2018年02月24日

「絶望」に声を与えよう



誰の紹介で買ったのか忘れましたが、ジョン・キム氏の本を読みました。キム氏は、韓国の方のようですね。日本に留学されたことがあり、その後、慶応大学の特任准教授をされたりしています。サブタイトルは英語で書かれていますが、その訳が帯に書かれています。「感情を解放して、本当の自分と出会う。」こちらの方がタイトルよりわかりやすいですね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

「絶望に声を与える」というのは、
 それまで無視され、ないがしろにされてきた
 自分の感情に対して

 関心を寄せ、
 ありのまま受けとめ、
 愛という光を与えることです。
」(p.3)

つまり、無視されたり押さえつけられてきた感情は、徐々に「絶望」に変化するということなのです。ですから、その絶望の声をもう一度聞いてあげること、抑圧してきた感情を受け入れ、解放してあげることが、「声を与える」ということになるのだそうです。


感情をコントロールするためには、まず、ネガティブな感情に対するネガティブな印象を捨てることから始めるとよい。」(p.26)

ネガティブな印象を持つから、見ないことにしようとするのだと言います。なかったことにされたネガティブな感情は、コントロールできなくなり、いつか爆発することになりかねません。ですからそうならないよう、ネガティブな感情を直視し、それがあることを受け入れる必要があるのだそうです。


この本を一番に読んでほしいのは、泣きたいのに泣けない人たちである。」(p.30)

泣きたいのに泣けない人は、心優しい人たちだとキム氏は言います。自分を抑えてでも、他人のことを思いやろうとする。他人に与えても、自分は受け取らない。そういう人は、他人に迷惑をかけられないと思うから、人前で泣けないのです。キム氏は、そういう人たちがこの本を読んで、いっぱい泣ける人が出てくることを望んでおられます。


関心や時間や愛情や言葉を与えられたネガティブな感情は、癒やされ、浄化されていき、最終的には、ポジティブなエネルギーに転換され、自分の人生をより強く、より美しく、より豊かにする方向へと作用してくれる。」(p.34)

ネガティブな感情に愛を注ぐと、それがポジティブな感情の起点になると言います。ですから、ネガティブな感情がない方が良いのではなく、むしろあった方が、ポジティブな感情をより増やしていけると言えそうです。


すべての感情は神聖なもので、どんな感情にもそれが生まれた理由があり、その理由をちゃんと考えてあげることによって、なぜその感情が生まれたか、ということがわかってくる。」(p.46)

感情がネガティブに作用するのは、泣き叫ぶ子どものように、自分に注目してほしいから。それを無視すれば、子どもは非行に走ったり、さらに暴れたりして注目されようとします。注目してあげれば、おとなしくなるのです。感情も同様だとキム氏は言います。だから無視をせず、その感情が生じた理由を考えてあげることが大事なのです。


誰かと会ったときに、その人と自分の差異ではなく、まずは類似性を見出すようにしてみる。究極的に言えば、その人と自分とのあいだの、存在としての区別を消していくことを目標とする。」(p.118)

これは、バリ島の大富豪、兄貴こと丸尾孝俊さんも言われてますね。まず共通点を探すのだと。そうして、仲間意識、友達関係を作ることが何より重要なのだと。キム氏も、区別する方向ではなく、統合する方向に考えることが大事だと言っています。


日常の幸せは自ら気づこうとしないと、喪失してはじめて気づかされることになる。その喪失が訪れる前に、日常のすべてのギフトを感謝の気持ちをもって受けとりたい。」(p.127)

これもよく言われることですが、ついついこういうことを忘れがちです。朝目覚めることも、目が見えることや耳が聞こえることも、歩けることや走れることも、すべて「当たり前」ではありません。それを失って初めて、それがいかに「有り難い」ことであったかに気づきます。だからこそ、そうなる前に、そのことに気づいて感謝することが重要なのです。


死に対するある種の割り切りを持つことで、日常の幸せを増やすことができる。
 終わりを意識することで、瞬間に対する感謝と緊張感が生まれてくる。
」(p.129)

人は、生まれた時から死に向かって歩いていると言われます。死亡率100%なんて表現もあるように、生まれた人は必ず死にます。それなのに、そのことを忘れたかのように暮らし、時間を無駄にしてしまうことが多いです。ですから、日常の中で死を意識することで、人生を充実させるべきだとキム氏は言うのです。


自分の意志よりも、他者の期待を優先する。そしてそれを意識すらできず(もしくは意識しているのに意識していないふりをしながら、またはその期待は自分からして明らかに理不尽であるということを認識しながら)、子どもの頃からの長年の刷り込みの結果として、習慣的にそして無意識に、他者の期待に沿うための意思決定を日々の生活で行ってしまう。すると、いつのまにか人生の指揮権は、自分の手から離れていき、期待という鎖につけられたままの無気力で絶望的な人生を生きることになる。」(p.156)

私たちは子どもの頃から、あれをしろ、これをするな、それはおかしい、こうすべきだろう、などと大人たちから指示されて育ちます。自分の考えで生きることを否定され、他人の価値観や意見に従うことを求められるのです。これがつまり「期待」だとキム氏は言います。

そしていつしか、他人の期待に応えることが人生だと錯覚してしまいます。しかしこれは、自分の人生の手綱を他人に握らせることです。もはや自分の人生ではありません。奴隷としての人生になります。

日々の生活の中で、自分自身の精神性を高め、その精神性から生まれた自分の信念に基づき、すべての選択を主体的に行い、その結果への責任は自分で負うという決意さえあれば、決して後悔する人生にはならないはずだ。」(p.158)

すべての選択は、自分の信念に基づいて、主体的に行うべきなのです。他人の意見に唯々諾々と従う生き方を敢然と拒否する。その第一歩を踏み出す勇気を持つことが重要なのです。


自分の自由を抑圧するものは、断固として拒否し、
 他者の自由を抑圧することは、すべてやめよう。
」(p.170)

自由には究極の価値があるのだと、キム氏は言います。だからこそ、自分の自由も、他人の自由も、共に尊重すべきなのだと。


この本に書かれていることは、特に珍しい話ではありません。感情をしっかりと味わうことの重要性は、他でも多くの人が言っています。また、自分に正直であること、主体的に選択するということも、多くの人が言っています。しかし、それがわかっていても、なかなかできないという人が多いのではないでしょうか。

そのために必要なのは、一歩を踏み出す勇気なのだと思います。ほんの一歩でいいから、踏み出してみることです。行動を起こすのです。そうすれば、少しずつ自分を変えていけるのではないでしょうか。

そのためにも、そもそも人は自由なのだということを知っておくのも良いと思います。他人に従うべきという価値観は、もう捨て去っても良いのです。もっとわがままでいい。そして他人のわがままも許容するのです。他人が自分に何かを要求するのは、それは他人の自由です。でも、それに従うかどうかは、自分の自由です。いつも他人の要求に応える必要はありませんから。

「絶望」に声を与えよう
 

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:57 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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