2017年11月20日

君たちはどう生きるか



この前、「読書のすすめ」さんへ行ったとき、どうにも気になって買った本です。帯に「日本を代表する歴史的名著」とあり、「マンガ版と同時発売!」と書いてありました。そのマンガ版はなかったのですが、本の表紙は、おそらくそのマンガ版の主人公の絵なのでしょう。

1937年発行ですから戦前です。そんな古い小説だとすれば、文章も読みづらいのではないかと思います。それなのに、主人公の名前がコペル君という、なんともモダンな名前。(笑) そういうこともあって、とても気になったのです。

作者は吉野源三郎氏。児童文学者であるとともに編集者。岩波書店の雑誌「世界」の初代編集長です。治安維持法違反で逮捕投獄された経歴もあり、左がかった人だという印象を受けました。それなのに「読書のすすめ」に置いてあるのですから、これは何かあるに違いありません。気になって読んだ結果は、・・・思った通りでした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。主人公はコペル君という15歳の少年。その少年のおじさんなどの影響を受けながら成長していきます。おじさんはコペル君のために1冊のノートを用意します。そこへ、コペル君への教えを書き記しているのです。

だから、君もこれから、だんだんにそういう書物を読み、立派な人々の思想を学んでゆかなければいけないんだが、しかし、それにしても最後の鍵は、−−コペル君、やっぱり君なのだ。君自身のほかにはないのだ。君自身が生きてみて、そこで感じたさまざまな思いをもとにして、はじめて、そういう偉い人たちの言葉の真実も理解することができるのだ。数学や科学を学ぶように、ただ書物を読んで、それだけで知るというわけには、決していかない。
 だから、こういうことについてまず肝心なことは、いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えてゆくことだと思う。君が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを、少しもゴマ化してはいけない。そうして、どういう場合に、どういう事について、どんな感じを受けたか、それをよく考えてみるのだ。
 そうすると、ある時、ある所で、君がある感動を受けたという、くりかえすことのないただ一度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味のあることがわかってくる。それが、本当の君の思想というものだ。
」(p.60 - 61)

肝心なことは、世間の目よりも何よりも、君自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。」(p.63)

おじさんがノートに記した内容です。おじさんはコペル君に、書物で学ぶことの大切さを伝えながら、一方で、もっと重要なのは体験だと言います。体験して、自分の心で感じること。魂で知ることが重要だと言うのです。

これはある意味で驚きです。スピリチュアルな考え方などなかった時代に、すでに魂の重要性が説かれているのですね。しかも、世間の常識などというような、本に書かれた他の人の意見にしたがっているだけではダメだと言っています。実に先進的な考え方だと思います。


だけど人間は、英雄的精神に燃えれば、そのこわさを忘れてしまえるんだわ。どんな苦しいことでも乗り越えてゆく勇気がわいて、惜しい命さえ惜しくなくなってしまうんだわ。あたし、それが第一すばらしいことだと思うの。人間が人間以上になることだもの−−」(p.164)

これは、コペル君の友人の水谷君のお姉さん、かつ子さんのセリフです。正月休みに集まったコペル君たちを前に、ナポレオンの話をしたのです。ナポレオンがロシアに攻め入ったとき、ロシアのコサック兵が、何度も何度も新手を送って責めてきたとき、その勇猛果敢さに見とれて、ナポレオンは危険な地域から離れられなかったというんですね。

自分の命以上に大事なものがある。それをナポレオンはわかっていたのでしょう。彼にとっては、戦闘における「美しさ」こそが、何よりも勝っていたのかもしれません。


人間は、自分をあわれなものだと認めることによってその偉大さがあらわれるほど、それほど偉大である。樹木は、自分をあわれだとは認めない。
 なるほど、『自分を哀れだと認めることが、とりもなおさず、あわれであるということだ』というのは真理だが、しかしまた、ひとが自分自身をあわれだと認める場合、それがすなわち偉大であるということだというのも、同時に真理である。
 だから、こういう人間のあわれさは、すべての人間の偉大さを証明するものである。
 ……それは、王位を奪われた国王のあわれさである。
」(p.265)

自分を「あわれだ」と感じるのは、人間だけです。人間は自分を「あわれだ」と感じて自己卑下し、自己嫌悪し、罪悪感を抱いたりします。しかし、そんなことをするのは人間だけだ、ということに着目すると、「あわれだ」と感じることが「偉大だ」とも言えるわけです。

自分を「あわれだ」と感じるということは、自己批判ができる、それだけ客観的に自分を見ようという気持ちがある、ということですから。本来は、「自分」というものの中にあるはずの自分が「自分」を客観的に見て批判し、「自分」を正そうとするって、論理的にはおかしなことなんですよね。

と言うことは、自分を責めずにはおれない恥ずかしい行為をしてしまったなら、その経験自体が素晴らしいとも言えるのです。かつて王位にあったからこそ、王位を追われる恥ずかしさがわかります。これまで王位についたことがなければ、その恥ずかしさはわかりません。したがって、王位につくことのすばらしさもわかっていないのです。


人生は、必ずしも順風満帆ではありません。上手く行かないこと、傷つくことなど、いろいろあります。そんな人生を丸ごと肯定し、だからどうなっていかなければいけないと、方向を示してくれる小説になっています。

しかも、児童文学作者らしく、15歳程度の子どもなら、十分に理解できる内容になっているのが素晴らしい。本当に、80年くらい前の小説とは思えないほど、現代に蘇らせたい小説ですね。なお、文体や言葉遣いなどは、現代語に一部書き換えられているそうです。

君たちはどう生きるか
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 21:29 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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