私は、本を買うときはなるべく新品を買うようにしています。
それには2つの理由があります。
1つは、貴重な情報を安価に提供してくださる著者や、出版関係者への敬意です。
わずか千円かそこらで、どれほどの知識が得られるかと思うと、本当に申し訳ないくらいにありがたく思います。
だから、新品が売られているのに中古で買うとか、図書館で借りるなどという方法はとらないのです。
もちろん、中古で買うことや借りることを否定しているわけではありませんよ。
今の私には、それくらいの余裕はあるので、新品を買うようにしています。
単行本と文庫本が売られていたら、文庫本を買うことは多いですけどね。見てくれより実質重視なので。
この習慣は、私が新聞奨学生として働くようになってからですから、それほど豊かではなかったころから、そういう気持ちでいました。
自分の贅沢のためにはなるべくお金を使わずに倹約するけど、友だちや後輩のにご馳走するときは思い切って贅沢に使う。
そして、書籍の購入など自己投資にはお金を惜しまない。これが私の信条でした。
もう1つの理由は、そこに価値を与えるためです。
あるものを購入して、そこで千円を払ったなら千円の、1万円を払ったなら1万円の、価値を自分が与えたことになるのです。
この理屈、わかりますか?
千円で売られているから千円を払うのではないのですよ。
それが千円の価値だと思うから、千円を払うのです。
もし、それを値切って5百円しか払わなかったら、そこには5百円しか価値がないと自分が認めたことになります。
つまり、そのものに価値があるのではなく、自分が価値を与える(認める)ことによって、価値が生まれるのです。
このことは、タイに来てチップを払うようになってから感じるようになりました。
日本の相場と比べると、とても安く買えるものが多いのがタイです。
その中には、とても感動させてくれるものがあります。
そんなとき私は、定価以上のお金を支払います。つまり、チップを上乗せするのです。
だって、それだけ私が喜んだのですから。
お金を払わずに済ませることもできますが、それは私らしくないと思うのです。そんな自分は嫌だと感じるのです。
「これは本当に素晴らしい!ありがとう、とても良いものを売ってくれて。」
そういう気持ちを表すために、自分の中の価値に見合った金額を払いたいと思うのです。
けれども、いつもいつもそれが払えるわけではありません。
他にも払うべきものはたくさんあるし、私の給料も限られていますから。
それで、ある程度までしか払えないことが多いのですが、そのときは心の中でこう思うのです。
「ごめんね、こんだけしか払えなくて。今度はもっとたくさん払うから。ありがとう、感動させてくれて。」
本を買う時も、同じなのです。
まだ読んでいないからと言われるかもしれませんが、たいていは素晴らしい本です。
これは多読されてる方ならわかってもらえると思いますが、読む前からピンとくるのです。
「これは良さそうな本だな。」とわかるのです。
滅多なことで、これが外れることはありません。
それもそのはず。価値を与えたものに価値が生じるからです。
ただ、それでもたまに外れることはあります。
私などはもったいないからと、最後まで読もうとします。
最後の最後に、その価値を感じるかもしれないと思うからです。
けれども、全部読む必要はないと言う人もいます。時間がもったいないからと。
私は、どちらでも良いと思います。その人が思うようにすれば良いと。
ただ1つ言えるのは、途中でやめることを勧める人でも、直感で即買いするのが良いと言っている点です。
私もそうですが、本はお金を惜しまずにピンときたら買うことです。
まあそれで、なかなか読めなくて「積んどく」になってしまうこともありますけどね。
今、購入したものの読めずにいる本が、またやっと10冊を切ったところです。 (^_^;)
2012年12月22日
この記事へのコメント
コメントを書く
●コメントを書く前に、こちらのコメント掲載の指針をお読みください。