2015年06月28日

10代のための神との対話



累計1,000万部を超え、世界中で読まれている「神との対話」シリーズですが、その中で、子ども向けに書かれた本になります。著者はニール・ドナルド・ウォルシュ氏で、翻訳者はNana&Joeのお二人です。

これは、私のセミナーに参加された方から、「非常にわかりやすい」との感想をお聞きしたので、さっそく買ってみました。

内容は予想通り、「神との対話」シリーズに書かれているそのままです。ただし、子どもからの質問にわかりやすく答えようとしているので、たしかにわかりやすくなっていますね。


ではさっそく、一部を引用しながら内容を紹介しましょう。

自分自身を許せないというアメリカのリリーの質問に、許せるようになる方法を教えます。

人が同じ罪を犯すのを、許すことだ。他人の同じ過ちを、失敗を、人のいやなところを……他人の、あなたがもっているのと、あなたがするのと同じ罪を許しなさい。」(p.94)

それでも納得しないリリーに、さらにこう言います。

これは魔法の方程式だよ。あなたが人の心を癒すとき、あなたの心が癒される。」(p.95)

すべては「ひとつのもの」ですから、他人に対してすることは自分に対してすることになります。それを、こんなふうにわかりやすく説明しているのですね。


さらに、絶対的な善悪の価値観に関して、こう説明します。

いま話していることの大事なポイントは、絶対的な「正」も、絶対的な「悪」も、存在しないということだ。あることが「悪い」のは、それをあなたが「悪い」と言うからで、それは「正しい」についても同じだ。
 そして、人間は、「よい」「悪い」の判断を、いつでも状況によって変えているのだよ。

●−−それのどこが悪いの?

 何も。何も悪くない。そこがポイントだ。
 何が「よい」か「悪い」かの判断を変えることは、悪くなんかない。なぜなら、問題は、あなたが「こうしたい」と言っていることに役立つのは何か、ということだからだ。
 あなたがいま、平和と調和のある世界で生きたいと言うのなら、自己防衛であっても、殺したり、傷つけたりしてはいけないと決めることは、役に立たないかもしれない。
 いつか、正当防衛であっても、殺したり、傷つけたりすることが役に立つとは思わなくなる日もくるだろう。でもそれは、とても高度に進化した社会、「魂は決して、傷ついたり壊されたりすることはないのだから、みずからを防御する必要はない」という共通理解のある世界でだけ通用することだ。
」(p.96 - 97)

「よい」「悪い」の判断は絶対的なものではなく、そのときどきのあなたがたの目的に、役に立つか、立たないかによって変化するものだ。だから、あなたは、それを個人的にも、社会的な立場からも、自分自身で決めることができる。あなたが何を経験したいか、あなたが世界とどのようにかかわりたいかによって判断するのだよ。」(p.98)

何が正しいかではなく、何が役立つかで考える。そう考えれば、他人には他人の役立つ考え方があることを受け入れられますね。


「ほんとうの私」とは何なのかという、日本のサヤカ(18歳)の質問にこう答えます。

ひと言で言えば、あなたは「愛」だ。あなたは、愛そのものだ。だから、あなたは、あなたが「愛」であるときに、最高に幸せだ。逆に、あなたがそうでないとき、あなたが「愛」でいられないとき悲しくなるのは、そのためだ。」(p.119)

「愛」をほかの言葉で言えば、それはもちろん「神」だ。この2つの言葉は入れ替えられる。
 ということは、「ほんとうのあなた」は、私だ。
 あなたは、自分自身を経験している神の一部なのだよ。
」(p.120)

「神」「愛」「生命」「自由」「永遠」「無制限」は、すべて言い換えられると言います。私たちはそのようなものなのですね。


「汝の敵を愛せ」と語る聖書の言葉に、自分のような普通の人間には無理だと言う、スペインのマリア(14歳)にはこう語ります。

敵を含めて、すべての人を愛するようになるための第一歩は、あなた自身を愛することだ。自分にないものを、人に与えることはできない。だから、もし、あなたが自分を無条件に愛せないのなら、他人を無条件に愛することもできないわけだ。
 これを覚えておくといい。自分がもっていないものを、人に与えることはできない。
 だからまず、自分を愛して、愛して、愛しなさい。
 いま、そのままのあなたが、完璧だと知りなさい。
 神の目から見たら、そのとおりなのだから。
」(p.140 - 141)

まず自分を愛すること。そこがスタートです。今、あるがままの自分を、それで十分だと受け入れることです。

それでも欠点を受け入れられないなら、こう考えてみたらどうかと提案します。

あなたが人から、「自由奔放だね」と言われる部分のボリュームが上がりすぎると、人は、その同じ部分を指して、「無責任だ」と言う。「勇敢だね」と言われる部分のボリュームが大きすぎると、「無鉄砲だ」と。「大胆さ」のボリュームが上がると、「自己中心的」だと。
 あなたの「欠点」と呼ばれる特徴は、その音楽を人が楽しむには、ただちょっとボリュームが上がりすぎているというだけで、本来、どれも、あなたのもっともすばらしい特性、「長所」なのだ。
」(p.142)

