2016年04月19日

「二代目になると、自分で決めて生まれてきました」



何かでこの本のタイトルを見て、ピンときて買いました。日本一元気な折り箱製造会社「ヤサカ」・二代目社長の小澤勝也(おざわ・かつや)氏の本です。

「意識と覚悟の「愛の経営」」とサブタイトルにあるように、なんとなくスピリチュアル系の香りがします。そして、予想通りでした。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

小澤氏は、父親から会社を引き継いだ二代目社長です。最初は、古参の社員を力づくで動かすために、怒ったり吊るし上げるなど、恐怖政治を敷いたようです。

ところが、会社の業績が悪くなって、このままでは潰れてしまうというピンチを迎えます。そこで恥も外聞もなく社員に頭を下げ、号泣しながら助けを乞うたのだそうです。

そうした経緯があって、小澤氏は「愛の経営」に目覚めていくことになります。この本は、小澤氏がセミナーや本などから学び、実践して得た「愛の経営」のエッセンスです。


取引先も、従業員も、お互いに違う人間。競争相手として見なすのではなく、ひとりの人間として、ジャッジせずに、受け入れることが大切になります。

 まずは「そうだよね。わかるよ」と相手の考えや立場、思いを肯定する。そうすることで、自分と同じように周りのことも大切にできるし、競い合う関係から、認め合い、褒め合う関係に移行できるのだと思うのです。
」(p.36)

社員同士を競わせるのは、よくある手法です。これは会社にかぎらず、学校でも同じですよね。つまり、今の社会全体がそうなのです。

しかし小澤氏は、愛を基盤にするなら競争ではないと言います。協力し合う関係こそが重要なのだと。


しかし、社員の自己肯定感を上げることがすべての仕事のベースになり、仕事の成果や社員の人生そのものに関わってくると、私は信じて続けています。」(p.88)

社員教育で重要なのは、社員の自己肯定感を高めること。そのための自己啓発セミナーに参加させることなどを、小澤氏は重要視しているのですね。


私は社内で何か問題が起きたとき、まず「こういうことがあって、よかった」と思うようにしています。これはもう思考のクセづけですね。起きてしまったことは取り返しがつかないので、その問題について、「犯人捜し」に時間をかけたり、後悔したりせず、「じゃぁ、これからどうしよう?」というふうに、みんなの視点を未来に向けた上で、問題解決に取り組むようにしています。」(p.100)

起きたことは単に結果ですから、受け入れる他ないというわけです。それを前提に、これからどうするかを考える。それが重要だと言います。

ですから、社内で何か問題が起きれば、その問題は常に社員全員の問題で、関係のない人はひとりもいない。問題が起きたことは残念ではあるけれど、その問題を起こした人だけが悪いのではなく、会社の中のひとつの役割として、その人は「会社を代表して失敗した、トラブルを起こしてくれた」というふうにとらえるよう、社員に対する意識づけはずっと続けているつもりです。」(p.101)

誰か特定の人が悪いとするのは、分離主義の考え方です。分離主義は排除思考を生み出します。「あの人さえいなければ・・・」

しかし、この考え方では問題を本質的には解決できません。ですからいまだに社会では、争いごとも犯罪もなくならないのです。

会社という小社会でも同じですね。できない人、ダメな人を辞めさせれば済むという考えは、何の解決にもなりません。

そのトラブルは、この社会の全員に何かを気づかせるために起こったもので、それを起こしたように見える人は、単にその役割を背負っただけ。そういう考え方を土台にしなければ、それぞれの人が自分の責任として捉えることができませんから。

そして自分の責任として受け入れない限り、それを変えることができません。これはバシャールなども指摘している通りです。


その中で非常に効果的だったのが、自分が発する言葉を変えることでした。不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句、心配事など、いわゆる「地獄言葉」と呼ばれるネガティブワードをやめて、その代わりに「ツイている」「うれしい」「楽しい」「感謝しています」「幸せ」「ありがとう」「ゆるします」など、「天国言葉」と呼ばれる愛のあるポジティブワードをたくさん使ってもらえるように、あるとき試しに、社内や工場に「業務命令」という形で貼り出してみたのです。」(p.151 - 152)

ここには書かれていませんが、「地獄言葉」「天国言葉」斎藤一人さんが提唱されているものですね。それをご自身が実践されるだけでなく、社員にも業務命令として押し付けた。それが予想以上の効果があったと小澤氏は言います。

これまでの部分にも、一人さんの考えを取り入れてるな、と感じられるものが多々ありました。小澤氏は、学んだことを、このように実践しておられるのですね。


心配、不安の意識で会社を経営すると、その通りのことが現象化する。それはイメージしやすいと思うのですが、楽しすぎて、会社のことを忘れてしまっている場合も、やっぱり売上に影響する。会社に対する、社長の意識エネルギーの流れが、常に滞りなくサラサラと流れている状態が望ましい。」(p.170)

しかし、社長の本当の仕事は、会社のあらゆる場面、社員にも、取引先にも、製品にも、工場に対しても、すべての責任をとる覚悟をすることだと思います。」(p.170)

