2015年12月14日

ゆるんだ人からうまくいく。



ひすいこたろうさんの本を読みました。Facebookで新刊が出ることを知り、何も考えずに注文したのです。手にとって見て気づいたのですが、これはひすいこたろうさん植原紘治(うえはら・こうじ)さんとの共著でした。

サブタイトルが「意識全開ルン・ルの法則」とあります。なんだかまったく謎の本です。CDがついていて、「聴くだけで、あなたを天才にするCD」というコピーもありました。

疑問符が飛び交いますが、ともあれ、ひすいさんの本なら間違いはないだろうと思い、読んでみることにしました。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

巻頭に「サイバーリーディング「ルン・ル」収録。あなたを天才にする、意識全開CD。」とあって、そこにこのCDを聴くことによる効果を、それぞれの人の言葉で記してあります。たとえば、ひすいさんはこう言っています。

1日に30冊もの本を処理できるようになり、1週間あれば200ページの原稿が書けるようになった」(p.4)

他にも「瞑想ができる」「思考や感覚を研ぎ澄ますことができる」「短期間で会社の業績も驚くほど上がりました」など、ものすごい効果があったと書かれています。


すごい効果だと思いますが、それにしてもよくわからないのは「ルン・ル」です。これまでに聞いたことがありません。

この本に付属の意識全開CDを繰り返し聴くことで、あなたは、いつのまにか天才になっていることでしょう。
 天才になるとは、何かを新たに身につけていくことではないのです。
 むしろ自分がこれまで着ていた鎧を脱いでいくことです。
 鎧を脱ぐために必要なのは、ただ、ゆるむこと、それだけです。
」(p.18)

つまり、自分をゆるませるために、このCDが有効だと言います。そしてゆるむことで、天才になるのだと。

「ルン・ルとは何か」、これはとても一言では言えないので、この本1冊を通して、あなたに感じていただく以外にないのですが、やることはカンタンです。
 ただ、なにも考えず、このCDを聴いていただくだけです。
」(p.19)

ということで、私もさっそく聴いてみました。完全版ではないようですが、19分に短縮されたものが録音されています。マントラとも言えるし、瞑想導入とも言えるような、不思議なCDでした。


「余分な力」とは、自分とは、こういうものだという固定観念、また、こうでなければいけないと自身を縛っていた価値観、つまり、「余分な自我」が解放され、ゆるみ始めるのです。」(p.20)

これで何となく見えてきました。つまり、私たちは本当は無限の存在なのですが、自己規制し、その規制していることさえ忘れて生きています。それを解き放つこと、つまり大いなる存在と一体化すること、自我を消滅させることによって、本来の力を取り戻していくのですね。


なんで僕(ひすい)がこの本を作りたかったかというと、植原先生の存在の響きである「ルン・ル」をちゃんと後世に残しておきたかったからです。」(p.26)

たしかに、この本を読むまで「ルン・ル」のことはもちろん、植原さんのこともまったく知りませんでした。「ルン・ル」は30年の実績があるそうですが、それなのにあまり知られていなかったのです。


息を吸って、吐くときに余分な力をハーッと解き放つ。その解き放した状態でまた吸う。そして、また息を吐きながら力を解き放していく。また、少しゆるみますから、ゆるんだら、その状態でまた息を吸う。
 それを繰り返していくと、さまざまなことが起こります。
 例えば、「ああ、体のここの部分が硬くなっているな」とか「ここが緊張しているな」という肉体的なことにも気づきますし、自分が気づかぬうちにため込んでいる思い、とらわれているいろいろなことに気づいていきます。
 それも自分の中にため込んでいる力ですから、それに気づいたら、それに対して何の評価もしないで、「ああ、そうか、そういうことが自分の中にあったな。このことにとらわれていたんだな」と、それだけでいいです。
」(p.45)

吐く息とともにゆるませていくと、身体だけでなく、精神の凝り固まった「とらわれ」に気づくと言います。

そのとき、それに対して評価をせず、ただそういうものがあったと気づくだけでよい、と。この辺は、バシャールが言っていることと通じるものがありますね。


生命、いわゆるわたしたちが思っている、生きているとか、死ぬとかいうことから解放された生命を得るようになるんだと思います。
 そういう状態になるから、生きているとか死んでいるとか気にもならなくなるし、心がすごく平安になります。死んだら怖いとか、生きるためにはどうしたらいいかとか、そういう煩わしいことにあまりとらわれなくなってきます。
」(p.68)

ゆるむというプロセスについて、植原さんはこう説明します。そして、「やらない人にはわからない」のだから、ともかくやってみるよう勧めます。

永遠の生命と一体であると感じれば、この世の生死にとらわれなくなることは、何となくわかる気がします。「神との対話」などでも、繰り返しそのことが語られていますから。


この「ルン・ル」は、もともと速読から始まったと言います。

よく読まなければわからない、覚えられないというのは、思い込みです。一度見たものはすべて覚えているから、それを思い出せばいいんですよ。」(p.111)

ひすい もっとしっかり見なきゃいけないとか、寝ていたら見えないとか、そういう思い込みをどんどん外していってあげたんですね。
植原 それだけで人間の持っているものというのは働き始めますからね。
」(p.111 - 112)