欠点を、その特徴のボリュームが上がりすぎただけ、と捉えるのですね。人によってその特徴を愛したり、批判したりします。ですから、欠点を直す必要はないのです。

欠点はただ単に、自分の特徴が表れる強さの問題ですから、相手に応じて、調整すれば良いだけなのです。

また、自分の欠点を批判されたくなければ、他人の欠点も受け入れることです。

これを覚えておくといい。ときに「沈黙」は、あなたにできる最高の行いだ。」(p.144)


そして、愛に傷つくというティファニー(18歳)が、もうこれ以上、傷つきたくないと言うことに対して、それは「愛」と「必要」を混同しているからだと言います。

誰かを愛するのに、傷つく必要はないのだよ、ティファニー。でも、「愛」と「必要」を混同すると、必ずと言っていいほど、そうなってしまう。
 多くの人が、愛とは、必要を満たしてくれるものへの反応だと考えている。つまり、「私の必要を満たしてくれるのなら、あなたを愛します」ということだ。
」(p.144)

真実の愛は、あなたが相手にとって、どんな存在になるかという決意の結果だ。
 相手がしてくれたことへのお返しなら、それは愛ではない。ニセモノの気持ちだ。
」(p.147)

相手の反応を求めるのではなく、ただ自分がどうあろうとするか。それが「愛」だと言います。

言い換えれば、「愛」ならどうするか? その答えが、愛するという行為なのですね。


母親の新しいパートナー(つまり新しい父親)が見つからないことの悩みを訴えるジェイソン(14歳)には、「そうなっているのかもしれない」と言って、すべてを受け入れるようにと言います。

いまのままが完璧かもしれないということだ。あなたに必要なのは、その完璧さを見ること。誰でも、どんなときでも、その瞬間の完璧さを見出しさえすれば、「不幸」から抜け出し、「幸せ」になることができる。
(中略)
 望んだことが起こらなくても、そこに完璧さを見出し、感謝すること。
(中略)
 あるレベルでは、あなたがそれを望んでいると知ることで、感謝できるようになる。
 魂のレベルでは、いつもちゃんと理由があるのだ。
」(p.152)

自分にとって望ましくない現実でさえ、それは魂によって選択されたことなのですね。魂が自分のためにならないことを考えるはずはないのですから、目の前の現実に感謝することが重要なのです。


宿題が多くで大変だと訴えるアメリカのウェード(15歳)には、親に頼んで学校と話し合ってもらうことを勧めます。そんなことをしても変わらないと言うウェードに、神はこう言います。

これを覚えておくといい。とにかく試してみること。始める前から、あきらめてはいけない。
 試しもしないうちにやめてしまえば、どこにもたどり着くことはない。どこにもいけないと信じて、どこにいこうともしないのだから、結局、どこにも行き着かない。それであなたは、自分をちゃんと正当化できる。
 これこそ、不幸な人がずっと不幸なままでいる理由、怒った人がいつまでも怒りつづけている理由、道を見失った人がずっと迷ったままでいる理由だ。
」(p.164)

まずは試してみることですね。やってみなければ、できるかどうかわからないのですから。


痛みや失望を、よりよい人間になるために利用するには、どうしたらよいかと質問するイアナ(16歳)には、こう答えます。

これを覚えておくといい。あなたが何をしても、失敗はありえない。
 あなたが痛みや失望を感じたときは、それを贈り物と見なせるように、そのなかから宝物を見つけだせるようにするのだ。

(中略)
 ある意識のレベルでは、完璧に魂の目的に沿った出会いや経験を引き寄せている。その意味で、すべてはあなたの望んだことだ。
 そして、あなたはいつでも、ほしいものを得ている。
」(p.225)

失敗と感じる体験も、すべては自分のためにあるのですね。だとすればそれは失敗ではなく、成功だということになります。必要な体験をするという望みが成功したのです。


神から裁かれると心配するアメリカのスーザン(19歳)には、神には裁く必要性がないと答えます。そしてそれは、神はすべてを理解しているからだと言います。

私は、あなたのどんな思いも感情も理解しているんだ。理解あるところに、非難はありえない。
 いつも覚えておくといい。理解あるところに、非難なし。
 この2つは両立しないのだ。
」(p.232)

逆に言えば、非難したくなければ理解すれば良いのです。相手には相手の正当な理由があると決めて、その理由を想像するのです。

それが見つからなければ、でっちあげれば良いのです。目的は、相手の行動を理解することですから。

そうすれば相手を非難せずに済み、相手を受け入れることができます。


10代の若者向けに書かれた本ですが、大人が読んでも、「神との対話」シリーズの内容を理解するのに役立ちますね。

ぜひ(買って)読んでみてください。

10代のための神との対話
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 22:57 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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