2018年11月18日

世界史で学べ! 間違いだらけの民主主義



Facebookには、様々な投稿があります。その中で、アゴラというメディアサイトのページがあり、私はよくそのサイトの記事を読んでいます。そこに記事を投稿されている宇山卓栄(うやま・たくえい)さんの本を読みました。

宇山さんの本を読もうと思ったのは、宇山さんが私のFacebookの投稿にコメントしてくださったことがきっかけです。それまで宇山さんのことを意識していなかったのですが、歴史のことに関して、同感する記事を書かれていました。それで、それなら一度、ご著書を拝読したいと思い、Kindle版ですが読んでみたというわけです。

一見、「幸せ」とは無関係だと思われるかもしれませんが、政治の在り方は庶民の幸せに影響します「神との対話」シリーズでも、政治の霊性化が必要だと言っています。そのこともありますが、この本の内容は論理的で独自な視点もあり、とても役に立つと思いました。なので、ここで紹介したいと思います。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。なお、Kindle版ですのでページはありません。コピペの制限もあるので、途中からはKindle版の位置情報が一部なくなります。ご了承ください。

自由・平等 を 標榜 する 民主主義 において、 なぜ、 これ ほどの 格差 が 生じ、 貧困 が 弱者 を 追い詰め て いく の でしょ う か。   民衆 は、 歴史 の 中 で 貧困 や 隷属 を 断ち切る ため に 戦っ て き まし た。 民主主義 は その よう な 歴史 の 中 から 生まれ た もの です。   なぜ、 その 民主主義 の 国 が 弱肉強食 を 増長 さ せ て いる の でしょ う か。」(Kindle の位置No.23-27)

宇山さんは冒頭で、このように問題提起します。日本は豊かになったとはいえ、まだまだ暮らしにくさを感じている底辺の人々が大勢います。民主主義なのに、どうして上手く機能しないのでしょうか?

民主主義は完璧な制度とは言えないとされています。では、その問題の本質はどこにあるのか? 宇山さんはそれらの疑問に、歴史の事実を明らかにしながら、民主主義の本質をあぶりだしていこうとされます。


民主主義 とは 何 でしょ う か。 それ は、 皆 で 分かち 合う こと を 重要視 する 考え方 です。 王様 や 貴族 などの 一部 の 人間 だけが 富 や 権力 を 独占 する のでは なく、 すべて の 人 が 富 や 権力 を 分かち 合う システム、 これ が 民主主義 です。」 (Kindle の位置No.343-346)

民主主義とは、富と権力の分かち合いのシステムである。これは、なるほどと腑に落ちました。みんなが平等に価値がある存在なのだから、公平に分かち合うことが重要。これは、スピリチュアル的な考え方とも合致します。


「一人 の 満腹」 よりも「 三人 のほど よい 腹 足し」 が 優先 さ れる よう な 状態 を、 イギリス の 哲学者 ベン サム は「 最大 多数 の 最大 幸福」 と 表現 し まし た。 これ は 民主主義 の 運営 の 中核 と なる 理念 です。   限ら れ た 富 を できるだけ 多数 に 分配 し、 彼ら の 幸福 を 最大 化 する こと、 これ が 民主主義 の 求める 理想 で あり、 民主主義 の 政治 は その 理想 を 達成 する ため に 存在 し ます。」(Kindle の位置No.354-358)

「最大多数の最大幸福」という言葉は覚えていましたが、こういう文脈では理解していませんでした。先ほどの分かち合いのシステムとも関連しますが、少数者の幸福と多数者の不幸を選ばない仕組みが民主主義なのです。


憲法 は、 国民 が 国家 を 一緒 に 作る こと を 約束 し た 証文 で あり、 権力 者 や 為政者 で あっ ても 破る こと の でき ない 掟 の よう な もの です。」 (Kindle の位置No.395-396)

民主主義は富だけでなく、権力も分かち合います。その中核が憲法を頂点とする法体系です。君主などの独裁ではなく、法治が民主主義の根幹となります。

そこに至るまでには、民衆対王侯貴族の血を流す対立が繰り返されます。近代憲法の発祥とされる「マグナ・カルタ(大憲章)」がイギリスで生まれたのも、そういう対決の中で、王権を制限するためでした。

かつては民衆に人権などなかったという宇山さんの指摘は、考えてみれば当たり前のことながら、現代の私たちは忘れてしまいがちです。ヨーロッパでは市民革命などで人権意識が確立していくのですが、日本ではそういう革命が起こっていません。上から与えられたと指摘されていますが、だからあまりありがたみを感じないのかもしれませんね。


