2017年09月17日

響き渡るシベリア杉



前に紹介した「アナスタシア」の続編で、「響き渡るシベリア杉シリーズ2」になります。著者はウラジーミル・メグレ氏、翻訳は水木綾子さん、監修は岩砂晶子さんです。前回が、シベリアのタイガでアナスタシアと過ごした3日間を書いたものになりますが、これは、その後のことや、その中で思い出した3日間の中での追加情報が書かれています。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

人間は創造主の子ども。すべての親がそうであるように、創造主はご自身がもつものより多くを子に与えたいと願われた。人間にすべてを与えられたうえに、さらにもうひとつ、選択する自由を与えられた。人間は自身の意識の力で世界を創り、完成させることができる。」(p.12)

これはアナスタシアの言葉です。こういうところは、実に本質的だと感じるのですがね。


神は誰をも罰しないし、大災害など必要としない。
 神は愛よ。でも創造の初めから計画され、創られていたことがある。人間が真理の本質に目覚めないまま、ある限界に達したとき。人間の中に現れる闇の原理が臨界点に達したとき。
 そのとき、総体的な自己壊滅を回避するために、地球の大災害は、多くの人間の生命を奪って、有害で人工的な生活システムを破壊する。大災害は生きて残された者たちへの教訓となる。
」(p.74)

これもアナスタシアの言葉です。つまり、神は愛だが、人間がサタンにそそのかされて神から離れて行けば、大災害によって多くの生命を奪い、それが残された者への教訓ともなって、再び神の側に帰ってくる、と言いたいのでしょうね。

こういう部分を読むと、イマイチだなと感じます。これでは、ノアの箱舟やバベルの塔と同じ理屈ではありませんか。「神との対話」では、こういう部分の矛盾を鋭く指摘しています。神が愛だと言いながら、人間が従わなければ罰するというなら、それは本当に愛でしょうか?

そうだ、もっといいのは、きみの本に私がダーチュニクのことを書いて、政府や国会に電報を送るよう読者に頼むんだ。『われわれはあなたがたに、”ダーチュニクと全地球の日”を制定することを求める』って。ところで、それをいつにするんだい?」
「七月二十三日」
」(p.92)

地球改革の第一歩として、ダーチュニクというロシアの小菜園主たちを称える銅像を建てるとか、祝日を作るというプランを、ウラジーミル氏とアナスタシアは話します。そして、7月23日がウラジーミル氏の誕生日だからという理由で、アナスタシアはこの日をダーチュニクの祝日にするのがよいと言ったのです。

もし、これが本当で、アナスタシアにそれだけの力があり、この本がロシアに影響を与えてるとするなら、もうとっくに祝日になっているはずですよね? ウラジーミル氏がアナスタシアと会ったのは1995年、本の出版は翌年です。少なくとも20年経過しているのですから。しかし、調べてみた限り、ロシアの祝日に7月23日は含まれていないようです。


私はひとつひとつの言葉の奥に、たくさんの行事と喜びに満ちた情景を再現した。だから、それらはすべて現実になる。そもそも、思考と言葉は、偉大なる創造主がもつ主要な道具で、体をもった全創造物の中で、人間だけがこの道具を与えられている」(p.100)

アナスタシアはこう言って、ダーチュニクの祝日が現実になると言います。多くの人々の思考や言葉が現実にならないのは、魂と切り離されているからだとも言っています。これが本当だとすると、どうしてまだ祝日が現実になっていないのでしょう?

思考や言葉が現実を創造することは、多くの人が言っています。「神との対話」でもそう書かれています。ですから、特に目新しいことではありません。ただ、その使い方を充分に理解しているアナスタシアが、祝日でさえ簡単に実現するとするなら、どうしてウラジーミル氏の協力を必要とするのでしょう? それに、とっくに地球を救うこともできているし、ロシアのチェチェン紛争も起きなかったのではないでしょうか。こういうところが、論理的にちぐはぐな感じがします。


基本的な情報はすべて、確実に人間の内に備えられているのよ、ウラジーミル。ひとりひとりの内に、最初から、人間は誕生の瞬間にそれを与えられる。腕や脚や心臓や髪の毛と同じように。世界中の教えや発見のすべては、この源からのみ生まれたもの。」(p.169)

