心屋仁之助さんの本を読みました。これは小説仕立てで、私たちが抱えている問題の解明と、解決のためのアプローチを示したものです。
主人公は34歳の恭子。同棲している彼氏は、いわゆるダメ男。仕事をやめ、パチンコにのめり込み、口を開けば文句ばかり。
そんなダメ男なのに、恭子は別れることができず、彼のためにかいがいしく頑張ってしまうのです。
あるとき恭子は、「ダメなん」というブログに出会います。それは「ダメなあいつを、なんとかしたい!」の略でした。
そのブログと出会い、宿題をやっていく中で、恭子は自分がダメ男製造機であったことを理解し、そこから抜け出していくのです。
あらすじはこんな感じですが、気になった部分を引用しましょう。
「「認めてほしい者同士」がカップルになって、
相手に認めてもらえていない、もっと認めてほしいと、
お互いが「外」に走っている。
お互いが「鏡」になっていると言いかえられます。
つまり、浮気男は、
女性自身の「認めてほしいという心の叫び」の姿だなのです。」(p.57)
いつも浮気する男(ダメ男)と付き合ってしまう女性って、いますよね。私も、いつも同じようなパターンでフラレていたので、よーくわかります。(笑)
つまりこれ、自分の心(思考)が原因なのです。その心を反映した相手を引き寄せてしまうのです。現実は自分の鏡なのです。
浮気する男は、「自分は愛されない」という根っこを持っています。だから、愛してくれる女性を求めて浮気するのです。
しかしそれでも「愛されている」と思えないので、また浮気をするわけです。
そういう浮気男と付き合う女性は、「自分は女としてダメなんだ」と思います。だから、認めてくれそうな人を探すことになります。
互いに「認めてほしいという心の叫び」によって、引き寄せ合っているんですね。
「どちらのタイプも、「ガマン」してしまう点は同じです。
浮気なんてしてほしくない。
でも、されてしまう。
そのときに、「やめて!」のひと言が言えないんです。」(p.58)
DVの場合もそうですけど、相手にしがみついてしまうと、何とか相手に気に入られようとしてしまいます。だから「ノー!」が言えません。
もし、「ノー!」が言えたなら、相手にしがみつかずに済みます。自分を大切にできます。自己評価が低いから、同じことを繰り返してしまうのです。
「でも「毎回同じような現象が、自分のまわりで繰り返される」
ということを、早く認識したほうがいいんです。
それは「なにかがおかしいから、早く気づこうね」と、
ダメ男が教えてくれているわけです。」(p.73)
同じことが繰り返されるのは訳があります。私はそれを「魂の導き」と言っていますが、そこに自分が気づくべき何らかの課題があるのです。
私の恋愛が上手く行かなかったのも、まさにそうでした。でも、私をフッたひどい女性たちは、私に大切なことを気づかせてくれたんですね。(今はとっても感謝しています。)
「だから、自分が役に立つ女性になるためには、
ダメ男が「必要」になるわけです。
だから、彼をダメにしてしまうのです。」(p.81)
心屋さんは、「ダメ男製造機」と読んでいます。つまり、最初からダメ男だったのではなく、その女性と付き合うことで、ダメ男になってしまうのです。まさにサゲマン。
その女性の特徴は、次の3つだと言います。
「●自分が役に立ちたい女
●自分が役に立つ女だと思いたい女
●自分のことをすごいと思いたい女」(p.81)
つまり、「役に立つ自分でなければ存在価値がない」とか、「役に立たないと愛されない」と思っているのです。「ありのままの自分」では、愛されないと信じているんですね。
「そのままの自分、
ダメな自分、
甘えたい自分、
はガマンして、自分が役に立つことで、
存在価値をたしかめているのです。」(p.83)
「それは、
甘えてはいけない、
ダメではいけない、
という子どものころの経験が、作り出しています。」(p.84)
「あなたがガマンしていることを、ダメ男が目の前で見せてくれるから、
もう腹が立って仕方がない!
イライラしてくる!
私はこんなにガマンしているのに!
こんなに頑張っているのに!
という思いが、
「しっかりしなさいよ」
「もっと頑張りなさいよ」
という思いになって、ダメ男にイライラする。」(p.85)
「これは、「ずるい!」と怒っているのと同じです。
太りたくないからケーキを食べずにガマンしているのに、
目の前で食べるなんて、ずるい!
