2014年11月03日

手の妙用



手当て療法について詳しく書かれた吉田弘氏の本を読みました。

著者は大正11年に京都帝大を卒業された方で、心霊研究などをされています。

その科学的な見地から、自ら実践されている手当療法について書かれたのが、この本です。

手当療法の名著とも言われますが、残念ながら今は中古でしか手に入りません。


吉田氏がされている手当療法は、臼井氏の靈氣療法とは別のものです。

別のものではありますが、本質的には同じものだと思います。

そして吉田氏は、心霊研究もされていることから、大いなる悟りも得られているようで、そのことについても本の中で触れています。

読んでいて気になった部分をいくつか、以下に引用します。


ゆえに万物万有は、大自然、すなわち全宇宙体の一細胞にほかならない。」(p.2)

別の言葉でいえば、この世に地獄もあれば極楽もある。死んでからではない。見る人の眼によってこの世界は地獄ともなれば、また極楽ともなるのである。」(p.48)

自然の大慈悲たることを身をもって証明するものが、これから説く「手当療法」である。ほとんどどんな病気も手で診断ができ、同時に治療ができる。しかも自分に与えられているこの二本の手がそれであることを知ると、大自然のありがたさが、自分自身で知りうるのである。
 人生は信仰でいっさいが解決されるということは決してウソではないのである。
」(p.48 - 49)

すべての存在は「ひとつのもの」だとする「神との対話」などの指摘と同じことを言っています。そして、見方によって受けとめ方が変わるという考え方も同様ですね。

そうであるならば、本来の人間が病気や怪我で苦しみ続ける必要はないのです。本来の姿は健康そのものであり、そのための機能が備わっているということなのです。


私は独断であるが、人間の精神とは、この波動の面のことをいうのであると思う。
 他人の胸の痛みを感ずるということは、人間の精神を波動と考えて初めて理解ができる。
」(p.67)

してみると、光が万物の根源ということになる。
(中略)
 二つの生命ある細胞が合して、一つの生命となった。それは個体であると同時に波動である。
 その根源は何かと追求してゆけば、源は光であるということになる。光が生命の根源となり、光が生命であるということができる。
」(p.68)

私たちの本質がエネルギー(波動,光)であることを、吉田氏は理解していたようです。


生命がさほどに大切な尊いものである以上その終局である死は決してつまらぬものであるはずがない。大切な生命の終わりである以上、死もまた尊く大切なものでなければならない。」(p.74)

人間はもはや孤立していないことがわかった以上、孤立的個人主義的利己主義は生命の真の姿を知らないことからくる迷想であることを知らねばならぬ。したがって、資本主義もその嫡出子である共産主義も共に誤りであることを知らねばならぬ。」(p.76)

手当療法はこれを体得するのに最もよき方法である。手当してみれば他人の苦痛を手に感ずるから真の同情ができる。真の同情のあるところにのみ真の平和がある。」(p.77)

人は孤立しているように見えて、実は一体である生命の一部です。生や死もまた、生命の一部です。その理解が進めば、世界は平和になるでしょう。それを心底から理解するのに、手当療法が役立つというわけです。


また、それを人に教えてやらせると、同様の効果があがるので、私の手だけでなく、誰の手でも、また何も知らないでも、やればなおるということである。」(p.110)

しかし、「手当療法」の放射は、いくら当てても当てすぎて害になることはない。当ててよくなると、自然に患部から手がはなれてしまう。
 またちょっと当てる場所が違っても、「感ずる手」なら、自然に動いて、真の患部の方に移っていく。
 もし「感じない手」ならば、少々違った部分に当てていても、その効果は間接に患部に及んでゆくから、害になることは絶対にない。素人がやっても決して誤りを犯して害を与えるようなことはない。
」(p.113)

ギックリ腰が起きてからすぐ手当したので、少しも手遅れしなかったから、なおりが早かったのである。これが大切なことである。」(p.220)

手当療法は、特別な人ができる方法ではなく、誰もができるものだと言います。そしてそれは、やり方が正しいかどうかに関係なく、一定の効果があるものだと。

そして、手当療法の効果を上げるには、発症してからすぐに手を当てることだと言います。「手遅れ」という言葉は、手当が遅れたという意味ですから、まさに早く手当をすることが大切なのですね。


肝腎かなめがわるくならなければ、癌といえども発生しないと断言しうる。」(p.106)

かつて日本に僧侶でこの「手当療法」をしていた人がいたということであるが、この僧は決して頭以外には手当をせず、頭だけに手当して、どんな病気もなおしていたということである。キリストも頭だけに手を当てて、強い暗示を与えて、いろいろの病気をなおしたらしいが、とにかく頭には全身の機関全部の神経中枢、神経座があるので、頭だけに手当しても、なおる理屈である。ただし、私は腎臓が悪ければ、腎臓に手当した方が早くなおると思うので、患部に手当することにしている。」(p.252 - 253)

ほとんどすべての病気が、食物と過労と、睡眠不足からきている。
 とくに健康な血液は中性で弱アルカリであるから、食物は酸性食品とアルカリ性食品を適度に摂らなければならない。
」(p.260)

吉田氏は、病気のほとんどの原因は、肝臓や腎臓といった浄化系の機関が弱まることが原因だと考えているようです。東洋医学では、肝腎要(かんじんかなめ)という言葉の通り、肝臓と腎臓の働きを重視していますから。

それとも関係しますが、血液を弱アルカリに保つことも重要だと言っています。そういう意味では、食事も重要で、酸性食に偏りやすい現代は、特にアルカリ性食を選んで食べる必要があるかもしれません。


レイキなどの手当療法をする人にとっては、もっと有用なことが書かれていますが、一般の方にも役立つ部分のみを引用しました。

特にレイキのアチューンメント(霊授)を受けなくても、レイキができるという話は、まんざらウソでもなさそうです。

ただそっと手を置く。すぐには良くならないからこそ、長い時間手を当てる。その行為が、愛なのだと思います。

何ごとも実践が重要ですから、ぜひ今日から、ご自身やご家族に、手を当ててみてくださいね。

手の妙用
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 16:23 | Comment(0) | 本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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