2017年03月24日

レイキの教科書



レイキにとっては非常に重要とされるシンボルとマントラを、本で公開したことで話題となった本を読みました。これはある意味で、レイキ界への反逆みたいなことですから。

著者は青木克行氏。オーラレイキアカデミーの校長だそうです。監修は青木勇一郎氏。オーラレイキアカデミーの理事長です。2人は兄弟です。

シンボルとマントラを公開するなんて、いったいどういう了見なのだろう? そういう、ある意味で不審感から興味を持ち、この本を買ってみました。読んでみて、「これはちょっと…」と感じる部分も多々あったのですが、レイキを極めるという姿勢に対しては共感しました


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

今まで、エネルギーを感じることができた人でも、「感じられるだろうか?」と自信がない人の真似をしながら感じようとすると、感じにくくなると思います。」(p.60)

「感じられる」と信じてやってみるから感じられる、ということはあると思います。逆に言えば、「感じられらないのでは?」と疑いながらやれば、感じられないということですね。

オーラレイキでは、まず気やオーラを感じることを重視しています。それによって、どうすれば気が出るのか、オーラが整うのか、その前にオーラはあるのか、チャクラはどうなのかなど、自分で感じられるからです。

こういうことは、たしかに重要なのだろうと思います。特に多くの西洋レイキが、感じることを重視しない姿勢があるため、せっかくのレイキが有効に使われないことが多いですから。


オーラレイキでは、エネルギーを感じられるようになる4つの方法を紹介しています。それは、「背筋を伸ばす」「グーパーする」「両手を擦る」「自信を持つ」です。先ほど紹介したのは、この中の「自信を持つ」という項に書かれていた文です。

これらの方法は、基礎エネルギー量を高めるものだと青木氏は言います。基礎エネルギー量が増えれば、エネルギーを感じられるというのです。

そしてさらに、エネルギーが感じられるようになるための極意を説明します。

それは【ゆるむ(弛緩する)】ことです。」(p.62)

これは小林正観さんも、超能力を使えるようになるための極意として紹介しています。それにレイキでも、委ねるとか力を抜くなどの言葉で、同じことを求めています。

そこで、硬くなった心と身体を【緩める】方法をお伝えします。それは【揺する】ことです。イライラしている時や、緊張している時には、ひたすら揺すってみてください。」(p.62)

ボイストレーニングでも身体を揺する方法を取り入れています。揺すったり、揺れたりすることは、気を出すのにも良さそうです。


多くのレイキでは、ひたすら手当てを続けることを指導されますが、臼井霊気療法学会編「霊気療法のしおり」には、『精神の修養を積むこと』と第4章で説明する『霊授を受けること』が、たくさんレイキを受け取る方法だと書かれています。つまり、臼井先生は手当てではなく、この二つを続けることで宇宙の根源と繋がる回路が開かれ、エネルギーの量が増えると考えていました。」(p.93)

青木氏は、レイキの目的は「手当て」ではなく安心立命の悟りだと言います。そんな資料はどこにもないので、青木氏がどこからその情報を得たのかは疑問です。

そして、「霊気療法のしおり」に上記のように書いてあると言います。たしかに、レイキを強くする方法として、この2つが挙げられています。(p.36 - 42)

しかし、手当ての実践を奨励していることも事実で、これはいわば車の両輪のようにも思います。五戒にしたがって生きることが精神修養であり、手当ての実践ですから。霊授を受けるだけで良いのなら、レイキの実践など不要だと思われます。


【五戒】を、潜在意識にインプットして、より高い自分を創るためのツールとして使うとしたら、【怒るな・心配するな】と唱えるよりも、日本一の高額納税者の斎藤一人さんが推奨されている天国言葉【ツイテル・うれしい・楽しい・感謝してます・幸せ・ありがとう・許します】などに変えて使った方が、ストレートに潜在意識に入りやすく、より効果的に【五戒】を実践することになるのではないでしょうか。」(p.100)

これは一理あると思います。おそらく「五戒」は、潜在意識のことを考えたものではなく、単に戒めなのでしょう。怒ってしまった時、「あーそうだ、怒ってはいけないのだった。」と自分を戒める。そのためのものだと思います。


霊気は、手当てを入り口として悟り(安心立命)の境地に至ることが目的だと伝えられています。では、手当てと安心立命の接点は、なんだと思いますか? 色々な解釈ができると思いますが、

 一つは、ゼロの状態になることではないでしょうか?

