2013年04月01日

幽霊の正体見たり

最近のメルマガ「SJ通信」では、かなり過激だと思われる内容を書いています。

特に性的(セクシャル)な表現が過激だと思われるので、「(18禁)」とタイトルに入れ、そういうのを読みたくない方へ配慮しています。

私自身、これはちょっと過激だなあとは思うのですが、やはりここで遠慮していては私らしくないと思い、表現を緩めないようにしているのです。


こういう過激なメルマガを書くと、評価がはっきりとわかれますね。

メルマガの解除は、だいたいこういう過激なものを書いたあとに発生します。

その一方で、「良かった」という反応も、こういうメルマガの後の方が多いようです。


今回は、特に「良かった」という反応が多かったので、書いた本人が驚いています。

「別に共感されなくてもかまわない。ただ、私が真実だと思うことを、私の真実として語ろう。」

そういうつもりで書くのですが、それでも共感していただけると嬉しいですね。

感想を送ってくださった方もおられるので、その一部を紹介しましょう。


・Nさん
楽しく、学になります ありがとうございます。

・Rさん
いつも興味深く拝読させていただいております.
今までもやもやして,何とも府に落ちなかった性に対する幾つかの事柄が,今日の先生のメールで少し氷解しそうな気がします.
ありがとうございます.


・Fさん
いつも質の高いメルマガありがとうございます。今回の回は全くその通りと思います。


メルマガの最後にあるURLをクリックして、「良かった」と意思表示してくださったみなさん、そしてこのように感想を送ってくださったみなさん、どうもありがとうございました。

みなさんの励ましや応援は、私にとってブログやメルマガを書く力となります。

少しでも誰かの役に立っているのだと思うと、書きたいという意欲が増すのです。


ただ、共感していただくことは嬉しいのですが、そこに執着しないように考えています。

嬉しいからと言って執着すると、読者に媚びるようになります。

つまり私の真実を語るのではなく、読者ウケすることを書くようになってしまうのです。

商売的にはそれが王道かもしれませんが、私は、それは私らしいことではないと思うのです。

ですから、執着しないように心がけながら、これからもブログやメルマガを書いていくつもりです。

 

ところで、執着と言って思い浮かぶのは、幽霊ですよね。

ちょっとまだシーズンには早いかもしれませんが、タイはもう真夏ですから。

まあタイの場合、季節に関係なくお化けの映画がありますけどね。みんなピー(お化け)が大好きですから。


怖がるくせに、大好きなのです。怖いもの見たさでしょうか。

そのせいか、怖がらずにピーを見たいという欲求からか、ピーを題材にしたコメディーがけっこうあります。

今、上映されている「ピー・マーク・プラカノン」も、そんなコメディータッチの怪談です。

ピー・マーク・プラカノン


タイ人は、この映画を観て大爆笑するようで、そのヒットぶりがTVでも取り上げられていました。

劇場内で指さしながら大笑いする観客...。

あれっ、監視カメラの映像を、勝手にTV放映しちゃっていいの?ま、ここはタイですから、なんでもありですね。

と言うことで、いくら暗がりだからといって、おかしなことはしないようにしましょうね。

実際、変なことをしてて、捕まっちゃった人もいるようですから。


それはさておき、この映画の題材は、タイに昔から伝わる怪談「メー・ナーク」です。

好き合って駆け落ちした夫マークと妻ナーク。

しかし、マークが徴兵で出兵している間に、ナークは死んでしまいます。

マークが村に戻ると、死んだはずのナークが家にいます。

マークは村人が嘘をついたのだと信じず、幽霊のナークと生活するのです。



日本で言うなら、四谷怪談とか番町皿屋敷のような定番の怪談です。

それをコメディーにして、夫マークの視点で描いたものだそうです。

 

幽霊とかお化けを怖がるのは、世界中どこも同じかもしれませんね。

では、どうしてお化けが怖いのでしょうか?


実は私、今は幽霊とかお化けがまったく怖くないのです。

以前は怖がりで、夜中に1人でトイレに行けないほどだったのですが、最近はまったく平気です。

それでなぜ怖いのだろうと考えたのです。


幽霊は、執着心がとても強いのです。

もう執拗につきまといます。ストーカーと同じですね。

壁でもすり抜けてしまいますから、物理的に防ぐことができません。

何をされるかわからないという不安が、恐怖心を生み出しているのだと思います。


怪談を見ると、たいてい幽霊は人間を怖がらせて怖がらせて、最後は殺してしまいますよね。

でも、あれを観て私は思うのです。

「だったら最初からすぐに殺したらいいのに。」

殺すことが目的なら、さっさと殺したらいいと思うのですよ。

そうしたら、殺された人間も幽霊になりますから、今度は対等です。(笑)


と言うことは、幽霊の目的は殺すことではありません。

傷つけたいのではなく、愛されたいのです。

愛されたいという強い欲求が、愛への執着心が、「なんとかしてくれー!」という思いになってつきまとうのです。


そうだとしたら、愛してあげるしか方法はないのです。

愛するというのは、何も相手の欲求に応えることではありません。

相手を受け入れ、相手の自由を尊重し、相手が自由であることを喜んであげることです。


相手と意見が違っても、自分の意見を相手に押し付ける必要もないし、相手の意見を鵜呑みにする必要もないのです。

関心を持ちながら、無理に影響を与え合おうとはしない。

一見、無関心に見えるけれど、関心を持ち続けること。


それが、愛することだと思うのです。


それで相手が殺したいと言い、物理的に防ぐことができなかったなら、殺されるしか仕方ないではありませんか。

そう思っているので、私はもう幽霊が怖くないのです。

もし幽霊と出会ったなら、きっと出会う理由があると思うのです。

その体験を通じて、より自分らしい自分を表現する機会にしたい。

そう思うのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 13:36 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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