神渡良平さんの本を紹介しましょう。
この本は、神渡さんが師父とあおぐ安岡正篤氏の言葉が、その人の人生にどういう影響を与えているかを、10人の方の生き様を通じて示しているものです。
こういう有名無名の人の生き様を掘り起こす手法は、神渡さんの得意とするところです。
本の中で紹介されているエピソードは、それぞれ考えさせられるものがあります。いくつか紹介しましょう。
まずは、永平寺の関大徹老師が「兼職しないと食べていけない」と愚痴をこぼした若い修行僧に対して語られた言葉です。
「一握りの米もいただけなくなったら、黙って飢え死にすればいいんであって、誰を恨むこともない。高祖以来、その覚悟でやってきたからこそ、今日の禅門がある。本来、禅をやる者には妻子は養えないと覚悟すべきなのだ」(p.39)
これはたしかに厳しい。しかし、そのくらいの自己に対する厳しさが、道を求める者には求められるということなのでしょう。
「誰でもそうだが、それまで塚本さんも厄介なことに出くわすと、ついていないとぼやいたものだが、安岡先生の文章に出合い、艱難辛苦も受けて立とうという気になった。」(p.48)
状況がいくら厳しいものでも、そこに立ち向かう勇気を与えてくれる。それが安岡氏の言葉だと言うのです。
その安岡氏が、著書「経世瑣言」の中で、自分が心がけている3つのことを、次のように語っていると言います。
「私はこういう三つのことを心がけて居ります。第一、心中常に喜神を含むこと。神とは深く根本的に指して言った心のことで、どんなに苦しいことに逢っても心のどこか奥の方に喜びをもつということです。
(中略)
その次は心中絶えず感謝の念を含むこと。有難いという気持を絶えず持って居ること、一碗の飯を食っても有難い、無事に年を過しても有難い、何かにつけて感謝感恩の気持をもつことであります。
第三に常に陰徳を志すこと。絶えず人知れぬ善い事をする、どんな小さい事でも宜しい大小に拘わらず、機会があったら、人知れず善い事をして行こうと志すことであります」(p.49 - 50)
このように安岡氏は、ご自身の心構えを語られています。その言葉が、読者にも感化するのです。
倒産の苦しみを味わった塚本さんは、次のように語ります。
「森先生(森信三氏のこと)はこうもおっしゃっていました。
『苦しみや悲しみの多い人が、自分は神に愛されているとわかったとき、すでに本格的に人生の軌道に乗ったものといってよい』
まさにその通りでした。辛かった倒産を『逆境は神の恩寵的試練なり』と捉えることができるようになったわたしは、長かったトンネルをようやく抜け出したという思いをしています」(p.76)
「佐藤一斎は『言志耋録(げんしてつろく)』の中で、『天下のこと、もと順逆なく、わが心に順逆あり』と言っていますね。順境や逆境というものはすべて自分の心の中にあるのだ、と。今はそれがわかります。それをわたしにわからせるためにあの倒産があったのです」(p.76 - 77)
また子どもに論語を教えたり合気道を教えているというパーカー智美さんの章では、合気道の創始者である植芝翁の神秘体験を紹介してます。
「庭を散歩していると突然天地が動揺し、大地から黄金の気が吹きあがってわたしの体を包み、わたしも黄金体と化してしまったような感じがしました。
それと同時に心身が軽くなり、小鳥のささやきの意味もわかり、この宇宙を創造された神の心がはっきりとわかりました。その瞬間わたしは『武道の根源は神の愛−−万有愛護の精神である』と悟り、法悦の涙がとめどもなく頬を伝わりました。
(中略)
武道とは宇宙の気を整え、世界の平和を守り、森羅万象を正しく生産し、守り育てることです。すなわちはぐくみ育てる神の愛を、あが心身の内で鍛錬することにほかなりません」(p.86 - 87)
パーカーさんが合気道の指導を受けた石崎館長は、次のように言います。
「合気道とは敵と闘い、敵を破る術ではありません。世界を和合させ、人類を一つの家族にする道です。合気道の極意は、自分を宇宙の動きと調和させ、自分を宇宙そのものと一致させるところにあります。だから合気道の極意を会得した者は、『宇宙がわたしの腹中にあり、わたしは宇宙なのである』という心境になるんです。」(p.85)
本書ではこのように、安岡氏に影響を受けた人の生き様を紹介する中で、いろいろな人の言葉を取り上げています。
その一つひとつが、安岡氏の言葉や生き方につながっているように感じられます。
安岡氏は、直接的に政治に影響を与え、上からの変革をしようとはしませんでした。
それでは本当の変革は行われないとわかっていたからです。
国民全体の心の変革があって、はじめて本当の変革が行われる。
だからまず、気づいた者から自己を鍛錬して、心を磨くべきだと思ったのでしょう。
そしてそういう「地の塩」になる人が増えていけば、それがまた他の人に影響を与えることで広がり、いつかは全国に広がっていくのだと。
「一燈照隅 万燈照国」
安岡氏は、こういう言葉を残しています。
「《一隅を照らす》とは一見非力な生き方のように見える。もっと効率的で直接的成果を得る方策があるように見える。でも安岡先生は、「迂遠なようでも、一から始めるしかない。それも自分の足元から、自分で始めるしかない」と説いておられた。」(p.220)
こういう安岡氏の言葉に励まされるように、多くの人が知らないところで、世の中を良くするために生きています。
その輝きを、私たちに教えてくれるのが、神渡さんの本です。
私も、こういう人たちのように生きたい。
そういう志を抱かせてくれる本です。
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