2018年12月29日

多くの人が、この本で変わった。



津留晃一(つる・こういち)さんの本を読みました。これは友人からもらった本です。
津留さんの言葉は、Facebookに「津留晃一の世界」というページがあり、ここが毎週土曜日に投稿されていて、それをよく読んでいます。

私は「神との対話」シリーズをお勧めしているのですが、ある時、同じようなことを語っている人がいると言われて、津留さんのことが書かれているWEBサイト「津留晃一の世界」を知りました。そこにある津留さんが語られていることを読んでみると、まさに「神との対話」に書かれていることとそっくりでした。後で知ったのですが、津留さんもまた「神との対話」を推奨されていました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

今、目の前に展開している状況は、すべて皆さん方自身が表現した現象です。皆さん方の意識が、この物理世界に現れたものを<現実>と呼んでいます。
 それがあなたの表面意識によるか、潜在意識によるかは別にして、あなたの見ている、感じている現実はすべて、あなたの意識を原因として現されたものに、ほかなりません。

 この宇宙に存在する唯一の法則は「あなたの与えるものが、あなたの受けとるもの」です。あなたの与えた喜びが、あなたに喜びをもたらすように、心配することは、その心配ごとを現実に引きつけます。
」(p.9)

もう何も解説が不要だと感じるくらい、私にとっては当然のことです。まさに「神との対話」バシャールが言っていることそのものですね。


そして、この無限の力は、だれかには備わっているが、だれかにはないという性質のものではありません。
 すべての人に、平等に初めから備わっている力なのです。そのことに気づく旅、そのことを思い出す旅、それが人生です。
」(p.11)

誰にでも備わっている無限の力とは、信じたものを見るという力です。先ほどの与えたものを受けとると表現したことと同じですね。

そして素晴らしいのは、「そのことを思い出す旅」が人生だとしていることです。「思い出す」とは、「神との対話」でよく言われているように、すでに知っていることだからですね。


今いる場所が、意識の進化のためには、最も良い場所なのです。その場所こそ、ハイヤーセルフ<大いなる自己>がしつらえた<最高の学びのステージ>なのだと思ってください。」(p.12)

今、ここが自分にとって最高の場所と真に思えたとき、次なるステージが、あなたの前に現れてくることになります。」(p.12)

今が最善であり、起こることは完璧なのです。だから安心していれば、勝手に進化成長していくのです。


「幸せになりたい」というのは、「今が幸せでない」という気持ちの現れです。
 すなわち「今に不足があると認識している」ということです。その欠落意識からとった行動で、あなたが満足することはありません。
」(p.14)

今、満たされているか、不足しているか−−それはあなたの選択に過ぎません。
 足りているものに意識の焦点を合わせた人が、満たされた人であり、不足しているものに焦点を合わせている人が、満たされない人です。
」(p.14)

幸せは、自分が選択するものです。どこに意識をフォーカスするかだけの意志の問題であり、その選択によって、次の現実が創造されるのです。


そして、それこそがこの三次元世界の存在理由であると知らされました。
 <無限の快適さの世界>から、そうでない環境を体験したいと考えた意識体が、その<不快さ>なるものを体験してみたくて、この二極対立の世界へわざわざ入ってきた、というのが真相のようです。
」(p.22)

黒が白を際だたせ、悪が善を引き立てます。三次元物質世界とは、そういうところなのです。英雄にはどうしても敵役が必要なように。」(p.22)

この部分も、まさに「神との対話」で語られていることそのままです。


自分を愛するとは、自分の意識を広げるということです。自分を大切にしたい人は、人を拒絶するのではなく、受け入れていくことです。
 嫌いな人を受け入れるたびに、意識は拡大します。都合の悪い出来事を受け入れたとき、あなたの意識が広がります。
」(p.24)

自分を拡大させていくことが自分への愛です。自分を拡大させるとは、自分は「存在のすべて」であることを思い出すことになりますから。


私はあなたに<無限者>、すなわち「創造主の立場を選択しなさい」と言っているのです。
 選択するとは、単に選ぶだけのことです。
」(p.30)

あなたが創造主の立場を選択したとき、すべての他人は、あなたを進化へと導く協力者以外の何者でもなくなります。
 敵がいなくなるということです。すなわち<無敵>となります。
 起きてくる現実のすべてが、<自我>に気づくためのメッセージへと変わります。あなたを取り巻く環境すべてが、愛の化身であったことに気づきます。
 もう、周りのだれも気にすることなく、だれとも競う必要がなくなります。
」(p.32)

まず在り方を選択する、という話が「神との対話」にもあります。ただ選択すればよいのです。そして、私たちのもとに送られてくるのは天使だけだともありましたね。まさに、そのことがここに書かれています。


あなたには、改めるべき点など何もありません。欠点というものは存在しないのです。人には、それぞれ異なった特質が備わっており、その特質を役立てたとき、人々はそれを<長所>と呼び、特質を生かしきれなかったとき、その現れ方を<欠点>と呼んでいます。長所、短所はひとつの特質の表裏です。ですから、あなたに改めるべき点など何もありません。ひとつだけ改めるべき点を指摘するならば、あなたのその『改めなければならない点があるという考え方』だけです」(p.34 - 35)