軍事力 を 統率 する 者 は 一人 で なけれ ば なり ませ ん。 同 程度 の 権力 者 が 存在 する と、 指揮 系統 が バラバラ になり、 軍団 そのもの の 機能 が マヒ し て しまう から です。   その ため、 独裁 者 は、 軍事 が 全て に 優先 する 封建時代 に あっ て 必然 でし た。」(Kindle の位置No.473-476)

独裁体制は必然だったと宇山さんは指摘します。たしかに、そうなのでしょうね。そしてそのことが、民衆の人権を認めないことともつながっています。

武力 で 土地 所有 を 守る こと と 比べ、 法的 な 保障 は 証書 紙 一枚 で 済む 話 で、 はるか に 合理的 で ある こと に 人々 が 気付き はじめ まし た。   こうして、 所有権 などの 個人 の 権利 が 認め られ、 法的 な 所有権 の 考え方 が 社会 全体 に 一般化 さ れ て いき ます。」(Kindle の位置No.525-528)

個人の権利意識の拡大は、民主主義につながっていきます。その過程では、政治と軍事の分離が起こったり、法の支配が始まったりしています。そういう歴史の流れの中で、少しずつ民主主義へと向っていくのです。


では、 奴隷 的 な 労働 酷使 が 民主主義 国家 において 消え て なくなっ た のかと いう と、 実は そう では あり ませ ん。 奴隷 的 労働 は 現在 でも 必要 とさ れ て い ます。   しかし、 それ が、 国内 で 許さ れ て い ない ため 国外 に 求め られる の です。 日本 の 企業 は 安い 労働力 を 求め て、 東南アジア、 インド、 中国 に 進出 し、 現地 の 貧困 層 を 大量 に 雇い 入れ て 生産 に 従事 さ せて い ます。   彼ら は 一日 中 働い て 数 百 円 の 賃金 しか 貰え ませ ん。 一日中、 数 百 円 の 賃金 で 酷使 する こと が 人道的 と 言え ない こと は 明らか です。   では、 彼ら に 数 千 円 の「 人道的」 な 賃金 を 払え ば どう なる でしょ う か。 我々 の 周り の 全て の 生活 物品 が 値上がり、 我々 が 生活 に 困窮 し ます。「 一 〇 〇 円 ショップ」 が「 一 〇 〇 〇 円 ショップ」 に なっ て しまい ます。 つまり、 我々 の 豊か な 生活 は、見え ざる 労働力 の 搾取 によって 成り立っ て い ます。」 (Kindle の位置No.661-668)

これは、指摘されてみるとたしかにそうですね。「貧しい彼らに仕事を与えているんだ」という言い訳は、とても虚しいものです。私たちは間違いなく、発展途上国からの搾取で豊かさを享受しているのです。


かつて、 選挙権 付与 には、 国家 や その 政治 への「 真摯 な 関心」 を 持つ という 条件 が 前提 として あり、 それ を 客観的 に 証明 する ため に 納税 額 や 土地 所有 面積 を 基準 に 用い まし た。   民主主義 を 歴史的 に 見 た とき、 そもそも 民主主義 には 国民 の 全て が 参政権 を 有する「 国民主権」 という 考え方 は あり ませ ん でし た。 今日 の 我々 が持っ て いる「 民主主義 = 全員 参加 の 政治」 という 概念 は 後世 に 付け足さ れ た もの に 過ぎ ず、 決して、 民主主義 の 普遍 の 論理 では あり ませ ん。」 (Kindle の位置No.833-838)

これもたしかにそうです。政治を行うだけの知識や教養があり、政策のためのお金(税金)を出せる人が政治に参加したのです。そして、そういう人たちだから「真摯な関心」がありました。しかし今は、誰もが参加できるために、関心が薄れているのです。宇山さんは、これを民主主義の危機だと指摘されています。

また、民衆が「有徳性」を持っているかどうかも重要だと宇山さんは指摘します。仮に自分が損するように見える政策であっても、全体にとって必要なことであれば、その政策を支持するという特性です。矜持(きょうじ)と言ってもよいでしょう。それを民衆がどれだけ持っているかで、民主主義の持続可能性が決まると言います。


