「鏡の法則」などで有名な野口嘉則さんの「「これでいい」と心から思える生き方」という本を読んでいます。
本の紹介は、また読み終えてから載せますが、今日はその中で気になった部分を紹介します。
野口さんは映画が好きで、よく映画を観られています。
本の中で「いまを生きる」という映画を紹介されていました。
「名優ロビン・ウィリアムズが演ずる教師のキーティングは、教科書の一部を破り捨てるよう、生徒たちに指示します。
その教科書には、詩を評価する方法についての、権威ある博士の文章が掲載されていたのですが、キーティングはこう言い放ちます。
「こんなのはクソっくらえだ。みんな自分の力で考えるんだ。自分で詩を味わうんだ」
また、他の場面でキーティングは、こんなことも言います。
「本を読むとき、作者の意図よりも、自分の考えを大切にするんだ。君ら自身の声を見つけることだ」「君自身の歩き方を見つけろ。自分だけの歩みを、自分だけの方向を見つけろ」
このようなキーティングのメッセージから、今を生きることの素晴らしさを感じ取った生徒たちは、次第に、親や学校の期待に縛られない、自由な生き方を望むようになっていきます。」(p.120 - 121)
野口さんは、自分を拠りどころとして自由に生きることを勧めておられます。
そしてもしそうしたいのであれば、このように自分を縛ってきた社会通念に気づき、そこから適度な距離を置くことが大切だと言います。
「そしてそのためには、自分の頭で考えること、疑問を持つこと、矛盾を抱えて葛藤すること、そして、自分の心の声を聴くことが大切です。」(p.119)
矛盾することに葛藤しながらも、自分で考え、自分で選択することを繰り返すこと。これが大切なのですね。
私はこの部分を読んだとき、以前書いた記事のことを思い出しました。
「映画「ワールド・ウォー Z」を観ました(ネタバレ注意)」という記事です。
私はこの記事で、映画を観て感じたことを感じたままに書きました。
ところが、私がそう感じることさえ気に入らないと思う方々から、たくさんのコメントをいただきました。
私はそのコメントに、「これは私がそう感じると書いただけで、あなたはあなたが感じたいように感じれば良いではありませんか。」というような返事を書きました。
それでも、事細かに映画の内容を伝えてこられて、私に考え方を変えろと迫るコメントが続いたのです。
おそらくそういう人たちは、ある特定の考え方にしたがわなければならないと信じて疑わないのでしょう。
そういう考え方もあって良いと思いますが、しかし、そういう人たちは苦しんでいるのではないでしょうか?
なぜなら、自分がどう感じるかを正直に認めることができず、特定の誰かが決めたことに従わなければならないと信じているのですから。
そういう信念は、自分の本質である自由を捨てさせることになります。
自由意志で自分の自由を捨てたのですから、本当はそれも自由と言えるのですが、そうは感じていないでしょう。
何かによってそうさせられた。そう感じていることでしょう。
その不満は、怒りとなって外に向かいます。
自由に振舞っている人を妬み、その自由を奪おうとします。
そんなことをしても、自分の苦しみはなくならないのですが、そうせざるを得ないのでしょう。
怒りは、「助けてくれ!」という心の悲鳴です。
他の表現方法を知らないから、赤ちゃんが駄々をこねるように、喚き散らしたりするのです。
その苦しみから自分を救いたかったら、自分が自由を取り戻す他ないのです。
そのことを、この野口さんの本は教えてくれます。
どんな権威のある人が「こうだ」と言ったとしても、それにしたがうな。そんなのは無視して、自分の心の声を聞け。
他人を変えようとする必要はないのです。
仮に他人が間違っていると思っても、相手が助けを求めたのでなければ、温かく見守っていてあげれば良いのです。
赤ちゃんが未熟なことを許さない人はいないでしょう?それと同じです。
他人は他人として、進化成長の旅をしているのです。
そこで出会ったなら、「やあ、楽しんでるかい?」と挨拶すればよいだけ。
そして、もっともっと自分の人生を楽しみましょう。
2014年02月03日
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