2017年10月28日

「やさしい」って、どういうこと?



先月、「読書のすすめ」さんへ行った時に購入した本を読みました。帯にこう書かれています。「話題のベストセラー! フジテレビ系列『エチカの鏡』で”人生を変える1冊”として本のソムリエ・清水克衛さん(「読書のすすめ」店長)おすすめの1冊です。」薄い本ですが、気になって購入しました。

著者はアルボムッレ・スマナサーラ氏。訳者がないので、おそらく日本語は問題なく話ができるレベルなのだと思います。経歴にも駒澤大学の大学院で学ばれたとありました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。その前にこの本では、「やさしさ」を誰もが求めるが、誰もその意味を知らない、と説明するところから始まっていることをお伝えしておきます。その「やさしさ」を解き明かす本だということです。

「群れる」ことは「引きこもる」ことですが、同時に「群れ以外のすべての人間を排除する」ことでもあります。私たちは、やさしさを求めて内向きに引きこもり、外向きに排他的になってしまうのです。」(p.20)

これは面白い視点ですね。「自分のエゴの型が世間と合わないことに我慢できない」と引きこもると指摘しています。そして群れるのは、たまたまその型が似ていて、許容してくれるからですね。そして内向きに群れたり引きこもったりする時、同時に外向きには排除していることになるのです。


自我を張らず、よけいなことを考えないで、自然の流れで生きていれば、その人はやさしいのです。
 誰にも迷惑をかけません。誰も損をしません。弱肉強食ではなく、これは共存主義なのです。これが「あるべきやさしさ」なのです。
」(p.35 - 36)

本当のやさしさとは、こういうものだと言います。具体的には、「ただいま」と言われたら「おかえり」と応えること。相手を思い遣り、受け入れ、少し気遣ってあげる。そういう簡単なことだと言います。


本当のやさしさは、エゴのない「生命」という次元なので、必要以上を求めません。「欲しい」というところまでいかないのです。」(p.38)

たとえば、子どもにご飯を食べさせるのは「必要」だから、ご飯を求めるのは当然だと言います。「あれが食べたい」とわがままを言うのは、必要以上と言うわけですね。それが「欲しい」というレベルなのだと。

そして、その「必要」というレベルは生命の次元で、やさしさもまたその次元の話なのだと言います。つまり、当たり前のことを当たり前にするということだと。


部屋にいると、自然のものは自分の身体くらいかもしれません。
 それだけでも人は喜びを感じることができるのです。「自分という生命は、数え切れない人に支えられて生きているのだ」と。それで「寂しい」とか「一人だけだ」とかいう気持ちは、たちまち消えてしまいます。
」(p.44 - 45)

あらゆる物が誰かによって作られ、それが自分を支えてくれています。それを感じるだけで喜べると言います。このように生命のネットワークということを考えることが重要なのですね。


「すべての生命の幸せを願う」というと、「他の生命をなんとかしてあげることができるのだ」と思うかもしれませんが、そうではないのです。「あなたがエゴをなくしたら、あなたが確実に幸福になります」「あなたがエゴをなくしたら、他人があなたに迷惑をかけることさえできなくなります」ということです。
 こちらにエゴがないと、エゴでなぐられてもなんともないのです。
」(p.70)

すべての生命がエゴをなくせば、世界は変わると言います。しかしそれは、他人のエゴをどうにかするということではないのですね。自分が自分のエゴをなくせば良いのだと。

そして、自分のエゴをなくしさえすれば、他人がエゴをむき出して自分を責めても、それに対して怒りの気持ちすら湧いてこない。そういうものだと言います。


テロリストもエゴから現れます。「あいつらと関係を持ちたくない。殺してやりたい」というのはエゴです。だから彼らをエゴで攻撃しても、テロは消えないのです。それどころか、テロリストにさらなるテロの理由を与えるだけです。」(p.72)

エゴで攻撃すれば、さらなるエゴで攻撃し返されるだけです。だから、たとえエゴで攻撃されたとしても、相手を侮辱しない。自分がエゴから離れれば、そうなるのだと言います。それが正しい生き方だと。


「愛」というのは使ってはいけない単語です。そうではなくて慈(メッター)・悲(カルナー)・喜(ムディター)・捨(ウペッカー)という四つの感情が正しいのです。この感情が、生命に対する基本的な法則の実践になります。これが本来のやさしさ、自然に、素直に生きるために育てるべきやさしさなのです。
 「自然に」といいながら「育てるべき」というのは矛盾していると思うかもしれませんが、誰にもエゴ、自我があるので自然にできないのです。だからこのような方法でエゴの病気を治療して、完璧に健康な生命をつくりあげる必要があるのです。
」(p.86)

ここで言う「愛」というのは、おそらく執着したものを指しているのでしょう。言葉は、その定義によってどうにでもなりますから。

4つのやさしさを取り上げていますが、ここで詳細に説明はしません。簡単には、メッターは友情、カルナーは抜苦(苦しんでいる人を助けたいという思い)、ムディターは喜(うまくいっている生命を自分のことのように喜ぶ)、ウペッカーは捨(幸も不幸も平等な心で捉える)だと説明しておきます。

これらの気持ちを自分の意思で育てることで、エゴから離れることが重要だと言います。エゴのないあり方が自然ではあるものの、意識して育てなければならないのだと。


特に「なぜそうなのか」は説明されていません。偉大なお釈迦様がそう言われたのだから、それに従うのが良いのだという感じです。これはお釈迦様も、今死にかけているのに刺さった矢の毒が何だとか、そういうことはどうでも良くて、それより治療することが先決だと言っています。おそらく、そういうことなのでしょう。

私としては、ウペッカーはまさに「神との対話」で示されている内容だと感じました。ただ、エゴは努力しなければなくせない、という考えには同意しません。もちろん、そちらへ意識を向けると成長が早まるということは、たしかだと思います。しかしその一方で、進化成長はプログラムされていることであり、まさに自然に起こるのだと思うからです。

わずか100ページ足らずの薄い本ですが、仏教的な考え方に触れてみるには、適当な本ではないかと思います。

「やさしい」って、どういうこと?
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:33 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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