2015年02月09日

道に迷う若者へ



高取宗茂さんの本を読みました。道に迷っている若者に贈る言葉が書かれているようです。

私がこの本を知ったのは、みやざき中央新聞の記事がきっかけでした。

2015年1月1日号のみやちゅう新聞に、「その1【前編】 「今日が最後の一日」と決めたとき、その一瞬一瞬がとてつもない幸福感で満たされた」という長いタイトルですが、蒲ァ志出版社代表の田中克成さんの講演記事が載っていました。

田中さんは冒頭、こういうことを言っています。

昨年、立志出版社という出版社を立ち上げ、リヤカーで全国を回りながら『道に迷う若者へ』という1冊の本だけを売り歩いています。

何という途方もないことをしている人なのだろう。私の関心は、一気に田中さんの人生に引き寄せられました。

そして記事を読むと、警備会社勤めのサラリーマンから独立し、事業がうまく行かず、7000万円ものローンの返済に追われて苦しんだことがわかりました。

子どもたちの幸せを考えて購入したマイホームを手放すことは、自分で父親としての価値を否定するようなもの。

その苦しみの中で、死ぬことで保険金を残し、せめて父親らしいことをしてやりたいと思うようになったのだそうです。

けっきょく自殺は、母親の直感によって思いとどまることになりました。そして、田中さんのことを心配した友人が会わせてくれたのが、居酒屋(焼き鳥屋)の大将だった高取さんでした。

そこで高取さんは、田中さんの話を聞いた上で、こう言われたそうです。

俺はお前に信念を通せと言うが、お前が信念を通し続けた結果、4畳半のアパートの片隅で一人寂しく餓死することになるかもしれん。そんなお前を、周りの人間は後ろ指をさして笑うかもしれん。でもな、お前が命の灯(ともしび)を燃やし切る瞬間、『俺よくやったよな』と微笑んで死ねたのであれば、お前は成功者だ。死の瞬間をいつ迎えても納得できる目の前の選択を繰り返せ。それが唯一の成功の定義だ

どんなに地位や名誉、財産を得て、多くの人に別れを惜しまれようとも、振り返った人生が後悔だらけやったらそいつは失敗者だ。お前はどっちの人生を歩みたい?今、長崎に帰っていつか死を迎えたとき、お前は納得できるのか?

その言葉を聞いたとき、田中さんは魂が震えたのだとか。この出会いがきっかけとなって、この本が生まれたのですね。


前置きが長くなりましたが、気になった部分を引用してみましょう。

世の大人はどいつもこいつもみんな自分に確信がない。
 世の大人はどいつもこいつもみんな迷っている。
 世の大人はどいつもこいつも働かないと食っていけない。
 そして、自分が知らない新しい価値観の若者の出現をいつも恐れている。うらやみ、ねたみ、社会はそんなに甘くない、と自分の劣等感を隠す。そんなヤツらを怒らせないようにビクビクやってんのが今のお前だ。そんなヤツらが決められた社会のルールに「認められたい」が為に懸命に走っているのがお前なんだ。
」(p.47)

人生は不平等であるからこそ、多様な価値観が生まれ、それぞれの境遇の中で好きなものが出来る。世の中何が恵まれているのか、何が幸せなのかなど最後まで分からない。自分の人生の宿命を受け入れ、他人のせいにすることなく、ただ己の足元を見つめた先にこそ、お前らしい生き方がある。そしてな、実は、出生の不平等とは、決してデメリットばかりではない。どんなに他人から見れば恵まれない境遇であったとしても、その全てがお前へのギフトだ。」(p.52)

実は、今のお前の目の前にある壁や問題は、今のお前に無いものを教えてくれている。
 頭を抱えて目を背けて逃げようとするな。その現実こそが、これからのお前に足りないものなのだ。金が無い。職が無い。就職できない。それは表面上の問題でしかない。
」(p.57)

いいか。振り返り、チェックし、見直し、気付け。
 地図から見た現在地のように、今の自分の立ち位置を知れ。過去の道のりを振り返り、今、そこにお前が立っている意味を知れ。
」(p.58)

