2014年12月18日

プルーフ・オブ・ヘヴン



脳神経外科医のエベン・アレグザンダー氏の本を読みました。翻訳は白川貴子さんです。

サブタイトルに「脳神経外科医が見た死後の世界」とあるように、臨死体験に関する内容になっています。


友だちから借りた本なのですが、初めはYoutubeで見た女性脳学者の体験かと思っていました。あとでわかりましたけど、それはジル・ボルト・テイラーさんでしたね。ついでに、アレグザンダー氏の動画もありました。

「なんだ、違ったのか。」と、軽い落胆とともに読み始めたのですが、こっちの方が数段素晴らしかったです。

なぜなら、脳の新皮質が完全に機能停止した状態で、鮮明な臨死体験をしていたからです。

精神は脳の産物だと信じて疑わなかった脳神経外科医です。その本人が、科学的に説明できない現象を体験したのです。

いえ、科学的なこれまでの常識を否定せざるを得ない体験でした。脳が意識を生むのではなく、意識が独立した主体であると、科学的に考えざるを得ないというものです。

そして、臨死体験においては、この世の本質と出会います。すなわち、すべてとの一体感です。


気になった部分を引用して紹介しましょう。

メッセージは三つの部分で構成されていた。それを地上の言葉で言い換えれば、このようになる。
「あなたは永遠に、深く愛されています」
「恐れるようなことは何もありません」
「あなたのすることには、ひとつも間違いはありません」
 それを聞き、たとえようのない安心感が嵐のように渦を巻いて押し寄せてきた。生まれ落ちた時から取り組み続けていたよくわからないゲームのルールを、初めて教えてもらえたかのようだった。
」(p.58)

オームはオーブを通して、私に語りかけた。宇宙はひとつではない。お前の理解を超えるほど数多い宇宙がある。しかしすべての宇宙がその中心に愛を持っている。どの宇宙にも邪悪は存在しているが、ごくわずかでしかない。邪悪が存在しなければ、自由意志を持つことができない。邪悪はそのために必要とされてきた。自由意志を持つことなしには、発展が得られない。進歩がなくなり、神が人類に対して願い続けてきたことを、人類には達成することができなくなる。世俗世界の邪悪は醜悪で強力でもあるが、全体から見れば愛が圧倒的に優勢であり、最終的に勝利を収めるのは愛である。声はそう語った。」(p.67)

あちら側の世界では、何かを具体的に思い浮かべさえすれば、それに向かっていけることが少しずつわかってきた。”回転する存在の調べ”を思い浮かべれば、それが出現した。もっと高次の場所へ移りたいと心から願えば、そこへ行くことができた。肉体を離れていた間の私は、濁った暗がりから光が溢れるゲートウェイへ、さらには神聖な闇のコアの中へと、何度も行き来を繰り返していた。」(p.95)

可視、不可視の無数の宇宙にひしめく世界や生命の中では、人間などちっぽけな存在でしかないように見える。しかし人間はきわめて重要な存在なのだ。人間はこの世界で神なる存在に向かって成長する役割を担い、その歩みは高次の存在たち−−魂や輝く光体−−によってつねに見守られ続けているのである。」(p.112)

臨死体験談はそれぞれ独自の内容だったが、繰り返し出てくる共通要素にも気づかされ、その多くは自分の体験にも重なっていた。暗いトンネルや谷間を抜けていくと、光が満ちて生き生きとした、きわめて現実感のある風景に出くわした体験は、古代ギリシャ、古代エジプトの時代から語られていた。羽根をつけたものもそうでないものもあったが、天使のような存在に出会ったという話も、少なくとも古代オリエントにさかのぼる時代からあり、そうした存在が地上に暮らす人々を見守り、この世を去る人をあちら側で迎え入れる守護者の役を務めているという考え方も、当時からあった。全方向を同時に見ることができる感覚、また線的な時間を超越した時間間隔−−これは本質的にすべてを超越した感覚であって、すべてとは、人間世界の特性としてとらえられていることがら全体を指している−−もあった。さらには、耳というより存在そのものを通して聖歌のような音楽が聞こえてくることや、通常であればかなりの時間をかけて初めて理解できるような概念を−−溢れんばかりの無私の愛を感じながら−−即座に受け入れられることも、それらには記されていた。」(p.167 - 168)

大多数の人々にとってはそうではなかったとしても、ハイゼンベルクの発見が何を意味するかは明白なはずだった。意識を用いない限り、宇宙という実在の核心には迫ることができないのだ。意識とは物理的な行程の単なる副産物であるどころか(あの体験をする以前の私はそう考えていた)、この上なく現実のもの、すべての物理的な存在以上に現実そのものであって、さらにはおそらく、それらすべての土台をなすものが意識なのだ。」(p.190)

こうした気づきを要約すれば、次のようになる。
 第一に、目に見えている部分だけを宇宙のすべてと考えているとすれば、ほんとうの宇宙はそれに比べてはるかに広大である(これはとりたてて画期的な識見というわけではない。従来の科学でも、宇宙の九六パーセントはエネルギーと暗黒物質で占められていることが認識されている。暗黒物質の正体はまだよくわかっていない。だが私の体験において特異だったのは、意識もしくは霊魂の直接性、即時性だった。そのことから、意識の基本的な役割を知ることができた。
(中略))。第二に、人はみな−−一人残らず−−欠くことのできない一員として互いに分かちがたく絡み合い、より大きな宇宙につながっている。人類の故郷はこのより大きな宇宙であり、物質世界がすべてであると考えるのは、狭苦しい戸棚に閉じこもって外には何もないと思い込んでいるのと同じである。第三に、”精神は物質に勝る”ことの後ろ盾として、”信じる心”には重要な力がある。」(p.196-197)


これが空想作家の体験なら、それほど重くは受け止められなかったかもしれません。

しかし残念ながら、霊魂の存在などを信じない医者だったのです。しかも、脳神経外科という、脳科学の専門家です。

臨死体験によって得られた情報は、まさに「神との対話」などで語られていることです。

私たちは「ひとつのもの」、つまり一体であること。すべては愛であること。時間や空間は幻想であり、絶対的な本質の世界では、私たちが相対的な世界で感じているような時空は存在しないこと。そして私たちの目的は、神になること。

大昔から多くの人によって、これらのことが語り続けられてきたのです。

プルーフ・オブ・ヘヴン
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:04 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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