2017年09月28日

その日のまえに



「みやざき中央新聞」で紹介していた本を読みました。2017年7月17日発行の2703号「「その日」を見つめて」と題した「取材ノート」に編集部の増田翔子さんが書かれた記事で、詳細に紹介してありました。

増田さんが高校の時、話題になった試験があったそうです。試験中から鼻をすする音が聞こえ、試験が終わると教室内は大騒ぎ。試験の題材に使用された小説が感動的で、泣く生徒が続出したのだとか。増田さんは、こう書いています。

「その日」のあとで、のこされた人たちはどのように「死」と向き合えばいいのか? 生きていく意味や死んでいく意味はどこにあるのか? 物語の中ではこのように言っています。

 「それを考えることが答えなんだと思います」と。

 『その日のまえに』、他4編も涙なしには読めないお話です。ぜひお手にとってみてください。


そう聞かされては読んでみたくなりますよ。と言うことで購入したのです。著者は重松清さんです。

本のタイトルは「その日のまえに」ですが、同名のタイトルを含む7編の短編小説で構成されています。最初の4篇は、それぞれがまったく別の物語のように書かれています。しかし、すべてが同じテーマです。それは人の「死」にまつわるもの。

最後の3編が「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」となっています。もうおわかりでしょうか? その日というのは、愛する誰かが亡くなる日のことなのです。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

もしも神さまがいるのなら−−そして、ひとの命の行方は神さまが決めるものなのだとしたら、おばあちゃんは誰よりも長生きするよう、神さまに選ばれてしまったのだろうか。ガンリュウを僕たちの世界から引き離して、遠くへ連れて行ってしまったのも、同じ神さまのしわざなのだろうか。」(「ひこうき雲」p.54 - 55)

唐突に訪れる人の死。けっして年齢の順番とはなりません。「なぜ、そうなのか?」つい考えてしまうその問に答はありません。

かつての同級生だったガンリュウとあだ名が付けられた女の子は、病気になって、いつしか亡くなってしまいました。一方で「おばあちゃん」は長生きしているもののボケている。主人公は、その違いは何なのだろうと思うのです。


「ごめんね」と泣き声で俺に言った。「トシくん、ごめんね、ごめんね、お母さん、病気になっちゃって、ほんとにごめん……」と頭を何度も、深々と下げた。
 そんなこと言わなくていい。しなくていい。母ちゃんを励ましたくて、慰めてやりたくて、でもどう言っていいかわからなくて、俺はひたすら焼鳥を食べつづけた。途中で、こういうときって母ちゃんの肩を黙って抱いてやればいいんじゃないか、と気づいたけど、やっぱりそれはできなかった。
」(「ヒア・カムズ・ザ・サン」p.198)

不治の病であることを告げられた母は、1人息子のトシになかなか病気のことを告げられませんでした。母子家庭のため、自分の死は息子から家族を奪ってしまうことになる。その事の重大さのために、息子のことを愛するがために、言えなかったのです。

私の母も、今年の7月に亡くなりました。私が帰省してたっぷりとレイキをしてあげたわずか2週間後でした。そんなにすぐに亡くなるとは、思ってもいなかったのですが・・・。そんなこともあり、つい母はどんな思いだったのだろう、と考えてしまうのです。


「終末医療にかかわって、いつも思うんです。「その日」を見つめて最後の日々を過ごすひとは、じつは幸せなのかもしれない、って。自分の生きてきた意味や、死んでいく意味について、ちゃんと考えることができますよね。あとにのこされるひとのほうも、そうじゃないですか?
「でも、どんなに考えても答えは出ないんですけどね」
」(「その日のあとで」p.343)

余命を告げられるガンは、ある意味で幸せな死に方かもしれない。私も、そんなことを考えたことがあります。人はある日、事故で突然に亡くなってしまうこともありますし、心臓発作や脳出血などで短時間で亡くなってしまうことも。そういうことと比べると、死を見つめられる方が幸せなのかもしれません。

もちろん、どっちが良くてどっちが悪いかなど、見方の問題であることは明らかです。私の母も、数年介護を受け、思い通りにならない身体を持て余し、その末に亡くなりました。まだ意識がはっきりしている中で、身体が自由に動かないことは、不幸だったかもしれません。しかし、完全にボケてしまって徘徊し、他人に迷惑を掛けてもそのことすらわからない方と比べれば、どっちが良いのか・・・。


この7つの短編小説は、実はほぼ同じ時期に生きた人々が、微妙な接点を持ってつながっている設定になっています。生まれた人は必ず死ぬ。そして、それぞれにそれぞれの死がある。死んでいく人の思い、その人を見つめながら残された人の思い、そういう人々の心の中を描いた作品なのです。

昔は、人の死が普通にありました。祖父母との同居や、自宅で終末を迎える人が多かったからです。私も祖父母と同居している時、その死に立ち会いました。しかし最近は、どこか遠くで亡くなってしまうという感じで、死と向き合うことが少ないように思います。こういう小説を読むことは、自分や身近な人の死を考える上で有用なことかもしれませんね。

その日のまえに
 
タグ:重松清 小説
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 08:13 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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