ひすいこたろうさんの新刊を買って読みました。この本は、フェス「旅祭」のオーガナイザー、滝本洋平(たきもと・ようへい)さんとの共著になっています。
長いタイトルですが、興味を惹かれますよね。そう言われれば確かにジョブズ氏は、いつも同じ格好でした。まさか洗濯とか入浴が嫌いな無精者というわけでもないでしょうに。
そして、そのこととと幸せとにどういう関係があるのでしょう?「真の幸せを生きるためのマイルール28」というサブタイトルにもあるように、この本は著名人のマイルールを紹介するものになっています。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。本当はすべてのマイルールを紹介したいくらいですが、さすがにそれは無理なので、ほんの一部を紹介しますね。
ジョブズ氏のマイルールは、大切なもののために大切でないものをやめる、ということから来ていました。服を選ぶことは、彼にとってはどうでもいいこと。だから、最初からスタイルを決めてしまったのです。
このマイルールを、ひすいさんは「美学」だと言います。自分らしさとも言えますね。なんだか最初からワクワクする内容です。
矢沢永吉さんは、自分とYAZAWAを区別していたそうです。
「ただYAZAWAがなんて言うかな?」(p.32)
自分はYAZAWAという人物を演じているだけ。物語の主人公であるYAZAWAを客観的に観ていたのです。
矢沢さんと言えば、親しい仲間に騙されて35億円の負債を背負ったことがありました。それを6年間で返済したのです。負債を負った時、矢沢さんはこう考えたそうです。
「「これは映画だと思えばいいや」
35億円はYAZAWAに返せない金額ではない。
YAZAWA、お前ならやれる!
これは俺が主演の映画だ。」(p.35)
これは、矢沢さんだけの話ではありません。一人ひとりみなそうなのです。全員が、自分を主人公とする物語を演じているのです。
「なぜ、つらいことがあなたの身に起きるのかわかりますか?
そう。あなたが主人公だからです。」(p.38)
自分が主役というドラマをどんなふうに演じるのか。それを決めるのは自分自身なのです。
私は寡聞にして存じ上げなかったのですが、著作累計200万部を超えるベストセラー作家であり、超自由人である高橋歩(たかはし・あゆむ)さんのことが取り上げられていました。あまりにすごい方だとわかったので、すぐにネットで本を3冊注文したくらいです。
高橋さんは、何か事業を立ち上げては知人に譲り、また自分は一から新しいことを始めるという人です。さらに、思い立ってすぐに世界旅行へ何ヶ月も出かける。子どもが小学校より世界旅行へ行きたいと言えば、一緒に連れて行く。そんな人です。
高橋さんが、どうしてそういう人に育ったのか。そのルーツを母親のマイルールに求めています。お母さんは毎日、「今日はなんかいいことあった?」と高橋少年に尋ねたのだそうです。それに答えたくて、高橋少年は「いいこと」を探すようになったのだとか。
その高橋さんが滝本さんに自分の夢を語ったことがあったそうです。
「世界は広いし、楽しいこともいっぱいあるけど、俺の人生最大の夢、それは、すごくシンプルだよ。『妻であるさやかにとってのヒーローであり続けること』。それだけだね」(p.68)
愛する人に「かっこいい」と思われるかどうか。それだけが行動指針なのです。これもまた、美しさを追い求める生き方ですね。
その高橋さんの奥さんであるさやかさんも、実は並大抵の人ではありませんでした。結婚式の3日後には無期限の世界一周ハネムーンに出かけ、モンゴルでは遊牧民の移動式住居「ゲル」で一緒に生活する。言葉もわからず、電気も水道もない生活。普通なら耐えられなくなりそうですよね?