一度見れば覚えているとか、寝ていても見ているなど、驚くことが書かれています。しかし、これを読んだとき、これはまさにフォトリーディングだと思いました。

フォトリーディングは、驚く早さでページをめくるだけで、内容がすべて頭に入るという速読法です。神田昌典さんは、本を開かなくても良いとさえ言います。

そのとき重要なのは、質問だと言います。質問することで、そこに書かれている内容が頭に浮かぶのだと。ここでも植原さんは、思い出そうとするだけでいいと言います。


この場合でいうならば、「自分は遅刻してはいけないって思っているからイライラするんだな」と気づいているだけでいいんです。そこに、いい悪いの価値判断を挟まない。
 人前で過度に緊張するというのであれば、「恥をかいてはいけない」「人によく思われなければいけない」などの思い込みがあるわけです。
」(p.124)

このように、私たちは様々な「思い込み」を抱えて生きています。本当はそうでなくてもいいのに、勝手に「かくあるべし」と自己規制しています。それによって自分で自分を矮小化し、自分で自分を苦しめているのですね。

ですから、そういう思い込みがあるのだと、気づくことが重要なのです。バシャールも、自分の観念に気づくようにと言っています。そうすれば、古い観念は消えて、今の自分にふさわしい観念になるからと。


過去にとらわれることなく、未来を思いわずらうことなく、ますます嬉しく生き抜くこと、それがすべてです。
 そういうとき、わたしたちは自分が勝手につくりあげた限界という枠組みを忘れて、本来持っている力をそのまま出すことができるのです。
」(p.133)

よく「いま、ここに生きる」ということを言いますが、まさにこういうことでしょう。


植原 『天才バカボン』もパパが一番すごい。本当の天才はバカボンじゃなくて、「これでいいのだ」と言っているバカボンのパパ。」(p.152 - 153)

これには、まったくの同感です。「これでいいのだ〜」と常に言えれば、何も問題はありませんから。


正しいものを見られない状態であれこれ具体的に願っても、それが余分な力になるだけです。だから、これが一番というものひとつにしぼる。人に言ったら笑われるくらい大きな欲、ひとつにしぼるのです。」(p.168)

そう言って植原さんは、目標を1つにすることの重要性を説きます。そして、具体的に願いを叶える方法を、次のように説明します。

手鏡を使います。手鏡は、自分の目だけ見えるものがベストです。というのは、顔全体が見えると、ここにシミがあるとか余分な力が入るからです(笑)
「自分の願いが本当に叶ったとしたら、わたしはどんな表情をするだろう」と想像してみるんです。自分の願いがすべて叶ったとしたら、わたしはどんなうれしい表情をするだろう? そのときの喜んでいる自分の瞳を手鏡で見ます。その瞳に向かって自分で「ありがとうございます」と言います。それだけでいいです。
」(p.168)

願いが叶って喜んでいる自分の瞳を見て、「ありがとうございます」と感謝するのですね。それが叶った時を想像し、感謝することがコツだと、「神との対話」にもありましたが、感謝が秘訣のようです。

でも、どんな状況にしろ、僕らの最終目的は、自分が最高に喜んでいる状態であり、そこをイメージすることで、あとはお任せして目の前のことをひとつひとつしっかりやっていけばいいんですね。余分な力を解き放っていくと、そのプロセスを見極めていくことができると。
植原 そうです。余分な力を抜いていくと、見事なほどに自分に必要なことが湧き上がります。
」(p.169)

前半のひすいさんのまとめに対し、植原さんも同意します。細かなことをああしよう、こうしようと考えなくても、ただ目の前のことをやっていれば、必要なことは勝手にやってくるのです。

ひすいさんの師匠になる小林正観さんも、まさにそういう生き方をされた方でした。頼まれごとを断らず、ただたんたんとそれをやっていけば上手くいく、と言われていました。


「半分しかない」と思うのは、別に悪いわけじゃないと思いますよ。「半分もあるなんて、チョー能天気じゃない?」と思うことがあってもいいと思う。どれがポジティブで、どれがネガティブかなんて、わたしは決められない。
 事実は、「半分である」。それだけ認識しておけば、それ以上のことは判断しなくていい。
」(p.211)

よく例として使われる「コップ半分の水」の話です。「半分しかない」と考えるのはネガティブだから悪く、「半分もある」とポジティブに考えるのが良い、とよく言われます。しかし植原さんは、「半分ある」とだけ考えて、判断する必要がないと言われます。

たしかに私たちは、何かにつけ判断しています。事実だけを見ればよいのに判断することで、様々な感情を浮かび上がらせているのです。

お釈迦様は、煩悩を取るための八正道として、正見(照見)を重視されました。正しく見るとは、ポジティブやネガティブの判断をせず、ありのままを見るということだそうです。

これは、自分の考えや感情を否定せずに、ただありのままに認識することにも通じていると思いました。


この本を読み始めてから、「ルン・ル」を1回以上聴くことを日課にしています。これまで瞑想が続かなかった私ですが、これを聴きながら吐く息でゆるませようとしていると、自然と瞑想になってくるように感じます。

湧き上がる思考をただ眺め、そんなことを考えているんだと観じる。なかなか面白いなと思いました。

ゆるんだ人からうまくいく。
 


posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:33 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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