恐れ)があり、それが戦争を引き寄せます。このことは、「引き寄せの法則」からしても理解できるでしょう。

歴史が示しているのは、戦争は起こり得ると常に考えて準備を怠らないことによってのみ、戦争を回避できるということです。
戦争をして富が得られるという時代ではなくなったことは、本書にも示されています。自らの戦争が富を生む時代ではなくなったのです。だからこそ、戦争を回避するためにも軍備を怠ってはいけないのですね。


それにしても、宇山さんの知識は半端ではありませんね。感服しました。しかも、素人にもわかりやすく書かれています。
私も、こういう本を読んで、大いに歴史に学ぼうと思います。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 15:24 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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