お前が苦しんでいる理由は、「わがままの集合体である社会」に「お前のわがまま」を認めさせようとしているからだ。お前が世の中側の立場なら、お前だって何も持たない若造のわがままを認めようとはしない。」(p.62)

なぜ終わりそうも無い苦悩のループが最初なのか考えろ。自分に出来るわけがない、という否定的な考えと向き合え。なぜ自分を過小評価するのか考えろ。俺は「どんな人生をお前が歩んできたとしても構わない、過去を見つめろ、今からが大事なのだ」と言っている。
 なぜお前の人生はお前の思うようにならないのか見つめ直せ。
 やり方が悪いのか。あり方が悪いのか。敵を知らないのか。自分を知らないのか。
 今はいいんだ。自信も無く、何も無い。それでいいじゃねぇか。

 不安は強烈な武器になるから大事にしておけ。
 不安を感じない社会への依存より、不安を感じる己の人生への誇りを持て。
」(p.64)

全ては覚悟だ。
 他人と違う生き方を選んだ以上、他人に理解されることは期待するな。
 どこかの誰かが言った情報を頭に詰め込んでも同じだ。どんなセミナーに通っても、そこに答えはない。お前が経験した事が、これから経験することが、お前に一体何を教えてくれるのか。その一点だけを真っ正面から見つめていけばいい。
」(p.73 - 74)

本来、年寄りでも若者であろうと自立した以上、己の意見をはっきりと通す人のことを「大人」という。自分の好き嫌いをはっきりとさせることが大人の定義。その代わり自分の言動、決断に責任を持つ。一本筋が通った大人は、そもそも周囲に嫌われ、軽蔑されることを恐れてはいない。
 人生とは、何が正解で何が間違っているかなど、明確な答えはどこにもない。結局自分の人生は自分で「ケツをふく」しかないのだから、一番大切にしなければならないことは理解するのではなく、最終的に自身が納得出来るかどうかだけなのだ。
」(9.97 - 98)

過去は、過去の為政者が決めたルールで邪魔者を裁き、今は今の時代の為政者が決めたルールで邪魔者を裁く。この流れはずっと変わらない。時代の流れで正義は変わり、価値観も移ろっていくのだ。人の普遍的な価値観などで全ての法律が決まっていくわけではない。」(p.156 - 157)

なぜ政府や官僚が定めた「彼らにとって都合の良いルール」で、俺たちの行動が制限されなければならないのか。
 お前の正義は、お前だけのものではないか。
 ひとたび信念を貫かなければならない時は徹底して貫き、その行動の責任はお前の全存在を懸けて受け入れろ。
 お前には自分の命よりも重たい信念の種がある。
 人生の行き着く先はその信念を磨き、鍛え育て上げること一点のみである。
」(p.158)

これからの時代、世の中の常識とお前の常識が違うことなど腐るほどある。
 世の常識は時代とともに移り変わり、お前の常識はお前の生き方の上にあり、結局死ぬまで「時代の総意」VS「お前の生き方」という構図は変わらない。
 俺が散々孤独を歩めという理由は、その自分なりの信念を貫く覚悟が必要であることと、そんな得体の知れない空気を相手にする必要はない、ということにある。
」(p.158 - 159)


一気に引用しましたが、個々にコメントをするより、言葉の迫力を感じていただけると思います。

高取さんは、九州の名門の家に生まれ、お坊ちゃまとして幼少期を過ごしたそうです。しかし、中学生くらいのころに家が没落し、貧困生活が始まります。

その後、裏の世界で生き、様々な経験を積み重ねて、自分の生き方に目覚めたそうです。

今は焼き鳥を焼きながら、信念に生きておられるのだとか。


常識は変わるし、人によっても異なる。だからそんなものにとらわれずに自分の信念を貫け。自分の経験から学べ。そう高取さんは若者に対して言います。

正解も不正解もない。ただ自分が納得できるかどうかだけが指針であると。


私自身、高取さんが言われることを、100%納得しているわけでもなく、またすべてを理解できたとも思いません。

ただこの本には、高取さんの生き様がありのままにぶつけられている感じがしました。

道に迷う若者へ
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:01 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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