社員の自主自立の機会を奪わないためにも、社長である私の現実的な影響力は、極力ウエイトが低い方がよいのではないか。それが、私が会社に行かない理由です。」(p.171)

現在の小澤氏は、ほとんど会社に行かないのだそうです。その理由とポイントが、上記に語られています。

誰よりも会社のことを考え、誰よりも責任を取る覚悟をし、それでいて社員に圧力をかけない。それが、小澤氏が考える理想の社長像のようです。


経営者が自分の人生を犠牲にして会社経営を行い、自分の不幸の上に会社が成り立っているとしたら、そこで働く社員の人も同じになるのは当然かもしれません。自己犠牲は自分を責めて、被害者を演じている状態。相手を責めることと本質的になんら変わりません。そんな経営者のもとで働く社員は、「仕事はやらされているもの」という受け身で依存的な態度が出やすくなるし、「お金のため、生活のために仕方なく」というふうに、自己犠牲感が強くなってしまうのも、やっぱり経営者の責任だろうと思います。」(p.176 - 177)

「ねばならない」という義務感から社長が仕事をすれば、その波動が社員に伝わるのですね。二代目は、得てして義務感から仕事をしがちなもの。だからこそ小澤氏は、この点を注意したのでしょう。

その観点でとらえるなら、まずは経営者自身が、自らの人生と会社経営とを統合する必要があると思います。そのためには自らの意識改革。考え方や価値観を変えていく必要があるのですが、いちばん初めに、会社経営を「やりたいのか、やりたくないのか」を自らにシンプルに問いかけることが大事だと思います。」(p.178)

会社経営するという、二代目にとっては宿命的なものですが、それを受け入れること、自分の人生を受け入れることが重要だと言います。

そこから出発しない限り、いつまでも人生の犠牲者として生きることになるのです。


小澤氏は、嫌いな人、苦手な人のことを、「達人」と呼ぶことを勧めています。

私たちはそういう困った人がいるおかげで、人間関係の学びを深めることができるのです。困った人は私たちが人間関係の「達人」になるように鍛えてくれる、トレーニングパートナーのような存在。ですから、「達人」さんは、私たちが人間関係の「達人」になれるよう、あえて困った人の役割を引き受けてくれている達人中の達人なのです。」(p.190)

このように、苦手な人や困った人のことを「達人」と置き換えた後、その人の幸せを心から願うようにと言います。直接に言うのではなく、心の中で思うだけで良いからと。

スピリチュアル的には、非常に納得の行く話ですが、純粋に経営の観点からすると、なかなか納得できないかもしれませんね。

けれども、結果である現実に直接的にアプローチするこれまでの方法が上手くいかないから、現実はこのようなのだということを考える必要があるように思います。

この世では「人の祈り」が、いちばん力があると私は思います。ですから、本当かなと思っていてもいいので、試しに自分の幸せのために、困った人の幸せを心から願ってみてはいかがでしょうか。」(p.191)


小澤氏は、経営者にとっては自己責任と覚悟することが、最も重要だと重ねて言います。

たとえ何が起こっても……、かりに大雪が降って、交通機関がマヒして、約束通り納品できなくなって、大きな損害が出たとしても、すべて自己責任。
 社員のミスも、景気の動向も、二代目としてこの商売を継いだのも、全部ぜんぶ、自分のせい。世の中で起こる、自分に関わるすべてのことは自分の責任だと腹を括れるかどうかが、経営者として生きていくために必要な覚悟だと、私は思います。
」(p.215)

経営者には、言い訳は無用なのです。景気が悪いのも自然災害も、すべて自己責任だと覚悟する。厳しいようですが、それが経営者というものなのでしょう。

会社を経営していくにあたっては、想定外の出来事が起こるのは、想定内なのです。」(p.215)

想定外を想定内と思えなければ、すべてを受け入れる覚悟もできませんものね。


生まれてくる環境さえ、自分の意志で決めて生まれてきたと思えるかどうか。自分の人生の出発点を自己責任として受け入れることが、「愛の経営」を本気で目指すためには欠かせない必須条件になると、私は思っています。」(p.215)

だからこの本のタイトルの、「二代目になると、自分で決めて生まれてきました」になるのですね。


私自身、いろいろな事情があって、今はタイで社長をやっています。私がなりたくて社長になったわけでもないし、実力があって社長に選ばれたわけでもなく、単にところてん式に突き出されてなっただけ。

そのように、半ば自己卑下的な説明をすることもあったのですが、これはいかんと思い直しました。社長だとふんぞり返る必要がないのは当然ですが、謙遜もし過ぎると自己卑下になりかねません。私も経営者の端くれとして、襟を正そうと思いました。

またこの本は、経営者ばかりでなく、本当に自立した生き方を考えている人には、大いに啓蒙される本だと思います。ぜひ手にとって読んでみてください。

「二代目になると、自分で決めて生まれてきました」
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 17:26 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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