アナスタシアの言葉です。これもよく言われていることですね。叡智は内から湧き上がってくるもの。だから外に求めるのではなく、内に求めなさいと。


「彼女はきみを選んだわけじゃないのだよ、ウラジーミル。今は役に立たなくなってしまって誰も必要としないものを拾うように、彼女はきみを拾いあげたのだよ。われわれもすぐにはそれがわからなかった。傷ついたかな?」
「まったく同感とは言い難いです。私には家族、妻と娘がいましたし、私のビジネスも順調でした。特別すぐれたところはないにしても、乞食や、誰にも必要とされず見捨てられた人のように、拾いあげてもらわなければならないほどひどい状況ではありません
」」(p.194)

これは、出版後にアナスタシアの祖父とウラジーミル氏が再会した時の会話です。このあと祖父は、実態はもう崩壊寸前で、崩壊したのも同様だったと断定します。ウラジーミル氏は、それが何の関係があるのか、彼女にどんな計算があったと言うのかと迫ります。

それに対して祖父は、「彼女はただ単純にきみを愛するようになったのだよ」と答えます。するとウラジーミル氏は、単なる思いつきで拾いあげたと言うのかと食い付きます。しかし祖父は、そうではないと言うものの、わかりやすい説明は避けます。そして、アナスタシアの「愛はきみの奥さんの愛情と娘さんの尊敬を取り戻すようになるよ」と謎の言葉を投げかけるのです。

これについて、ウラジーミル氏は何も言及しません。私にはさっぱりですが、彼には疑問に感じることもなかったのでしょうか? ここのやり取りの意味は、私にはよくわかりません。

ただ、ここではっきりしたことがあります。彼は妻子ある状態でアナスタシアと会い、セックスしたのです。男の子が欲しいという思いにとらわれながら。おそらくアナスタシアも、彼に妻子があることはわかっていたのでしょう。私は、浮気や不倫を「悪い」とは思いませんが、このことに対してまったく言及がないというのは、どう考えたら良いのでしょう?


私の孫娘がきみに開示した最初の秘密を明らかにしなさい。杉の実からどのようにして癒しのオイルがとれるかを本に書きなさい。何も隠してはいけない」(p.237)

これも祖父の言葉です。シベリア杉のオイルを特別な方法で抽出すると、それは万病に効くのだそうです。その抽出方法については、この後、実に抽象的な表現で書かれています。まったく科学的でない方法です。

しかし、だからと言って、それが間違っているとは言えません。可能性に扉を開いておくべきだと、私は思いますから。ただ、本の出版から20年経って、ロシアから病気の大半がなくなったとか、驚異的な生存率を示したなどという話は聞こえてきません。日本で万病に効く杉オイルが大ヒットしているという話も聞きません。これは、何を物語っているのでしょうか?


この本のアマゾンレビューを見ると、現時点で27件のレビューで平均4.7点となっています。悪いレビューでも星3つが2件です。これを読んだ人は、いったいどこに感動したのでしょう? おそらく、私とは感性が違うのだろうと思うしかありません。

メモや録音もせずにアナスタシアや祖父との会話を逐一記憶し、後からまるでその場にいるかのように再現できるウラジーミル氏の能力は、それが本物であるなら、ものすごいものだと思います。そして、肝心なところで話をごまかしてしまうアナスタシアや祖父の能力か、あるいはそのように書けるウラジーミル氏の文章力も、並大抵ではないかと。

私は今のところ、このシリーズにそれほど高い評価はしていません。肝心なことは何もわからないままですから。ただ、他の方が高く評価しているということは、本当なのでしょう。通常、私が評価しない本はこうやって紹介しないのですが、まだ私自身の中にもはっきりしない部分もあるので、現時点での評価とともに紹介しておきます。

響き渡るシベリア杉
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 20:24 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

●コメントを書く前に、こちらのコメント掲載の指針をお読みください。

ランキングに登録しています。面白かったらボタンをポチッと押してね。
↓↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ

スポンサーリンク