「みやちゅう」こと「みやざき中央新聞」の2745号(2018年6月11日発行)「取材ノート」で紹介されていた本を読みました。「天狗のしわざ」と題して編集部の野中千尋さんが書かれたもので、「最近私を「夕飯抜き」にした一冊」ということでした。
Twitterで噂が広まって人気が高まり、急遽復刊され、それがあっという間に1万部も売れたのだとか。そんなことを聞いては読まないわけにはいきません。ということで、さっそくネットで注文し、7月に帰省した時に受け取った本になります。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。
まず最初に、この本の概要を説明します。「仙境異聞」は文政3年(1820年)に、天狗に連れ去られたという少年寅吉から平田篤胤(ひらた・あつたね)氏らが話を聞いて、それを篤胤氏がまとめたものになります。「勝五郎再生記聞」は、前世の記憶があるという勝五郎の話を、同じく篤胤氏がまとめたものです。
寅吉は、この時15歳だそうです。昔だと数えですから、今の13歳くらいでしょうか。その少年に篤胤氏ら大人が質問攻めにします。それに対して寅吉は、堂々と答えています。
なお、現代語訳ではないので、文章は読みづらく、内容もわかりづらいです。特に最初の「仙境異聞(上)」は、途中で何度も読むのをやめようかと思ったくらいです。次の「仙境異聞(下)」は、質問形式で文章も割と読みやすくなっています。
こういう本がそんなに話題になるとは、ちょっと不思議な気がします。ただでさえ活字離れしているというのに、こんな読みづらい本が売れるとは・・・。まあ、買った人がみんな最後まで読むとは限りませんけどね。
「寅吉云はく、宮も家もいかに小なりとも、大勢入りても狭からず、人数に従ひて、広くも狭くも思ふまゝになる物なり。」(p.252)
これは、「十三天狗」と呼ばれる天狗や山人(さんじん:行者のような存在)たちの住まいが、「岩間山の愛宕宮」だと寅吉が答えたことに対し、使者も含めて50人くらいが愛宕宮のような小さなところに入れるのかと質問した時の寅吉の答えになります。
つまり、寅吉らは現世の人間のような存在ではなく、幽界の存在として、3次元空間に縛られていないのだろうと思われます。他にも、備えられた食事を食べても、そのものはなくならないとか、近くに行っても自分たちの姿は見えない、などの記述があります。
「寅吉笑ひて云はく、地獄極楽といふは、愚かなる者を縅(おど)す為に、後人の作言したるなり、と師説なり。殊に極楽は十万億土にあるといへば、地つづきと聞こゆるに、師に伴はれて大空に昇り遠く国々までも行きて見たるに、何と見ても大地は円き物にて、くるりと廻りても十万億土はありそもなし。」(p.305)
これは地獄極楽を見たかという問いに寅吉が答えたものです。地獄極楽は作り事だと言い切っているのが面白いですね。師と共に空を飛び、諸外国ばかりか他の星まで言ったという寅吉が、地球をぐるっと回ったと言っています。本当かどうかは何とも言えませんが、当時の15歳の少年に、こういう知識があるとはなかなか信じられません。
「さてまづ光りて見ゆる所は国土の海の如くにて、泥の交じりたる様に見ゆ。俗に兎の餅つきて居ると云ふ所に、二つ三つ穴あきて有り。然れど余程離れて見たる故に、正しく其の体を知らず。」(p.313)
これは寅吉が、星のあるところまで行ったなら月の様子を見たかと問われて答えたものです。しかし、質問者は穴が空いているはずがないと、これを否定します。それに対して寅吉は、次のように言います。
「我は書物は知らず、近く見て申す事なり。尤も師も岳なりとは云はれつど、近寄りて見れば正しく穴二つ三つ有りて、其の穴より月の後ろなる星の見えたりしなり。然れば穴ある事疑ひなし。」(p.313)
西洋の書物で月をどう言っているかは知らないが自分はこの目で見た、というわけですね。まあ現代の科学では、寅吉の説は完全に否定されることになりますが。
「寅吉云はく、わろきと云ふ事は成るたけ云はぬ物なり。殊にわろき天気などいふ事は宜しからず、よくふる天気など云ふべき事と師の教へなり。」(p.326)
ある人が「わろき鮓(すし)ぞ」と言ったことに対して、寅吉が口を挟んだのです。なぜそう言ってはいけないかについては、特に言及がありません。おそらく、言霊ということではないかと思います。
「此の国は仏国に非ず神国にて、我も人も貴き神の末なれば、何でも神に成らむと心掛くべき事なり。」(p.333)
寅吉は、最初から仏教は卑しいもので良くなく、神道が優れたものだという立場です。理由はいろいろ書いてありますが、特に決定的なものではありません。強いて言えば、釈迦も人間として生まれたもので、人間を創ったのが神なのだから、というような理由も書かれていました。
どうも篤胤氏の持論を補強するために、いろいろ編集されているのではないか、という疑いがなくもありません。
ただ、少なくともこういう不思議なことを語る少年がいたことだけは、事実ではないかと思います。
最後にもう一度言うと、こういう本がヒットするとは、ちょっと不思議です。読みづらいし、内容的には特に目を見張るものはありませんから。これで示された痛風の薬とか不妊治療の方法などが、現代で受け入れられているというなら別ですが、そんなこともなさそうですし。
けれども、今から約200年前には普通に天狗がいたのかもしれないなぁと想像してみると、ちょっと楽しくなることはあります。科学的でないからと言って、必ずしも間違っているとは言い切れませんからね。
【本の紹介の最新記事】