津留さんは、人類のために貢献したいから何を改めたら良いか、と大いなるものに尋ねた時、このように回答されたと言っています。


<今、ここが完全>であることを確信したとき、そこにはもはや学ぶことがなくなり、次なるステージへとシフトアップします。
 「まだダメだ」と思うなら、まだそこで学べるということですから、あなたはそこに居続けることになります。まだそこを楽しむことができるということです。
 あなたの目的は<今、そこで遊ぶ>ことです。
」(p.36)

進化成長は自然に起こります。その現実に満足し、これで良いと完全に思えたら、次のステージへ行くのです。


そんな本来のあり方に目覚めた人々が、一定の臨界点を超えたそのとき、地球は輝く太陽のように、自ら光を放つ星へと生まれ変わります。物質的でない地球となります。」(p.37)

「神との対話」でも、いずれ進化したあかつきには、非物質的な存在になることが書かれています。まさにバシャールのように、肉体を持たずに生きるのです。その時、地球もまた非物質化するのかもしれませんね。


あなたを不自由にしているのは、この<ねばならない>とする考え方です。あなたに、しなければならないことなど何もありません。
 もともと、神そのものであるあなたに、何かしなければならないことなどあろうはずもありません。
」(p.43)

私たちが神そのものであり、だからやるべきことは何もないということも、「神との対話」に書かれていましたね。


あなたは、創造する者です。何ごとであっても、人を裁いたり、咎めたりする必要などありません。どんなこともただ体験し学んでいるだけです。
 目の前に起きてくるすべての出来事は、あなたが自分の考え方に気づき、意識の変容を遂げられるようにと起こってきます。
」(p.52)

すべてのことは、私たちの進化成長のために起こります。だから批判非難する必要はないし、してはいけないのです。

今こんない不細工で、ノロマで、意地悪で、自己嫌悪症の自分でも、これで完璧なのだと気づけば、ただそれだけで変容が起こってきます。」(p.54)

完璧だと気づくだけ。それだけでいいのです。


この世に<良いこと>と<悪いこと>はないのだ、本当にそんなものはないのだ、右を選べば右の道があり、左を選べば左の道があるだけである、と伝えられました。
 その左右の体験に、良いも悪いもありません。ただそれを体験しているだけで、右の道を体験し尽くした人は、その体験による学びが終わり、次は自ずと左の体験を望むようになってきます。
」(p.57)

私たちの目的はすべてを体験すること。だから、自分が選ばないものを批判非難する必要はないのです。


人から馬鹿にされたように感じたり、否定されたような感じを受けてしまうのは、実はその人自身の中に「自分の欠点を直そう」という想いがあって、それが反映しているからです。」(p.73)

他人から否定されたと感じて傷つくのは、自分が欠点があると感じているからなのですね。自分が今あるままで完全だと思っていたら、否定されても傷つかないのです。


目的を遂げるためには、何かを我慢しなければ達成できないとする固定観念は、そろそろ手放してもいい時期にきているのではないでしょうか。」(p.79)

でもこれからは<今を楽しむゲーム>に変えてみることもできるのです。」(p.79)

私たちはこれまで、今を我慢して未来に何かを達成することで達成感を味わうゲームをやってきたのです。それはそれで魅力的なのですが、単純に今を楽しむゲームに変える時期に来ていると津留さんは言います。

お金とは、その先にある目的のための手段でしかありません。
 手段に大半の時間を割くのではなく、目的を生み出すことにあなたの意志の力を使いませんか。そうすれば、あなたの望む現実が確実にやってきます。
」(p.83)

何かをするために、何かになるために、何かを得るために、今は我慢してお金を稼ぐ、お金を貯める。そういう生き方ではなく、幸せになりたいなら幸せを選択すればいいのです。


「お金なんかなくても生きていけるんだ」−−だれかがそんな生き方の手本を示すことによって、これまでどおりの生活に嫌気を感じていた人たちが、新しい生き方に同調してきます。
 だれかが勇気を奮って、これまでどおりの因習的な生き方にサヨナラをして、新しい生き方をしてみせる必要があります。きっと、あなたもそんな人たちの中のひとりではないでしょうか。
」(p.96)

ドキリとしますね。(笑)家も仕事ももたない人生を送っておられる坂爪圭吾さんなどは、まさにこういう人でしょうね。まあ私も、この2年半は仕事をせずに生きていますが。


どうして社会が変化するのか。あなたの抱く信念を変えることによって社会が変わります。革命や活動によって社会が変わるわけではありません。」(p.99)

まず初めに、皆さんに選択してほしいのは「幸せになるために必要なものなど何もない」という考え方です。」(p.99)

そして、次に手放してほしいのが「働かないと生きていけない」という固定観念です。現代社会の根底になる固い価値観です。」(p.100)