なぜさやかさんは、そんな自由過ぎる高橋さんについていくのか?なぜついていけるのか?それは、高橋さんとの出会いの時に理由がありました。まだ19歳の専門学校生の時、大学生の高橋さんと出会いました。何度か2人で会うようになったころ、高橋さんから夢は何かと尋ねられます。その時、さやかさんはこう答えました。
「知りあって3回目くらいで言うのはなんだけど……。あえて言えば、わたしの夢は、あゆむクンの妻を極めることだと思う」(p.81)
まだ付き合い始める前の告白です。さやかさんは、結果がどうかに関係なく、自分がどうしたいかで決めたのです。勇気を出したのではなく、覚悟を決めたのです。だから、何が起ころうともついて行けたのだと思います。
マイルールには、互いに矛盾することもあります。たとえば、嫌いな人とは会わないという星野リゾートの星野佳路社長もいれば、あえて嫌いな人と会うという作詞家の秋元康さんのような方もおられます。スピルバーグ監督のようにラストシーン(目標)を先に明確に描くという人もいれば、カーネル・サンダース氏のように最終的な結果にはこだわらずに「惜しみなく人のためにお金を使う」という行為に徹する人もいます。
どのマイルールが正しいかではなく、どの生き方が自分にとって美しいかなのです。損得で考えるのではなく、そうすることが美しいと感じるかどうかが重要なのです。
タイガー・ウッズ氏の有名なエピソードも載っていました。2005年のアメリカン・エキスプレス選手権最終日。プレーオフで先にパットを沈めたタイガーは、ライバルのジョンのパットを待っていました。その時タイガーは、「ジョン、入れろ!」と心の中で祈っていたのです。
その祈りがどれだけ真剣だったか、ジョンのパットが外れた瞬間にわかりました。タイガーは、なんとも言えない悲しい表情を見せたのです。自分が優勝したにも関わらず。
ただ勝てばいいのではない。美しくなければ意味がない。最高の力を互いに出し合って、その上で自分が勝とうとする。それがタイガーの美学だったのです。
「すべての戦争は、「私が正しい。あなたが間違っている」とお互いに思っているからこそ置きています。正しさを基準にする限り、そこには永遠に争いがあります。
だから、美しいか美しくないかを基準にして、どんな相手にも、そこに聖なるものを見出だせたら、きっと、そこにあるのは人類初の世界平和です。
正しさで争う時代を終わらせて、美しさで魅せ合う時代を僕らはつくっていく使命があると思っています。
古代日本人が大事にしてきたその感性を、今こそ復活させるときだと思います。」(p.230)
古事記には、八百万の神々のことが書かれています。その中には、ウンコ、オシッコ、ゲロといったものにさえ、神様がいると書かれています。あらゆるものに聖なるものを見た日本人の感性ですね。
その日本の縄文時代には、人と人が争った形跡がないのだそうです。1万年以上も。狩りのための道具はあっても、闘うための武器が存在しないのだとか。その代わりに装飾がたくさんあり、おしゃれを楽しんでいたようです。
そんな日本人に伝えられてきたのが神道です。世界で唯一、教えのない宗教。宗教とも言えない宗教ですが、教えがないからこそ、正誤、正邪で裁くことがありません。その代わりに、美しいかどうかが行動指針だったのです。
イエス・キリストと孔子についても、マイルールを取り上げていました。黄金律(ゴールデン・ルール)と呼ばれるものです。孔子は一言で重要なルールを言うとするなら、それは「恕(じょ)」だと言っています。
「「自分がされたくないことは人にしてはならない、それが恕だ」と。」(p.235)
そしてイエスは、山上の垂訓で重要な教えをこう言いました。
「「自分がしてほしいことを相手にしなさい」です。」(p.236)
つまり、自分を愛するのと同じように他人を愛しなさい、ということです。自分と他人を同一視しなさい、ということでもあります。
私たちは元々分離した存在ではなく、本質的に「ひとつのもの」です。同じ木の別々の葉に過ぎないのです。
「僕らは
「Alone」(ひとりぼっち)じゃないんです。
「All one」(すべてひとつ)なんです。
だから、相手にしてあげることは、自分にしていることとイコールなのです。
わたしはあなた。
あなたはわたし。」(p.242)
ついにひすいさんも、スピリチュアルな世界に来てしまったか、という感じですね。(笑)けれども、すべての行き着く先がここにあるのだとも感じています。量子物理学も心理学も、すべてがここに。
最後にひすいさんは、「神との対話」のことも紹介されています。そして、すべての背後に愛があることを言われています。
いろいろなマイルールがありますが、それはすべて自分が美しく生きるために、自分が自分に課したもの。自分を美しく輝かせる以上に楽しいことはありませんからね。
この本を読むと、生きるのがラクに感じられるようになります。そして、自分のマイルールを持ちたくなるでしょう。
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