そんなふうに怒っているのと同じです。」(p.86)
「ダメ男に、「しっかりしなさいよ」
「もっと頑張りなさいよ」って言うのは、
「本当の自分」に向かって、必死に怒っているのです。」(p.87)
「つまり、あなたの近くのダメ男は、
昔のあなたを救いに来てくれた救世主なんです。
同時に、成仏していない、昔の小さなころのあなたが、
「私のこと、許して」「認めて」と化けて出てきた、
とも言えます(笑)。
だから、早く気づいて、認めてあげたほうがいいのです。」(p.88)
ここが核心の部分ですね。起こる出来事はすべて無駄がなく必然です。ダメ男と出会うのも、意味があるのです。
それは、自分自身の課題です。子どものころに作られた信念を、書き換えるときが来たのです。
「つまり、迷惑をかけるってことは、
人を役に立たせる、
人に役立つ喜びを与える、
ということでもあるのです。
そして、迷惑をかけないこと、甘えないことは、皮肉にも
「あなたは、役に立たない人間でしょ」
というメッセージを、相手に送り続けることになるのです。」(p.133)
迷惑をかけてはいけないという強迫観念が、実は相手から喜びを奪っています。そして、相手に対して「あなたはダメな人間ですよ」と言っているのと同じなんですね。
遠慮して相手に何もさせないことは、人間関係を良くしないばかりか、返って悪くすることになるのです。
「みんな、まわりに迷惑かけてもいいし、
怒らせてもいいし、手間をかけさせてもいい。
それをしてくれたことを、
ただ「ありがとう」って受け取るだけでいいっていうことです。
人に迷惑をかけるということは、
人に”役立たせて”あげるっていうこと。
役に立つチャンスをあげるということ。
あなたが、誰かに役に立つ機会をあげるっていうことなのです。」(p.172 - 173)
日本人は、「他人に迷惑をかけてはいけません」と教えます。でもインドでは、「他人に迷惑をかけずには生きられないのだから、寛容になろう。」と教えるそうです。
日本人の頑張る生き方が、自分を窮屈にしているばかりか、他人の機会も奪っているんですね。
「迷惑っていうのは、実は、たくさんの人からやさしさをもらっていることなんだって気づいたの」(p.186)
「迷惑をかけても、誰かがそれを引き受けてくれる−−。
迷惑なんてかけちゃダメ。しっかりしなくちゃダメって恐れていたことや、「すごいね」って言われることを思い切って手放していったら、こんなにたくさんの「幸せの証拠」が集まっていたのです。」(p.187)
人はみな、誰かを助けたいのです。だって愛ですから。それを自分で拒否し、相手の愛する機会を奪ってきたのです。
その否定的な制限を捨ててしまえば、ごく自然に愛が流れてきます。本当は愛されていたんだ。そう気が付くのですね。
「でも、「私はもう十分に愛されているし、満たされているからいいわ」っていう前提で努力したとしたら、「そうしなければ愛されない」という必死さではなく、きっと楽しいことに夢中になれるように、成長していけるのだと思います。」(p.192)
仮に努力する姿が同じだとしても、そのときの気持ちが違うんですね。不安に駆り立てられているときは、努力を楽しめません。だって、愛されるという結果のための努力ですから。
「いろいろ見てきましたけど、ダメ男はみんな、どこか私たちの心の師匠でもあるのです。私たちが”してはいけない”と、勝手に自分を縛って、自分を不自由にしているルールは、不要なんだよ、と教えてくれている師匠なのです。」(p.202 - 203)
「相手のことも「できなくてもいい」、自分のことも「役に立たなくてもいい」、それでもちゃんと愛され、存在できるということを、ただ「信じて見守る」ということが、解決へのいちばんの近道だったのです。」(p.204)
「ありのままの自分」を受け入れること。そして「ありのままの他人」を受け入れること。それでOKだと思うこと。それは愛なのです。
つまり、ただ愛すればいいのです。「これでいいのだ〜!」と、受け入れてしまえばいいのです。安心して生きればいいのです。
世の中の問題を解決するのは、そんな簡単なことなのですね。
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