2013年03月26日

「損して得とれ」の意味

さて、みなさんは、「損して得とれ」という言葉を聞いたことがありますよね?

どんな意味だと思います?

通常は、目先の小さな得にこだわらず、損してもいいからやることで、最終的にそれ以上の得をとればよい、という意味で使われます。

たとえば商売では、目玉商品だけで考えれば赤字でも、それで客を呼べれば売上が増えるので、最終的には得になるという考え方です。


これも間違ってはいないのですが、なんだか打算的で嫌な感じがしませんか?

「海老で鯛を釣る」ではありませんが、相手(お客)を騙しているような気がして、なんだかスッキリしません。


実はこの言葉、昔は「損して徳とれ」と言ったという説もあるようです。

意味は、自分が損することであっても、徳を積むことをやりなさいというようなものになります。


「徳を積む」というと、なんだか高貴な感じがして、気が引けるかもしれません。

でも、実は意外と身近なことです。


日本には、「傘かしげ」という習慣がありました。

わかりますか?

傘を差して歩きながら人とすれ違うときに、スッと傘を少しかしげます。

そうすることで、傘同士がぶつからないように、相手の人に気遣うのです。


傘をかしげるとき、多少雨に濡れるかもしれませんね。

それはある意味で自分の損になることです。

けれども、多少損であっても、相手を思いやる自分であることを選択する。

つまり徳をとった(=選んだ)のです。


「いい。これぐらい損してもいい。」

「それより、そんなことに意地を張って、嫌な気分になることの方がもったいない。」


そういう気持ちです。

 

電車に乗るとき、早く席を取ろうとして、人を押しのけて我先に乗り込む人がいます。

席に座るという得をとったために、徳を失ったのです。

立っているのは辛いかもしれません。

しかしその肉体的な辛さと、徳を積めなかった精神的な辛さは、どっちが辛いのでしょうね?


それによって、自分がどの段階にいるかがわかります。


その段階が上がるに応じて、苦しみから解放され、喜びに浸ることができるのです。

 

「負けるが勝ち」という言葉もあります。

これも、同じことを言っています。

勝つことにこだわると、大事なものを失ってしまうかもしれません。


人生には勝つことよりも重要なことがある。

それがわかる人は、精神的にかなり進化しているのです。

 

「いくら精神的に進化しても、肉体的、物質的に損するなら辛いだけじゃないか。」

そう思われる方もおられるでしょう。

はたして、そうでしょうか?


少なくとも私は、損を受け入れる覚悟をすることで、運が開けてきたと感じています。

このことは、「損を引き受ける覚悟を決める」というタイトルで、ブログにも書きました。


また、ずるい生き方をすることで、自分をごまかさなければ耐えられないという状況には陥らずに済んでいます。

自分の行為に言い訳をする必要性からも解放されます。

それに一度そういう覚悟をすると、次からは徳を選ぶことが容易になります。

だんだんと自分が浄化されていくような気持ち良さがあります。


とは言え、気が付かない間に、徳から離れていることもあります。

ですからやはり、常に自分の思考に気をつけておく必要性はありますけどね。


損しても徳を選ぶ生き方。

あなたも始めてみませんか?
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 18:16 | Comment(0) | SJ通信過去ログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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