近代 工業化 の 中 で、 ブルジョワ と 呼ば れる 商工 業者 が 台頭 し、 前 時代 の 守旧 勢力 と 社会的 な 対立 が 大きく なり ます。   この 対立 の 対処 の 方法 が、 リンカーン と ビスマルク で 異なり まし た。   大規模 な 内戦 となり、 50 万人 とも いわ れる 犠牲者 を 出す こと に なっ た のが リンカーン。 内戦 を 巧み に 回避 し た のが ビスマルク です。」(Kindle の位置No.1212-1215)

ここは認識を改めさせられた部分です。今でも人気が高いリンカーンは、内戦を引き起こさせ、非常に多くの犠牲者を出すことで対立を乗り越えました。一方で鉄血宰相と呼ばれたビスマルクは、外的を作ることで内部の協力関係を引き出したのです。そのため、アメリカのような多大な犠牲者を出さなかったのだとか。

リンカーンは対立構造を鮮明にし、二者択一を迫ったのです。そこはどうしても譲れない線だったため、南部は戦争を選ぶしかありませんでした。第二次大戦に引き込まれていった日本みたいですね。一方のビスマルクは、プロイセンに従わない南部を直接叩くことはせず、南部を支持していたオーストリアやフランスと戦争をします。ドイツ人同士で戦えば恨みが残る。ドイツ統一のために、融和政策をとったのです。

ただ、このリンカーンのやり方は、民主主義がはらむ構造的な欠陥だと宇山さんは指摘します。多数決でどちらか一方に決める方式だからです。特にアメリカの二大政党のようになると、国民が2つに分かれて対立する構図になりやすいものです。民衆が感情的になってくると、冷静に議論することもできなくなります。そうなると、行き着くところまで行くしかなくなるのです。

国民から選挙で選ばれたリンカーンが50万人もの国民を殺す政策を行い、一方で国王に対してのみ責任を負ったビスマルクは国民を殺さない政策を行った。選ばれ方は民主的ではないのに、その政治は民主的なものだった。本当に皮肉なものです。

また宇山さんは、民主主義には民衆を制御するメカニズムがないと指摘しています。感情的になった民衆は、その感情を抑えようとする為政者を排除し、煽る為政者を好むからです。暴走し始めると止まらないのが民主主義。これは第二次大戦の時の日本にも当てはまりますね。


大久保 は、 一般 民衆 を 愚民 扱い する 反 民主主義 的 な 独裁 者 という イメージ が あり ます が、 彼 の 政策 の 一つひとつ を 見る と、 国民 の 成熟 や 政治 への 参加 を 願う 意識 が 読み取れ ます。」(Kindle の位置No.1517-1519)

日本の明治維新では、大久保利通という有能な政治家がいたことが日本にとって幸いだったと宇山さんは指摘します。大久保はビスマルクと直接会い、いろいろ指導を受けたようです。弱小国のプロイセンからドイツ統一を成し遂げたビスマルクの手法に、大久保は学んだのでしょう。

大久保は、身分の差なく学べる「学制」という教育制度を施行したり、地方議会を開き、成年男子による普通選挙を実施しています。独裁的なやり方が反発を受けて暗殺されますが、独裁でなければできないこともあったのだろうと思います。


欧米各国は、市民革命によって民主主義を進めていく際に、特権階級を大量処刑せざるを得ませんでした。民主主義を勝ち取るために、多くの犠牲者が出たのです。
 これに対し、日本の民主主義への移行は流血が伴いませんでした。最後の将軍徳川慶喜は、大政奉還で権力を平和的に譲り渡しました。
 伊藤博文のような維新の元勲も、権力に固執しませんでした。
」(Kindle の位置No.1595-1597)

日本の民主化は、本当に奇跡の連続です。政党政治を導入した伊藤博文は、元勲の権力に固執せず、一介の野人として政党を組織し、国民の政治参加を可能にしたのです。宇山さんはこれを、「第二の維新」とも言うべきことだと高く評価しています。

日本は政治エリートの支配によって、ゆっくりと情勢に合わせながら民主化が進んだと宇山さんは指摘します。そして民衆もまた政治エリートを信頼し、協調していたのだと。しかし、1925年に普通選挙が始まると、民衆は迎合的な政治を選ぶようになったと言います。それに伴って、政治化の質が劣化したとも指摘します。


政治的に成熟していない民衆であるからこそ、このような「改革」イメージの詐欺的な手法に引っ掛かり、先導されてしまいます。政治を劣化させていく最大の原因がここにあります。」(Kindle の位置No.1714)

