2016年09月29日

いまこそ、感性は力



芳村思風(よしむら・しふう)さん行徳哲男(ぎょうとく・てつお)さんの対談本を読みました。おそらく雑誌「致知」のFacebookで紹介されていたのかと思います。

私も以前は、「致知」を購読していたので、お二人の記事は何度も読んだことがあります。しかし、「感性」という言葉には、いまいちピンと来るものがありませんでした。でも、だからこそ読んでみたいと思ったのかもしれません。


ではさっそく、一部を引用しながら本の内容を紹介しましょう。

感性こそ盲目社会(一寸先は真っ暗闇)を生き抜く最強の力であり、人間に希望と勇気を与える最高の力である。」(p.2)

冒頭でこのように言って、「感性」こそが重要なのだと訴えます。


考え方に支配されれば、詮(せん)ずるところ理性の奴隷となって、血の通ったあたたかな心が消えてしまうんですね。人間性が破壊されて、人間的な心情を持った生き方ができなくなってしまう。極端になると、真理のためには人を殺してもいいという心情になってしまうわけです。そこに理性の恐ろしさがある。」(p.28 - 29)

「感性」というのは、「理性」に対抗する「感じる心」であり、「情」だということです。そして理性は「正しさ」を追求するために、時として人を殺すことになってしまうのです。

いま、ようやく人類は理性の恐ろしさに目覚め始めていると思うんです。一方で感性の必要性に気づき始めている。行徳先生の言われたように、人間のちょっとした心の機微にふれて感性が通い合うと、人間同士のあらゆる対立を一瞬にして乗り越えることができる。そういう力が感性にはあるんです。」(p.33)

「感性」は人間同士の対立を乗り越えられる。これが「感性」の力だと言います。


感動できない人間、つまり感性が鈍くなった人間は自分が自分に帰れないわけですから、あとは彷徨(さまよ)うだけです。いまは人類全体がこの感性の鈍さによって彷徨っている状況でしょう。その状態がアイデンティティー・クライシスです。」(p.43)

感動できるということは、感性が磨かれている証拠なのですね。感動が少ない人が多いことが、人類を危機に陥れるのです。

理性で考えた理想や目標は命に苦しみを与えます。だけど命から湧いてくる欲求に基づいて抱いた理想や目標は命を喜ばせます。」(p.46)

「すべきこと」ではなく、「したいこと」で動く。これが感性だと言います。そうだとすると、感性というのはワクワクのことではないかと思いました。


人間は本当の自分を確認したがるものですよ。そして、本当の自分に戻れば、自分がいとおしくてしょうがなくなる。そういう人間は、やってはいけないこと、やっていいことをセルフコントロールできるようになるものです。自尊自制といいますかね。
 だから、わがまま、何でも好き勝手にするのは感性の働きとはいえない。感情と感性は明確に違います。感情は成熟しない限り感性とはなりません。
」(p.49 - 50)

「自由」とは言っても、「好き勝手」ではなく「自分らしさ」ということなのだと思います。つまり、「エゴ」の働きではなく、魂の「想い」という感じでしょうか。


長いこと山にこもっている私から見ると、現代人は確かにわがままになっている。ただ、わがままは「我(われ)がまま」になるための通過点です。わがままを通そうとすればいろいろなところに頭をぶつけます。それを繰り返して我(われ)がままになれ、と私は言っているんですけどね。」(p.55)

他人に従っているだけの自分のない生き方から、まずは我を通す「わがまま」な生き方にシフトする。しかし、それは通過点に過ぎないのです。そこを通ることによって、本当の意味での自分らしく生きられるようになるのです。


人間が最も不健全で異常な状態とは何かといえば、それは狂えないということですよ。現代人は冷めてしかものを見ることができなくなっています。だから狂えないし、不健全、不自然になってしまっている。狂の中にいる時、人間は一番自分が自分に帰属しているんです。」(p.72)

「狂う」というのは、バカになること。つまり、自分で制限している他人の価値観を廃し、本当の自分の想いで生きることです。昔の人は「狂」に価値を感じていましたが、最近はどうなのでしょうね。


感動するのも大事ですけれど、これは自然の働きであり、受け身の姿勢です。もちろん、感性が鈍れば感動もできないことになりますけど、感動させる力を持ってこそ実力なんですよね。」(p.96 - 97)

感動する力は重要ですが、感動させる力の方がもっと重要だと言うことです。特にリーダーには、他人を感動させて動かす力が必要だと言います。


まず、これから世界が目指すものは大きく分けて三つあります。

 一つ目は、戦争なき世界、平和な世界をつくっていくこと。
 二つ目は、人類の人間性をもう一次元高いレベルに進化させること。
 三つ目は、個性の時代をつくっていくこと。

 この三つの人類の課題に対して、応え得るだけの指導力を発揮できる民族は日本人だけです。だから、日本はこれから世界の指導者になっていくことになる。
」(p.102 - 103)

被爆国であること、和の精神を持っていることが、その理由だと言います。日本人の精神性の高さ、有色人種として最初に西洋列強と肩を並べた国であることも、こういう使命を持っている民族だと言えるのではないでしょうか。

政治も経済もあらゆる活動は全部、人間を本物に鍛えるための手段だという「道の思想」をこれから人類に教えていくことによって、日本は全人類の人間性をもう一段高いレベルに進化させるという課題に応えることができるのです。」(p.114)

単に美味しいお茶を飲むのではなく、茶道というものを作る。単に闘う技術を身に着けるのではなく、柔道や剣道というものを作る。すべてがであり、自分を鍛えて進化成長させるものという見方を、私たち日本人はしているのです。


現代人は苦しみから逃げすぎていますよ。苦しみから逃げるから、苦しみに追い掛けられるんです。大体、理性型の人間ですよ、逃げるのは。何かと言い訳をつくる。言い訳が多すぎます。
 感性型の人間は相手に同化しますから、苦しくなったら苦しみます。悲しかったら思い切り泣けばいい、死ぬ時は死ねばいいんですよ。
」(p.131)

あるがままを受け入れること。運命を否定せず、それを一旦受け入れて、そこからスタートするのです。


感性というのはもともと包括の哲学ですからね。包容する力なんです。理性は分けていくんですね。客体化して、細分化してしまう。」(p.168)

これは良い、あれは悪いと切り分けるのではなく、すべてを丸ごと受け入れる。理性は分離の働きであり、感性は統合の働きだと言います。


そういう感性の共振作用という働きは、喜怒哀楽を味わいつくさないと育たないものです。」(p.168)

喜怒哀楽を味わうことで、他人に共感できるようになります。様々な体験をするとともに、その感情をしっかりと味わうことが重要なのです。


最初、「感性」という言葉の意味がピンと来なかったのですが、本を読んでいるうちに、これは「ワクワク」のことであり、「自分らしさ」なのだと感じてきました。

対比される「理性」とは、他人の価値観です。自分が体験したものではなく、他人が言ったことを無批判に受け入れ、自分を押し殺すことなのだと思います。

これからは「感性」の時代だと言います。世界のリーダー的存在として日本人が使命を果たすには、一人ひとりが感性的な生き方をする必要があるのかもしれません。

いまこそ、感性は力
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 11:01 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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