2013年02月28日

竹島問題を考えてみました

私は島根県出身ですし、竹島問題に対して無関心ではありません。

ただ、その領有をめぐる日韓の主張は、わかりづらいですね。

双方が共に固有の領土だと主張し、相手が奪ったと言い合っています。


昨日、竹島の日の記念式典に政府高官が出席したことに反発し、韓国の自営業者団体が日本製品の不買運動をするというニュースがありました。

そんなことをすれば、双方にダメージがあるだけで、何の意味もないのに...。

そう思いながらも、そうせざるを得ないと感じている人々の心情は理解できます。

尖閣諸島がまさに、まさに立場を逆転させた竹島です。

日本人の中国に対する感情は、そのまま韓国人の日本に対するものに当てはまるでしょう。


「いやいや、それは事情がまったく違うよ。あいつらは反日教育で国民を洗脳し、事実をでっちあげて自分たちのものだと主張しているだけなんだから。」

そういう意見があることも知っていますし、それもまた一理あります。


それで、実際のところ領有を主張する根拠は何なのか、客観的な事実を調べてみようと思ってネットで探しました。

すぐに見つかりましたが、灯台下暗しですね。島根県のHPの中に「web竹島問題研究所」というサイトがありました。

読んでみると、かなり読みづらいですが、客観的な事実を積み重ねながら冷静に判断して記述していることがわかります。

これを読むと、1905年に日本が竹島の領有を宣言する前に、韓国が領有していたという事実が証明されていないことがわかります。

逆に日本は、その前から竹島で漁を行なっていて、実効支配していたことがわかります。

ただ、明治以前の日本は領土というものに対しては漠然とした認識があるだけで、国際法上の厳格なルールにしたがって領有したものではありません。

それで、日露戦争を目前にして、要衝の地・竹島の領有を明確にするために、そこが無主地であることを確認し、領有を宣言したというのです。

本来は、それ以前から日本が実効支配していた土地ですから、わざわざそのようなことをする必要がないくらいなのです。


韓国側の主張は、大昔から竹島は韓国の領土として認識していたというものですが、その根拠が非常にあいまいです。

別名で呼ばれている島が今の竹島(独島)だと主張しますが、地図で示された場所も一致しないし、人が住めない岩礁なのに、人が住んでいたことになっているなど、矛盾がたくさんあります。

わかりにくくしているのは、竹島に限らず多くの島が、年代によって文献によって、様々な名前で呼ばれているためです。

また、計測間違いによって、西洋の地図に鬱陵島が2つ描かれるなどの混乱もありました。

そのほか、様々な根拠を示していますが、どうやら韓国側の主張は証拠が希薄なようです。


ところが、そのサイトには驚くことが書かれた文書が掲載されていました。

日本は国際司法裁判所(ICJ)で決着をつけようと主張していますが、もし本当に提訴した場合、必ずしも日本が勝つとは限らないという意見です。

「そんな馬鹿な!?だって証拠はどう見ても日本の主張を裏付けるものばかりだし、韓国側の主張が通るわけがないでしょう。」

そう思いたいのですが、実はそうでもなさそうです。

それは、国際法上の領有が認められる要件に、「実効支配」というものがあるからです。

韓国は、竹島を実効支配して半世紀以上になります。

それに対して日本が抗議しなければ、時効が成立するというのです。


時効の期間とか、抗議の内容に関して、具体的な条文はありません。ですから、判事がどう判断するかです。

日本では抗議を続けていると思われていますが、実はそうでもなさそうです。

外交的に正式にICJへの合意提訴を持ちかけたのは1962年が最後で、それ以降は1回もありません。

この事実だけ見れば、日本はすでに竹島領有を諦めたと認定されても仕方がないと考えることもできます。


「それは外交的に、韓国をあまり刺激しない方が良いと判断したからで、その他の抗議行動を続けているじゃないか。」

そう思いたいところですが、実際はそうでもありません。

韓国が竹島記念切手を発行した時も、軍事行動をとったときも、日本政府は抗議声明は出すものの、表立った行動をとっていません。

問題は、ICJがこれを抗議行動と判断するかどうかなのです。


昨日も書きましたが、裁判というのは、所詮この程度のものなのですよ。

正義は人の数だけ存在するし、様々な価値観の中で、何かを選択するだけなのです。

日本人は日本の主張が正義で、客観的に(絶対的に)正しいと思うかもしれませんが、そうではないということです。


中国は今、しきりに領海侵犯を繰り返して、尖閣諸島の領有を主張しています。

これはある意味で、外交的に正しい行動だと言えるでしょう。

この事実の積み重ねは、明らかに尖閣諸島が係争地であることを印象づけますから。

一方、国際的に見ると竹島は、とても係争地とは思われない可能性があります。

半世紀もの間、日本は軍事行動はおろか、平和的なICJ提訴も見送ってきたのですから。


日本には、聖徳太子の「和をもって尊しとなす」という教えが根付いています。

そのためか、あえて争うことから逃げることが多いようです。

争わずに諦めるならまだ良いのですが、争わないくせに諦めないために、妬(ねた)みや僻(ひが)みばかり強くなっている気がします。

感情的にならず、冷静に争うことを覚えても良いのではないでしょうか?


本当に竹島を取り戻したいと考えるなら、ICJへの単独提訴を、毎年のようにやったら良いのです。

最初は韓国も猛反発するでしょうけど、そのうちに慣れますよ。


仲が悪くなることを怖れ、相手からの評価を気にして自分を偽っていたら、いつまでたっても自分らしく生きることはできません。

時には、関係が破綻することを覚悟してでも、自分らしく生きることを選択すべきなのです。



真実の自分を表現せずにおいて、どうして真の友好関係が築けるでしょうか?

本当に友好関係を築きたいなら、本当の自分をさらすことです。

相手に気に入られようとして、自分らしくない自分を演出しても、その関係が上手くいくはずがありません。


意見の違いは意見の違いとして受け入れながら、穏やかに自分の真実を表明することによってしか、本当の関係は築けないと思うのです。
 
posted by 幸せ実践塾・塾長の赤木 at 12:43 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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