 霊気では手当てをやる際に、治そうという意識や意念は持たずに、ただ霊気を中継するパイプになることが求められています。つまり、ただ、淡々と手当てを続け、結果は全て宇宙の流れに委ねるということです。これは、思い通りになってもならなくても、必要なものは、必要な時に与えられるという、絶対の信頼を生み出すトレーニングと心のクリアリングをしているということではないでしょうか?
 つまり手当ては、【発霊法】や【瞑想】を兼ねているとも言えます。
」(p.245 - 246)

ここでも、目的は安心立命であり、手当ては手段にすぎないというような書き方がされています。私は、何もこのように分ける必要はないと思っています。手当てが悟りへの道であるとしても、悟りは手当てへの道でもあると思います。


ただし、身体を通したエネルギーには質と流れの影響があるので、回路を開いていない人や、クリアリングしていない人は、相手に粗いエネルギーを流してしまうことになります。また流れの法則を知らなければ、手当をすることでエネルギーを逆流させてしまい、敏感な人は息苦しく感じることもあります。これも、自分たちで、エネルギーの流れを感じて判ったことなので、知らない人も多いと思います。」(p.247)

臼井甕男氏林忠次郎氏高田ハワヨ氏などはレイキの回路が開いていると、写真をチェックすればわかると青木氏は言います。しかし、多くのレイキヒーラーは、回路が開いていないのだと。

つまり青木氏は、アチューンメントではレイキの回路は開かないと言い切ります。その一方で、レイキを習うなら回路が開いているマスターを選ぶべきだと。そうしたないと、自分の回路を開かせることができないからです。このことは、非常に矛盾を感じます。

それなら、高田ハワヨ氏から弟子へは、どうやってレイキが伝わったのでしょう? 高田氏は、正しい霊授を教えなかったのか、それとも弟子たちが間違えて覚えてしまったのでしょうか?

また、レイキをすることで様々な効果が出ていますが、回路が開いていないから思い込みにすぎないとか、暗示効果だと断定しているのも疑問です。もし、科学的に極めようとするなら、ひょっとしたら何かあるのかもしれないという態度を持ち続けることは、必要なことではないかと思うからです。


また青木氏は、臼井氏より林氏、高田氏の方が、多くの回路が開いていると言います。それもご自身でエネルギーをチェックしたからわかるのだと。そこから、第4シンボル(マスターシンボル)は林氏が考案したものではないかと推測しています。臼井氏より高いレベルに登ったのだと。

これにも疑問があります。もし林氏が考案したのなら、どうしてそれが直傳靈氣山口千代子氏へ伝わらなかったのでしょう? 山口氏は、高田氏とほぼ同じ時期に林氏からレイキを習っています。また、そんな高みに登った林氏が、どうして自殺されたのでしょうね?


青木氏が感じたエネルギーを否定するつもりはありませんが、それは青木氏の感覚であって、普遍的なものかどうか何とも言えないという気がします。同じものを見ても「面白い」と言う人もいれば「つまらない」と言う人もいますから。

それともう1つ危うさを感じるのは、すべて青木氏の感覚の中に正解があって、それが誰の目にも明らかなものではないからです。青木氏は、こうすれば誰にもわかるというような説明をしていますが、感覚は微妙で、必ずしも同じとは言えないと思います。したがって、青木氏が「白」と言えば、お弟子さんはみな「白」と言わざるを得ないでしょう。

そして、もし誰にでもわかる感覚なのであれば、少なくとも直傳靈氣で病腺を感じられる人なら、みなわかるはずです。そんなに簡単にわかることが、どうして怪しまれずにいられるでしょうか?


この本では、レイキのシンボルとマントラを公開しています。しかしその内容は、必ずしも一般的な西洋レイキのものでもないし、直傳靈氣の印と呪文とはまったく違っています。使い方の一部は聞いて知っておられるようですが、どこまで体験した上でのことなのか、疑問に思いました。

ただし、青木氏が独自にレイキなどのエネルギーを調べ、実験を繰り返しながら独自の手法にたどり着いたことは、素晴らしいことだと思います。ただそのことを強調するがあまり、他を否定する表現が多いことが、少し残念なように感じます。むしろ過去のレイキとは距離を置いて、新しいエネルギーワークとされた方が良かったのではないかと思うくらいです。


遠隔ヒーリングとは、目の前にいない人をヒーリングする手法のことです。例えば日本にいながら、ハワイにいる人をヒーリングすることができます。レイキで初めて遠隔ヒーリングを体験した人は、第三シンボルを使わないと遠隔ができないと思い込んでしまいがちですが、実はこのシンボルやマントラを使わなくても遠隔ヒーリングはできます。遠隔能力は、本来誰でも持っているものですが、自分にはできないという制限から、今まで使っていなかった能力の一つだからです。」(p.356)

これは私も同意します。ただ、もしそうなら、どうして遠隔だけが「本来誰でも持っているもの」なのでしょう? レイキの能力だって、そうではないのでしょうか? 回路が開いているか閉じているかと、1か0かで論じることに違和感を覚えます。


少々辛口の論評になりましたが、レイキを極めたいという青木氏の真摯な態度には共感しています。だからこの分厚い本を、最後まで読んだのですから。

私は、あまり盲信するタイプではありません。少なくとも話に筋が通っていると感じないと、信じてみようとは思いません。そして、信じてやってみるとしても、どこかに「他に何かあるかもしれない」という心を持つようにしています。それが盲信から救ってくれるからです。

私は今、レイキを信じて実践しています。それは自分の手や体で感じるものがあり、また、五戒やレイキの仕方が、実に本質的だと理論的にわかるからです。これを続けることで何か違和感を覚え、青木氏が感じたようなものを感じるようになるのかもしれません。

ただ今の私は、病腺は感じられても、レイキの回路が開いているかどうかなどということはわかりません。ですので、この本のことは頭の片隅に置きつつ、レイキの実践を続けようと思います。

レイキの教科書
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:30 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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