宇山さんは、日本の民衆は政治的に成熟していないと指摘します。まず政治について学ぶ機会が与えられていないし、議論をすることをしないからだと。一見、議論しているように見えても、それは単に感情的になって罵り合っているだけだったりします。ネットのコメント欄が荒れるのは、たいていこれですね。民衆が政治的に成熟しなければ、民主主義もまた危ういものなのです。

ヒトラーのナチスも、ドイツ国民が選んだのです。民衆の多大な信任を経て、ヒトラーは独裁者になりました。大多数のドイツ人がヒトラーを支持し、彼の支配を受け入れた。民主主義が独裁を生んだのです。ヒトラーは、こういうことを言っているそうです。

大衆は弱者に従って行くよりも、強者に引っ張って行ってもらうことを望む。大衆とはそのように怠惰で無責任な存在である。」(Kindle の位置No.1919)

ヒトラーは大衆の本質を見抜き、上手に利用したとも言えます。一方で大衆は、自らの意思で民主主義を捨てたのです。


民主主義の本質を突くためには、「民主主義とは何か」と問うことを止めて、「民主主義の目的とは何か」と新たに問い直すべきです。
 民主主義の目的は民を幸福にすることです。具体的には、一部の限られた民だけでなく、全体の隅々にまで幸福を行き渡らせるということです。
」(Kindle の位置No.2006)

宇山さんは、民主主義の定義を議論しても意味がないと指摘します。それよりその目的から考えるべきだと。そして民衆の幸福とは、物質的充足と精神的充足の2つがあり、まずは物質的充足を達成することが重要な政治課題なのだと言います。そして精神的な充足に関しては国家が介入せず、自由にさせるべきであると。

ナポレオンは独裁でしたが、ナポレオン法典によって民法を確立し、財産所有権を明確に示すことによって、フランスの経済活動は盛んになりました。こうして物質的充足を達成したナポレオンは、民衆から圧倒的に支持されたのだと宇山さんは言います。


歴史的に民主主義の変遷を検証してみると、「民主主義が豊かさをもたらす」のではなく、「豊かさが民主主義をもたらす」という現実に気が付きます。」(Kindle の位置No.2095)

無理に革命を起こして民主主義を導入しても、それでは国家運営が上手くいかないのです。独裁が悪いかのように思われますが、実はある時期には独裁が必要なことがある、ということですね。たしかに独裁には、民衆が犠牲になる面があります。しかし政治エリートの支配の方が、効率よく運営することができて、民衆が恩恵をうけることもあるのです。

宇山さんは、中東情勢についても、そういう目で分析します。ISが生まれたのは、思想問題ではなく経済問題であると。豊かさが足りないから、過激派勢力が出てくるのです。宇山さんは、彼らは銃を振り回して仕事をしているのだと言います。豊かさを得ようと働いているのです。


民主主義は富や権力を分かち合う制度です。社会主義は富を分かち合うシステムであるかもしれませんが、権力の分かち合いがなされません。政府の要人や官僚たちだけが権力を行使し、一方的に社会を管理統制するシステムであるからです。
 自由主義において、権力は分散され、国民の一人ひとりにまで行き渡り、国民は主権を持ちます。主権が国民にあるということが民主主義の一つの前提条件であり、自由主義はこれを満たしています。
」(Kindle の位置No.2355)

富と権力を分かち合い、全体の幸福を満たすことが民主主義だと宇山さんは言います。ただ、自由主義はまだ格差の問題を解決していないとも指摘します。所有権を認めれば格差が生まれ、認めなければ民主主義ではなくなります。相矛盾する命題なのですね。

民主主義国における政府は、第一義的に人々の自由や権利を守るために存在します。」(Kindle の位置No.2564)

自由にさせれば格差が生じ、搾取が起こります。それを防ぐのは政府の役割だと宇山さんは言います。


政治は言論です。言論による説得です。政治的なコミュニケーションの成熟がなければ、民主主義の成熟もあり得ません。」(Kindle の位置No.3229)

あとがきで宇山さんは、このように指摘します。歴史を学ぶこと、政治を学ぶこと、冷静に議論する能力を身につけること。民衆のそういう努力なくして、民主主義は成熟しないのですね。


この本は、実に広範囲の知識をベースに書かれています。私が知らなかったことや、新たな視点がたくさんありました。ここで紹介した部分の倍以上、印をつけながらこの本を読みました。とても参考になる内容でした。

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posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:38 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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