2017年10月03日

懸命に生きる子どもたち



これも「読書のすすめ」で買ってきた本ですが、NPO法人アジアチャイルドサポートの代表理事、池間哲郎さんの講演録を読みました。池間さんの本は、以前、「日本はなぜアジアの国々から愛されるのか」を紹介しています。これも「読すめ」で買ったものでしたね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

フィリピンのマニラに、スモーキーマウンテンと呼ばれるスラムがあります。ゴミ捨て場なのですが、そこに多くの貧しい人が住み、ゴミの山の中から売れるものを探し集めて生計を立てています。そこには多くの子どもたちも働いています。

過酷な環境です。暑さ、匂い、有毒ガス、事故、怪我による細菌感染など、多くの子どもたちが若くして命を落とします。そこへ行った池間さんは、ある女の子にインタビューしました。

「あなたの夢は何ですか」と訊ねると「私の夢は大人になるまで生きること」と悲しそうな笑みを浮かべて言いました。この言葉は衝撃でした。今でも深く私の心に残っています。」(p.13)

ただ生き延びることだけを夢見る。そういう子どもたちが、たしかに存在しているのです。私たちと同じ、この地球のいたるところに。


カンボジアは、内戦時に残された地雷によって、今も多くの人が苦しんでいます。リンナという女性は、10歳の時に両親を助けるために学校を辞め、みかん農場で働き始めました。しかしその作業中に地雷を踏んでしまい、右足のすべてを失いました。

両親を助けようとしたのに、逆に両親のお荷物になってしまった。そのことをリンナはとても悔しく思ったそうです。しかし、ある時から気持ちを入れ替え、懸命に学んで働くようになったとか。今では小さな雑貨店と洋裁店を構え、幸せに暮らしています。

リンナは「地雷を踏んだことに感謝しています。足をなくしたからこそ一生懸命に生きることが出来たのです。今の幸せがあるのです」と言いました。」(p.31)

地雷がある危険な国に生まれたこと、片足のない障害者になったことは、幸せには関係ありません。彼女の生き方は、そのことを実証しています。


孤児院で暮らす子どもたちの表情は暗かった。本当の笑顔に会うことは難しかった。最初に出てきたゴミ捨て場に暮らしている子どもたちの方が孤児院の暮らしより悲惨です。いつ死んでもおかしくない程、大変な状況で生きているにも関わらず非常に明るく人懐っこい。なぜだと思いますか。それは、親と一緒に暮らしているから。親に甘えることが出来るのです。たとえ片親でも良い、特にお母さんが、しっかりしてると子どもは大変な状況でも心は安定します。親に甘えられることは、とっても大事なことです。」(p.62)

タイのアユタヤにあるタイ最大の孤児院、ワットサーキャオというお寺でのことです。貧しさは微笑みを奪いません。愛されないことが、子どもの心に傷を残すのです。


モンゴルの首都ウランバートルには、マンホールチルドレンと呼ばれる子どもたちがいます。マイナス40度まで気温が下がることもあるため、暖を取るためにマンホールの中で暮らしているのです。しかしそこは、ネズミや虫が這い回り、汚水による悪臭が充満した最悪な環境です。

モンゴル政府も、本当は彼らを救いたいと思っているのです。しかし、公務員の給料の支払いさえ滞ることがあるほどの財政難。池間さんは、だからこそ海外からの支援が重要なのだと言います。

日本人は世界で、もっとも外国から助けられた国民であることを忘れてはいけないと私個人は思っています。」(p.78)

第二次大戦後の大変な時期、アメリカを始めとして多くの国から支援物資が届けられ、食料や教育などの支援が行われました。その後、日本は復興しましたが、それまでの間支えてくれたのは、諸外国からの支援だったのです。

アメリカの政策があったにせよ助けられたことは間違いありません。しかし、残念ながら多くの日本人が「外国の子どもは放って置け」「カンボジア、モンゴル、イラクの子が、どうなろうと構うな。日本の子どもだけを大事にすれば良い」と言います。私は、この意見には同意しません。なぜなら私たちも助けられたからです。もう一つ。「外国の皆さんが日本製品を買ってくださるからこそ、今の豊かな暮らしを維持できる」ことを考えて欲しいと願っています。」(p.78 - 79)

たしかに、他国のことを支援する金があるなら、その前に自国のことを良くしろ、という声を聞きます。しかし、日本がどれだけ豊かな国かということを実際に目にしたら、そういう気持ちになれるでしょうか?


池間さんは、ミャンマーのハンセン病患者が隔離された場所へも行き、集合住宅の改修工事などをしました。屋根が破れ、壁が崩れそうな中で、見捨てられた患者が過酷な環境で暮らしていたからです。政府からの支援も乏しく、食料もほとんどなかったとか。それで、食糧支援も始めたのです。

しかし、3年経って気がつくと、一時は元気になった人々が、また痩せてきました。不思議に思って尋ねると、そこの人々は自分たちに与えられた食料の一部を、ハンセン病ではないけれど森のなかで暮らす独居老人たちに分けていたのです。

その中に、高血圧で倒れて歩くこともできないお爺さんがいて、ハンセン病患者たちは彼の面倒をみていました。

後で聞いて、さらに驚いた。この方は健康なときにはハンセン病の人々を徹底的に差別し苛めていた。彼に殴られた経験がある方も大勢、居た。「なぜ、このような人を助けるのですか」と言うと「あなたは間違っています。恨みや憎しみの心は小さくて醜いものです。一緒に生きていくことが大切で大きな心です。食べ物を分けることは当然のことです」と怒られた。」(p.88)

経済的には貧しくても、心は豊かなのです。だから乏しい中からでも分け与え、一緒に暮らすことを選んだのです。豊かになった私たち日本人は、はたして心の豊かさを持っているでしょうか?


一番、大切なボランティアは何か。人のため、世の中のため、貧しい国の恵まれない子どもたちを助ける。とんでもないことです。違います。「最も大事なボランティアは自分自身が一生懸命に生きること」です。私はアジアの子どもたちの話をして映像を見せて「彼らが可愛そうだから助けてください」と訴えているわけではありません。誤解しないで下さい。この子たちは、どんなに苦しく辛くても一生懸命に生きています。だから、大切にしたいと言っているだけです。」(p.106)

重要なのは、自分がどう生きるかなのですね。貧しい人を見つけて何かをしてあげることではなく、彼らの生き様を知って、自分がどう生きるかを考えること。それが最大のボランティアなのだと池間さんは言います。


私もこれまで、フィリピンやタイ、ラオスなどの貧しい子どもたちの教育支援をしてきたことがあります。まあお金を送っただけですけどね。でも、彼らのことを知れば、何かをせざるを得なかったのです。それは、私自身がどうしたいか、どう生きたいかという問題でした。

チンたなーさんとの出会いも、そういう中でありました。お金を支援したのは私ですが、彼女から生きるということを教えてもらい、背中を押してもらったのだと思っています。ですから私は、自分がそうしたいからという理由で、そのように生きようと思うのです。

池間さんは、還暦を過ぎた今でもアジアを周りながら支援活動をされています。彼らと同じ環境で暮らし、同じものを食べることで、彼らの思いを共有したいと考えておられます。本当に頭が下がります。

懸命に生きる子どもたち

posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 14:53 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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