2016年12月25日
聖の青春
Facebookの友人の紹介で、この本を買いました。私自身、将棋が大好きだったこともあり、興味を覚えたのです。と言っても、最近は自分で将棋を指すこともなく、将棋界のことにも疎くなっていました。せいぜい、PCのゲームで将棋をするくらいだったのです。
なので、「村山聖」という名前に、まったく記憶がありませんでした。羽生善治さんのことは、もちろん知っていましたが。彼と争うほどの天才棋士のことは、まったく知らなかったのです。
本はネットで購入しましたが、受け取るまでには時間がかかりました。タイに住んでいるので、実家に届いても、すぐには受け取れなかったのです。今月、東京に行く機会があり、ホテルに本などを送ってもらいました。それでやっとこの本を受け取ることができました。
その東京滞在中に、映画を観る機会がありました。お目当ては「海賊とよばれた男」でしたが、その映画館の上映一覧の中に「聖の青春」があることに気づきました。朝一番の1回だけの上映でしたが、私は迷わずそれを観ることにしました。
映画を観て、私は初めてタイトルの「聖の青春」にある「聖」が「さとし」だと知りました。窓口でチケットを買う時、「ひじりのせいしゅん」と言ったくらいですから。それほど、何も知らずに観たのです。
映画では、奔放に生きながらも、将棋への熱い思いを心に燃やす青年が描かれていました。ただ、それにしては不摂生だなと感じたことも事実です。
タイに戻ってから、小説を読みました。そして、「小説の方が映画より10倍も素晴らしい」と言っていた友人の言葉を思い出しました。まさに、その通りだと感じたからです。著者は大崎善生(おおさき・よしお)氏。今は作家のようですが、村山さんが活躍されていたころは、将棋連盟の雑誌編集をされていたようです。
ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。と言ってもこれは物語ですから、ネタバレしないように、ごく一部に留めます。
奨励会に入りたいという聖さんを、両親は止めようとします。なかなか納得しないので、親族会議を開いて、そこで親族全員からの反対を取り付けて、阻止する作戦に出ました。
親族会議では、両親の思惑通りに話が進みます。しかし、終盤の起死回生の一手を放つことで、聖さんは自分の思いを成し遂げます。
「と、そのとき、
「いかせてくれ」と聖が皆の前で頭を下げた。
「頼みます。僕を大阪にいかせてください」
しかし、そう言ってもなあ、健康が一番だからなあ、というようなことを誰かが言った。
そのとき、聖はひるむことなく教師をしている大人たちの前でこう言い放った。
「いかせてくれ」
そしてつづけた。
「谷川を倒すには、いま、いまいくしかないんじゃ」
それは、魂の根源からしぼり出されたような純粋な叫びだった。」(p.70 - 71)
ネフローゼという難病と闘いながら、それでも名人を目指したいという彼の執念が、大人たちの気持ちを変えたのです。
彼が大阪で暮らすようになって、母親のトミコさんはしばしば大阪を訪れました。そのとき、彼とこんな会話をしたそうです。
「「母さん、淀川で昨日人が溺れて死んだって新聞に出ていた」
「まあ」
「でも誰も助けにいかんかったそうじゃ」
「泳げる人がおらんかったんでしょう」
「母さんなぜそんなこと言うの?」
「えっ?」
「僕だったら助けに飛び込んだ」
「だって、聖泳げないでしょう」
「泳げなくても、僕は飛び込んだ」」(p.154)
自分の命がいつどうなるかわからないという状況だからこそ、命への優しい思いやりが聖さんの中で育っていったのでしょう。
彼は、髪や髭、爪などをなかなか切らなかったそうです。伸びるには意味があるのだから、切るのは「かわいそうだ」と言うのです。
「C級1組に昇級した18歳の村山がまずはじめたことは、日本フォスター・プラン協会というボランティアへの寄付活動であった。東南アジアやアフリカの環境の厳しい国に暮らし、何らかの理由で親と別れ孤児になってしまった子供たちに毎月仕送りをして、金銭的な親代わりになろうというものである。」(p.189)
私も、このNGOに寄付をしていたので、彼の気持ちがよくわかります。弱い者へのいたわり。そうせざるを得ない気持ち。彼が本当に優しかったことを物語るエピソードです。
本の最後に、お父さんの手記がありました。その中で、聖さんのメモを披露しておられます。
「人間は悲しみ、苦しむために生まれた。
それが人間の宿命であり、幸せだ。
僕は、死んでも、
もう一度人間に生まれたい。」(p.417 - 418)
先日紹介したビクトール・フランクル氏も、同じようなことを言われていましたね。苦しむことに意味があるのだと。
小説を読んでみて、映画がいかに表層的だったかがわかりました。駆け足で流れるエピソードの背景に、もっともっと深い世界があった。そのことがよくわかったのです。
映画を観られた方も、ぜひ小説を読まれることをお勧めします。生きるとはどういうことなのか、深く考えさせられる内容です。
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