「豊かになるにはお金が必要」という考え方を手放し、「私には、無限の豊かさがもともと内在している。無限に豊かな私には、もはやどんなものも必要がない」というシンプルな考え方を選んでみてください。」(p.101)

わかった、そうするよ、とばかりに選ぶだけでいいのだと言います。それで自分が変わるし、自分が変われば社会も変わります。なぜなら、私たち自身が自分の人生の創造者だからです。


今、決心すればそうなります。自分が変わったら受け入れるのではなくて、受け入れたらあなたが変わるのです。
 あなたが主人公で、創造主なのですから。逆はあり得ないのです。
」(p.120)

自分が原因なのです。自分の選択から始まるのです。


エネルギーの次元から見れば<絶望的だ!>という状態とは、覚醒へのポテンシャル(可能性)が最も高くなるということです。
 バネでいえば、その弾性限界ギリギリまで引き伸ばされた、最も反発力を蓄えた理想的状態です。
」(p.133)

だから、絶望のドン底だということは、祝福すべきことなのだと言います。陰極まれば陽に転ずると言われる通りですね。


もし、創造主に戻りたければ、計画を立てるという行為を即刻やめることです。
 計画とは<今>使える、未来を創造するパワーをドブに捨てる行為です。
」(p.137)

「神との対話」でも理性を働かせるな、というようなことを言っています。計画するというのは、自分を限定する行為なのです。


自分のために、わがままに生きれば生きるほど、あなたの肉体の中を流れるエネルギー量が、徐々に増えていきます。
 「よく分からない」などという想いは不必要です。うまく感じられないというのなら、是非もっとわがままになってみてください。あなたにはその勇気が必要です。
」(p.162)

わがままになれば、他の人から文句を言われるでしょう。その葛藤を恐れるなと言います。心屋仁之助さんが「ゲスくなれ」と言われているのと同じことですね。


精神世界のコーナーを見つけ、私の目は書棚をゆっくりとスキャンニングし始めます。
 ハッと1冊の本が目に留まりました。さっとその本を手に取り、パッと開いたページの1行を読んだところで「何だ、この本を買いに来たのか」と分かりました。
 こうして私は『神との対話』という本と出合いました。
」(p.169)

津留さんは、このように「神との対話」を読んだ時のことを語っています。こういう出合いって、偶然ではなく必然なのですよね。


本来、豊かなのですから、豊かさを追求する必要はありません。
 「豊かになりたい」という欲求は邪魔にさえなります。それは「自分は豊かでない」という想いの裏返しであるからです。
」(p.174)

少なくとも、お金を手に入れる方法論を考えている暇があるのなら、<方法を考える>などという無駄なことをやめて、豊かであった瞬間、瞬間にたっぷりと浸っていてください。今という瞬間が未来を創り続けるのだということを感じていてください。」(p.174 - 175)

豊かになりたいから、どうやってお金を稼ごうかという発想をやめることだと言います。それよりも今、この瞬間に豊かだということに意識をフォーカスすること。その豊かさに浸ることが重要なのですね。


こうであるべきことも、しなければならないことも、してはいけないことも、何もありません。
 何かのほうが何かより優れていることも、だれかのほうが、だれかより偉いはずも決してありません。
」(p.192)

「神との対話」でも、何かが他より優れているなどということはない、と言っていますね。
何かに反応するなら、そこに古くなった価値観があるのだと津留さんは言います。

違和感は、そのことをあなたに教えてくれるメッセージです。自分の感じる違和感を大切にしてください。そんな違和感を愛してください。そんなメッセージを投げかけてくれているその対象には感謝を送りましょう。」(p.192)

自分の想念と感情を見張ってください。いいえ、感情が起こる以前の、些細な反応に気づいてください。これは覚醒の最終段階です。」(p.192)

ちょっとした違和感を感じた時、そこに古くなった価値観があるのです。それを書き換えることで、より進化していきます。そうやって自分の思考や感情を見張って生きることは、「神との対話」でも勧めいています。


「思いどおりにしよう」と考えているときというのは、今はその思いどおりにいっていないのです。ですから、その想いのとおりにあるわけです。
 「体の具合が悪いから治療しよう」と考えます。ですから、具合が悪いという想いが、具合の悪い明日をまた創ります。
」(p.194)

思い通りにしたいと思うのは、今が思い通りになっていない、という認識があるからですね。だからその認識によって、未来が創造されるのです。

自分の会社をあまり良い会社だとは思っていなかったはずです。すなわち、あなたは自分の会社を「良い会社ではない」という想いによって赤字化させているわけです。」(p.196)

これもズキーンと来る言葉ですね。たしかにそうです。もっといい会社にしなければと考えていました。すなわち、今は良い会社ではない、と考えていたのです。


本当に、どの言葉も心に突き刺さります。「神との対話」を読んでいるような感じがします。
この本もまた、繰り返し読みたいと思いました。

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タグ:津留晃一
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 23:23 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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